たとえ転生先が鬱ゲーな上に主人公の幼なじみだとしてもTS少女は曇らせがしたい 作:ヒナまつり
ギシ、ギシ…急速に家が劣化したのか軋む音が歩く度に響く。
辺りは、不気味な雰囲気に呑まれ…明かり一つもない暗闇は太陽の光すら通さない。
─この雰囲気…怨霊系かな?それとも、縄張りを張る異形系?発生したばかりだから弱いだろうけどめんどくさい…。
「ねぇ、ハル。ここ…クモの巣多くない?それに家ボロボロ…これもエセリアルの力なの?」
「うん、エセリアルは生気を奪うことが出来るんだ。無機物からもね?だから、たまにこうやって縄張りを作るエセリアルは家から生気を吸うこともあるんだ~」
「…へぇ、飢えているのね。生まれたばかりだから─」
同情するように、ミュは一つだけ明かりのついた部屋を見る。
そう。ミュの言う通り、エセリアルは人の貯まった悪意や噂から生まれた時その全てを消費して自らの身体を得るせいで酷い飢餓に襲われる。家が倒壊しないように吸う程度の生気じゃ足りない程に。
まぁ、でも頭の良いエセリアル。特にヒト型であるやつらはその飢えに打ち勝って効率良く生気を吸うように罠を張ることがあるのだ。
そのせいで、こうやって生まれたばかりだと思って油断していたらツヨツヨだってこともある。だから、ちゃんと油断をしないようにするんだ。
この世界は油断=死だと思った方がいいからね~。
「おねーさん、ミュ。ここからは正真正銘エセリアルの縄張りだよ!何処から襲われるか分からないから油断しないこと~!じゃ、突貫~!」
「ちょっ、ハル…!?一番油断してるのあんたじゃないっ!?」
そう叫ぶおねーさんの声を無視して、俺は霊力を込めて勢い良く扉を蹴破った。
壁まで大きく吹き飛んだ扉は、糸のような何かに貫かれ無惨な姿になっていた。罠が仕掛けてあったのだろう。
そして部屋の中を見ようとする俺にも、糸は勢い良く飛んできた…!
「うわ、あぶなー!やっぱり、扉は蹴り開けるに限るね~!んでー?中には繭みたいなのがあるだけかな…?」
直ぐに手に持ったナイフで糸を逸らし、俺はチラッと中を覗いた。
そこには、大きな繭とそれを囲うようにびっしりと糸が引き詰められていた。
クモの巣…?でも傀儡士のクモなんて、居る~?何かの噂が混じったのか…?
そう考えながら、俺は次々と飛んでくる糸を躱し、時に弾いてそれを飛ばす本体を探してみる。
でも、全然ソイツは見当たらず防ぐのが面倒になり始めた時、部屋の中に雪が吹き荒れた。
「ハル!あんた、危なすぎるわよっ…もう!取りあえずクモなら寒さに弱い筈よ!」
おぉ…おねーさんの力だ!ちゃんと扱えてるみたいだね~!
…ん?確かに糸が飛ぶ速度も間隔も楽になってる!これなら中に入って確認出来そう!
「おねーさん!そのまま雪を吹かせてて!ボクが少女を探してみるから!」
「えっ!ちょっ…分かったけどぉ!ハル、無茶しないでね!?ミュ、いざとなったらハルをしっかり守りなさいよぉ!」
頼りになるのかならないのか分からないおねーさんの声が響く。その声を聞いてから、俺は走って部屋の中に飛び込んだ。
その瞬間、壁から糸が槍のように幾つもの伸びる。でも、水分を含んだその糸は俺を貫くには長さが足りなく、追撃に飛んできた糸も歩いていてと躱せるような速度だった。
─いやぁ、雪女つよぉ!ソシャゲならデバッファーでティア0いけるよこれ~!
俺はにやけそうになる顔を抑えながら速度を緩めず繭へ駆け寄って、妙に弾力のある糸を切り裂いた。
その中は、おぞましい空間が広がっていた…。
卵のような物を植え付けられた父親と母親、そしてそれらと話しながら楽しそうにご飯を食べる少女に…糸で操った人形を見せながら生気を吸い取り笑うヒト型のクモだった。
アラクネ…或いはアルケニー。クモと人が混ざった姿の化け物だ。
だけど、妙なのは少女はこの光景が普通のものだと信じ込んでいる点だ。錯乱していて動けないならまだ分かる、でも少女は明らかに異常を来しているわけではない。
なら、あり得るのは神経毒…?それか、幾つもの噂や神話が混ざり催眠のような力を会得したとか…?
厄介かも、これは~!
「…?お姉さん、だぁれ?…悪い人?マモル、本当?マモルを、この人が殺すの?ダメ!」
「うへぇ、ボクはいい人なんだけどなぁ~?君を助けにきただけの─!?」
言い終わる前に、少女の叫びと共に糸で操られた父親と母親が俺に襲いかかった。
いや、卵ついてるのにぃ!?何で大事にしないのかな~!
身体も糸で補強されているのか父親と母親は人ではあり得ない力と動きで拳を振るう。
俺は、霊力を使ってそれを防ぎながら弾き飛ばす。だが、人として曲がってはいけない方向に身体を曲げ、直ぐ様殴り返してくる。
─うへぇ、ジリ貧だ…。コイツら、もう死んでるから攻撃しても意味ないし…。しょうがない、力…使うかぁ。
そう考えて、神降ろしをしようとした時…綺麗な歌が響いた。
それは、儚い月を歌うもので…誘惑されたかのように両親はその音の発生源へ歩を進めた。
「行きなさい。これは、私が惹き付けてあげるわ。その力はあのアラクネに使いなさい」
「…ミゥ!ありがと、後でなんでもしてあげるからソイツらお願いね!」
「…そう。楽しみにしているわ」
助かる~!正直、俺の力とアイツらは相性が悪いから神降ろししてもあんまり意味なかったんだよねぇ!良し、後はアラクネと少女だけ!
「はいはい~!おねーちゃんが助けに来ましたよ~!」
「やだ、やだ!来ないでぇ!マモルは殺させないもん!今度こそおねーちゃんが守るんだもん…!」
生気を吸われ真っ白な顔なのに、弟を守ろうと少女は震えながら俺を嘲笑うアラクネの前に立つ。
─あぁ、くそっ。相変わらず悪趣味だな…。この少女のこと愛している癖に操ってさぁ?しょうがない、本当は夢のまま助けて後でアヤノちゃんの力で記憶消去をしようと思ったんだけどここで見せてあげるしかない…。
それに…現実を知って、少女に自ら道を選んでほしい。耐え続けるだけ、眺め続けるだけじゃなく…助けを求めることを学んで歩いて欲しい。…まぁ、本当はこの現実を知って曇る顔が見たいだけだけどね!
覚悟を決めて、俺はその繭の中に飛び込んだ。けれど繭を形成していた幾つもの糸が俺を貫き、殺そうとする。
「月の神の巫女が願う。この手に救いという一滴を!」
巫女となったお陰で扱いやすくなった言霊と霊力によって致命傷を避けながら俺は激しくなる攻撃を潜り抜け、少女の手を取った。
そして、俺よりも多少小さな身体を引っ張り…口づけをした。
「…へ?」
少女の間抜けな声と、化け物の気色悪い叫び声が響く中で俺は少女に霊力を含めた俺の血を飲ませる。
血は少女の身体を巡り、少しだけ霊力を取り込ませる。それは、この現実を見せるには十分な霊感を持たせた。
だから、少女は俺の巫女としての本当の見た目を見て呟いた。
「綺麗…お姫様みたい」
…いや、先にそこ行く!?繭とか、糸だらけの部屋とかの方を見ようよ!そして、曇ってよ!幸せだった一時が幻覚でもう家族は全員死んじゃったことに嘆き悲しんでよぉー!
そんな俺の心の叫びを隠しながら俺はハルとして元気良く笑い掛けた。
「残念、ボクはお姫様じゃなく君を助けにきた王子だよ~!それじゃ、化け物退治するからボクから離れないでね?」
「…うん。でも、化け物なんて─?きゃぁ!?あれ、あれなに?クモさんの化け物…?!あぁー!キューちゃん、返して!」
ふむ─この少女。心が強いフレンズなのか?それとも、ちょっと天然さん?まぁ…しょうがない。取りあえず離れよう!このままだと少女もろとも俺を殺そうとするかもだし!
「はいはい。おねーちゃんが取り戻してあげるから落ちついてね~?ほら、リラックスリラックス!」
「…で、でもおねーちゃん、傷だらけだよ…?痛くないの…?そうだ、お母さん!救急箱どこだっけ─お母さん、お父さん…?」
俺の手の中で少女は変わり果てた両親を見つめた。糸によって操られ、卵を植え付けられている…そんな姿を。
その瞬間、俺が待ちに待った絶望に彩られた顔と絶叫が響いた。
「いやぁ、いやぁ…!お父さん、お母さん…!わ、私のせい…?また私のせいで…死んじゃったの…?皆、皆…私が─殺したの…?」
ゆっくりと何が起きたのか思い出しながら少女は絶望という渦に飲み込まれ自分を責めて泣き叫ぶ。
「あぁもう!ハル?ここは私が抑えておくからその子ちゃんと立ち直らしてね!?」
それを見て、おねーさんは俺達を守る為に氷のドームを作り俺に少女を託した。
その思いを受け取り、俺は少女の心に触れるために全ての意識を少女へ向けた。
きっと少女は自分がナニカに助けを求めたから、二人が死んでしまったのだと思ってしまったのだろう。だから、俺は優しく抱き締めて目を合わせて優しい言葉を掛けた。
「ううん、君のせいじゃないよ。…これは、あの化け物のせい。君も被害者なんだよ…。だから、大丈夫。自分を責めないで、ね?」
「違う、違うの…サキが、助けてって頼んじゃったから…だからマモルの時みたいにお母さんとお父さんが…」
それでも、少女は自分が悪いんだと泣き叫び自分を傷つける。それは、この現実が彼女に与えた傷の深さを見せるには十分で…壊れかけの花瓶のように不安定さを物語っていた。
だから、俺はアヤノの力によって見た少女の本心を暴き…利用した。
「…いや、サキちゃんは助けを求めてなかったでしょ?ただ、眺めていただけ…耐えていただけだよね。自分じゃどうすることも出来ないことを理解して、それでも幸せな夢を見続けていたんだよね」
「…違う、違うもん」
「いいや、本当の事なんだよ。だってサキちゃんは、誰かにこの現状を伝えた?助けてって誰かに頼んだ?…違うよね。ただ、いつか良くなる…明日にはきっとって耐えて耐えて、眺めていたんだ」
「…うぅ、だって…だって!助けを求めれる人なんて居ないだもん!それに何をすれば良いのかも、分からなかったんだよ…?だから、耐えて耐えて…いつか良くなることを夢見るしかなかったの…それしか、出来なかったの!」
サキちゃんは心の底からの言葉をやっと口にした。夢で覆い隠し自分自身が見ようともしてなかった現実をやっと見つめたんだ。
だから、俺は泣いて地面に伏せるサキちゃんの手を取って輝く星のように煌びやかに救いを垂らした。
「じゃあ、ボクに助けを求めてよ。だって君はまだ子供だからさ、誰にだって頼っても良いんだ。…いや、頼って欲しい。そして、君が歩みたい道を眺めるだけじゃなく、耐えるだけじゃなく君の意思によって歩んでいこう?そのために、ボクは幾らでも力を貸すから。…さ、何がしたい?何をして欲しい?」
「…サキは、サキは…アイツを倒して欲しい。お父さんも、お母さんも殺した…アイツを。本当はサキが倒したいけど…無理だから」
「うんうん、ちゃんと素直に頼れたね?分かったよ。でも、一つだけ祝福をしてあげる。君がこれからもちゃんと歩めるようにね」
そう言って、俺は憎悪に満ちた少女を抱き締めて月の神の加護を与えた。
それは、巫女になったからこそ出来るようになった一部の力の譲渡で…少女によって彩られる無垢なる弓だった。
「これ…弓だよね?」
「うん、少しの間君にあげる。それで何をするのかは君が選択して。それはちゃんと、その願いを叶えてくれる筈だから」
「…分かった。ありがとう…おねーちゃん」
涙を拭い、少女はやっと夢から覚め…自分の足で立ち上がった。なら、その少しだけまだ頼りない背中を押すのは、俺の役目だ。
…そして、俺に依存してもらってさらに曇らせるのだ…!はっはっはっ!これが地産地消というやつだな!
─よーし!じゃ、一旦のハッピーエンドに向けて頑張るぞー!
「おねーさん!もう大丈夫!それじゃ、サキちゃん?一緒に頑張ろー!」
「…うん!」
「…はぁ。元気そうね、私はもう無理。後は頼んだわ」
「了解!おねーさん、ありがとね」
「ふん、ハルの為だけじゃないわ。ただ、私は…こんな世界でも希望はあるんだって思いたかっただけ。それだけだから…」
真っ赤になった顔を逸らして、おねーさんは少し嬉しそうにしながら壁へ寄り掛かる。
それは、少女を救えたからか…それとも少しだけ自分と似ている少女が希望を見れたから自分も変われるかもしれないと希望を見出だしたのか、分からないがそれでも少しだけ安堵しているようにも見えた。
だから、俺はおねーさんの頭を撫でてから騒ぐおねーさんの声を無視して神降ろしを本格化させた。
きっと、この先に少女の救いがあると信じて─。