純潔騎士団は童貞神父の色に狂う 〜拗らせ処女の巣窟で女神が純潔の戒律を撤廃したらどうなるか。反動ですんごいことになった〜 作:ジョイントリーゼント
懐から取り出した護身用の短剣。敵を討つには頼りなくても、皮膚一枚切り裂けるくらいには手入れしてる。
だから。大して力も入れず、手首の表面をさっと撫でるように刃を動かせば。
「――っぁ! 血が……!」
副団長は悲鳴を飲み込み、それでも声を漏らす。
傷口から垂れた血は、手首を伝って床に……ってダメだ。床汚れちゃうじゃん! ええっと、俺の上着を床にほうって……。
「ふう、危機一髪。副団長の執務室を汚すわけにはいかなないですからね」
「っそ、そんなこと……いいですから! それより早く腕を!」
「あはは、大げさですよ副団長。こんなの怪我の内にも入りません。ほら――――【治癒】」
気合入れる必要もないからなあ。適当に、手癖で発動した魔術でも。
「はい。傷跡も残りません。大丈夫でしょう?」
「! ……はぃ」
しぶしぶ頷く副団長。その視線が床に放り投げた上着に向いた。白い法衣はぽつぽつと血の雫でまだらに汚れてる。
ルウガウルさんやシャリーアさんも、副団長ほどじゃないけどちょっと気になってるみたいな表情ではあるな……。
「骨折だって一瞬で治すんだから、薄皮一枚切れてどうにかなるわけないってわかってるけど。目の前で血を見るのはあんまり気分よくないね」
「そうですねぇ。あたしたち騎士じゃなく助祭の、ってのがより拍車かけますよね。こんなことでもなければ目にしないしぃ」
「まあ、お見苦しいものを見せて申し訳ないですが。もう少し辛抱してもらえたらと」
「見苦しいっていうか。……でも助祭、よく躊躇なく自分を切れたね。けっこう怖いと思うけど」
「ああ、それは……きっと、修行時代の副産物かもしれないですね。毎日生傷が絶えませんでした」
「ふぅん……」
うん。ルウガウルさんとシャリーアさんは、まあ大丈夫そうか。それより問題は――
「……ぅぐぅ。目の前で非戦闘員の、助祭の傷を見過ごすなんてっ……! 副団長としてあるまじき……っ」
ううむ、相変わらずの責任感に生真面目さ。これはきっと副団長の美点なのと同時に、弱点でもあるんだな。いつかきっと、副団長の重荷を一緒に背負える人を見つけないと。
だけど今は。
「これは、私が自分でやっていることですからね。副団長はお気になさらず。――では、次です」
そう言って、少し血に汚れた短剣を逆手に持ちなおして。今度は切るのではなく――――前腕に突き立てた。
「……ひ、ぃ……っ!? り、リグレット助祭!?」
「ちょっと、助祭……! やり過ぎじゃ――」
副団長とルウガウルさんが焦ったように声を上げる。
でも大丈夫。
「これくらいすぐ治せなきゃ、不死の小隊なんて大言壮語ですからね。なんてことないです、貫通もしてませんし」
そう言って、刺さった短剣を引き抜いて見せる。動脈までは傷つけてないから、血の勢いも弱いもんだよ。
「ぁぁぁああ! は、早く止血を……! 助祭、早くおねがいします……っ!」
「ええ、それはもちろん。【治癒】」
こんくらいなら最下級の【治癒】で十分かな。……ほら、すぐ治った。
それを見て副団長はほっと息を吐き、対してルウガウルさんは感心するように呟く。
「! すごい、刺し傷でもこんな簡単に」
「ええ、これくらいならまだだいぶ余裕ありますよ。もちろん遠隔でも大丈夫なので、多少離れたところの仲間にも【治癒】を飛ばせます」
「へぇ。治癒術師って全然いないけどそんな便利なんだ。たまの任務で外行くとき、助祭が着いてきてくれたら楽かもね」
「副団長や上の方の判断次第ですが、呼ばれれば全然行きますよ」
ルウガウルさんと談笑していると。
「……治ったって言っても、流れた血は消えないですもんねぇ。腕から血をしたたらせてるイケメンと、鋭い視線の狼少女。なんか怖いですね」
「あぁ……あんな大怪我、ほんとうなら私が絶対に止めなければいけないのに……」
シャリーアさんは大丈夫そうだけど、問題は副団長だな。長く続けてたらどんどん心労ためちゃうし、スピードアップしてこう。
「それじゃあ――――次も、いきますね?」
――そして。
自分で自分を切ったり刺したりすること、すでに十余回。俺の体はそこらじゅう血まみれで、床に置いた上着も真っ赤に染まってる。
そして……副団長の反応はというと。
「……ぁ、ぁああ。もう、やめてぇ。おにいちゃんの治癒魔術がすごいのはわかった、わかりましたから……!」
ちょっと可哀想になってきた。ぷるぷる震えながら涙目で訴えるみたいに。
でも、俺だって好きでやってるんじゃない。アナトリアを救うために証明しないといけないんだ。俺がいれば誰も死なさず魔族を倒せるって。
だから。まだ納得してくれないなら、次は腕でも落とすか。……でも、この短剣じゃさすがに無理だから、誰かに切ってもらおうかな、なんて。
そんなことを考えていた、その時だった。
ぷるぷるしてた副団長が、両手をギュッと握りこんで、足を床にダンッと叩きつけて。
そうして、言ったのだ。
「もう――――――アナトリア、行ってもいいからぁ……っ! だからこれ以上はやめてぇ!」
「! 本当ですか!」
ッよし! 許可、貰ったぞ!
副団長はなんか「ああ……言っちゃった」みたいな、どこか呆然とした表情してるけど。
でも、副団長の懸念だってだいぶ払しょくできてたと思うぞ。即死級の傷の治療までは見せられなかったものの、それ以外はだいたい行けたし。動脈やったし、指の欠損、あと臓器とかも。
「いや良かったです、本当に……! まだまだ考えなきゃいけないことがあるとはいえ、これでアナトリアを、故郷を見捨てなくて済むんですからッ」
「ぅ、うぅうう……! 聖騎士の選定は、私がやりますからね……っ! ぜったい、おにいちゃんを守れる子をっ」
むしろありがたいな、その方が。俺だってある程度のあてはあるけど、ちゃんとプロ目線で選んでもらった方が絶対いいし。
いやあ、円満にいってよかったよかった!
「と、とんでもないギャップですね。血まみれなのに妙に爽やかな助祭と……なんですかねあれ、子ども返り? みたいになってる副団長と」
「副団長、へんな薬でもやってるんじゃない?」
「そんなわけないって言いたいのに、疑念を捨てきれないんですが。でも、助祭も大概ですからねあれ。穏やかな顔で身体中ぶすぶすいって吐血したり、マジ怖かったですから」
「助祭はでも……――戦闘員でもないのに痛みに強いなんて、立派じゃない?」
「あれこれ、ルウガウルさんもやられちゃってます? そりゃ立派は立派ですけどぉ。あたし叫んじゃいましたよ、指切り落としたのにニョッキリ生えてきたの見て」
なんか俺のこと話してる? 痛み耐性はほら、さんざん師匠にしごかれたからさ。
……さあ、それじゃあ今はそんなことよりも。時間もないことだし、連れてく聖騎士を決めようじゃんか!