めいっぱい甘くしたつもりです。
土曜日、今日は休みの日です。
外はまあまあしっかり雨が降っていて、傘を差しても足元が気になるレベル。
普段なら家でゴロゴロしてるんですが……
そんな休みの日に、俺は朝9時前から立川駅にいます。
なぜかというと、今をときめくカリスマインフルエンサーの中の人、綾紬芦花様にデートに誘われたからです。
光栄なことですね。
昨日の帰り道のことを思い出す。
「デ、デート? 荷物持ち的な?」
「ううん、ちゃんとデート。男女で遊びに行くやつ」
「おおう……」
「……いや?」
この展開で、俺に断るという選択肢などなかった。
顔面国宝が傘の中至近距離から少し上目遣いで「いや?」って。
俺がちょろいわけではないと主張しておきたい。
待ち合わせは9時半なんだけど、まあこういうのは早めに着いておくものだよね。
無いと思うけど、芦花がナンパとかされたら嫌だし。
家が近所なのにわざわざ駅で待ち合わせなのは、芦花曰く「そういうもの」らしい。
まあ、正直わかる。
特別感あるよね。
芦花がこのお出かけになぜ特別感を出したいのかは謎だけど。
「お待たせー!」
聞き慣れた声に顔を上げると、芦花が手を軽く振りながらこちらに向かってくるのが見えた。
「いや、俺もさっき来たとこ……」
お決まりの返事を返そうとした俺の語尾は尻すぼみになった。
芦花があまりにも綺麗すぎる。
白のシアーなブラウスに、黒のマーメイドロングスカート。
足元は綺麗なレースアップのサマーブーツ。
普段から芦花の配信を見ているおかげで、辛うじてわかった。
髪をまとめて左肩に流していて、ちらりと見えるうなじに目線を奪われそうになる。
「今日は綺麗系に仕上がってて、いいね」
「うふふ、ありがと。圭もかっこいいよ」
「そりゃどうも……」
小さい頃からやっていたおかげで、見蕩れながらも無難な褒め言葉は出せた。
危ない危ない。
お返しの芦花の褒め言葉はたぶんお世辞。
俺の今日の服装は、ネイビーのバンドカラーシャツに、アンクル丈のチノパン。
芦花に少し前に見繕ってもらった時に芦花がそう言っていた。
芦花の選んでくれたものだから間違っては無いはずだが、素材がね……
「ちょっと早いけど、行こっか」
芦花はそう言って、自然に俺の手を取って歩き出した。
自然過ぎて一瞬気づかなかった。
芦花に引っ張られる形で少しバランスを崩しかけて、慌てて足を動かす。
「え? えと……」
「どうかした?」
「……いや、なんでもないや」
「そう?」
俺の困惑の声に振り返った芦花の顔はすごく楽しそうで。
手を繋いだ意図を聞くのも野暮かな、と思った。
結局俺は芦花が幸せそうなら何でも良いのだ。
さっきちょろいわけじゃないって言ったけど、やっぱ芦花相手にはちょろいかも。
……手を繋ぐことを受け入れたら、今度は手汗が気になってきた。
芦花と手を繋ぐなんていつ以来だ、なんなら小学生以来とかでは?
小学生の頃の芦花はかわいらしいねーが全面に出るから意識なんてしてなかったけど、今日のバチくそ可愛くて綺麗な芦花さんと手を繋ぐのはさすがに意識しちゃうって!
そもそも前世ではこんな経験なかったから、実質初めての女の子との手つなぎだ。
意識するともっと手汗が出てきてる気がする!
違うこと、違うこと考えねば。
あ、そうだ。
「そういえば俺今日どこ行くのか聞いてないんだけど」
「言ってなかったっけ。じゃあ内緒〜」
「えー」
電車の中、俺の左手はつり革、右手は芦花の手を握る。
車内はぎゅうぎゅうという感じではなくて、ちょっと安堵。
まあ……変なやつがいないとも限らないから。
無言でも気まずくなったりしない関係性ではあると思うけど、せっかくのデ、デートでただ黙っているのはよろしくない。
というわけで。
「この前彩葉がこんなこと言っててさ」
「また無理してるのかよ酒寄は……」
酒寄の話をしたり。
「そういえば昨日真実がなあ」
「相変わらず食いしん坊だねー……」
真実の話をしたり。
デートで他の女の子の話……って思うかもしれないけど、それが俺たちの関係である。
四人で仲良し、いえい。
まあそもそも恋愛関係とかじゃないし。
それに先にそういう話をし始めたのは芦花だから、俺は悪くない。
……誰に言い訳してるんだ俺は。
今日はずっと調子が狂いっぱなしだ。
こんなことで一日持つのか心配だ。
「とうちゃ〜く」
芦花がおどけて言った。
一時間ほどをかけて乗換え乗換え、最後に降りたのはでっかい電波塔の最寄り駅。
確かここは下が複合施設になっているので、そこが目的地だったんだろう。
「なんかファッション系のとこ行くものだと思ってた」
「それじゃ圭があんまりわかんなくて楽しくないでしょ? 今日は圭にもめいっぱい楽しんで欲しいから」
芦花はウインクして見せた。
「まずは水族館から、行こ!」
「おっけー……ってそんなぐいぐい引っ張らんでも、水族館も俺も逃げないから!」
芦花がここまでテンション高いのも珍しい。
梅雨のジメジメも吹っ飛ばしてくれそうな明るさに、俺も自然と笑顔になった。
入って最初はクラゲのコーナーだった。
「こいつら何も考えずふわふわしててうらやましい」
「圭は進路のこと考えなきゃだもんね」
「そうなんだよなあ……今は忘れたい」
「じゃあクラゲかわいいよねって話する?」
「んー、俺はぶっちゃけちょっと怖いかも」
「そう? 毒あるから?」
「いや、光が当たって幻想的なのが、なんか怖さすら感じる」
「言われたらちょっとわかるかも。怖いなら手握ってあげよっか」
「そもそももう握ってるじゃん」
「そうだった」
ぼんやりと青い光に照らされる中わざとらしくテヘペロする芦花は、俺にとってクラゲよりも猛毒だった。
次はサンゴ礁に関するコーナー。
「圭、サンゴって植物なの? 動物なの?」
「動物ー。卵産むよ」
「へえ……圭さすがだね。そういうとこも好き」
「そりゃどうも……」
「あっ、こっちチンアナゴいるよ」
「さかな〜」
「???」
そうだった、世代的に伝わるわけなかった。
奇妙なポーズで固まる俺を見て、芦花がおかしそうに笑う。
まあ恥ずかしかったけど、芦花が笑ってくれたならお釣りがくるってものだ。
そのまま進むと、次は大きな水槽。
「こういうのどこの水族館にもあるよね」
「やっぱり目玉だもんな」
「素人には『いっぱい泳いでるー』くらいしかわからないけど」
「一応あっちに魚の解説とかあるけど……まあ、デートでそれを読み込むのもなんかね」
「圭もデートって言ってくれるんだ」
「芦花が最初に言ったんじゃん」
「ふふっ、ちゃんと格好も決めてきてくれて嬉しいよ」
そう言って笑う芦花は、キラキラ光る水槽より8000倍綺麗だった。
ペンギンがたくさんいる水槽もあった。
「圭はペンギン好きー?」
「可愛いよな、ずっと眺めていられる」
「……私とどっちが可愛い?」
「え?」
「なーんて、今のは」
「芦花のが可愛いよ、当たり前じゃん」
「忘れ……え、えへへ、照れるねなんか」
「自分で聞いておいて照れないでくれ……俺の方が何倍も恥ずかしいのに」
顔から火が出るかと思った。
芦花がニマニマしながら繋いだ手をにぎにぎしてきて、それが恥ずかしさを倍増させる。
でも芦花が嬉しそうだからまあいいかと思ってしまうあたり、俺は芦花に弱い。
ペンギン水槽近くのカフェにも寄った。
俺はペンギンの氷が浮かんだブルーハワイソーダ、芦花はオットセイ型のマシュマロが乗ったアイスココア。
それからシロワニを模したドーナツを半分に分け合う。
「そっち一口ちょうだい」
「ほい」
「ありがと……んー、ソーダも美味しい! はい、圭も一口どうぞ〜」
「いただきます……良い感じの甘さで美味い」
「こっちのドーナツ半分に分けなきゃだけど、可愛くてもったいない……」
葛藤の末えいやっとドーナツを半分に割る芦花が非常に可愛らしかったことを、ここに記しておく。
金魚が展示されているコーナーでは。
「金魚綺麗だね〜」
「色鮮やかで目の保養だよなー」
「……圭は将来ペットとか欲しい?」
「んー、犬飼いたい。豆柴とか。けどお世話がな、一人だとしんどそう」
「ふふ、そっかそっか」
芦花が意味ありげに微笑んだのが印象的だった。
最後はオットセイのコーナー。
「オットセイとアシカとアザラシの違いがわかんないや」
「オットセイとアシカは仲間だけど、アザラシは違う種類だね」
「へー……オットセイとアシカは同じなの?」
「いや、犬とオオカミみたいなもんかな」
「なるほど。圭は教えるのが上手いね、花丸あげちゃう〜」
「いえーい」
聞かれるとうんちく語ってしまうのは俺の悪い癖だと思うのだが、そんな俺に芦花は花丸をくれた。
「知識ひけらかすみたいになってごめん」と言ったら、「私が聞いたんだよ? 圭はもっと自分に自信持って欲しいな」と返された。
ありがとう、芦花。
全部回った後、出口側にあるミュージアムショップで、金魚をあしらったペアキーリングを買った。
「お揃いだね。ちゃんと使ってよ?」
「もちろん」
当然、思い出の品だから大切に使うに決まっている。
一生忘れられないよ、こんな幸せな時間。
あくまでイメージなんですが、デート先は東京スカイツリータウンがモデルです。
なので、この水族館はすみだ水族館のつもりで書いています(行ったことないけど)。
そもそも私は首都圏の人間ではないので、立川のイケイケ高校生が行くところなのかなんて知りませんが……
「東京 デートスポット 雨の日」とかで検索かけたし、なんならこれ書くために昨日近くの水族館行ってきました。
その努力と検索最中の虚しさに免じて多めに見て欲しい。
水族館は普通に楽しかった。
あとファッションもよくわからないので、文章無視して各々好きな服装をイメージしてもらって構わないです。