夜明けの黄金城   作:桃羽玉箱

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12話 ルリの種

 

 木立(きだち) 瑠璃(るり)──()の人生は過酷というには過ぎ、しかし平凡というには難しい道程であった。

 

 父は大手私立病院の院長をしており、母は敏腕弁護士。

 父の直系は代々病院を継いでいて、母はとある地方の地主の娘で特殊な筋との縁が強かった。

 順当に家業を継いだ父は言うまでもなく、母は生家を嫌っていたが生家は母を求めていたので助力を惜しむことはなく──故に、財力、権力、人脈、全てを兼ね備えたような家系であった。

 その親戚や同業者に交友者などからは、優秀な両親から一体どれほど優秀な子が生まれるのかと期待を向けられ生まれ落ち、その成長もまた多くの視線の中にあった。

 

 

 して、その期待の多くは果たされることとなった。

 

 

 長男は日本最高格の大学の医学部を主席で卒業し、無事に父の病院へと入り、巧みな手捌きで数多くの困難な手術をこなし切って見せた。

 次期院長としての期待は成熟し、無事に跡取りが『完成』したと誰もが安堵した。

 

 次男もまた文系において優秀な結果を叩き出し、弁護士として母の事務所へと入社。

 今では敏腕弁護士の二代目だと誰もが認め、父母が引退した後に兄が病院を引き継いだ後も万が一に頼れる法律屋が存在するということで、家族たちの安堵はより大きくなった。

 

 長女は二人の男児と比べれば少しパッとしない功績しかない。

 しかし、それでも海外留学や論文での受賞をしているのだから、用意されていたハードルがどれだけ高過ぎたのかは想像もできないだろう。

 彼女はやがて、両親の反対も押し切り冴えない男と結婚。

 だが、今ではその男は芸能界において、新進気鋭の若手社長と名高くなった。幾つか国をも跨いだ大規模プロジェクトを大手事務所を引き込んで作り上げ、実績すら残しているのだから、誰もが彼女の見識力を認めざる得なかった。

 

 病院の兄、法律の次男、人脈の姉。

 奇しくも兄弟たちは兄弟たちだけでも、両親のそれに匹敵するほどの才能を発揮して見せたのだ。 

 

 

 そして、残ったのは末弟《・・》である。

 高校までは誰もが彼を認めていた。

 兄弟たちにも劣らぬ成績、それでいて彼ら以上に余裕と親切さを持った在り方。

 末弟ということで、兄弟の功績も鑑みられたことによるプレッシャーをも跳ね除け、親兄弟からは兄弟全ての素質を超えるのでは、と恐れられていたほどである。

 そうして、期待と畏れを向けられながらも、彼は順調に大学生活へと足を進めた。

 

 そこで大きな問題が起こった────

 

 抑圧され続けた生徒生活から、ある程度は自由が与えられた学生生活に、彼は人生初の彼女を得た。

 学年でも一番と噂される美貌に優しい性格。家柄も良くて、成績も良い。三年間ずっと愛し合っていた最高の恋人であった……と、彼は考えていた。

 

 あの日(・・・)までは────

 

 なんてことのないありふれた出来事だ。

 

 恋人が別の男と愛し合っていた──それだけのことである。より大きく彼の精神を抉り取ったのは、その性関係が父と娘という(おぞ)ましい物であったことが原因なのは間違いない。

 なにはともあれ、彼の心を深く傷つけるには十分なことであった。

 

 恋人関係のことによって──彼は精神を病ませ、両親とも険悪な関係になった。

 当然、学校の成績は下がったし、周囲の人たちからの評価もだだ下がり。

 そうして、見事にエリートコースを外れた彼は就職活動に失敗。

 なんとなくで偶然取得していた教職資格から、小学校にて教師をすることなった。

 

 医師である父と兄、母と共に働く優秀な次男。愛する男と会社を発展させていく姉。

 一転。

 恋人に浮気され、両親に厭われ、学校の成績も悪く、まともな企業にも入れなかった末弟。

 

 期待があったからこそ、彼へ向けられていた愛は失望へと裏返り、誰もが彼のことを見捨てて行った。

 

 

────そう、彼だけは期待に答えることができなかったのだ。

 

 

 恋人の浮気をきっかけに起きた学業不審、巡り合った因果。

 たった一度の失落で、だが鳳雛の翼を傷つけ二度と天高く飛べなくするには十全であった。

 

 険悪な両親から離れて独り立ち。兄弟とも関係を切った彼は、それまで生きて来た全てを失くして、孤独に生きていかねばならなくなった。

 辛くて寂しくて眠れない日もあった。自殺しようと試みて、直前で怖気たことも一度や二度じゃない。

 

 そんな絶望は、しかし、いとも簡単に晴らされた。

 何故ならば、

 

『せんせぇかわいい!』『せんせいおしえてー!』『せいせー!』『先生!』

『木立先生は真面目で頼りになりますね』『木立先生、新人なのに生徒たちに愛されてますね。どやってるんですか?』『木立先生のレク、いつも生徒たちに評判ですよ!』

 

 可愛い生徒、気の良い教師(どうりょう)たち。

 少し失敗したけれど、しかし元が優秀な彼はあっという間に新たな環境でも成功して見せたからだ。

 なにより、生徒──幼い子供というのが彼には刺さった。

 浮気した恋人と違って明確な肉欲を持たず、豹変した親と違って巡る因果もなく、兄弟たちのように自分を凌駕することはまずありえない。嘘や隠し事だって下手が過ぎて丸見えで、疑惑というより微笑ましさすら湧いてくる。

 

 抑圧(よくあつ)嘱望(しょくぼう)の中で育った彼にとって、自分に過度な期待をしない無邪気な子供たちに囲まれた世界はどれほど自由で身軽だったか。

 そこはまさしく楽園だったのだ。

 今日日、教職はブラック労働だのと言われているが、そこは持ち前の才能で乗り切った。優秀な親のサラブレッドである彼にとっては、この程度の労働は鼻歌しながらでも楽ちん、精神的には毎日回復しているくらいだった。

 

 

 ともあれ、小さな問題は発生した。

 彼はロリコンに目覚めたのだ。

 

 

 同年代の女性に裏切られ、年上である母からは凄まじい形相で怒鳴られたことがトラウマとなり、大きな女性を正面から見るのが難しくなった。元々、素質はあったのだろう。それが見事に開花したのだ。

 思い返してみれば、初恋は小学生時代の先輩だし、初恋人(例の浮気した)も童顔の低身長だったな、と彼は気づいた。

 

 しかし、彼はロリコンはロリコンでも、変態紳士。

 エロいことは創作物で己を慰め、普段は全身全霊で児童に身を捧げる教師の鑑となっていたのだ。なお、コミッ○LOは愛読書。

 

 事実、彼を嫌う児童はほぼ存在せず、一部のやんちゃな子たち以外からは非常に親しまれていた。少なくとも、性癖(ロリコン)は最後までバレることはなかったし、彼は微塵も学校で欲を出さなかった。彼は後ろ暗いことを一切行わなかったのだ。

 それは偏に、本気でロリを愛するが故に。

 愛する者を傷つけるなんて論外、愛する者が傷つく姿だって見たくなかったのだ。

 

 そうして、小学校での教師生活が続くこと──7年。

 初めて担任となった二年生や倶楽部活動で関わった児童たちの卒業に涙し、新しく責任を持って諭すべき生徒たちとも絆を深め、順調に彼は教師生活を満喫していた。

 

 同僚の女教師と仲が発展したこともあったが、トラウマや性癖によって彼は彼女との関係を断念。

 その時、彼は悟った。

 大人の女性が怖くて、ロリにしか興奮できない自分は、もう誰かと結婚し子供を授かることは叶わない、と。

 下心を抜きにしても子供は好きだったから、いつかは自分も……と思っていたそれが不可能と悟り、悲しくはなった。だが自分には生徒たちが居るじゃないかと、その時は小さく頷いた物だった。

 その日、改めて彼は生涯を愛する生徒たちに捧げることを誓ったのだ。

 

 

 しかし、彼にまた大きな不幸が降り注いだ。

 

 

 五年生の生徒の遠足の同伴の最中。

 畑で芋掘りの帰り道、車通りの多い大通りを通過した時のことである。

 

 暴漢が現れたのだ。

 

 振り抜かれた包丁、滴る赤血、握るは狂気を瞳に宿した巨漢。

 刃先に居るのは愛すべき女児生徒。

 本人含め周囲の生徒たちは怯えて動けず、教師たちすらも気づいていない者と驚き硬直するだけで動ける者は居ない。

 

 思考はなく、あるのは使命のみ。

 生徒の元へ。あの女児の元へ。ロリは守らなければならない!!!

 

 一目見た時から、暴漢の様子からは絶望の底に居た時の自身を見出していた彼は何か怪しいとは思っていた。それが功を為し、ギリギリだが致命からは守れる距離へと近づけていた。

 日課の筋トレ──高い脚力で飛び出して素早く女児と暴漢の間に入り込んだ彼は、少年時代に習った武術を駆使して男を拘束し、地面に抑え付けた。これにより、少なくとも生徒たちに狂刃が届くことはありえない。

 

 『お゛ま゛え゛──!』

 

 轟く叫び。

 同時に狂人は信じられないほどの力で暴れ回り、膝で腹や股間を蹴り上げ、緩んだ隙に噛み付いて肉を抉り取る。

 その時──彼の拘束が大きく緩んでしまった。

 狂気を宿す者の力を見誤ってしまったのだ。

 地面に貼り付けられながらも刃を掲げた狂人、それを自分へと組み付く彼に突き刺す。

 

──刺す。

 

──刺す。

 

──刺す。

 

 いつからか、彼は気を失っていた。

 

 後に知ったことであるが、この狂人には娘が居た(・・)

 彼が勤める小学校の生徒の一人であり、同級生から凄惨なイジメを受けた結果として自殺してしまっていたのだ。

 狂人が狙った女児というのも、イジメ主犯の妹。

 なお、主犯はそんなこと露程も知らずに、他県で全寮制の私立中学にて幸せな生活を送っていたのだが。流石に引っ越していた主犯の居所まで狂人に探る術は無かった為に、少しでも苦しめてやろうと妹を狙ったのだ。

 木立瑠璃はイジメのことを知らなかった。

 担当学年での出来事では無かったからと言えばそこまでだが、彼としては一人の愛すべき生徒を守れず、徒に殺されてしまったことに、後悔の涙を落とした。

 

 

 そんな狂人の背景、被害者の女児は傷跡は残るがそれ以外の後遺症は無いし命も無事だと、そして殺人未遂事件の行末を、彼は病室で聞いた。

 しかし、病室で聞いたことはそれだけではない。

 

 下半身及び指先への麻痺の後遺症。

 

 背中の辺りを滅多刺しにされていながら、内蔵への致命傷には至らなかったことは驚くべきだが、流石に全身無傷で復活とは行かなかった。

 とは言え、そこまで重い物ではなかったのだが。

 長時間立ったり走ることは難しいが、歩行は可能。指だって、絵を書いたり演奏したりと細かいことは困難だが、文字は書ける。つまり、日常生活にはほぼ差し障りのない範疇に収まっていたのだ。

 

 だが、彼にとっては精神の致命傷である。

 

 長時間立てないし走れない。チョークを握り板書するのも苦行となった。

 体育は勿論、朝から夕の授業に彼の身体は耐えられなくなったのだ。

 これだけでも、教師としては半ば死んだようなものである。

 

 追い打ちは続く。

 

 責任を取りたくない学校は、狂人の娘の自殺関連の責任を彼に押し付け、狂人が暴れ出したのも彼が組み付いたことで刺激したからと宣言。

 被害を受けた女児の母親からも彼は責め立てられた。

 無理して復帰した職場では、親しい者からは憐れみが、そうでない者たちからは仕事を増やされたと暗に苦言を呈された。

 

 

 彼は教師を辞めていた。

 

 

 家族、天職、健康、それらを失くした彼の下に残ったのは蓄えた貯金と慰めにしかならないロリグッズだけ。

 

 自棄になった彼は、スマホを開いて最初に見た広告の企業へと全財産を投資することにした。自殺前の財産放棄である。

 

 その企業は後に『黄金城』を開発し発売することになる企業の『ムンドス』、その無名時代であった。今でこそ株価などはかなりの高額となっているが、当時は安いの何の。

 

 結果として、今更言うまでもなく大成功。

 自殺の前準備としてゴミ箱へ送ったはずの財産が、まさかの急成長して帰って来たのだから、その時ばかりは彼も絶望を忘れて『ふぇ?』と二度見をした。

 

 投資したのが『ムンドス』初期だったので、最終的には彼が得た利益は莫大な物であったのだが、彼にとって人生を決定的に変えたのはそこではない。

 

 『黄金城』への先行入界権。

 言い換えれば、筐体及びゲームを正式発売の前に彼は手に入れられたのだ。ベータテストに近い形ではあるか、特に大きな修正はなかったので、実質的に先行配布である。

 

 そこで、彼は決めたのだ。

 

 ネカマになってやる、と。

 

 彼は孤独な人生を歩んで来た。

 頼れる家族、信頼できる友、愛しあう恋人、そういったものが彼にはない。家族恋人は前述の通り、友人は自分の性癖が自縄自縛となり自ずと壁を作ってしまうのでできなかった。

 なんせ彼はエリート家庭に生まれ、富裕層が数多く通う名門校で育ってきた。下手なことを話せば家族にも迷惑がかかるし、大人になってから小学校の教師に成ったのだから『オレ、ロリコンなんだ!』なんて告白はできやしなかった。

 

 

 誰も自分を愛さなかった。いや、自分もまた誰も愛せなかったのだ。

 ならば別の世界でくらい誰かを愛したいし、なにより愛されたい。

 

 

 その手段として選んだのがネカマだ。しかも、自分の性癖を詰め込んだロリのアバター。

 冗談とかではなく、大人の女性にトラウマを持って、ロリに癒されてきた彼にとってはロリこそが本気で至高の存在なのだ。

 あと、誰かを愛し愛される上でも、ガタイの良い男や大きな女性よりは、女児くらいの方が威圧感が無いし親しみ易いだろう、というちゃんとした理由がある。それはそうと、自分のアバターでエロいことをしたい気持ちもあった。

 

 そうして完成されたのが『ロリ聖女:ルリ』である。

 先行入界の初日にアバターを作った彼は、リアルの体とはほんのり面影がある程度の掛け離れた器に受肉したことで、黄金城──フルダイブの洗礼を受けて見事に蛞蝓(なめくじ)擬きになった。

 アヘ顔で全身を痙攣させがら這いずって移動するロリはただの化け物でしかない。あの時ばかりは、ルリにR18Gとしてモザイクを掛けるべきだったろう。

 必死に這いずって宿屋へと入って以降、彼は薄暗いその一室でトレーニングを開始したのだ。

 

 

 彼は丸一日黄金城に籠り続けることが当たり前の生活を始めた。

 起きたら黄金城へ行って、継続ログイン限界時間が訪れたら強制ログアウト後に軽食を取って再びログイン。これの繰り返し。

 金はあるし、やらなければいけないことも、できることも、希望もない。屍同然の彼とって、もはや黄金城が現実となっていたのだ。

 入れ込み過ぎて脱水や飢餓で死にかけた回数は数え切れない。

 それほどまでに必死の努力の果てに──本来の『木立瑠璃』としての体よりも、『ルリ』の方が自然と感じるに至った。

 

 先行入界の開始から三ヶ月、サービス開始からは半年ほど。

 彼はついに『ルリ』として動き回れるようになったのである。

 とは言え、やはり万全ではなく、現実で習得済みの武術の殆どは使えないし、前衛職として派手に走り回ることはできなかった。しかし、魔力操作の感覚に人一倍の才能があったことは幸いだった。

 自然と、魔法使いへの道を進むこととなる。

 

 

 道場(チュートリアル)を終え、課金して最低限の装備を整え、ついに誰かを愛し愛される為の全てが整った。

 そうして彼はついに見つけた。

 暗い雰囲気で、全身から血を流し、譫言を呟きながらフラフラ歩く、今にも死にそうな一人の青年──リンを。

 

 ルリは(リン)を見て悟った。

──アイツは孤独な者(オレと同じ)だ、と。

 友達とか恋人とかがいない可哀想な奴だと一目で見抜いた。一人でオンラインゲームをやっている人なら大概がそうだろう、なんて偏見もあった。もっとも、リンの場合はそれで正解であるが。

 

 故に、突撃。

 そこに迷いはなく、宿屋を出て数分で満身創痍の同類(ボッチ)を見つけたのだ。それも、ボロボロに傷ついていて、助けがいもある。運命すら感じていた。

 

 

『あやしい……怪しい?! 私がですか?!』

 

『(こんなに可愛いロリが怪しい?! 老け専の変態か?!)』

 

 

 結果はご存知の通り、失敗。

 

 初めてのネカマ。

 初めての『ルリ』としての活動。

 半年ほど薄暗い宿屋の一室でリハビリテーションに似たトレーニングだけをして来た影響で人と会話するのが久しぶり過ぎてテンションが色々とおかしくなっていたし、宿屋を出て最初に見つけたのが愛し甲斐のありそうな陰鬱な青年だったので嬉しかったのもある。

 

 なので、失敗するのは必然とも言えた。

 

 流石にこの失敗にはルリも自分で振り返って『怪しすぎるわ!』と叫びながらのたうち回ったが、しかしそこは優秀なルリ。

 すぐに立ち直った後に改めて現実の方で、ネカマの作法、色仕掛けのやり方、風俗やホストでの会話などなど……ネットで勉強し、吸収。

 

 そこで改めてルリは自分が何の為にネカマをするのか、考えてみた。

 

 結局のところ、愛されたいことは変わらない。根幹にあるのは承認欲求だろう。

 だが、せっかくなら、自分が教師であったことを活かしたいと考え、そしてついに目的を決めた。

 

 愛する対象は孤独な者(オレの同類)、しかし年齢は若い者に絞る。

 何故なら、孤独な彼らの多くは愛に飢えている。簡単に自分を愛させることができるから。若者を狙うのは、大人(オレ)と違ってまだ未来があるし改善の余地も大きいから。今はまだ人の輪に入れない落第者でも『愛』の素晴らしさを知れば彼らもマトモになるだろうと信じて。

 彼らに教えるのだ。

 人と関わる喜び、人に愛される幸せ、人と友達になる楽しさを。愛を知らぬ者に愛を。

 ルリは愛の伝道師となったのだ。

 

 それから、瞬く間に二人の同類(ボッチ)相思相愛(しんじゃ)にすることに成功した。

 年齢のほども、推測ではあるが中学生と高校生か。

 

 ルリは本気で彼らの幸せを考えていた。

 アイテムの要求なんてルリの方から自発的に促したことはないし、なるべく断るようにしていた。それでも渡そうとしてくるのは男の(さが)故か。

 

 性格や振る舞いに問題のある彼らに優しく接し、常に笑みを浮かべながら面倒な言動や癇癪を受け止める。性的なことを迫ってきた時には、それはルリの中にある『ロリ聖女:ルリ』は純真無垢な存在であるという解釈から外れてしまう為にそれとなく避けた。

 

 金を要求する訳でも、肉体関係を持つ訳でもない。

 只々──友達のような関係となって、楽しく会話して、間違っていることやおかしなことは正して常識を教える。珍しいが、勉強を教えたこともあったし、その時は教師に戻れたみたいで心が弾んだ。

 そんな付かず離れずをしていれば、『女』というだけで寄って来た彼らは、屑である『ルリ(じぶん)』そう遠くない内に離れていくだろうことはわかっていた。

 だが、それでよかった。

 

 いずれ彼らは悟るだろう。

 自分(ルリ)がやっていることは偽善に過ぎず、本当に求めているのは自分の幸せ、愛されることのみ。それがどれだけ醜く下衆な存在か。

 悟った彼らは自分の下を去るだろう。

 だが、彼らはもう孤独ではない。同じく騙された仲間が居るし、自分(ルリ)の下で人と関わる方法や喜びを知った彼らは、きっと他でも人を求め、友を作れるはずだから。

 

 要は、きっかけ作りである。

 人間性に問題のある若者を引き込んで、人と関わる方法や常識を教える。そうすれば自分のような(ゴミ)にはならず、立派な大人になれる可能性が少しは上がるはずだ。

 その代価として、暫くの間は自分(ルリ)を愛して貰うのだ。

 

 それは順調に進んでいたとルリは考えていた。

 最初は話すこと全てが闇の詠唱みたいだったブラッドは日本語を話せるようになったし、飄々とした雰囲気なだけの独りよがりなケンシンは人を思いやることを知った。

 

 そんな頃合い、カエデレと出会った。

 年のほどは大学生辺りだろうか。何処となく狂気を感じさせるが、普段は地味で大人しい青年。正直、最初は孤独な者(愛すべき人)か迷ったのだが、あまりにも強く誘ってくるのだから、愛されたい欲求に負けてルリは彼も仲間に入れてしまった。

 彼は他二人よりも性的なことを積極的に迫ってきたから、ちょっと辟易として後悔した日もあったが、これも自分が正さねばならぬ過ちだと考え直し、決意した。

 

 

 話は変わるが、正直な話──ルリは男からエロいことを求められるのが嫌じゃなかった。

 

 求められている気持ちになれた。

 愛されている気分になれた。

 

 人生で打算抜きの純粋な褒め言葉や求められた経験が、ルリには教師時代の生徒たち以外からはあまりなかったのだ。それだって、子供が大人に向ける幼稚で単純、漠然とした『すごい!』という気持ちでしかない。教師になる前は、誰もが自分を通して自分の親兄弟を見ていたし。例の彼女に惚れたのも、思い返してみれば彼女が褒め上手だったから、と気づいた。

 だから、性欲とは言えど、純粋にして強力な気持ちが自分(ルリ)向けられると『むふっ』としちゃう。

 

 

 だが、それは甘い考えだったのだろう。

 ルリはあくまでも、『クラスのマドンナになれた』くらいの気持ちだったのだ。ちょっとした性欲と憧れを向けられている──その程度の認識。

 思春期の少年ならエッチなことだって考えるだろう。

 可愛い生徒たちなら、幾らでも見られて構わない。もちろん、お触りは厳禁だ。

 

 でも──────

 

 男に嬲られるなんて考えたこともなかった。

 だって、自分は『愛されている』はずなのだ。

 どうして愛する人が嫌がることをするんだ。 どうして愛する人を傷つけるようなことをするんだ。

 

 自分は男だ。

 何故、男に性的なことで強引に迫られているのだ。『女』とは、『男』とは、こんなにも恐ろしい物だったのか。

 

 

 狂人(カエデレ)から向けられる狂気にルリのトラウマは刺激された。

 刃物を自分へ向けて狂気を宿す男の姿に、教師生命を絶たれたあの暴力を思い出さずにはいられない。

 

 二人の男から向けられる下劣な視線に身が竦む。触れられる手に嫌悪が奔る。

 全身が揉まれ、舐められ、吸われ、女としての体を男に貪られる感覚に自分が自分では無くなっていく気がして恐怖で叫びたくなる。なのに、その口すらも貪られて声が出せない。

 不意に、ルリの脳裏に黄金城のあの仕様(・・・・)が思い出された。

 黄金城には年齢制限はあれど性行為ができるシステムがある。自分はそれをクリアしているが、二人はどうだ? ブラッドは中学生だがケンシンは高校生だ。それにもしも二人が年齢を偽っていたら……? いや、二人が駄目でもカエデレが居るじゃないか。

 もちろん、強制性行はシステム的に不可能。しかし、勝手に指を操作して承諾を押させることができるのだ。

 もしも、本番(・・)が始まってしまえば、それはもう後戻りできない気がした。

 

 

 最悪の予想に涙が溢れる。

 抵抗はしたくてもできない。

 毒で辛くて苦しいのに、そんなの知ったものかと二人には貪られる。

 毒の苦痛と恐怖に冷静さが全く取り戻せない。

 

「(ああ……やっぱり……オレは駄目なのか……)」

 

 

 この世界なら、自分の理想とする姿、理想とする在り方、それならば────自分を、好きになれる気がした。

 

 

 あの日、実家を追い出された日からルリは自分を嫌悪している。

 

 それまでは自分が好きだった。

 だって兄弟の中で一番優秀で、可愛い彼女も居て、薔薇色の未来しか見えていなかったから。

 

 だからこそ、兄弟の中で一番没落し、恋人に裏切られ、実家に捨てられ……自分を形成する全てを失った日に、彼は一度死んだも同然。

 そして、教師として彼は蘇り、教職を失った日には二度目の死を経験した。

 

 

 二度の致命的な失敗はルリに最悪に近い教訓を与えてしまった。

 それは、

『自分は何をやっても失敗する』

 ということである。

 

 

 だからこそ、誰かの成功を導く者になろうとした。

 例え自分は屑のままでも、自分の手で誰かを救えたら、自分も成功した気になれると思ったから。

 

 だけど、それすらも駄目だった。

 

 

 初めて助けた青年(リン)は自分を見ても何も言わなかった。

 きっと彼は自分を忘れているのだろう。

 

 自分を愛してくれていると思った二人の少年は嬉々として自分を貪っている。

 自分の教えは全て無意味で、やはり教え導くことは自分には不相応だったのだ。

 

 拒みきれず受け入れてしまった狂人は愉悦に頬を歪めている。

 裏切った恋人を思い出す。姉と違って、自分には見る目がないことを嫌でも理解させられた。

 

 

 この世界で、必死に努力して得た理想の在り方の全てを否定された気分だった。

 ならば、もやは抵抗は要らない。

 全てのことが終わった後、今度こそ自分は世界から消えようと──『ルリ』は全てを諦めた。

 

 

 少しでも世界から意識を背けたくて、目を閉じた。

 その瞬間────

 

 

──────チュドーン!!!

 

 

 

────凄まじい爆音が鳴り響いた!

 

 

 ルリとそれを嬲っていた二人も、揃って後ろを見た。

 そこには、この絶望の根源がいるはずである。

 ルリから尊厳を奪い、男二人に本能の暴走を齎した狂人が。

 

 居ない。

 

 煙が揺れていた。

 

 立つのは一人の男。

 焼け爛れた顔面と黒く焼け焦げ欠損した左腕が目を引く、見窄らしいローブの男。

 

 倒れるのは一つの死体。

 首から上を爆散させ、失くした頭があったはずの場所からはモクモクと黒煙を発たせていた。

 

「……ゲームは仲良くルールを守って、な」

 

「そう思えよ。変態が」

 

 スッ──パリン────。ポリゴンと化して霧散するカエデレの爆死体。

 

 それを踏みつけながら、己の杖(ぶき)を拾い戻した(リン)は静かに言い放った。

 

 




ーー以下あとがきーー
とりあえずジャブ。
ここからtsにエンジンが点き始めます。
深いことはネタバレになるので話せませんが、とりあえず性癖の開示をば。

やっぱTS娘には妊娠出産も経験して欲しい所存。孕めオラ!

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