僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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新一視点


主役の座と、鋼鉄の狂宴

 要塞の深部へと進むにつれ、周囲を覆う黒曜石の冷たい光沢は一層の重みを増していった。空気は人工的なまでに乾燥しており、空調の低い唸り音だけが、まるで巨大な機械の胎内にいるような錯覚を新一に抱かせる。

 

 新一、里美、倉森の三人は、奪った『オブシディアン・ユニット』のフルフェイスヘルメットを被り、息を潜めて長い回廊を歩いていた。

 

 

「気をつけろよ、泉くん。先ほどの中庭にいたようなアホばかりじゃない。この階層の警備は、明らかに動きが違う」

 

 

 倉森の言葉通り、回廊の各所に配置されているユニットたちは、これまでの者たちとは空気が異なっていた。彼らは微動だにせず、アサルトライフルを胸元で完璧なフォームで構えている。時折、彼らのバイザーの奥で赤い光が走り、通行する者のIDタグや装備の僅かな不備をスキャンしているようだった。

 

 新一はヘルメットの中で冷や汗を流した。もしここで「装備の偽装」が見破られれば、この閉鎖空間で凄まじい火力を浴びることになる。ミギーがいくら優秀でも、多角的な一斉射撃を全て防ぎ切るのは不可能だ。

 

 

「止まれ」

 

 

 通路の交差点で、二人のユニットが新一たちの前に立ち塞がった。

 

 

「所属と目的を述べろ。お前たちのIDは、本来このフロアの巡回ルートには設定されていないはずだ」

 

 

 冷徹で機械的な声。新一の心臓が激しく跳ね上がる。

 

 

(まずい…! ここは強行突破するか!?)

 

 

 ミギーが右腕で戦闘態勢に移行しようとした、まさにその時だった。

 

 

「おいO-40! 何をしている!」

 

 横の部屋のドアが勢いよく開き、別のユニットが転がり出てきた。彼のヘルメットのバイザーはなぜか上に跳ね上げられており、その手には、およそこの要塞に似つかわしくない、グラビア雑誌が固く握りしめられていた。

 

 しかもそのユニットの鼻からは、赤い血がツーッと一筋垂れ流れていた。

 

 

「お前、また勤務中にアイドルのステータス値を計算しているのか! ボスの『健全Mod』に違反するぞ!」

 

 

 立ち塞がっていたユニットが、検問を忘れて同僚を怒鳴りつける。

 

 

「うるさい! これは私が発見した『神聖なるテクスチャ』だ! お前もこの絶妙な胸部のポリゴン数を見れば、真の正義がどこにあるか分かるはずだ!」

「ふざけるな! 正義は『整地』に決まっているだろう! 完全にフラットな地面こそが、世界の究極の美だ!」

「いや、機能美を極めた『豆腐建築』こそが至高! 整地などただの破壊行為だ!」

 

 

 二人のユニットは、新一たちのことなど完全に放置し、グラビア雑誌を片手に、建築と整地のどちらが正義かという、極めて哲学的な──しかし絶望的にアホらしい論争を始め、ついにはアサルトライフルを放り出して殴り合いの喧嘩を始めてしまった。

 

 

「…おい、どうするんだこれ」

 

 

 新一は唖然として呟いた。

 

 

「…行くぞ、泉くん。彼らの『理性』は、すでに別の何かに置き換えられている。関わらない方がいい」

 

 

 倉森に促され、三人は殴り合うユニットたちを横目に、足早にその場をやり過ごした。有能な警備プログラムがインストールされていたとしても、アレックスという管理者の歪んだ設定が、彼らの人間性を狂った執着心へと書き換えてしまっているのだ。

 

 新一は、彼らがもはや正常な人間の思考を取り戻すことはないだろうという事実に、深い戦慄を覚えた。

 

 だが、最深部へと続く最後の直線通路で、本当の危機が訪れた。そこには、先ほどの論争アホたちとは違い、本物の殺気を放つ十数名のオブシディアン・ユニットが、分厚い盾を構えて通路を完全に封鎖していたのである。

 

 

「侵入者を確認。直ちに排除する」

 

 

 無機質な声と共に、一斉にアサルトライフルの安全装置が解除される音が響いた。

 

 

「くそっ、見つかったか!」

 

 

 新一がミギーを展開しようとするが、数が多すぎる。その時、倉森が前に出た。

 

 

「泉くん、待て。私がやる」

 

 

「倉森さん? 銃で撃ち合うんですか!?」

「いや…アレックスが以前、酒の席でこいつらの倫理設定を『純愛騎士道Mod』に固定したと自慢していたのを思い出した。一か八かの賭けだ!」

 

 

 倉森はヘルメットの外部スピーカーを最大音量に設定し、迫り来る武装集団に向かって、腹の底から絶叫した。

 

 

「聞いてくれ! 私の妻は、先日同窓会で再会した男と、ホテルに消えていったんだあああぁぁぁっ!!」

 

 

 その言葉が響いた瞬間、突撃してこようとしたユニットたちの動きが、ピタリと停止した。

 

 

「…え?」

 

 

 里美が間の抜けた声を漏らす。倉森は構わず、血を吐くような叫びを連続で投下する。

 

 

「私は見た! スマートフォンに残された、私以外の男からの甘いメッセージを! 私は…私は寝取られたんだああああっ!!」

『ギヤアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

 通路を封鎖していた十数名の精鋭ユニットたちが、一斉にアサルトライフルを放り出し、頭を抱えて漫画のような悲鳴を上げた。

 

 

「やめろおおお! 汚染されるぅぅぅっ!」

「間男! NTR! 許されない! そんな穢れたシナリオは、私の脳が焼き切れるぅぅぅっ!!」

「浄化! 浄化のポーションをくれぇぇっ!!」

 

 

 彼らは、物理的なダメージを一切受けていないにも関わらず、倉森の放った「NTR(寝取られ)」という禁断のキーワードによって、精神的な致死ダメージを受けたのだ。

 

 ある者はその場で泡を吹いて気絶し、ある者は壁に頭を打ち付けて自傷行為に走り、またある者は同僚と抱き合って大泣きしている。アホみたいな倒れ方で、鉄壁の封鎖網はわずか数秒で崩壊した。

 

 

「倉森さん、奥さんって…」

 

 

 新一が同情の目を向けると、倉森は「嘘に決まっているだろう!」と顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

 

「ともかく道は開いた! 行くぞ!」

 

 

 三人は白目を剥いて倒れているユニットたちを飛び越え、ついに最深部の巨大な扉の前へと到達した。

 

 

「この奥だ。ミギー、やれるか?」

『問題ない。装甲の厚さは推定三十センチ。私の最大硬度と出力で貫通できる』

 

 

 ミギーが右腕を極限まで肥大化させ、螺旋状の巨大なドリルへと変形させた。

 

 

「泉くん、私も手伝う!」

 

 

 里美が、アレックスから貰った「お守り」の木の棒を構える。彼女が棒を握りしめると、棒の先端が微かに青白いオーラ──アレックスの付与魔法の力が具現化した光──を纏い始めた。

 

 

「よし、合わせるぞ! いけええっ!!」

 

 

 新一の叫びと共に、ミギーのドリルが扉に突き刺さる。激しい火花と粉塵が舞い上がる。そこへ、里美が青白いオーラを纏った木の棒を、渾身の力で扉に叩きつけた。魔法のノックバック効果が、ミギーの物理的破壊力を爆発的に増幅させる。

 

 

 ドゴォォォォォォンッ!!!

 

 

 扉が凄まじい爆音と共に内側へと吹き飛んだ。もうもうと立ち込める爆煙を切り裂き、新一たちはついに、アレックスの根城である中枢の部屋へと突入を果たした。

 

 そこは、体育館ほどもある広大な空間だった。新一は部屋の中を見渡し、息を呑んだ。そこには、彼にとって因縁深い面々が、アレックスの手によって無残な、しかしどこかひどくシュールな状態で並べられていた。

 

 部屋の左側。壁に備え付けられた鋼鉄の椅子に、田宮良子が座らされていた。彼女の首や腕には、複雑な電子制御の拘束具が嵌め込まれており、パラサイトの変身能力を完全に封じられているようだった。彼女の顔には表情がなく、瞳の焦点も定まっていない。

 

 部屋の右側。そこには、広川市長と後藤の姿があった。しかし、彼らは自由に動ける状態ではない。二人はそれぞれ、縦置きにされた人間一人分の狭い「黒曜石の棺」の中に押し込まれていた。

 

 しかも、首から下の部分は完全に土と石のブロックで埋め固められており、文字通り「首だけ出ているダルマ状態」で固定されているのだ。広川は屈辱に顔を歪め、後藤の瞳にはかつての絶対的な強者の影はなく、ただ無機質な空虚さだけが漂っていた。

 

 そして、部屋の中央。唯一、ふかふかの絨毯の上に置かれた豪華な「金の装飾付きベビーベッド」──アレックスの言うところのレアなチェスト──の中で、田宮の産んだ人間の赤ん坊だけが、外の喧騒など全く気にすることなく、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていた。

 

 

「田宮先生…! それに、広川たちまで…」

 

 

 新一が唖然としていると部屋の奥から、けたたましい機械の駆動音が響き渡った。

 

 

「ようこそ、私のエンディングイベントへ!」

 

 

 ずしん、ずしんと地響きを立てて、巨大な影が部屋の中央へと歩み出てきた。新一たちは、その姿を見て完全に言葉を失った。それは、アレックスが独自の「クラフト能力」と有り余る資金を注ぎ込んで作り上げた、無骨で巨大な二足歩行ロボットであった。

 

 全高は四メートル近くあり、両腕には多数のガトリングガンが備え付けられ、肩にはミサイルポッド──という名の、矢を大量に射出するためのレッドストーン回路式ディスペンサ──―が搭載されている。装甲はもちろん黒曜石製だ。

 

 そのロボットの胸部に設けられたコックピットの中で、アレックスは操縦桿を握り、バリスティックバイザーを跳ね上げて、頬を異常なほどに紅潮させて叫んでいた。

 

 

「今の私は、この世界の理を手に入れた真の主人公だ! ヒャッハー! 全人類のステータスを、私がこの機械(メカ)で書き換えてやるぞ!」

 

 

 彼女は完全にハイになっていた。パラサイトの脅威から人類を救うなどという高尚な目的はとうに失われ、自分が最強の装備で暴れ回るという「ゲーム的快楽」に完全に魂を乗っ取られている。

 

 田宮の母性を利用し、広川たちの尊厳を奪い、そして今、自らを主人公と呼んで狂喜乱舞するその姿。新一の中で、決して消えることのない炎が燃え上がった。

 

 

「…アレックス」

 

 

 新一の低く冷たい声に、アレックスが「ん?」とロボットの首を傾げる。

 

 

「お前は、確かに僕たちを助けてくれた。パラサイトの脅威から、僕の家族を守ってくれた。それには感謝している」

 

 

 新一は右手を握りしめる。ミギーの刃が、アレックスの乗るロボットに向けて鋭く展開された。

 

 

「でもな…命を、他人の心を、ゲームのポイントみたいに扱うお前のやり方は、絶対に間違ってる」

 

 

 隣で里美が木の棒を両手で構え、真っ直ぐにアレックスを見据えた。

 

 

「アレックスちゃん…めっ、だよ」

 

 

 里美の声は優しかったが、その瞳には、親友の暴走を止めるための確かな覚悟と、静かな怒りが燃えていた。

 

 

「へっ、モブどもが私に逆らうか。いいだろう、特別仕様のレイドボス戦だ! お前たちの経験値、残さず頂いてやる!」

 

 

 アレックスが操縦桿を引き、巨大ロボットのガトリングガンが唸りを上げる。

 

 新一と里美、そして倉森は心に誓った。あのアホ面を、完膚なきまでにコテンパンにして、現実という名の物理演算を思い出させてやろうと。それは決して、彼女のあまりの身勝手さに個人的に「イラッ」としたからではない。決してない。

 

 あくまで、狂った管理者からこの世界の正常な倫理を救済するための、正義の戦いなのだ。…という建前を胸に抱き、三人は鋼鉄の狂宴へと飛び込んでいった。




原作時間軸さん「やってしまえー!!」
分岐時間軸さん「がんばえー!!」
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