純潔騎士団は童貞神父の色に狂う 〜拗らせ処女の巣窟で女神が純潔の戒律を撤廃したらどうなるか。反動ですんごいことになった〜 作:ジョイントリーゼント
――――エリナリーゼ・フラウゼルは、生来苦労人であった。
聖都の貧しい王宮貴族、フラウゼル騎士爵家にて長女として生を受け。生まれながらに体は強く、魔力にも恵まれた。
容姿まで優れていたものだから、弱小貴族令嬢として逆に苦労することはあったが。しかし概して、貴族学校の小等部にいる間くらいは平和に生活できていた。
――両親の多額の借金のかたとして、変態貴族のもとへ売り飛ばされるまでは。
いま思い出しても寒気がする。あの脂ぎった二回り以上年上の男。
……幸いにして、手を出される前にその男は病気で急死し、またフラウゼル家に帰ることができたが。
それでもエリナリーゼは理解した。貴族社会における女とは、所詮金や地位に代えられる程度のものでしかなく、それは自分も例外ではないのだと。
そうして。生家に帰ってからのエリナリーゼは、以来自身の価値――強さを磨くことに取りつかれ、その才覚を伸ばしていく。
いつの間にか、多くの弟妹と挙句には両親の食い扶持まで稼ぐ羽目になったが、その生来の生真面目さと責任感から、聖十字教会に所属するようになってからも仕送りを続けた。
それからさらに、教会所属の戦闘職として腕を磨いて。やがてエリナリーゼは教会きっての戦闘集団、白銀聖騎士団へと所属することになる。
さすがにその頃には「これで私の価値は誰にも疑いようがないものになった」と、そう自負したものである。
しかし。今度はその有能さが自身の首を絞めることになるとは、この時のエリナリーゼは思ってもみなかったのだ。
当時、今から八年前。胸を躍らせ聖騎士団の扉を叩いたエリナリーゼを待っていたのは、あまりに酷い現実。
聖騎士団と言えば聞こえはいいが、その実彼女らは――多少物の覚えがよくめっぽう腕が立つ、ましらの群れ。まさにそんな状況だったのだ。
戒律は守るものの、それ以外のルールや規律などあってないようなもの。聖十字教会は比較的戒律が緩いこともあり、騎士団内での喧嘩やトラブルなんかは日常茶飯事で。
だというのに。妙に軍隊のように歪で強制力の強い上下関係があり、上の人間もみないい加減で。外へ任務に赴くたび、多数の怪我人や引退者が続出するような有様だった。
しかしそんな環境の中、しっかり者で腕が立つエリナリーゼは順調に出世を続け、管理職なんかになってしまったものだから――
「――――はぁぁぁぁあ。ほんとうにどうしたら。リグレット助祭……おにいちゃんを守る聖騎士……」
誰もいなくなった執務室でエリナリーゼは大きなため息を吐く。考えるのはもちろん、さっきまでここにいた騎士団付き助祭、クラウス・リグレットのこと。
「故郷を守りたいと思うのは当たり前、ですよね。でも、これは私のエゴだって分かっていますけど…………リグレット助祭にはどうか、傷つかず健やかにあってほしい……」
ついさっきも自分で自分を傷つけるような行為を許してしまった。そんな状況を受け入れざるを得ないのも痛恨だが、アナトリア行きの話はそもそも命が掛かっている。万全の布陣を整えないと。
「あぁ。いっそ私の部屋におにいちゃんを閉じ込めて、ずっと二人でいられたら…………――なんて」
できもしないことを考えるくらいなら、一秒でもクラウスの安全につながる思考をと。エリナリーゼは自戒し、書類棚から引っ張ってきた騎士団員名簿のページを繰る。
その真剣さはどうしても……他の騎士団員に向けるそれとは熱量が異なっていて。
――エリナリーゼにとってのクラウスとは、生まれて初めてできた頼れる人だ。
それはまるで、娘が父に、あるいは妹が兄に抱くような思い。そんな純粋なものだけかと問われれば、エリナリーゼは顔を赤くして口を閉ざすことになるが。
とにかく。クラウスはエリナリーゼが騎士団の中でも唯一心を許し、その行動に基本制限を設けない特例なのだ。
二人の出会いは今から三年前。すでにエリナリーゼが副団長に地位にあったとき、突然とある筋から聖職者が送り込まれて来た。
元騎士団の重鎮で、今は何をしているのかもよく分からない――そんな女性から送られてきたのは、まだ成人して間もない治癒術師の青年クラウスであった。
その女性のことはよく知らなかったが、団長からもよしなにと言われてしまったので受け入れざるを得ない。しかし初めはエリナリーゼもクラウスのことを警戒していた。
聖騎士団とは、純潔の戒律を課された乙女の組織だ。そこに若い男がひとり迷い込んだとあっては、どのようなことになるのか想像はたやすい。
しかし、そんな予想が良い意味で裏切られたと分かるのは、クラウスがやってきて少し経ってから。
――クラウスは、極めて紳士的だった。
騎士団という女所帯で、しかも男がいる生活に慣れていない無防備な騎士たちを前にして。それでもクラウスは一度たりとて紳士的な態度を崩さなかった。
加えて、その甘いマスクに、貴重な治癒術師の技能。むしろ騎士たちの方がそうそうに陥落して、クラウスに無骨なアプローチを仕掛け始めたのには頭を抱えた。
これは非の打ちどころがないぞと、そうエリナリーゼが思うようになるまで、あまり時間は必要なかった。
そして。そんな彼女の思いが、より熱量と過激さを増していくのにも。
「リグレット助祭が直接実戦に出るのは……――あの時以来、ですか……」
思い出すのは、クラウスがやってきて数ヶ月経った頃。聖騎士団にはぐれ魔族討伐の任務が下った日のことだ。
最初聞いた話では低位の魔族が一体だけということで、聖騎士の小隊をひとつ派遣して――――そして、現場から届いた連絡に血の気が引いた。
魔族は中位の強さを持ち、周囲の強力な魔物を率いて軍団を作っていたというのだ。
派遣した騎士たちは、現地の協力者も含めて多数が負傷。強力な治癒術師がいなければ聖騎士も命を落としかねない状況で、教会所属の治癒術師は誰もが危地へ向かうことに難色を示した。
頭を抱えたエリナリーゼに、しかし自ら手を挙げた者がいた。その人こそがクラウスだったのだ。
自分が現地に向かい、怪我人を全員治すからという言葉。その時点でクラウスの治癒術がどこまでできるか確証がなかったものの、他に選択肢はなく、追加の聖騎士とともに派遣した。
そして――その決断により、任務はなにごともなく終息したのだ。
「……唯一心残りなのは、リグレット助祭の活躍をこの目で見られなかったこと、ですね」
彼の活躍はすごいものだったと聞いている。
すでにいた数えきれないほどの怪我人と、継続する戦闘で増え続ける怪我人。それらすべてをほぼ一人で捌ききった。
戦場もほど近い、時には戦闘音すら漏れ聞こえるその場で。恐れ一つ、躊躇一つなく。
死者無く任務を終えたと報告が上がってきた時、エリナリーゼがどれほど感謝したことか。
その上――
「リグレット助祭は、上層部や部下に糾弾されていた私を。敵を作ることも厭わず庇ってくれました……」
仲間を傷つけた自責の念、自分なりに精一杯やったことへの非難。そんな諸々でいっぱいいっぱいになって、いっそ全部投げ出してしまおうかなんて自暴自棄になりかけて。
そんな時に手を差し伸べられた。自分は一人じゃない、力を貸してくれる人がいる、頼ってもいいんだと。そう思えたのはほんとうに――――生まれて初めてだったのだ。
だからこそ……涙が出るほど嬉しかったからこそ。
「――リグレット助祭が力を求めている時、私を頼ってもらえなかったことが情けなくって……。今度は私がって、ずっとそう思っていたのに……」
もちろん、クラウスはエリナリーゼにとって初めての「頼れる人」だ。自分がしっかりしなければと気を張っていたところに、まるで父か兄のような包容力をもって虜にされてしまったほどの。
だが、それは頼りきりになることとイコールではない。これまでエリナリーゼが培ってきた強い自分は、必要に迫られてではあったものの、けして嘘ではないのだ。
ときには甘えて力をもらって、返すべき時に返す。そうあってこそ、エリナリーゼはクラウスを求める自分に折り合いをつけられる。
そしていつかは――――……なんて。
「そんな甘い未来を夢見たっていいですよね。私、ずっと頑張ってきたんです。家族や部下や、いろんな人の面倒を見て。だから……彼を求める私を、私が許せるように――」
――クラウスが辛い時、一番頼れるのは自分でありたい。
だから。いまエリナリーゼがすべきことは。
「……………………決めました、アナトリアへ向かう聖騎士。――――待っていてください、おにいちゃん。貴方の大切な人たちはきっと……」
決意を固めたエリナリーゼは、愛しい彼の顔を脳裏に描きながら。すぐに準備をと動き出そうとして。
直後。
乱暴に執務室のドアを開けた闖入者に目を見開く。
「――――大変です、副団長……ッ! じょ、
助祭がッ!!」
「――――ですから。私たちはアナトリアへ向かおうとしていたんです。副団長も一度は枢機卿のご指示に逆らいましたが、今はもうそのご意志の通り動くつもりで」
「嘘を吐くな! あの強情な白銀聖騎士団副団長が、素直に従うだと? 信じられるものか!」
「いいからお前は大人しくこの魔道具に情けない声を吹き込めと言っている……! でなければまた、こうだぞッ」
痛ッ。あぁ、法衣の上からナイフ刺さないでって。穴開いちゃうじゃん……。
「ッくそ、こいつ! ――なんで拷問にも平気な顔してるんだ! 狂ってるのか!?」