努力しすぎた最強の荷物持ち俺 ~見た目のせいで強キャラに勘違いされ、引くに引けなくなったヘタレ魔女の代わりに強敵を蹂躙していく~ 作:滝浪酒利
「荷物、持ち……」
翼を広げた天使、ツァドキララは繰り返すように呟いた。
その視線は、俺の握る魔力の剣にじっと固定されている。
「その剣……人間はおろか並の天使すら認識できないだろうけど、僕にはわかる。とてつもない魔力密度で因果空間を強引にぶち破り、この世の次元のむこう側に達しているね」
言葉の意味はよく分からないが、そうなんだと俺は頷いておいた。
「でも、所詮はその程度」
吐き捨てた瞬間、少女の背中から大樹のように大量の白翼が生えた。
それらすべてが、恐らくこの世の何よりも鋭利な刃となって殺到してきた。
東西南北縦横無尽、あるいは時間を無視した過去未来からの奇襲や引き延ばされた攻撃の残留、さらには人間の脳みそでは到底説明できない方向からの攻撃と、翼刃の嵐はまるで三次元の空間に収まりきらない暴風雨として襲いかかって来た。
だがその程度なら、なんとかなる。
まあとりあえず、全部斬り落してみるか。
「――!」
避ける、斬る、撃ち破る。
斬り飛ばされた翼が光の粒子となって舞い散り消える。当然のように斬り飛ばした端からそれらは再生するが、このペースなら問題ない。
すぐに本体に、俺の刃は届く。
「ちっ!」
顔面すれすれの一撃をブリッジで回避したツァドキララは、そのまま大量の翼ごとバックフリップで後方回避。
さらに空中へ飛翔し、俺の間合いから逃れ出た。
「呆れた……多層十六次元方向から攻撃してるのに対応してくるなんて、君本当に人間? まあいいや、手数が無駄なら圧倒的な火力で消し飛ばすまでだよ。宿命因果すら滅する上級天使の力を食らがいい!」
その手のひらに、すごい量の魔力が収束していく。
「幸福濃縮! 絶滅昇天ビーム!」
極彩色の破壊光線が、頭上から俺に向かってぶち込まれた。
それは恐らく、あのプロトタイプ魔王の破壊光線よりも遥かに洗練された威力と精密さと密度を持っていたが。
上段に構えた魔力の剣を一振りし、水を切り裂くようにぶちまける。
そのまま跳躍して、俺は天使の顔面に前転しながら蹴りを入れた。
直撃。叩かれたハエのようにツァドキララは地上に落され地面にめり込んだ。
「がはっ……馬鹿な……っ⁉」
「……」
瓦礫の中から身を起こす天使を、俺はじっと見下ろした。
これが七大天使。まあ、確かに強い。多彩な手数に単純な力量、どれをとっても俺が今まで戦ってきたどれよりも誰よりも格上だ。
けれど負ける気はしない。いつも通り、勝てる相手だ。
心の中で悟った瞬間、俺の胸には図らずも落胆が去来した。
それが、小さなため息として漏れた。その時だった。
「……おい、いま、君、ため息ついたか」
「あ、いや、ごめん」
立ち上がったツァドキララが、凍えるような怒りを瞳に燃やしてにらんだ。
その威圧感に、俺は本当に久しぶりに鳥肌のようなものを感じた気がした。
「人間如きがぁ、この慈愛の七大天使! ツァドキララを見下ろして、何をため息ついてやがるぅぅうううう‼‼」
怒りの叫びがびりびりと揺らすのは、空気ではなく空間だった。
景色が歪み、ひびが入る。
「……いいだろう。まったく意味わからないけど、君が理解不能な強さに達してるのは認めてやる。だから、本気を出してあげるよ」
そして一転、静かに呟いた彼女がパチンと指を鳴らすと。
世界が切り替わった。
「ここは……」
俺は周囲を見まわした。
そこはあの地獄ではない。どこまでも続く真っ白な地面と、青い空以外は何もない世界。まるで雲の上のような場所だった。
「ここは煉獄。主に僕たち天使同士の決闘に使われる別次元だよ。
ここでなら僕は、世界保全上の安全規約に縛られずに本気を出せる」
目の前に降り立ったツァドキララの姿はもう、ツララだった時とはかけ離れていた。純白の衣服に長く伸びた髪は銀に光り、その瞳はこの世のものではありえないほど蒼く輝いている。
だが、俺が最も驚いたのは。
「え、えぇぇぇえ⁉ な、なんですかこれー‼⁉」
なぜか、俺の隣にマリーがいたことだ。
「なんで?」
「す、スルトさん⁉ な、なんなんですかここ、私さっきまでカーラを安全な場所に運ぼうとしてて……」
「僕が呼んだんだよ。マリーもこの次元にね」
ツァドキララが言った。
「僕たち天使はルールとして、自衛以外の理由で非敵対状態の生物を殺せない。けれど、敵対的な生物ならばその縛りは関係ない。
だから荷物持ちの君と、さっき僕に生意気な口を叩いたマリーを敵対生物と判断して、この決闘空間に転移させた」
「…………な、なんで私を⁉」
狼狽するマリーに対して、天使はそよ風のように微笑んだ。
「だって君がいれば、彼の足手まといになるだろう?」
「――な」
「さて、荷物持ち。いくら君でも足手まといの一般人を守りながら本気の僕と戦えるかな? それとも見捨てるかな? どちらにせよ僕は優しいから、二人で一緒に死なせてあげるよ」
「ひ、卑怯ですよ、この野郎!」
「卑怯? それって、対等な相手との勝負に使う言葉でしょ?」
天使は可愛らしく首を傾げた。
「上級天使であるこの僕と、虫けらの人間ごときが対等なわけがないじゃないか。害虫駆除に効率的な手段をとったとて、卑怯と呼ばれるいわれはないよ」
「…………~~っ‼」
マリーは怒り心頭、という風に顔を真っ赤にして地団太を踏んだ。
まあ、はじめて天使の本性を目にすればこういう反応も仕方ないだろう。
俺はその肩を、指先でとんとんした。
「なっ、なんですかスルトさん――」
「ごめん」
「へ? きゃぁっ⁉」
左手でマリーを抱き上げた。そしてもう片手に魔力の剣を出す。
片腕を封じられた格好だが、マリーの安全のためにはこうする他なかった。
「少し、我慢してて」
「は、はい……あの」
「?」
マリーは、まだ怒っているのだろうか、顔を赤らめて。
「ごめんなさい。足手まといで」
「いつものことだし、別にマリーじゃなくてもそうだし、気にするなよ」
「そうですね……あの、スルトさん。こんなの気休めにしかならないですけど」
「?」
胸元に収まったマリーの赤い瞳が、真っすぐに俺を見つめて言った。
「頑張って、ください。応援してますから」
なぜだろう、マリーにそう言われた瞬間。
片腕が使えない。重心が不安定になる。彼女の安全に常に意識を割かなければいけない。だというのに、それらがまったく気にならなくなった。
そこでツァドキララの声が、まるで世界そのもののように反響して鼓膜を揺らした。
「そして、さらにダメ押しだ。これ使うとね、後で報告書提出するのがめんどいから嫌なんだけど、もういいや。見せてあげるよ。慈愛の力を!」
両手を掲げた天使の指先が、空中に何かを描くように動き。
「――世界運営権能解放。〈
ツァドキララの背後に、光り輝く
そして目の前に、前触れもなくツァドキララが現れた。
「瞬間移動?」
それが奥の手か。と拍子抜けした途端。
「――違うよ。これはただ、本気を出して移動しただけ」
瞬時に襲いかかる翼と拳を避けて、俺はカウンターでそのすべてを斬り飛ばした。が、次の瞬間、我が目を疑った。
斬れていない。
確かな手ごたえとともに切断したはずの翼とツァドキララの腕が、何事もなかったように元に戻っている。
そして刹那の驚愕の隙に、横薙ぎの翼の嵐が俺を弾き飛ばした。
辛うじて剣での防御が間に合ったものの、体に無数の裂傷を刻まれる。
「スルトさんっ……⁉」
「大丈夫」
マリーだけは守り切った。だから問題ない。
しかし一体どういうことか。
再びの瞬間移動とともに襲いかかるツァドキララと無数の翼の大瀑布を斬り払うが、やはり、切断したはずのものがされていなかった。
再生? いやそういうのとは違う気がする。
なにか、初めから俺のしたことそのものが無かったことにされているような奇妙な感覚だった。
「そうだよ」
超高速の打ち合いの中で奇妙にはっきりと、勝ち誇ったような天使の声が響く。
「慈愛の権能〈
「な⁉ そ、そんなのズルじゃないですかっ!」
俺の胸元にしがみついたマリーが叫ぶ。ごもっともである。
「悪いけど、僕たち天使なんだよ。この世界のルールはさあ!」
そして再び多次元方向からの翼の乱舞。だが俺はもう斬り飛ばして相手の手数を減らせない。
翼を弾いて他の翼刃に衝突連鎖させることで対処するが、すぐに限界が来る。
たまらず俺は後ろに下がって、しかしツァドキララは瞬間移動で追いかけては来なかった。
勝利を確信した余裕か、泰然と翼を広げたまま浮遊しこちらを見下ろす。
天を踏みしだくその姿は、まさに大天使と言うべきか。しかしながら。
「スルトさん……これ、大丈夫、なんですか」
「いや、どうしようかなあ」
流石に、こういうインチキをされたのは初めてだ。
だが、戦いで追い詰められるのは初めてじゃない。
俺はマリーを抱く手に、少しだけ力を込めて、安心させるように言った。
「大丈夫。なんとかするから」