8月11日、夏もそろそろ盆が近づいてきたある日
綾瀬はゆっくりと光のない目を開いた、
そしてゆっくりと上体を起こした
屋敷の中は物音ひとつせず、誰の気配もなかった
綾瀬「翠………は、あぁそうでした……」
ここは杜王町でも郊外、ましてや背の高い竹林で
灼熱の太陽は遮られている
だが、街の方は盛り上がっているような気風が
なんと無く感じられた
綾瀬が寝巻きのまま、床を足裏で確かめながら
ベッドから降りると誰もいないリビングへと
壁を伝って降りていく、手探りでカウチに座ると
テーブルの上に名舟翠が残した点字手紙に触れ
そっと手に取ってなぞり始めた
[お言葉に甘えて朝から火花と杜王神社夏祭りに
行って参ります 翠]
綾瀬「ふふ……最近なんだか
特に仲が良いですね?
仲良きことは美しきことです」
綾瀬「今日が『11日』……杜王神社で夏祭りで、
明日が12日、スゥモア先生の定期検診……
今日一日は暇ですね……」
綾瀬がカウチに深く腰掛けた、見えてはいないが
手紙を置き直したテーブルをぼーっと見つめた
綾瀬「花火が上がるのは確か21時ごろでしたか
夕暮れごろから
私も祭りに行ってみましょうかね」
その前に誰か誘おうと思い立った綾瀬は
電話を手に取った
時折間『綾瀬さんが誘ってくれるなんて
オレぁ幸せもんです……でもオレ今日は警備員の
講習がありやして………!不甲斐ねぇオレを
許してくだせぇ!』
綾瀬「いえいえ、頑張って来てくださいね」
焔森『嬉しいです綾瀬先生、ですが祭りなので
刑事課も会場警備に駆り出されましてね……
もし良かったら祭りで声をかける程度なら……』
綾瀬「そうですよね……」
スゥモア『あーーッ!惜しいですね……
今朝、博人先生とカラメッラ先生
それとなんと明負院長にお祭りに行かないかと
お誘い頂いたのでそちらに行きます……』
綾瀬「こちらこそ突然のお誘い申し訳ありません
楽しんでくださいね」
綾瀬がカウチに深く腰掛けた、見えてはいないが
電話を置き直したテーブルをぼーっと見つめた
綾瀬「全滅した……仕方ありませんね……
観念して一人で行くしかありませんか……」
綾瀬が立ち上がった、
背後にイン・トゥ・ザ・ナイトを出現させると
洋服箪笥へとゆっくりと歩いていった─────
日が完全に落ち切った杜王町の街を見下ろす
山の中腹、そこに長く長く伸びる石段を
綾瀬はなんとか登り切った、
イン・トゥ・ザ・ナイトに
着付けを手伝ってもらった黒地に
薄く青海波が描かれた浴衣を纏い
人混みの中でも周りの者達が見えるように
いつもより派手な花火柄の杖を石段の頂に突いた
綾瀬「おお………凄い賑わいですね……
本当に、こういう時だけは自分の眼が恨めしい」
神社に続く石通路の両脇にずらりと並ぶ屋台
雑踏と賑やかな声と笑い声、
あちこちから漂ってくる
甘い匂いと旨そうな匂い、相変わらず世界は
暗闇だがそれでも祭りの雰囲気で少しいつもより
明るく見えた
歩いて行くたびに、綾瀬が歩いていることに
気づいた人々が優しく道を開けていく
何人かは手伝いを申し出てくれた人を頼りながら
屋台まで連れていってもらい綾瀬は祭りを
練り歩いていた
綾瀬「………むっ、こっちのイカ焼きの方が
美味しいですね……」
しばらくして綾瀬は手にイカ焼きの、
腕に水風船、頭に狐のお面を斜めにかけた姿で
祭りの一角にある石椅子に座っていた
名舟「あれ?綾瀬先生?」
火花「わぁ〜!りらっち先生だ〜〜!!
初めて会った〜〜!」
と、そこに聞き慣れた声が降ってきたのに
気づいて綾瀬は顔を上げた
群青の浴衣の着流した名舟翠と、
腿丈のピンク色の浴衣を着こなした早乙女火花が
綾瀬を覗き込んだ
綾瀬「翠、火花、お祭りはどうですか?」
名舟「もちろん楽しいです、もう満足しました」
火花「りらっち先生は?今来たの〜?」
綾瀬「えぇ、花火を聴きたくてやってきました
翠と火花は、どんなことを?」
名舟「僕達はもっぱらアトラクションです
お化け屋敷行って、射的して、水ヨーヨーして
あとたまにガッツリ食べる、
特にヒバナが先ほどからずっと食べています」
火花「ちょっと恥ずかしいからやめて〜!?
またチョコバナナ落としたし、
ホント最悪〜……」
綾瀬「楽しそうで何よりです」
火花「う〜ん複雑〜、でも、ま、いっか〜!
それよりそれより!りらっち先生!
良かったら一緒に巡る〜?」
綾瀬「いえいえ、ここは若いお二人で
楽しんできてくださいな、
あ、翠、扉は開けておきますよ」
名舟「そうですか…………
そうだ、今日はヒバナと帰ってきます」
綾瀬「なるほど、ではそのように」
そう返すと、二人が名残惜しそうに
綾瀬に手を振りながら人混みの中に消えていった
綾瀬も石椅子から立ち上がり、
しばらく次の屋台を匂いと音で吟味していると
会場を警戒中の二人組の婦警に声をかけられた
「こんばんは、綾瀬検事ですよね!」
綾瀬「そうですけど……えっとすみません
何かありましたか?」
「あぁ!いえいえ!一言お礼とお声をと思って
私、交通課の平葉らむと申します、
こっちの静かなのはサザンカ・ソジュ
覚えておりますか……?」
綾瀬「えーーー………待ってくださいね……」
焔森「"ロスト・ボーイ"カイムにパトカーごと
吹っ飛ばされた二人です、綾瀬先生」
その婦警二人を割って入るように、
これまた聴き馴染みのある声が聞こえてきた
綾瀬「………あぁ!え、お二人は
もう大丈夫なのですか?」
らむ「なんとか…本当に死ぬかと思いましたが」
ソジュ「流石に助からないと思った」
焔森「事件の解決を手伝ってくれたと二人は
会えたらお礼を言うんだと意気込んでましてね
祭りに来るかもといったら、
警戒がてら探していたのです」
綾瀬が歩き出す、婦警3人も一緒に歩き始めた
四人で練り歩きながら、祭りの雰囲気や
屋台の情報を交換しながら話していたときだった
「こら!走っちゃダメよ!」
「へへーん!」
ドンッ!と子供が綾瀬にぶつかった、
避けきれなかった綾瀬がよろめき、
杖が手から転がる
綾瀬「おっと……ごめんなさい坊や。お怪我は
ありませんか……」
どんな人間にぶつかったかを見た母親が
顔を真っ青にしながら縋り付かんばかりに
頭を下げた
「あぁ!すみません、すみません!
目の不自由な方に……!
お怪我はありませんか!?」
綾瀬「私は大丈夫ですよ奥様。
坊や、お怪我は?」
「あああああああ〜〜〜〜〜!」
子供は謝るのではなく泣き出した、
手に持っていた大きなわたあめは、
ぶつかった衝撃で綾瀬の服で潰れ
床にぐちゃぐちゃになって落ちてしまっていた
つんざくような子供の泣き声、
だが綾瀬は怒るのでも困るのでもなく、
そっと近くにいる焔森に声をかけた
綾瀬「咲織、杖を拾っていただけますか?
花火柄のやつです」
焔森「はい、これですね、肩触りますよ」
焔森が綾瀬の肩に触れると腕を撫でていき
杖を持たせた、姿勢を正した綾瀬は懐から
500円を取り出すと、そっと少年に差し出した
綾瀬「これでもっと大きなわたあめを
買ってください坊や、
今度は走っちゃダメですよ?」
母親「いえいえそんな!
この子がぶつかったんですから!
受け取るわけには……!」
綾瀬「良いのです、祭りの思い出をこんなことで
塗り替えないようにしませんと」
綾瀬が半ば強引に少年の手に乗せる、
母親が感謝と申し訳なさで揺れているところで
綾瀬は親子の側を通って別れていった
少年「お姉さんありがとう!!!!!!」
綾瀬が軽く振り向くと手を振った
焔森「では、私たちもそろそろ巡回に戻ります」
らむ「もう少し遊んでたかったですが
仕方ないです」
ソジュ「貴女は遊びすぎ、
私が無理にでも連れてく」
綾瀬「ははは……そうだ、咲織。
一つ聞きたいのですが
花火の音を聞くのに良い場所を知りませんか?」
焔森「聞くのに……でしたら、少し手間ですが
このまま逆走してこの祭りの始まり、
石段終わりの大鳥居のだと、よく聞こえるかと
花火の打ち上げ場所が眼下の街の中からなので」
綾瀬「感謝します咲織、では」
焔森「いえ、祭りをお楽しみください綾瀬先生」
ビシッと敬礼を綾瀬にすると、
まだじゃれついているらむとソジュを2人を従えて
人混みの中に消えていった
人混みを掻き分けて、綾瀬は最初に登ってきた
石段の終わりに立った、背中側にいる客達も
屋台を楽しみながら今か今かと待ち望んでいる
そして。
ドォォォォンッッッッ!!
わぁっ、と通りから歓声が上がる
パラパラと夜空が弾ける
打ち上げ花火が空に消えていった
まるで夏の夜の夢、遠い夢の中のような
幻想的な花火が咲き乱れる
綾瀬には見えないが、光が網膜を照らしている
そんな気がした
周りからは人混みがどっと湧いている
若い男女、老いた男、学生達に親子連れが皆
空を見上げている
綾瀬は仕事も忘れてその暖かい祭りの空気を吸い
そして、呟いた
綾瀬「ずっと今日だったらいいな……」
若い男女「ずっと今日だったらいいな……」
老いた男「ずっと今日だったらいいな……」
学生達「ずっと今日だったらいいな……」
親子連れ「ずっと今日だったらいいな……」
「 ず っ と
今 日 だ っ た ら
い い な 」
『しゃあん』と、
神楽鈴の音が聞こえた気がした───
ボーンボーンと綾瀬の部屋の時計が鳴った
綾瀬はゆっくりと光のない目を開いた、
そしてゆっくりと上体を起こした
屋敷の中は物音ひとつせず、誰の気配もなかった
綾瀬「ん………?あれ、
私……昨日どうやってここに……?」
綾瀬が枕元の時計を触る、
感触は『8時』を示していた
綾瀬「いけない、そろそろスゥモアちゃんが
来る頃ですね」
綾瀬は、その隣のスマホを手に取ると
モモ・スゥモア直通の番号にかけた
綾瀬「……あぁ、もしもし、綾瀬です、
おはようございます」
スゥモア『おはようございます綾瀬さん〜!
どうしたのです〜?』
綾瀬「家の鍵を今から開けるので、
定期検診はいつ来ていただいてもいいですよ」
スゥモア『ん………?
もう〜綾瀬さんったら今日は『11日』ですよ〜!
予約は明日の8時です〜!
朝、博人先生とカラメッラ先生に祭りに誘われて
しかも明負院長も来るので行って来るです〜!』
綾瀬「え………?あ……そう、ですか
ごめんなさい、何か寝ぼけていたみたいで」
スゥモア『いえいえ、明日は時間通りに
ご自宅に向かいますですよ〜、では!』
綾瀬が寝巻きのまま、床を足裏で確かめながら
ベッドから降りると誰もいないリビングへと
壁を伝って降りていく、手探りでカウチに座ると
テーブルの上に名舟翠が残した点字手紙に触れ
そっと手に取ってなぞり始めた
[お言葉に甘えて朝から火花と杜王神社夏祭りに
行って参ります 翠]
綾瀬「………今日が『11日』……?
杜王神社で夏祭りで明日が12日………?
では、昨日の夏祭りは?」
確認が必要だと思い立った綾瀬は
電話を手に取った
時折間『綾瀬さんが誘ってくれるなんて
オレぁ幸せもんです……でもオレ今日は警備員の
講習がありやして………!不甲斐ねぇオレを
許してくだせぇ!』
綾瀬「いえ………頑張って来てくださいね」
焔森『嬉しいです綾瀬先生、ですが祭りなので
刑事課も会場警備に駆り出されましてね……
もし良かったら祭りで声をかける程度なら……』
綾瀬「そうでしたよね……」
綾瀬がカウチに深く腰掛けた、見えてはいないが
電話を置き直したテーブルをぼーっと見つめた
綾瀬「やはり、『夏祭り』は『今日』?」
綾瀬がふと立ち上がった、
背後にイン・トゥ・ザ・ナイトを出現させると
洋服箪笥へとゆっくりと歩いていった─────
日が完全に落ち切った杜王町の街を見下ろす
山の中腹、そこに長く長く伸びる石段を
綾瀬はなんとか登り切った、
イン・トゥ・ザ・ナイトに
着付けを手伝ってもらった黒地に
薄く青海波が描かれた浴衣を纏い
人混みの中でも周りの者達が見えるように
いつもより派手な花火柄の杖を石段の頂に突いた
綾瀬「おお………やはり賑わっていますね……
本当に、こういう時だけは自分の眼が恨めしい」
神社に続く石通路の両脇にずらりと並ぶ屋台
雑踏と賑やかな声と笑い声、
あちこちから漂ってくる
甘い匂いと旨そうな匂い、相変わらず世界は
暗闇だがそれでも祭りの雰囲気で少しいつもより
明るく見えた
歩いて行くたびに、綾瀬が歩いていることに
気づいた人々が優しく道を開けていく
何人かは手伝いを申し出てくれた人を頼りながら
屋台まで連れていってもらい綾瀬は祭りを
練り歩いていた
だが、その何もかもに『既視感』を感じていた
綾瀬「………やはりこの屋台の
イカ焼きの方が美味しい……」
しばらくして綾瀬は手にイカ焼きの、
腕に水風船、頭に狐のお面を斜めにかけた姿で
祭りの一角にある石椅子に座っていた
名舟「あれ?綾瀬先生?」
火花「わぁ〜!りらっち先生だ〜〜!!
また会った〜〜!」
と、そこに聞き慣れた声が降ってきたのに
気づいて綾瀬は顔を上げた
群青の浴衣の着流した名舟翠と、
腿丈のピンク色の浴衣を着こなした早乙女火花が
綾瀬を覗き込んだ
綾瀬「翠、火花、お祭りはどうですか?」
名舟「もちろん楽しいです、もう満足しました」
火花「りらっち先生は?今来たの〜?」
綾瀬「えぇ………えっと、花火を聴きたくて
やってきました翠と火花は、どんなことを?」
名舟「僕達はもっぱらアトラクションです
お化け屋敷行って、射的して、水ヨーヨーして
あとたまにガッツリ食べる、
特にヒバナが先ほどからずっと食べています」
火花「ちょっと恥ずかしいからやめて〜!?
またまたチョコバナナ落としたし、
ホント最悪〜……」
綾瀬「本当に……楽しそうで何よりです」
火花「う〜ん複雑〜、でも、ま、いっか〜!
それよりそれより!りらっち先生!
良かったら一緒に巡る〜?」
綾瀬「いえいえ、ここは若いお二人で
楽しんできてくださいな、
あ、翠、扉は開けておきますよ」
名舟「そうですか…………
そうだ、今日はヒバナと帰ってきます」
綾瀬「なるほど、ではそのように」
そう返すと、二人が名残惜しそうに
綾瀬に手を振りながら人混みの中に消えていった
綾瀬も石椅子から立ち上がり、
しばらく次の屋台を匂いと音で吟味していると
会場を警戒中の二人組の婦警に声をかけられた
「こんばんは、綾瀬検事ですよね!」
綾瀬「そうですけど……えっとすみません
何かありましたか?」
「あぁ!いえいえ!一言お礼とお声をと思って
私、交通課の平葉らむと申します、
こっちの静かなのはサザンカ・ソジュ
覚えておりますか……?」
綾瀬「"ロスト・ボーイ"カイムにパトカーごと
吹っ飛ばされた二人ですよね?
焔森「おや、流石の記憶力ですね綾瀬先生」
綾瀬「(覚えていた……?違うッ!
『知っていた』ッ!
まるで咲織に教えられていたように……ッ!)」
綾瀬「………お二人はもう大丈夫そうですね」
らむ「なんとか……
本当に死ぬかと思いましたが」
ソジュ「流石に助からないと思った」
焔森「事件の解決を手伝ってくれたと二人は
会えたらお礼を言うんだと意気込んでましてね
祭りに来るかもといったら、
警戒がてら探していたのです」
綾瀬が歩き出す、婦警3人も一緒に歩き始めた
四人で練り歩きながら、祭りの雰囲気や
屋台の情報を交換しながら話していたときだった
「こら!走っちゃダメよ!」
「へへーん!」
だが、綾瀬はそれを聞いて右にずれる
走ってくる子供は綾瀬たちの横を抜けて
母親がそれを追いかけていって
抱き上げて捕まえた
「誰かにぶつかったらどうするの!!」
「ごめんなさい〜!」
焔森「今の………よくかわしましたね?」
綾瀬「……………」
焔森「綾瀬先生?」
綾瀬「『わかっていました』
あなた達と出会った後に
『わたあめ』を持った子供が
走ってくるのを……」
ソジュ「凄い、何故『わたあめ』だと?」
らむ「今の子、抱えて走ってたから私たちでも
何を持っているかは
ギリギリ見えなかったんですよ〜」
焔森「綾瀬先生?大丈夫ですか……?」
綾瀬「大丈夫です、
そろそろ巡回に戻る時間ではないですか?」
焔森「え、えぇ……ではこれで」
らむ「もう少し遊んでたかったですが
仕方ないです」
ソジュ「貴女は遊びすぎ、
私が無理にでも連れてく」
綾瀬「ははは……そうだ、咲織。
一つ聞きたいのですが
花火の音を聞くのに………
『石段終わりの大鳥居』とかどうでしょうか?」
焔森「おぉ、よく知っていますね!
そこならばとても良い感じに聞こえるかと!
花火の打ち上げ場所が眼下の街の中からなので」
綾瀬「感謝します咲織、では」
焔森「いえ、祭りをお楽しみください綾瀬先生」
ビシッと敬礼を綾瀬にすると、
まだじゃれついているらむとソジュを2人を従えて
人混みの中に消えていった
人混みを掻き分けて、綾瀬は最初に登ってきた
石段の終わりに立った、背中側にいる客達も
屋台を楽しみながら今か今かと待ち望んでいる
そして。
ドォォォォンッッッッ!!
わぁっ、と通りから歓声が上がる
パラパラと夜空が弾ける
打ち上げ花火が空に消えていった
まるで夏の夜の夢、遠い夢の中のような
幻想的な花火が咲き乱れる
綾瀬には見えないが、光が網膜を照らしている
そんな気がした
周りからは人混みがどっと湧いている
若い男女、老いた男、学生達に親子連れが皆
空を見上げている
綾瀬は仕事も忘れてその暖かい祭りの空気を吸い
そして、呟いた
綾瀬「ずっと…………ッ!?」
若い男女「ずっと今日だったらいいな……」
老いた男「ずっと今日だったらいいな……」
学生達「ずっと今日だったらいいな……」
親子連れ「ずっと今日だったらいいな……」
「 ず っ と
今 日 だ っ た ら
い い な 」
『しゃあん』と、
神楽鈴の音が聞こえた気がした───
ボーンボーンと綾瀬の部屋の時計が鳴った
綾瀬はゆっくりと光のない目を開いた、
そしてゆっくりと上体を起こした
屋敷の中は物音ひとつせず、誰の気配もなかった
綾瀬「ん………?あれ、
私……昨日どうやってここに……?」
綾瀬が枕元の時計を触る、
感触は『8時』を示していた
綾瀬「いけない………そろそろスゥモアちゃんが
来る頃ですね」
綾瀬は、その隣のスマホを手に取ると
モモ・スゥモア直通の番号にかけた
綾瀬「……あぁ、もしもし、綾瀬です、
おはようござ……???」
スゥモア『おはようございます綾瀬さん〜!
どうしたのです〜?』
綾瀬「家の鍵を今から開け………いえ、あの」
スゥモア『ん………?どうしましたです?
緊急でいったほうがいいです?」
綾瀬「スゥモアちゃん、凄く『変わった』質問を
あの、『何言ってるんだ』って
思われるかもしれませんが、えっと……
『今日って何日ですか?』」
スゥモア『今日は『11日』ですよ〜!
『杜王神社夏祭り』の『当日』です〜!
朝、博人先生とカラメッラ先生に祭りに誘われて
しかも明負院長も来るので行って来るです〜!』
綾瀬「ひぃっ………
ご、ごめんなさい、な、何か寝ぼけていた
………みたいで」
スゥモア『いえいえ、明日は健診ですよ
8時ごろにご自宅を開けておいてくださいです〜
ではでは〜!』
綾瀬が寝巻きのまま、床を足裏で確かめながら
ベッドから降りると誰もいないリビングへと
壁を伝って降りていく、手探りでカウチに座ると
テーブルの上に名舟翠が残した点字手紙に触れ
そっと手に取ってなぞり始めた
[お言葉に甘えて朝から火花と杜王神社夏祭りに
行って参ります 翠]
綾瀬「はぁ……ッ!………はぁ………ッ!
これは……どうなっているのです……ッ!?」
確認が必要だと思い立った
綾瀬は電話を手に取った
綾瀬「今日って、
警備員の講習の日でしたっけ?」
時折間『そうなんでさぁ!もしかして
夏祭りのお誘いですかい?
あぁ!不甲斐ねぇオレを許してくだせぇ!』
綾瀬「いえ………頑張って来てくださいね」
綾瀬「やはり、会場警備で忙しいですか?」
焔森『そうなんです綾瀬先生、
もし良かったら祭りで声をかける程度なら是非』
綾瀬「そうします……」
綾瀬がカウチに深く腰掛けた、見えてはいないが
電話を置き直したテーブルをぼーっと見つめた
綾瀬「やはり、『夏祭り』は『今日』?」
綾瀬がふと立ち上がった、
背後にイン・トゥ・ザ・ナイトを出現させると
洋服箪笥へとゆっくりと歩いていった─────
日が完全に落ち切った杜王町の街を見下ろす
山の中腹、そこに長く長く伸びる石段を
綾瀬はなんとか登り切った、
イン・トゥ・ザ・ナイトに
着付けを手伝ってもらった黒地に
薄く青海波が描かれた浴衣を纏い
人混みの中でも周りの者達が見えるように
いつもより派手な花火柄の杖を石段の頂に突いた
綾瀬「賑わっていますね………」
神社に続く石通路の両脇にずらりと並ぶ屋台
雑踏と賑やかな声と笑い声、
あちこちから漂ってくる
甘い匂いと旨そうな匂い、相変わらず世界は
暗闇だがそれでも祭りの雰囲気で少しいつもより
明るく見えた
歩いて行くたびに、綾瀬が歩いていることに
気づいた人々が優しく道を開けていく
何人かは手伝いを申し出てくれた人を頼りながら
屋台まで連れていってもらい綾瀬は祭りを
練り歩いていた
だが、綾瀬は、その賑わいを『知っていた』
そう、『知っている』、まるで同じ映画を
何度も何度も繰り返し見ているかのように
綾瀬「………そろそろこの屋台のイカ焼きも
飽きてきましたね……」
しばらくして綾瀬は手にイカ焼きの、
腕に水風船、頭に狐のお面を斜めにかけた姿で
祭りの一角にある石椅子に座っていた
名舟「あれ?綾瀬先生?」
火花「わぁ〜!りらっち先生だ〜〜!!
また会った〜〜!」
と、そこに聞き慣れた声が降ってきたのに
気づいて綾瀬は顔を上げた
群青の浴衣の着流した名舟翠と、
腿丈のピンク色の浴衣を着こなした早乙女火花が
綾瀬を覗き込んだ
綾瀬「翠、火花、お祭りはどうですか?」
名舟「もちろん楽しいです、もう満足しました」
火花「りらっち先生は?今来たの〜?」
綾瀬「えぇ………えっと、花火を聴きたくて
やってきました翠と火花は、お化け屋敷行って
射的して、水ヨーヨーして……
といったところです?」
名舟「おお、よく分かりましたね、
まさにそのルートです」
綾瀬「火花、『チョコバナナ』を
落としました?」
火花「えぇ〜!?見られてた!?
なんで知ってるの〜!?」
綾瀬「っ………」
綾瀬は本当に気分が悪くなった、
あまりの気味の悪さに食べたばかりのものが
逆流しかけたように感じて片手で口を抑えて
前にのめった、
その様子を見た2人が心配して綾瀬を支える
だが同時に、綾瀬は最初に祭りで会った時の
2人のセリフを思い出していた
わぁ〜!りらっち先生だ〜〜!!
『初めて』会った〜〜!
もちろん楽しいです、『もう』満足しました
疑問は、確信に変わった。
綾瀬「翠、火花……一つだけ、聞かせてください
今、『何回目の夏祭り』ですか?」
その瞬間、2人が真顔になった
そして顔を合わせ、目を合わせると頷いた
先に口を開いたのは名舟 翠だった
名舟「………………『5回目』です、綾瀬先生」
綾瀬「…………ッ!?5回目、ですか……ッ!?」
火花「やっぱり〜?りらっち先生も
『気づいた』んだ〜、そう、
ヒバナとすいすいは
もう5回も夏祭りを楽しんでるんだよ〜」
名舟「『祭り』は楽しいですが、
流石に不気味です、そこで明日に行く方法を
探していたのですが、3回目の夏祭りで綾瀬先生に
出会うことができましてね」
綾瀬「…………お二人は、
もう祭りはよろしいですか?」
火花「流石に飽きてきたかも〜!
一年に一度きりだから夏祭りって楽しいんだって
今すご〜く、実感してる〜!」
名舟「これがもし悪意を持ったスタンドの
攻撃だと仮定した場合、
僕たちは永遠に『8月11日』から
進むことが出来ません、それは困ります」
綾瀬「………分かりました、では……」
綾瀬凛藍、名舟翠、早乙女火花の3人が
屋台街の灯りを見つめた
何度も見た行き交う人々の声が
何度も感じた提灯の明るさが
何度も触れた夏祭りの風が
遠い夢のような、杜王神社の雰囲気が3人を撫でた
やがて、綾瀬が名舟と火花と向き合った
綾瀬「『明日』に行くための、
会議をしましょう」
To be continued………