夜明けの黄金城   作:桃羽玉箱

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10話 狼藉者

 

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──バンッッッ!

 

 そんな鈍い音が響いたと同時に、リンの体が吹き飛び近くの大木へと激突。ぶわり、と黒霧が嫌に撒き散らされたのが誰の目にも付いた。一瞬だけ顔を上げた彼は、そのすぐ後に首を垂れて動かなくなってしまう。左手には短剣が引っかかっており、手甲の砕けた右腕の先にある手の杖は零れ落ちていた。

 更に、そこへ追い討ちを撃つように球が投げつけられ、リンに着弾すると同時に破裂、内部の粉末を彼の全身へと撒き散らした。

 

 全身マント(リューゲ)、リン。

 二人の突然の沈黙。その下手人は────

 

「演技するのも、楽じゃあねえな」」

 

────騎士カエデレ。

 

 彼は悪辣な笑みを、ルリへと向けた。

 そこには先ほどまであった地味で大人しくも和を尊ぶ騎士の姿はなく、下品な笑みに舌舐めずりと狼藉者の如し。

 

「お、おい……お前、何してんだ?」」

 

 ケンシンの言葉に、カエデレは笑みを深めた。

 

「知ってるか。この黒い霧の中にはな、バグがあるんだよ。グロとかエロとか、色んな規制が緩むんだ。出血表現は勿論、ほら……他人の下着は本来は脱がせれねぇのも、ここじゃあできるんだぜ?」

 

 カエデレはペラペラと、先ほどまでの気弱な騎士の姿は何処へやら、悪そうな笑みを浮かべて軽口を続ける。

 そんな彼に、未だ信じられない様子のケンシンは思わず叫んだ。

 

「ち、違う! いや、その……裏切った、のか? 本当に……?」

「裏切ってなんかないさ。最初から、可愛い女が居たから狙ってただけだよ。お前らだってそうだろ? 流石にリアルじゃあ無理だけど、一度小せぇのともやってみたいとは思ってたんだよ」

「わ、わたしを……狙って……?」

 

 震える声音。ルリは感じたことのない本能的な恐怖に瞳を揺らしながら呟いた。

 それを楽しそうにカエデレは眺めながら、腰に下げてポーチに手を入れると、明らかに袋の大きさに見合わぬ長物がズルリと姿を現した。

 

「すげえだろ? 迷宮産の空間魔法の魔道具だ。ま、これ一本入れるだけでパンパンだけどな」

 

 (ノコギリ)──カエデレの手にはそれに酷似した物が握られていた。

 薄い刃、刀身はギザギザ凸凹と抉るような造形。鍔はなく、柄から刃がすぐに隣り合わせになっている。

 通常の鋸よりは幾分か刀身に厚みがあり、辛うじて剣に見えなくもない。しかし、剣と呼ぶには余りにも残虐的で、痛めつけることだけを目的としている造形。

 

「ちょっと前に、男のプレイヤーから奪った奴なんだけど……一応魔道具らしいんだが、特に能力はねえんだわ。ただただ頑丈ってだけ。ま、俺の趣味には最高に合ってるんだがな」

 

 それを左に逆手で持ち、騎士剣を右手で持ったカエデレはリューゲの元に歩いていくと、躊躇いなくその首を剣で撥ね飛ばす。

 リューゲの首からはドバッと血が吹き出して、小さく全身が痙攣。直後、転がった生首と共に全身が仄かな光に包まれ、消滅。死んだ。

 

「こいつ……多分だが、俺のこと調査しに来た奴なんだよなぁ。オリゴなら、PKするほど旨味のあるプレイヤーもPKKできるほど強い奴も少ないから手配書もないし、安全だと思ったんだけどよ。こりゃあもう帝国にでも行かないと駄目かね」

「き、さまっ、PKを?!」

「おう」

 

 普通のオンラインゲームにおいてPKは嫌われはすれど『しょうがないか』『そういう奴もいるよな』と納得もまた十分にされる存在だ。 

 

 しかし、黄金城では異なる。

 ここはフルダイブというこれ以上ないほどの臨場感があり、苦痛もまた制限はあれど再現がされている仮想世界。

 そんな世界で、人に殺されてしまえば……?

 テレビやPC、スマホの画面越しに見る殺人ではなく、自身の五感を以て体験する他者の悪意と暴力の極地である殺人行為──それによって精神を病ませる者も少なくない。

 故に、黄金城の運営に脅迫文を送るPK被害者、自発的に組織を作りPKを指名手配する者……なにより、PKプレイヤーは掲示板やSNSで平然と晒され、PKKはむしろ英雄視されるほどにPK行為は嫌悪されていた。例え同盟仲間であってもPKプレイヤーは排斥されることが多い。

 やる側もやる側で、想像以上の実態感触にいざ殺人(PK)直前に抵抗感を覚え、手から剣を落とす者も多い。だからPKできる者は現実でも平気で人を殺せる狂人だと考えられていた。

 だからこそ、目の前で平然と人を殺したカエデレには誰もが信じられない物を見る目を向けていた。

 

「"火よ、わぁ……ぁ、れ……?」

 

 バタン、と。音を立ててブラッドは倒れ込んだ。殺人鬼を倒さんと握った武器がその手から零れ落ちる。

 それに続くようにルリもまた倒れ伏し、ケンシンも剣を握ったまま倒れていた。

 それを見て、ニタァ、と気味の悪い笑みを狂人は浮かべる。

 

「俺が丹精込めて育てたハーブティー、美味かったか?」

 

 その言葉に、誰もが思い至った。

 

「きさ……ぁ、毒、を……」

「だ……ら、飲ま……のか……」

「そーゆーこと。リューゲはそもそも俺を手配犯と疑ってたろうし、あっちの男も俺を信用してなさそうだったしな。面倒なんで、奇襲で寝てもらったよ」

 

 状態異常:麻痺毒。毒を飲んでいた三人の体力(ゲージ)が今になってジワリと減少した。

 黄金城において、毒の種類は豊富。

 特に麻痺や痺れのようなシンプルな効果であれば、材料と加工法の組み合わせは数えきれないほどに存在するだろう。粉末・液体・錠剤、または遅行・即効・堆積、どれにするも作者の思うが儘。既にプレイヤー間で発見済みの毒だけでも百は超えている。

 

 そして今回、カエデレが用いたのは即効性麻痺毒、加えて魔力障害を引き起こす毒も混ぜることで魔法は勿論魔力強化すら困難に陥らせていた。

 それによって、三人の筋肉は痙攣し体は動かせず、魔力も霧散し操れない。

 詠唱はもちろん、魔力操作すらも儘ならず惨めに処分を待つ肉であることしかできなくなったのだ。

 男二人は鋸刃を見て己の未来に絶望し、ルリはそれ以外に信じたくない気持ちでいっぱいだった

 

「おもしれぇよな。気絶とか毒とか、動けなくなくと、ほんとに動けねぇから、ログアウトもできないんだよな。まあ、どちらにせよ町の外じゃあログアウトしてもアバターとかは残るんだけど……」

 

 話を続けながらカエデレは三人の装備を(まさぐ)り、剥ぎ取り、高価な物だけを己の鞄へ入れながら不要な物は投げ捨てる。

 

「でもやっぱ、フルダイブって環境において任意でログアウトできない状況になるって、普通にヤバくね? 実際、何件か訴訟も起きてるらしいし……つか、このゲーム訴えられてばっかなのに毎回負けてはねぇんだから、法律関係(つえ)ぇよなぁ」

 

 三人はログアウトできないかと必死になるが、先ほどのカエデレの言葉の通りに手が動かせず、それは叶わない。

 それに気づいているカエデレは嗜虐的な笑みを深めながら、それぞれから奪った杖や剣を地面にザクザクと突き立てていく。

 

「さて……武器系は重量あるし、ここから町に帰るってなると邪魔だしな……手早く魔石だけもらっとくか」

 

 呟き、カエデレはルリの杖の先端に取り付けられていた魔石を強引に捥ぎ取り鞄へと収めていく。

 そして、カエデレは騎士剣を地面に突き立てて鋸だけを両手で持った。

 

「黒霧のバグ、お前らはどんくらい知ってるよ?」

 

 狂人の言葉に、少しでも時間を稼ごうとルリは必死に声を絞り出す。

 

「し……り、ません」

「だろうな。黒霧自体が発生から時間経ってねえのもあるし。俺だって四日くらい前に知ったばっかだ。それに、強い魔物が多い黒霧の中でPKどころかエロいことしようとする奴が少ねえからな。サークルの先輩から教わらなきゃ俺も知らなかったろうし」

 

 ケンシンの横に立ったカエデレは、その鋸を彼の脇腹へと押し当てる。

 ケンシンは嫌な予感に顔を引き攣らせ、「ひぃっ」と怯えを漏らした。

 

「せーの!」

「ぅがあぁぁ──!」

「ほーい、イッチ──」

 

 ギコ。

 

「んぎゃっ」「に、イッチ──」

 

 ギコギコ。

 

「があぁっ!」

「イッチに、イッチに……と」

「が、ぎゃ……はぁ、はぁ、はぁ…………」

「ほら見ろよ。こーんなに血が吹きでてらぁ。普段ならこんなことねぇのに、黒霧の中だと発生すんだよ。面白れぇよな。ついでに痛みも普段以上のオマケ付きだ。ま、すぐには死なねえから安心しろ」

 

 苦痛に歪んだ顔中から体液を溢れさせるケンシンを、ニヤニヤと眺めながらカエデレは彼の足元へと歩くと、続けてその足首に刃先を押し当てた。

 

「次行くぜー」

「ゃ、やめぐギャァ──!」

 

 ザクザク、ザクザク、と両足を半分ほどまで切断されたケンシンはもはや声も出せずに悶絶した。しかし、すぐにその頭を蹴り飛ばされて意識を戻されてしまう。

 

「寝るなって。さ、次はブラッドくんだ」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「ははっ、過呼吸になってやんの。お前、多分だけど中坊だろ? 言動も体も可愛いもんな。100万以上するゲームを買ってもらえる裕福な親が羨ましいぜ。ぼっちゃん」

 

 絶頂を思わせる顔でカエデレは言った。

 

「やっぱ反応ねぇとつまんないよな。暴力はよ」

 

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