その日、発売されたゲームは瞬く間に世界中で広まった。
『夜明けの黄金城』
突如として発売された前代未聞のフルダイブ型ゲーム。ゴーグルとかコントローラーを遥かに置き去りにした超技術だ。
筐体は人間そのものを入れる棺桶のような形状で、白亜を基調として金色の装飾が施された豪華ながらも下品さはなく、芸術性すら感じられるもの。それでいて、よく見ると装飾は少なく削ぎ落とされた美しさがあった。
現状は別で売られているゲームソフトはなくて、初期搭載されている『夜明けの黄金城』のみを起動することができるため、実質専用機である。
誰もが驚いたのはその値段。なんと100万円である。海外版は最低でもその倍以上だったりと、多少は地域でバラつきがあるのは難点か。
安くはない。だが、人類初のフルダイブ型ゲームを個人所有できて、近年流行りのサブスクなど定期課金も現状は存在せず買い切り型、地域によっては輸送費用は嵩んでしまうが都内などであればそこまで高くない。
安くはない。でも、技術を考えれば決して高くもない。いや、むしろやっぱり安いのではないか。そんな評価だった。
日本で発売され始まり、翌週には米国に中国、韓国や英国などへ向けた各国の言語に翻訳されたバージョンも発売され海外販売も開始、滝のように売れながらも在庫枯渇の気配を見せず注文の次第に絶え間なく発送し続け、その売り上げ本数は発売から半年で既に世界で300万を超えていた。
驚くべきか、『夜明けの黄金城』の運営は所謂ところのサブ垢、複垢というものを嫌っているらしく、購入時に提出が必須な個人情報などを元に同一人物には決して販売しない。つまり、よっぽど変な道や手法を使わない限り一人一台な為、売れ行き300万がそのままプレイヤー人口に相当すると言えた。
ゲームの内容は、言ってしまえばよくあるオープンワールド型のRPG。
短く『黄金城』と呼ぼう。
『黄金城』の世界観は中世ナーロッパ、もといヨーロッパ風味。それを舞台に、魔物というモンスターを敵に、人間がなんやかんやする世界観だ。
魔物を討伐する、魔物たちの巣窟である迷宮を攻略する、魔物から町を守る……などの戦闘系。
町の発展に協力する、探し物、物作りや建築、農業とか……などの生産系。
そう言った様々なクエストをNPCから受けたり、プレイヤー同士で依頼したり、そう言うの関係無くに好き勝手旅をしたりできる。
レベルよりどちらかと言えばスキル制のシステムに近く、課金アイテムも存在はするが、結局のところ強くなりたければ技術を磨いた方が強くなる。
モンスターを倒す、農業を始める、綺麗な衣装を集めてアイドルをする、お金を貯めて土地を買って自由に建築を行う……などなど、できることは色々と様々で、何よりフルダイブということが大きく、もう一つの現実だと唱える者すら存在した。
そして今日、そのもう一つの世界に足を踏み入れる青年が一人居た。
※ ※ ※ ※ ※
冷たい。
初めて筐体に足を踏み入れた時に思ったのはそれだった。
我ながら、もっと他にもあるんじゃないかと苦笑しながら、ゆっくりと体を中に入れていく。
俺はまだフルダイブとか信じられなくて、今でも冗談とか、ヤバい薬でも飲まされているんじゃないかと疑っている。
だって、ちょっと前までVRゴーグルという視界と耳、あとは手足くらいが限界の物しかなかったというのに、唐突に無名企業が五感全てで仮想世界に入れるゲーム機を開発しました、だなんて戯言でしかない。ヤクキメてんのかって。
まあ、そう思いながらも俺は100万と余円払って買っているのだから、やはり期待しちゃってはいるんだけれども。
筐体の中は硬く、しかし押すと柔らかさも感じる不思議な素材で作られていた。説明書によると、意識がゲームの中にある間の体は睡眠に近い状態らしく、寝返りとかを打ってくれるから長時間横になっていても大きな問題はないらしい。もちろん、ずっとは駄目だけど。
あ、余りにも肥満が過ぎる体型の人は色々と難しいらしいけど、こうして筐体を実際に目にするとそもそも入れるのか? と、疑問が湧いてくる。アメリカとかヤバそうだしな。偏見だけど。
「いや……購入時の身体情報入力によっては筐体もデカいのが来るのかな」
ついに、俺は筐体の中に完全に入った。
深呼吸。
息を、意識を、体を、色々と整えてから、俺はスライド式のドアの取っ手を上げて、筐体を閉め切った。
ドアは所々に硝子みたいな透明素材があるので外の様子は見えるし、緊急用で各所に分解に近い開口用レバーもあるので、閉じ込められる心配はない。多分。
眼前に広がった液晶画面を操作し、筐体を、ゲームを起動する。
フルダイブは予め設定されている動作を行うことで開始される。色んな趣味嗜好、体質の人がいあるので設定は変えられるらしいが、初期の設定は音声認証となっていた。
だから、最後にもう一度深呼吸をして、俺は呟いた。
「……”ゲームスタート”」
※ ※ ※
<キャラクターの作成を始めます>
白いだけの小さな部屋の中で、俺は寝かされていた。
「……体が軽い」
現実のそれよりもなんというか、開放感があった。重い軽いというか、普段は背負っている物がないというか。裸族の気持ちがちょっとわかった。
寝かされていた白いベッドから立ち上がり、白いテーブルの縁を撫でながら白い椅子に腰を下ろす。着ている白い服の裾や内側を覗いてみると、見慣れた自分の体がそこにはあった。どんな技術だ?
机の上にはスマホが一つ。これだけは黒かった。
そこには、この空間で目を覚ましたと同時に聞こえてきた声である『キャラクターの作成を始めます』と同じ文、内容が浮かび上がっていた。そう言えばナレーターの人、結構良い声してたな。
「ってなると……チュートリアル、のチュートリアル、みたいな感じか」
このフルダイブ世界は、相性が良い人は直ぐに走り回ったりできるらしいが、とことん悪い人は人形みたいに角ばった動作しかできないらしい。そうなると、ゆっくり時間をかけて少しずつ慣らしていく、それ以外に克服はできないとか。
だが、それを基礎として、更に例外がある。
それが如実に現れるのが、キャラクターの作成後だ。だからこそ、こうやって最初から調整した体に入るのではなく、最初は自分の体で慣れさせておけよ……という、運営の粋な計らいだと俺は受け取った。というか、まあ実際にそうなんだろう。
俺は椅子から立ち上がると、手足を動かし、軽い準備運動を行い、部屋の中はグルグルと走り回って、跳び回る。
特に不自由はない。どうやら、少なくとも俺の適正は悪くないらしい。
SNSではここでゲボ吐くほど適性が無かった人も居る程に酷い人は酷いらしいから、そうじゃなくて何よりだ。こればっかりは、実際に購入して始めないとわからないからな。
なら、早速キャラクリの時間だ。
白い空間の中の黒一点、机上のスマホを手に取って、チカチカと点滅して自己主張を始めている文字列──<キャラクターの作成を始める>をタップ。いつ文字変わったんだろ。
すると、気持ち悪いことに部屋の中央にもう一人の『俺』が発生していた。
それは鏡合わせみたいに存在し、しかし表情は常に無を浮かべている。棒立ち無表情の、見慣れた男の姿。我ながら、薄気味悪いという他なかったが、こうやって他人の目線から自身を見るのは初めてで、新鮮みもあった。
スマホの画面を見てみると、そこにも『俺』の姿があり、同時に色々なゲームで目にするキャラ作成時のコマンドが並んでいるのがわかった。
『性別』『身長』『体型』『手足』『顔』『サイズ調整』『色彩調整』『その他』など。
ここに表示されているのと、俺の目の前に立っている『俺』。つまり、俺の本来の姿をデフォルトとして弄り、アバターを作れと言うことである。
これはネットで調べていたので知ってはいたが……やはり、自分を生で正面から見るのは凄まじい違和感である。
「さて……」
息を吐いていると、眼前の空間に様々な注意書きが生成され始めた。
<これから新たな世界における貴方だけの肉体の作成が始まります。その前に、幾つか注意がございます。
1、この世界において貴方は人種族である必要があります。故に、姿形は人型が絶対です。
2、一度でも肉体を作成すると、二度と再生成はできません。また、他の人と共有することもできません。故に、これは貴方だけの肉体となり、貴方のこの世界での肉体もこれだけとなります。
3、この世界の肉体と元の肉体の姿や性質がかけ離れていると様々な悪影響が発生します。故に、可能な限り本来の姿のままにすることをお勧めします。
4、項目3を含め、この世界での体験によって起こりうる全ての事象の責任は貴方の自己責任となります。故に、十分に思案し多くを考慮し慎重に行動することをお勧めします。
この空間から出る行為を、我々は以上のことに同意したと見做します>
これらも、俺はネットで知っていた。
ネットの掲示板は見たし、そもそも公式のサイトにも大きく掲載されているし、ゲーム本体を購入する時にも読まされ、同意書に署名もさせられた。そしてここでも表記すると言うことは、よっぽど公式は責任を取りたくないのだろう。
まず、項目1について。
この世界、人型じゃない生物は基本的に家畜か魔物、稀に野生の非魔物生物が居るくらいで、敵対しているものばかりらしい。
よくゲームとかである『高度な知性を持つモンスター』的なのは、今のところ未発見らしく、そもそも実装されていない説が有力。なので世界観的に、プレイヤーの人型は運営としても原則化したかったのであろう。
この制限によって、肉や皮をガリガリにクリエイトした骸骨っぽいのや、異様に手足を伸ばしたり縮めたりする手長猿みたいな姿は弾かれてしまうらしい。
次に、項目2について。
実は、この筐体そのものにオーナー登録が存在していることを代表に、公式からはサブ垢や複垢など、とにかく複数のアバターを所持することや同一の筐体を複数人で共有することは禁止事項となっているのだ。破った場合は問答無用の垢バンの可能性もあるらしく、実際に馬鹿が何人がされていると聞いた。
このオーナー登録によって、筐体からして専用機となり他の人とそれを共有することができず、プレイできるのは特定の一人だけ。例えば四人家族で四人が遊びたいなら四台購入する必要がある。
公式からはフルダイブ機能の関係上、という説明しかされておらず、詳しいことはわかっていない。企業秘密なのだろう。対処法として垢バンという強権的な手段を使っていることを考えれば、もしかしたらよっぽどヤバい不具合を誘発しかねないのかもしれない。
俺としては、専用機って響きがカッコいいので加点ポイントでしかないのだが、家族で遊びたい人は大変だろうね。
それから、複垢禁止。
これについては、筐体とゲームの仕様的に一度キャラを作ったらそれにしか入れないし、筐体の購入時に提出する個人情報などからそもそも複数購入を防ぐ仕組みとなっている。なので、物理的に不可能でもあるのだが……。
過去、抜け道を狙って新品の筐体を背格好の似た同性の親戚から買った金持ちの男が居たらしい。だが、その男は事前の登録情報と異なる、という理由で筐体の起動ができなかったとか。
これの面白いところは、成長期で購入時の情報から三センチ以上身長が伸びた少年やリバウンドで十キロ以上太った女性は何の問題も無く起動させることができたらしいということ。
例の金持ちの男は身長体重共に誤差が3センチ以内体重5キロ以内の男から買ったというのに、だ。声や顔立ちは親戚ということで似ているし、指紋や瞳の色彩などはそもそも登録していないから問題にはならず、住所なども一応と登録された場所で実験したのに、弾かれた。
一体、筐体は何から何の情報を読み取ったのだろうか、と一時期話題になった。しかし、ネット社会の情報の流れは早く、二週間ほどで忘れ去られたが。
それから、項目3について。
これはフルダイブ型のゲーム。つまり、一時的にとは言え完全に別の肉体に乗り移るようなもの。元がどちらの性別であろうと、それを変えてしまうと股間の違和感を代表に、骨格や筋肉量など男女の間には同じ人間と言う生き物でありながら大きな違いが幾つも存在する。
だからこそ、それらが唐突に変わるとなると、余りにも大き過ぎる違和感が幾つも発生する。
まともに体が動かせなくなるのはもちろん、常に体の何処かに痒みを感じたり、窮屈さ、痛みや過呼吸など、様々な症状が発生することが報告されていた。そして当然、それらは
ちょっとした社会問題として……ゲーム世界の体に慣れてしまうと、今度は逆に本来の体に違和感を感じてしまい実生活に悪影響が出るとの噂、いや訴訟が何件か起きていた。それに関しては、事前に注意勧告があるとか、同意書に書いてあるでしょ、だとかでうやむやになっていたが。
なので、ゲームを存分に楽しんだりゲームの悪影響を少しでも抑えるたいのなら、アバターをデフォルトから大きくは弄らないようにする必要があるということだ。
ネット掲示板の情報を参考にする限り、性別や骨格さえ弄らなければ大きな問題はないらしい。まあ、それらを弄らなければほぼ何も変わらないのだけど。
目を一重から二重に、髪色を別色に、ちょっと筋肉質に、またはお腹を少し凹ませたり……辺りが安全な限界と見られる。
まあ、時々警告を無視してアヘ顔でグニョグニョと地を這う
そして、項目4についてだが。
3の現実への悪影響に加えて。この『黄金城』世界は結構血生臭いことが多いらしい。戦闘行為での欠損や強い衝撃、痛みは日常茶飯事とか。勿論、痛みは実際の物より格段に抑えられているが、多少は痛みが発生する仕様になっている。
なので、トラウマがある人なんかは、それが酷くなったり、再発することもあるらしい。心臓が弱い人なんか、それら関係無く気を付ける必要もある。
要するに、『何があっても責任は取らないよ☆』という再三な運営からのお言葉である。
さーて、そろそろ本格的にキャラクリを始めよう。
最初は……性別の変更! 金髪! 身長を伸ばしたり縮めたり!
……うん。キモいな。身長二メートルの金髪ゴリマッチョの女が誕生した。全身の体毛も最大まで伸ばしておいたので、完全にメスゴリラである。
全部リセット。デフォルトに戻す。
俺はアクション、もっと言えば戦闘を楽しみたくてこのゲームを買った。なら、弄り過ぎて動けないとなれば本末転倒であろう。
公式が推奨しているやり方で、顔面を軽く調整。これによって、ほぼ俺のまんまだが晒されても顔バレが起きないくらいには弄っておく。
あんまり変わんない気がする……というか、これ本当に晒されても大丈夫なのか心配になるが……まあ、運営が大丈夫って言って奨めてるんだから大丈夫だろう。駄目だったら会社に火をつけてやる。
そして最後に……名前か。
名前、名前ねー……。
俺の本名は
「『リン』……と」
被り禁止だったりしない……みたいだな。
本名をモジった奴だけど、よくある名前だから被りが禁止なゲームだと結構弾かれるんだけど、杞憂だったらしい。
『確定』を選択すると、<本当によろしいですか?>という確認が表示され、それに『承認』を選択。
<それでは準備がお済み次第、扉から外に出てください。そうすれば、そこには新たな世界が広がっています>
音声の直後、部屋の中央にあった俺の作ったばかりのアバターの姿が黄金色の粒子となり、部屋の壁の一画へと飛びんで行き、黄金の扉へと姿を変えた。
今まで扉が存在していなかったのは、キャラクリ前に出ていくのを防止するというか……いや、こうした方が臨場感が出るとか、わかりやすいから、とかだろうか。
扉を潜って世界を超え、己の姿をも変身させる。そうして新たな世界、新たな姿、新たな冒険が幕を上げる!
うん、いいじゃん。俺は好きだよ、こういう雰囲気はさ。
でも。
「装備とかくれないのかな……」
魔物とか言うモンスター相手に、素手っすか? きつくない?
向こうに行ったらお金とかくれるのかな。
そう言えば、この部屋も、もうこれっきりで戻って来れないのだろうか。
見た目はシンプルだし質素だけど、俺は結構こういうの好きなんだぜ。そう考えると勿体無い気持ちが──
まあいいか。
「いざ」