純潔騎士団は童貞神父の色に狂う 〜拗らせ処女の巣窟で女神が純潔の戒律を撤廃したらどうなるか。反動ですんごいことになった〜   作:ジョイントリーゼント

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10話

 

 な! ち、ちがっ――

 

「――私が……! 私があんなこと言わなかったら、助祭は一人で命を捨てようとなんて、しなくて……っ? ぁ、ぁ、でも私……いまでもアナトリアを見捨てるの、正しいと思ってる……。みんなを守るにはそうしなきゃって……でも、そうしたらリグレット助祭がっ……!?」

 

「ッ副団長……! 違います、副団長はなにも悪くありませんから! だからどうか落ち着いて――」

 

「――――ぁあ、ぁあぁぁあぁあぁ……! ちがう、ちがうの、私っ! 助祭の力になりたいって言ったのはほんとうで、死んでほしくなくって、でも! ……そうしたらみんなは!? 副団長なら、団員のこと、考えなきゃいけなくって! っ私、もう――――どうしたらいいのぉ……!!」

 

 慟哭するみたいに、絞り出すみたいに叫ぶ副団長。ルウガウルさんは知らない文脈が含まれてるからか、彼女はベッドの上で唖然としてる。

 

 俺が落ち着かせなきゃ……!

 

「違うんです、副団長! すみません、また私の配慮が足りていませんでしたッ。でも、私も副団長のあの判断が間違ってたとは思いません。ただそれでも、私は、私だけは……――向かわなければいけないんです……!」

 

「そんなことしたら……っ! リグレット助祭が、助祭が……ぁ――――――死んじゃうじゃないですかぁ……っ!」

 

 ぐ、ぅ。そんなことないって断言したい。そうしないときっと、副団長は俺が行くことを許してくれない。

 

 でも……俺一人で言って絶対生きて帰ってくるなんて。そんなこと、断言なんてできない……ッ。

 

 俺は絶望に染まる副団長を見る。両手で自分の頬を掴むように握って、呼吸は浅く、早く、その目からは止めどなく涙が。

 

 その様子にルウガウルさんも言葉を失ってる。

 

 くそ……。副団長、ほんとにいい人なんだよ。忙しいなか、俺みたいな下っ端にも目をかけてくれて、聖騎士団に男一人でも孤立しないようにって。

 

 そんな彼女が今まさに……もう、壊れる限界じゃんか……。

 

 確かに、俺にとってアナトリアは大事だ。それはきっと懐かしい景色を、父さんや母さんと歩いた道を失いたくないからだけじゃなくって。きっとなによりも――そこに暮らす人々が、俺にとって大切だから。

 

 でもそれなら、人が大事だって言うなら。

 

 いま目の前でこれでもかって苦しんでる、副団長はどうなんだ……ッ。

 

 ……――――――――

 

「――――…………わかり、ました」

 

 俺がそう、言葉を絞り出した瞬間。

 

 副団長の涙に濡れた目と、ルウガウルさんの困惑に染まった目が俺に向く。

 

 ……仕方ない、よな。

 

 もちろん故郷のことを諦めるわけじゃない。俺が生まれて、大切な人が暮らすアナトリアを、このままにするつもりは絶対ない。

 

 でも、俺にとっては副団長だって。聖騎士団に来てからの数年間、家族同然に過ごしてきた大切な人なんだ。

 

 けして、故郷を言い訳に蔑ろにしていい人じゃなくって。

 

 だから。

 

「……もう。副団長に黙って、一人でいなくなるなんて――――――ッ二度と、しませんから」

 

 目の前の大切な人を守るため、俺が言うべき言葉はそれだけだった――

 

 

 

 

 

 

 ……と、啖呵を切ったことに後悔はないんだけど。

 

 いま俺は、とんでもない混乱に渦中にいます。故郷の父さん母さんに聞きたい。俺間違ったこと言ってなかったよね、と。

 

 そんな心の声が実際両親に届くはずもなく。

 

「――んぅ……。ね、リグレット助祭……もっとこちらに……」

 

 どうしてこうなった? んんん?

 

 場所は変わらず俺の居室。でも、ちょっと前までいたルウガウルさんはすでに部屋を出ていって、残ってるのは俺と副団長の二人だけ。

 

 で、問題なのは。

 

 ――――なぜか俺たち二人が、同じベッドに並んで横たわってるんだけどッ。

 

「あの、副団長……。ちょっとくっつき過ぎでは?」

 

「……! なんで? でもリグレット助祭、お詫びになんでもするって。言いましたよね――?」

 

 至近距離で、潤んだ瞳がじぃっと俺を覗く。

 

 いや確かに言ったけどね。こんな状況になると思わんわ!

 

 ダメだろこれ、成人した男女が二人でベッドとか。こわいこわい、俺はなに求められてるんだ……ッ? いらんことして心労増やした復讐だとしたら、いっそ思いきり怒鳴られた方がましなんだけど。

 

 師匠曰く「女と思うな」と称された聖騎士という生き物の、その意図がわからない行動に。いま俺の心は千々に乱れている。

 

 にしても。副団長、いつもは威厳もあって立派に見えてたけど。

 

 明かりを消して、ベッドに入って。こうして肌と肌が触れ合うほどの近くにいる、暖かくて、柔らかくて――――息を呑むほどに、小さい。

 

 俺は思わず心配になって口を開けて。

 

「……あの、副団――」

 

「――いいんです。言わなくてもわかっています、助祭が思っていることなんて」

 

 副団長? なにを。

 

「見損なったでしょう? 幻滅したでしょう? ……役職なんて飾りですよ。私だって一枚皮を剥けば、こうしてただの……――めんどうで幼稚な、一人の女……」

 

「そんな……。副団長はとても立派です。多くの聖騎士をまとめて、それなのに一人一人にもきちんと目線を合わせて。私もなんど貴女に助けられたか」

 

「ふふ。そう思ってもらえているなら……私の擬態は、よっぽど上手だったみたいです……」

 

 自嘲するみたいなその言葉。副団長の身じろぎが、彼女の反対を向いて横たわる俺に伝わる。

 

 俺の背中に添えられた、その手の熱が。

 

「ねえ、リグレット助祭……。私ほんとは、そんなにできた女じゃないんです。毎日必死に猫を被って、ボロを出さないようにして。それでやっと取り繕えていたのが、エリナリーゼ・フラウゼルという女」

 

「副団長……?」

 

「今だって、ほら。あさましくも、こんな状況をどこか喜んでる……――」

 

 ッ! さっきまでも近かったのに。副団長、いよいよ俺の背中に抱きついて!

 

 ――ふよん、と。おそろしく柔らかい感触が。

 

 ひぃ! ダメだってこれ、昔興味本位で師匠の突いたらボッコボコにされたトラウマが!

 

 …………なんて、俺の頭にあったそんな低次元の焦りは。

 

 ――続く副団長の声に吹き飛ばされた。

 

「――よかったよぉ……助祭が、行っちゃう前で……っ。ぅぐ、……私やだよ、助祭ともう会えないの。っ助祭が、ひどい目にあうのは……! ひぐ……っ」

 

 俺の背中に押し当てられ、くぐもった声。まるで幼子みたいな言葉遣いで、嗚咽を飲み込みながら、安堵と、また居なくなるんじゃって恐れをぶつけられて。

 

 本当に申し訳ないな……。きっと副団長、外からは分からなかったけど、もういっぱいいっぱいだったんだ。

 

 なのに、そんな限界だった副団長に俺が。

 

 ……――――なら。いま、俺がすべきは。

 

「副団長」

 

「……ぅう、ぐず……っ、……――――ぇええ!? 助祭、こここ、こっち向いて――」

 

 ベッドの中で体を回転させて副団長と向かい合う。

 

 よし。俺なんかにこんなことされるのキモいかもだけど。人間、心が疲れてる時ってやっぱこれだから。

 

 思えば俺も、教会に引っ立てられて親元から離された子ども時代、寂しさに泣いては師匠にこうされたっけ。

 

 そんなことを回想しながら俺は――――ぎゅっと。驚きに目を見開く副団長を抱きしめる。

 

「ぇえええ? えっ。これいいんですか、えっ、合意ですか……っ?」

 

 合意? ちょっとよくわからん。でも。

 

「他の人なら耐えられないほどの激務の中、ずっと周囲に気を配って。副団長にしかできないことです。でも、だからって甘えすぎたらダメですよね。本当にすみません…………なんて謝罪も当然ですけど。今の副団長に本当に必要なのは――」

 

「り、リグレット助祭?」

 

 戸惑う副団長の背中を、とんとん、と。深い感謝を込めて優しく叩きながら。

 

 

 

「――――副団長はもう、十分に頑張りました。今はただ……すこし、休みましょう」

 

 

 

 そう俺が言った途端。腕の中の副団長はぴくりと震えて、さっきまで少しあった抵抗が一瞬のうちに溶けて消えて――

 

「わ、私…………がんばった、ですよね……っ? そうだよね……? ぅぐ……ぅぅ。…………っもう休んでも、いいの――?」

 

「……はい。どうぞ、ゆっくりと」

 

「――――っっ。……ぅ、ぅう、……ぅぁあああぁあぁああ……っ!」

 

 そうして。また決壊するように溢れ出す、副団長の燃えるような涙。

 

 きっとこれまで副団長は頑張りすぎたんだ。頑張って頑張って、限界を超えても頑張って。

 

 だから今は、アナトリアはいったん置いてでも、俺が副団長は労わらなくちゃ。それがお世話になった上司への……大切な仲間への、人としてあるべき対応だよ。

 

 さあ副団長。今夜はもう全部忘れて、ゆっくり眠って――

 

「ぅう、あったかい、うれしい……。こんなのちっちゃいとき以来です……。…………私やっと気づいた、気づいちゃった……」

 

 ん?

 

 

 

「リグレット助祭はきっと私の……――――――おにいちゃん、だったんだ……」

 

 

 

 え? なんで?

 

「おにいちゃんなら。……いろいろ触っても、触られても、いいよね――?」

 

 ダメだけど! なんで隙あらば触ったり触らせたりするんだ!?

 

 俺の頭を困惑が占拠したまま。

 

 今日も夜は更けていく――

 

 

 

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