僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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なんか、うん…凄いよねって。


絶対要塞と、お粗末な門番

 夜の静寂を切り裂くように、倉森の運転するセダンは山間部の未舗装路を突き進んでいた。タイヤが砂利を噛む不快な音が車内に響くが、助手席の泉新一、そして後部座席の村野里美に、それを気にする余裕はなかった。

 

 彼らの視線の先、追跡装置の信号が一点に留まっているその場所には、およそこの世のものとは思えない異様な建造物がそびえ立っていた。

 

 

「…あれが、アレックスの拠点か」

 

 

 新一の言葉に、右手のミギーが同意するように目玉を震わせる。

 

 標高の高い山奥の平地に、それは存在した。周囲の木々を強引に「整地」して作られた広大な敷地。その中央に鎮座するのは、漆黒の光沢を放つ巨大な要塞である。

 

 それは建築学的な美学を完全に無視し、一辺が一メートルの正方形の黒曜石ブロックを、ただひたすらに積み上げ、規則正しく並べただけの、冷徹な幾何学の牙城だった。

 

 月光を浴びて鈍く光るその姿は、この山中の風景から完全に浮き上がっており、まるで世界のテクスチャがそこだけバグで書き換えられたかのような錯覚を抱かせる。

 

 三人は要塞から少し離れた藪の中に車を隠し、最後の準備に取り掛かっていた。彼らが身に着けているのは、前回の高速道路での追跡劇で無力化した護衛車両から回収した『オブシディアン・ユニット』のタクティカル装備一式である。

 

 

「…それにしても、驚いたな」

 

 

 倉森がフルフェイスのヘルメットを被る直前、複雑な表情で呟いた。新一もまた、先ほど剥ぎ取った防具の中身──アレックスに「無力化」され、縛り上げられていた男たちの顔を思い出していた。

 

 新一たちは当初、この黒ずくめの部隊をアレックスが魔法か何かで作り出したアンドロイドか、あるいはパラサイトを改造した手駒だと思っていた。だが、実際に防具を剥いでみれば、そこにいたのはどこにでもいるような「人間」だったのだ。

 

 しかし、ただの人間ではなかった。彼らの瞳には、恐怖も憎悪も、自分自身の意志すらも宿っていなかった。アレックスから支払われる法外な報酬と、彼女が提供する「ゲーム内ランク」という名の実績に魅了され、考えることをやめてしまった者たち。

 

 アレックスの「管理(マネジメント)」という名の洗脳に近い教育によって、彼らは自らを「高レベルのNPC」だと思い込み、彼女が敷いたルーチンをこなすだけの機械へと成り下がっていた。

 

 

「あいつ…人間を本当に『素材』か何かだと思ってるんだな」

 

 

 新一は拳を握りしめた。パラサイトが脳を奪うのとはまた違う、精神の尊厳を奪うアレックスのやり方に、怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 

 

「泉くん、いこう。里美ちゃん、バイザーを下げて。ここからは一言も喋っちゃダメだぞ」

 

 

 倉森の指示に従い、三人はバイザーを下ろした。漆黒の装甲に包まれた彼らの姿は、もはや本物のオブシディアン・ユニットと見分けがつかない。彼らは奪った装甲車に乗り込み、要塞のメインゲートへと向かってゆっくりと車を走らせた。

 

 ゲートの前には、二人のオブシディアン・ユニットが立ちはだかっていた。アサルトライフルを胸元で構え、微動だにしないその姿には一見、精鋭の威圧感がある。新一の心臓が、肋骨を突き破らんばかりに激しく鼓動する。脇の下を嫌な汗が伝う。もしここでバレれば、この要塞全体を敵に回すことになる。

 

 ゲートに近づくと、門番の一人──ヘルメットに『O-22』と印字された男が、無造作に歩み寄ってきた。彼は車両のフロントガラスを覗き込むこともなく、インカム越しにひどく気の抜けた、面倒くさそうな声を投げかけてきた。

 

 

「O-07か。遅かったな。輸送クエストの制限時間ギリギリだぞ。ペナルティで報酬を引かれたくないなら、さっさと中に入って報告を済ませろ」

「…」

 

 

 新一は声を出さず、ただ無言で深く頷いた。驚くべきことに、門番は身分証の提示も、車両ナンバーの確認も行わなかった。彼にとって「この時間に、この装備で、この方向から戻ってきた」という事象は、あらかじめ設定されたスクリプト通りの「正常なイベント」として処理されたのだ。

 

 

「早く入れ。ボスがステーキの焼き加減で機嫌を損ねているんだ。八つ当たりで整地作業に駆り出されたくはないだろ?」

 

 

 O-22はシッシッと手を払い、ゲートを開けるスイッチを押した。重厚な黒曜石の門が、ガリガリと不快な音を立てて左右にスライドする。あまりにもガバガバな、それでいて徹底して「人間味」を排除した検問。新一たちは拍子抜けしながらも、ゆっくりと要塞の内部へと足を踏み入れた。

 

 要塞の敷地内に入った瞬間、三人はさらなる異常な光景を目にすることになった。広い中庭のようなスペースでは、数十名のオブシディアン・ユニットたちが「訓練」に励んでいた。だが、それは射撃訓練でも格闘術の練習でもなかった。

 

 

「…おい、あれを見ろ」

 

 

 倉森がインカムで囁く。一団のユニットたちは、一列に並び、目の前の黒曜石の壁を素手で、あるいは石のツルハシで、リズムよく殴り続けていた。「カツン、カツン」という虚しい音が広場に響き渡る。

 

 別の場所では、数名のユニットが一定の距離を保ちながら、垂直跳びをひたすらに繰り返していた。

 

 

『新一、彼らは…』

 

 

 ミギーが新一の脳内で困惑を露わにする。

 

 

『アレックスの言う「効率的なレベル上げ」という概念を盲信しているようだ。筋肉の疲労度や実戦への即応性を無視し、ただ特定の動作を繰り返すことでステータスが上昇すると信じ込んでいる。生物としての知性が著しく低下しているぞ』

「…アホすぎるだろ、アレックスのやつ」

 

 

 新一は絶望的な気分になった。かつて市役所をあざ笑うような手際で制圧した部隊の正体が、この思考停止した作業員たちの集団だったとは。アレックスという「プレイヤー」の指揮がなければ、彼らはただの動く案山子でしかないのだ。

 

 三人は目立たないように壁際を歩き、田宮良子が囚われていると思われる中央塔へと向かった。しかし、その途中で不運が重なる。歩調を速めていた里美の足が、床に置かれていた奇妙な出っ張り──アレックスが「感圧板」として設置したと思われる木製の板に引っかかったのだ。

 

 

「あっ…!」

 

 

 里美がたたらを踏んだ拍子に、背中のポーチに入れていた「アレックスから貰った木の棒」が滑り落ちた。カランッ、カランッ…。静かな廊下に、乾いた木の音が響き渡る。

 

 その音に反応し、近くの角から一人のユニットO-15が姿を現した。

 

 

「…ん? なんだ、今の音は」

 

 

 新一は息を止めた。倉森がさりげなく腰のハンドガンに手をかける。O-15は床に落ちた木の棒を凝視した。そして、それを拾い上げた里美の顔──ではなく、彼女の手元を食い入るように見つめた。

 

 

「おい、O-09…それは支給品の装備じゃないな」

 

 

 O-15の声が、僅かに震え始める。新一は「侵入者がバレたか」と身構えた。次の瞬間、O-15が発した言葉は、新一たちの予想を斜め上の方向へ飛び越えていった。

 

 

「あ! それはレアアイテムの『ノックバック棒』じゃないか! なぜお前がそれを持っている! ボスの特別配布か!? ズルいぞ! 俺は先週の整地クエストを三徹でこなしたのに、支給されたのは石炭一個だったんだぞ!」

「えっ…?」

 

 

 里美が思わず声を漏らす。O-15は、新一たちが侵入者である可能性など微塵も疑っていなかった。彼の脳内にあるのは、自分よりも「良いアイテム」を持っている同僚への、剥き出しの嫉妬だけだったのだ。

 

 

「よこせ! それは俺が装備すべきアイテムだ! それをボスの前で振って、俺の好感度ポイントを上げるんだ!」

 

 

 O-15は理性を失ったように、里美に掴みかかろうとした。もはや警備兵としての職務など忘却の彼方である。

 

 

「ちょ、ちょっと、来ないで!」

 

 

 里美は反射的に、手に持っていた木の棒を思い切り振り抜いた。

 

 

「えいっ!」

 

 

 乾いた破滅的な衝撃音が響いた。棒に付与されていた強力なエンチャント──『ノックバックⅡ』の効果が、至近距離で炸裂した。O-15の体は、里美の細腕から放たれたとは到底思えない、大砲で撃ち抜かれたかのような凄まじい勢いで後方へ弾き飛ばされた。

 

 

「あべしっ!」

 

 

 O-15は漫画のような情けない悲鳴を上げ、物理法則を完全に無視した軌道で回転しながら飛んでいった。彼は廊下の突き当たりに、なぜか積み上げられていた空の木樽の山へと頭から突っ込んだ。

 

 樽が崩れる派手な音と共に、O-15は樽の中に逆さまに突き刺さり、二本の足だけを情けなくバタつかせた後、ぴたりと動きを止めた。

 

 廊下に、シュールな静寂が戻る。

 

 

「…アホだな」

 

 

 新一が、バイザーの中で呆れ果てて呟いた。

 

 

『…同感だ、新一。この集団にシリアスな緊張感を期待した私が愚かだった』

 

 

 ミギーもまた、触手を力なく垂れ下げた。倉森は額を押さえ、深いため息をついた。

 

 

「…これが、この国を裏で操ろうとしている部隊の実態か。あまりにも、救いようがない」

「倉森さん、でも、急がないと。今の音で他のアホたちが集まってくるかもしれません」

 

 

 里美が「ごめんなさい」と小声で謝りながら、木の棒をしっかりと握り直した。

 

 

「ああ、そうだな。…行こう。ボスのステーキが冷める前に、この茶番を終わらせなきゃならない」

 

 

 三人は、樽の中から突き出たO-15の脚を跨ぎ、要塞の深部へと足を進めた。

 

 アレックスが作り上げた、狂気と愚行が支配する黒曜石の要塞。その中心で、今もなお自分の産んだ赤ん坊を想い、感情を殺して立ち尽くしているであろう田宮良子。

 

 彼女を救い出すための潜入劇は、緊張感と脱力感が入り混じる、あまりにも奇妙な局面へと突入していくのだった。




原作時間軸さん「ええ…」
分岐時間軸さん「いやそこまでドン引きしなくても…」
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