努力しすぎた最強の荷物持ち俺 ~見た目のせいで強キャラに勘違いされ、引くに引けなくなったヘタレ魔女の代わりに強敵を蹂躙していく~   作:滝浪酒利

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第7話 責任とってください

 そして、俺は元の世界に帰還した。

 時刻は朝。悠久の時を経て再会した太陽と青空は、涙を流すほど眩しかった。

 俺が戻ってきたのは、あの日天使と出会ったのと同じ道だった。

 とはいっても、後から考えればそうだったかもしれない、程度の話である。

 なにせ、俺は道路とか建物とかいった、およそ文明的なものの存在をほとんど忘れかけていたのだから。

 

 ふらふらと、まるで夢遊病者のように俺はその場から歩き出した。

 周囲の光景を見回しながら、リハビリのように世界のことを思い出していく。

 確信はないが、地獄に送られたあの日から、街はほとんど時間が経っていないように思えた。

 ふと、背後から声をかけられた。

 

「おい……お前、スルトか?」

「?」

 

 スルト……? そうか、俺の名前だ。そういえば、俺はそんな名前だった。

 ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは筋骨たくましい巨漢の男――誰だっただろうか。遥か昔にどこかで出会った気がするような、しないような。

 

「おいおい、なにボーっとしてんだ。俺だよ俺! 「滅牙天狼騎士団」の団長だよ。

 ところでスルト……お前、一年ぐらい前に急にいなくなったと思ったら、こんなとこでぶらぶらしてたのか。一体今まで何してたんだ? 田舎に帰ったんじゃなかったのか?」

 

 そうか、ああ、団長だ。

 お久しぶりです、とか言わなきゃいけないだろうか。

 

「……うん? お前なんか大人びた、というか老けたか? いや、気のせいか。まあいいや。どうせヒマだろ。ちょっと付き合え。また会ったのも何かの縁だ。話がある」

 

 最近、魔物が凶暴になってるんだ。

 近くの定食屋に俺を連れ込むと、団長は開口一番そう言った。

 

「半年ぐらい前、西に魔王とかいう魔物の中でも超絶した個体が現れて、そいつと関係してるのかは分からんが、各地で魔物の動きが活発化したんだ。

 最初は俺たち冒険者にたくさん依頼が回って来るようになって稼ぎが増えた。けど、魔物の強さと凶暴さも増しててな。ほとんどの旅団(パーティー)で怪我人が増えて、業界は深刻な人手不足さ。もちろん、ウチもだ」

 

 団長は木製のビールジョッキを片手に、ポークソテー定食の前で深いため息をついた。 

 

「だから、その……お前はホントにびっくりするぐらい弱かったけど、人手不足だからこの際ぜいたくは言わねえよ……良かったら、また荷物持ちに雇ってやってもいいぞ。前よりは、少し高く給料も出してやる」

 

 俺がパンと川魚のクリーム煮定食に手を付けるタイミングをうかがっているうちに、団長の話は終わってしまった。

 なんて言ったらいいか分からなかったので、とりあえず俺は頷いた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 そして――。

 

「う、嘘だろ……」

 

 手元から、用の済んだ魔力の剣を消す。

 ほどほど街から離れた草原にて、周囲には死に絶えた魔物の群れが転がっている。

 街の近傍で集団化しつつある魔物の討伐、という市議会からの依頼だった。

 俺は再会した旅団の皆と一緒に現場に荷物持ちとして同行して、そして思いの外、開始された戦況が劣勢だったので加勢した。

 その結果、一瞬でこうなった。

 全員が俺を見て絶句しながら、信じられないように目を見開いている。

 

「お前、いつの間に、そんなに強く……」

「えと、あの……」

 

 震え声で訊ねる団長。けれど俺は、ちゃんと答えることができなかった。

 地獄での日々は長すぎた。そしてその間、俺は会話はおろかロクに発話さえしてこなかったのだ。あのプロトタイプ魔王とだって、最初と最後に少しだけ言葉を交わしたぐらいである。

 だから俺は、人間相手との会話の仕方を完全に忘れていた。

 いや、それでも、頑張って何か答えなきゃ、失礼だし。

 話すということは、俺にとっては最早さっきの戦いの数千億倍の労力が必要とされる難行と化していたのだ。

 そうして、まるでまだ言葉を覚えていない赤ん坊のようになりながら、どうにか声を絞り出そうとする途中。

 団長が俺の肩を強く叩いた。

 

「お前、すげえじゃねえかっ‼ スルト!」

 

 団長は嬉しそうに叫んだ。褒められているのだと、俺は一瞬遅れて気が付いた。

 そしてその一声を皮切りに、他のみんなも口々に声をかけてきた。

 

「ホントそうだぜ! どこでどんな鍛錬してたんだお前‼ 万年荷物持ちだと思ってたけど、実はすげえ奴だったんだなあ……」

「あの剣の魔法……すごい。一体どうやって身に着けたの? 私が指導した時は全くこれっぽっちも魔法の才能無かったのに……」

 

 みんなが口々に俺を褒める。興味を持って俺を見る。もしかしたら、これはかつての俺がずっと望んでいた光景なのかもしれなかった。けれど。

 今の俺には、とても耐えられなかった。

 

「あ、いや、あの……その……」

 

 体が熱い。心臓が爆発しそうなほどうるさい。緊張で喉が干上がって頭が真っ白になる。言葉がなにも浮かんでこない。

 人と会話することに、俺はそれほどまでに緊張するようになっていた。

 ――ああダメだ。もう、限界だ。

 

「すいません……お、俺、仕事辞めます」

 

 だからそれだけを言って、俺はその場から全力で逃げた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 旅団(パーティー)の元から走り去った俺は、離れた森の中で深々とため息をついた。

 

「……やばい」

 

 これからどうしよう。

 冒険者はもうできない。

 だって常に旅団の仲間と会話したり、依頼者とかと交渉したり、店での買い物や宿に泊まる時など、何をするにしても他人と話す必要があるんだから。

 無理だ。元からあまり得意ではなかったが、俺にはもう絶対不可能なレベルだ。

 地獄から帰ってきた俺は、前より遥かに強くなった。

 しかしそれと引き換えに、社会性とコミュニケーション能力を完全に失い。

 壮絶な人見知りと上がり症を発病していたのである。

 

「なんで、こんなことに……」

 

 俺は絶望した。やばい。冷静に考えると冒険者稼業どころか、これでは普通の生活すらできない気がする。他人と一切しゃべらずに済む仕事なんて存在しない。

 そこでふと、俺はあの地獄に故郷のような恋しさを覚えた。あそこにいる間は、ただ戦っているだけでよかったのに……。

 これではあべこべだ。帰りたかったはずの元の世界に耐えがたい生き辛さを感じ、苦しかったはずの地獄を郷愁するなんて。

 だが、ならばとにかくこれからどうすればいいのか。俺はしばらく、物言わぬ樹木に寄りかかりながら考えて。

 

「……よし」

 

 決めたと同時に、立ち上がった。

 戦おう。

 少なくとも、魔物と戦っている間は楽だ。他人としゃべらなくていい。

 だから戦おう。残りの人生はもう、一人でひたすら魔物と戦うことだけに集中しよう。もう、俺はそれしか知らないのだから。

 食料とかは何とかなるだろう。魔物の中には食える奴もいる。地獄で何千億回か暇潰しがてらに料理したこともある。焼いただけだが。

 そこで俺は思い出した。団長の言葉。西方に超絶個体の魔物――魔王がいると言っていた。

 

「行ってみるか」

 

 こうして俺は、他人と話せなくなったから、という極めて消極的な選択の結果。

 魔王との戦いに人生を捧げることを誓って西に歩きだした。

 その結果。

 俺の戦いは、一週間ぐらいで終わった。

 

「グワアアアアアァァ……」

 

 魔王が死ぬ。

 西へ行きながら道中で出会った魔物を倒し続け、ひたすら進み続けた結果。

 俺は一切、何の苦戦もしないまま魔王とその配下を全部倒していた。

 あのプロトタイプ魔王よりも遥かに弱かったとはいえ、その次点ぐらいには強いはずの魔王が消滅する。

 

「……」

 

 俺はふと、かきむしるような激しい虚しさを覚えた。

 地獄での戦いは充実していた。常に限界を超えるための試行錯誤の連続だった。

 しかし今はもう違う。戦えば戦うほど、胸には絶望的なつまらなさだけが降り積もっていく。

 どんな相手でも、瞬殺できてしまうのだから。

 プロトタイプ魔王との決戦の中で、最後の最後で劇的に成長してしまったせいか。

 俺は、もはや戦いの中で生きるにはあまりにも、強くなり過ぎていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 結局、俺は田舎に帰ることにした。

 忘れかけていた故郷の村をどうにか思い出して実家に帰り、余っていた耕作地のはじっこを分けてもらった。

 その隣にこじんまりとした独居小屋を用意して、畑仕事をはじめた。

 黙々と、村人との会話は最低限にして日々を過ごす。

 社会性が喪失しているので、他人との交わりに楽しさを見出せない。

 かと言って戦いも瞬殺で終わるせいで、つまらな過ぎてむしろ苦痛。

 俺は、人生に目的を失っていた。

 

 あの天使、プロメを探して復讐しようかとも一瞬考えたが、やめた。

 どこにいるかも分からない相手を探して道行く人々に訊ねて回るのは面倒だし、自分から他人に話しかけたくない。

 何より怒りとか恨みとかいった感情はもう、あの地獄での長すぎる時の中で完全に風化していた。

 わざわざ探してやろうというほどのやる気など、俺は欠片たりとも持てなかったのである。

 だから俺は一年ぐらい、故郷の村で黙々と畑を耕して生活していた。

 楽しくはなかったが平和な日々だった。生まれた村だけあって、村人たちはあまりにもしゃべらなくなった俺を不気味がりつつも、辛うじて受け入れてくれた。

 そんなある日のこと。

 

「やっと、見つけた……」

 

 ある日の午前中いつものように一人で畑仕事をしていると、見知らぬ声に背中を刺された。

 振り返ると、そこに立っていたのは見知らぬ少女だった。

 一目見ただけで、叩きつけられるような凄まじい威圧感を全身の肌で思い知る。

 紫色のローブコートとツバ広三角の魔女帽子。漆黒の中に輝く白銀をまぜた二重色の長髪の下で、血のように赤い深紅の瞳が俺をにらんでいる。

 ……なんで?

 俺は何も言えないまま、ただただその場に固まった。

 少女の見た目が――というよりも、初対面の人間との会話そのものが俺にとっては魔王よりよほど恐ろしかったからだ。

 

「私は……マリー。マリエルテ=ラベドワイエルといいます」

 

 澄んだ声音に怒気をにじませながら名乗りを終えると、少女は俺に詰め寄った。

 そしてなぜか、泣きじゃくりながら俺の服をつかんで食ってかかった。

 

「あ、あ、あなたのせいで、わたしっ‼ 大変な目にあってるんですから~~っ‼ せ、責任とってくださいっっ‼」

「――は?」

 

 それが、俺とマリーの出会いだった。

 

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