たとえ転生先が鬱ゲーな上に主人公の幼なじみだとしてもTS少女は曇らせがしたい 作:ヒナまつり
「えぇ…でも、何故ハルが私の名前を知ってるのかしら?」
名前を呼んだ俺の顔を不思議そうに、でも嬉しそうに微笑みながらユウの身体を乗っ取ったミュは優しく俺の頭を撫でる。
─なんで、こんなに穏やかなんだ?ミュは…原作ならユウが最も大切としていた人間にユウのふりして近づいて、水のナイフで刺し殺すことでこれ以上ユウが傷つかないようにする筈なんだ。
そして、意識を取り戻したユウはその大切な人を殺してしまったのが自分であることに気がついて自殺して、ミゥは大切なユウを自らの行為によって殺してしまったことで絶望に呑まれ暴走し世界を呑み込みながら泡となって消えてしまう…。
そんな悲しい結末を迎えるBadEndのキャラなんだ。
なのに、めっちゃ俺撫でられてるんですけど…?なに、えっ…本当に何?
不思議そうに俺がミゥの顔を見つめていると彼女は、深海のような瞳で俺を覗き返した。
「やっぱり…ハルは覚えてないのね─。でも、それでいいわ。…ハル、身体の調子はどうかしら?生気は補充できた筈よ」
寂しそうに瞳を揺らしてから、ミゥは俺の側を離れて立つように促す。
─確かに、ミゥの言う通り今の俺の身体には生気が満ち溢れている。…そうか、人魚の血だ。でも、あの味何処かで─?
「─大丈夫そうね?なら、私は寮に戻るわ」
立ち上がって記憶を思い出そうとする俺の全身を眺めてから、ミュは病室の外へ出ようとした。
だから、俺は咄嗟に離れていくミュの手を掴もうと一歩を踏み出した。
「ちょっ、ちょっと待って!ねぇ、ミュ?ユウはどうしたの─わっ!」
けれど、生気の失われてた身体は咄嗟な動きに耐えれずに足を絡めて転びそうになった。
「…ハルっ!」
でも、思っていた程の衝撃は来ず…柔らかなものに受け止められた。
「んっ、ハル…貴方は相変わらず忙しないのね?ケガをしたらどうするのかしら…それと、手…放してもらえる?」
呆れるように話す声を聞きながら…むに、むにと手の中にある柔らかな感触が何なのか気になって俺は目を開いた。
そこにあったのは…ユウの程よい大きさの胸で─!?
「わぁーー!?ごめん、ごめんー!わ、わざとじゃないの!ほんとだよ!ほんとだからねぇ~!?」
あわ、あわわ…!?胸、触った…!?俺、ユウの胸触っちゃった!?ダメ!そんなことしちゃダメなのにぃ!
「ハル、落ち着きなさい…!私は気にしてないわ。それと危ないわよ、暴れると…っ!」
焦る俺を宥めようとミュは声を掛ける。でも、俺は自らが犯した罪に向き合うことに必死でそんな声に気が付かなかった。
だから、俺はグラッと体勢を崩して頭から後ろへ倒れた。
けれど、柔らかな水に支えられて地面に頭をぶつかることはなかった。
「はぁ、危ないって言ったわよね…?人間は頭から倒れたら死んでしまうこともあるのよ。それに、そんなに無防備だと…襲いたくなるわ」
ミゥは、俺の上に馬乗りになり身動きを取れないように手を繋ぎ地面へ押し付けた。
その表情は格好の獲物を見つけたかのようにぎらめいて彼女がエセリアルであるということを証明するようだった。
─やばっ、力強っ…このままじゃ…!いや、でもちょっと傷つけられるぐらいならユウを曇らせれて役得なんじゃ…!?最悪、限界まで生気を使えば逃げれるだろうし…!
そんな欲望に囚われながら俺は、ハルとして抵抗した。
「ミゥ…?冗談、だよね~?あはは、ねぇ…放して欲しいなぁ~なんて…」
「ふふっ、そう。でも、本当は傷つけて欲しいんでしょう?私には見えてるのよ、貴方の欲望が…ね?」
ミゥの夕焼けのような髪が垂れ、何処までも暗い瞳が見透かすように俺を見つめる。そして、真珠のように美しいミゥの顔が近づいてきた瞬間、扉が勢い良く開かれた。
「ふぅー!ユウ~そろそろハル起きた~っ…?えっ、あっ…ごめん。邪魔したみたいだね…ごゆっくり~」
「クウねぇ!勘違い、勘違いだから!というか、ミゥも放してぇー!」
「…はぁ、分かったわ。ハル…運が良かったわね?」
小さく、ミゥは俺の耳に息を吹き掛けながら妖艶に囁いた。
─ひぅ、ゾワゾワするっ!ヤバイ、このままじゃダメだ!俺は曇らせの為に生きるんだよ、こんなヨワヨワじゃ駄目なんだぁ!というか、元だけど男としてやられてばかりはヤダ!次は俺が良いようにしてやるからなぁ!
そう息巻きながら、まだ照れながら俺達を見つめるクウねぇにこうなった事情を説明した。
「な、なんだぁ…いやそうだよね、そもそもこんな非常事態にそういうことするようには育ててきてないし…で、貴方がミゥ?ってことで良いのよね。ユウの身体を乗っ取った…」
「えぇ、正確にはユウは今自らの記憶の海に沈んでいるのよ。だから、その間私が変わってあげてるだけ。乗っ取ったわけではないわ…だから、その刃仕舞ってもらえるかしら?」
冷たい瞳でクウねぇはミゥを見つめる。その手にはいつの間にか幽玄が握られていた。でも、ミゥは気にもしてないかのように椅子へ座り無防備で居た。
「エセリアルの言葉なんて信じれないからね。仕舞う気はないかな」
「そう、例えその刃を振ることがユウを殺すことになったとしても?」
そう問われてもクウねぇはあらっけらかんと表情すら変えずにその刃をミゥに向けていた。
─冗談や脅しなんかじゃない。クウねぇは本気で今ミゥを切ろうとしている。
それは、ダメだ。だってミゥの言う通り、ユウはその身体の中に眠っているけれど生きているのだから。
でも、クウねぇを説得する方法は少ない。エセリアルのこと信じるたわけじゃないし…はっ!そうだ…!
「うん。これ以上、被害が広まるよりは良いからね。…で、ハルはどうしてソイツを庇うように立ってるのかなー?もしかして、魅了持ち?はぁ…厄介だなぁ」
「いや、クウねぇ…魅了されてるわけじゃないよ。ただ、ボクの目にはちゃんとユウの姿が映ったんだ。どんな未来でも…ちゃんとユウとして戻ってくるって!もし、ボクのことが信じれないならアヤノの力を使ってくれても構わないよ…!」
─アヤノは本の付喪神と人の混じり。だから、記憶を読み取って本にしたり彼女の力がついた紙に書いた文章が嘘か本当か分かるんだ。
だから、俺は自信満々にユウはミゥの乗っ取りを破ってちゃんと戻ってくると書いた紙をクウねぇに差し出した。
「…うわぁ、本当みたいだ。そっか、そっかぁ…ふぅ。ハル、後悔はしないようにね。エセリアルは嘘しかつかない…いや、自分本位の解釈をするんだからね。その神も、ソイツも。だからもし、何かあったら自分で始末をつけなさい。それが、ソイツを今私が見逃す為の条件。分かった?」
何時もの優しいクウねぇに戻りながら…でも、真剣に忠告をしてくれた。だから、俺もその言葉に答えた。
「うん。例え、それがユウを殺しちゃうことになろうとも…責任は取る!だから、ミュ。約束だよ…人を襲わない、人を勝手に愛さない…そして、ボクの側から離れないで。分かった?」
「えぇ。…元々、人は嫌いだもの。ハル…信じれないのなら私もそれに書いた方が良いのかしら?」
少しだけ俯いてミュは、暗い表情を見せた。
なぜ、人を嫌悪しているのか…それなのに俺は平気なのかは分からないけれど、澄んだ顔を母を探す迷子の子供のような表情に変えたミュに同情が浮かんだ。
けれど、そんな感情を振り払って俺は冷静に告げた。
「平気。それに、これはアヤノの身体みたいなものだから…エセリアルには触れさせれないんだ。それに、ミュのこと信じる気はないからね~!」
─それが、葬儀屋になる為の才覚の一つだから。そして、クウねぇに何回も教えられたことだから。
「うん、それでいい。─あっ…そうだ!話すことがあったんだ~!ハル、この学園の現状…気になるよね?」
「…うん!それにおねーさんは平気だったか聞きたい!」
「そうだよね。あ、マシロは無事だよ。じゃ、他のことは一から話すよ~」
そう言ってクウねぇが教えてくれた現状は原作とあまり変わらなかった。
まず、この学園に所属していて陽の神と契約していた葬儀屋の子達は全員が力を扱えなくなって、記憶や精神を弄られてるらしい。つまりは、陰の神の巫女である俺や混ざりもの組…後エセリアルを信じれないって契約してなかったクウねぇぐらいしか動ける人は居ないってこと。
次に、他の学園にも何らかの異常が発生してるらしい。でも、ここよりは酷くはなくて一時的にその地区のエセリアル退治や警備が短期間麻痺するぐらいだってこと。
そして、この地区のエセリアルの動きがあの日を境に活発化しているということらしい。
まぁ、平気だね!ちょっと早いけど原作が始まったって感じだからね~。
なんなら本来は、ここからはユウ一人で動かないといけないんだけどクウねぇは生きてるしマシロも俺もアヤノも動けるし~?少しだけ楽になったかも!ま、ユウは居ないんだけどねぇ…。
「ということで、ハル?…マシロとミュと一緒にこの地区のエセリアル退治を命じるよ!先生権限でね~。あ、私は陰の神を見張るしアヤノは情報の為にこのまま学園に残るから~!」
─やっぱり、そうなるかぁー!分かってた、分かってたよ!クウねぇいたら全部ボコボコに出来るもんね!それに、アイツが狙われるのはその通りだもん。…そのせいで本来アヤノは死んじゃうから…。
でも、抗議します!何故って?それが俺の作り上げたハルだからだよ!
「えぇー!?ズルい!クウねぇサボりだー!ミュもそう思うよね!?」
「はぁ。別に…私はハルと動けるならなんでも良いわ。それに、彼女が居なければ陰の神は狙われるでしょうから残ってるべきよ?」
「うぅー!正論やめて~!ミュ、酷い!ユウなら一緒にクウねぇを責めてくれたのにぃ!」
「なんだか、ミュで良かったって思っちゃったわ。…ハルとユウが一緒だと酷いことになるし…」
呆れたようにミュとクウねぇは俺を見る。
死亡キャラ、BadEndルートのキャラ。原作には絶対にあり得ないその光景が、何処か俺にとって宝物のように映った。
そう、そして…曇らせの為のやる気がぐんぐんと上がったのだった。
だって、曇らせのスチルがない人たちだからね!