夜明けの黄金城   作:桃羽玉箱

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14話 ネカマ

 

 + + + + + 

 

 

 二人が黒い霧の漂う森の中を歩き十五分ほどが経過した。

 行きの時間を考えれば折り返しほどだが、リンが一人でルリまで背負って移動しているので移動速度はかなり鈍足、しかしここまで一度も魔物と遭遇せずにこれたことを考えれば、結果的には同じくらいのスピードで移動ができていた。

 黒霧調査クエストの開始から時間が経過したこともあって、あらかたの魔物は掃討されてしまっていたのだ。そのお陰で、リポップまでの遭遇率はほぼゼロになっていた。 

 

 ジャッジャッジャッ、と一定した間隔で響く足音と息遣いのみが聞こえる薄暗い森の中。

 その闇よりも深い悩みがルリの胸中に漂っていた。

 それは『リンに男だと告げたい。でも、急にこんなこと言って良いのか』というもの。

 

 ずっと無言で歩き続けているからこの気まずい雰囲気を動かしたいという気持ちと、

 もしもリンが自分(ルリ)が女だからという理由で助けたのなら騙しているみたいで嫌な気持ち、

 そして男だと告げれば気味悪がって万が一にもリンにも裏切られて嬲られる可能性を減らせるのではないか──という気持ちからだった。

 

 しかし、いきなり本当のことを言っても信じて貰えるかわからないし、もしかしたら強姦未遂に心を病ませてしまったと勘違いされるのではないか、という考えが告白を引き止めた。

 それになにより、人生で始めて致命的な状況から自分を助けてくれた人に、嫌悪を向けられたら心が折れそうで怖い──なんて女々しい心もあったからだった。

 

 言い淀むこと八回ほど。

 ついに、ルリは告白した。

 

「その、実は私は……男、なんです」

「……?」

 

 ルリから発せられた不意な言葉に、男っておっぱいあるんだっけ、なんてことをリンは真面目に考えてしまった。

 気を取り直し、助けたすぐ後のあられもない姿のルリを思い返すが、しかしどう考えてもあれは女アバターだったと彼は確信していた。

 リンは言い辛そうに聞いた。

 

「精神的な話?」

「いえ、ネカマ的な話で」

「黄金城ってネカマやると、現実と体が違いすぎて蛞蝓みたいな動きしかできなくなるって聞いたんだけど」

「すごく頑張ったので」

「頑張りでどうにかなるんだ……」

 

「(男女間の肉体の差異って頑張りで慣れるんだ……人間凄いな)」

 

「で、ですので……女の人と仲良くなりたいって理由で助けたのなら、置いていってもいいですよ」

「いやそれはしないって。仮に、俺はルリが禿げ散らしたおっさんであっても同じことをしたと思う。デブだったら重くて無理だったかもだけど」

 

 リンにとって、ルリはただの(いち)プレイヤーではないのだ。スイハと同じとまでは言えないが、その次くらいには実は大事に思っていたのだ。

 今回助けたのだって、可愛い女の子に恩を売りたい──その気持ちがなかったとは言えない。でも、やっぱり彼にとってルリはそれだけの存在では無い。

 

「覚えてないかもしれないけど、一度君に助けられてるから。これはその恩返しってことで」

「……オリゴの、外の近くで死にかけていた方、ですよね。覚えていたんですね」

「こっちの台詞だよ。逆ハーしてたから、俺なんて粉かけた有象無象の一人だと思ってた」

「いえ、あの時のリンさんは孤独な顔をして居られましたが、今日はそうじゃなかったので。私が声を掛けるのは余計なことになるのかな、と。良き出会いがあったのではないですか?」

「マジか」

 

 予想外にして身に覚えしかない言葉にリンは目を丸くした。

 確かに、彼はスイハと出会って少し変わった。

 可愛い女の子と付きっきりで色々な冒険をして、仲良くなれて、前向きになれた。

 まさか、たかだか一度しか顔を合わせていない人にこうも簡単に変化を見抜かれるとは思っておらず、素直に驚きを漏らす。少なくとも、リンにはルリの心の変化なんて全くわからなかった。

 

「ふふっ、リンさんは私がネカマトレーニングを終えて声を掛けた一人目でしたので、印象に残っていただけですよ」

「だとしてもでしょ。観察眼が凄いというか、良い目してるよ」

「ありがとうございます。私、元々は教師をやっていましたから。人の目や顔を伺うのは癖でした。危ないことをしがちな若い方は特に」

「教師がネカマしてんのかよ……」

「ふふふ……小学校の教師って言ったら、驚きます?」

「淫行で懲戒処分でも喰らったのか?」

 

 長く美しい紫色の髪。あどけなく愛らしい顔。身長は140にも満たないほど小さく、体全体の肉付きは控えめ。しかし、不健康ということはなくて、痩せ気味な女児と言った姿。

 どこをどうみても十歳前後で美幼女のロリアバターであった。

 

 小学校の男教師がフルダイブゲームでやることが、美ロリアバターでネカマ。

 流石のリンもちょっと引いた。

 

「むっ、それは失礼ですよ。少し怪我をしてしまっただけです。後遺症で立ち仕事ができなくなったので、空いた時間に黄金城へ籠っていたらこの『ルリ』の体を自在に動かせるようになったんです」

「……なんか悪い」

「いえ、気にしてない……とは言えませんが、もう終わったことですから。ロリコンの私に、子供達の幸せを願うのは不相応なことだったのでしょう。そういう、運命だったのですよ」

「…………」

 

 本能的に、リンはルリから重いナニカを感じとった。

 具体的にはわからないが、それはリンがスイハを褒めた時に似ていた。諦め、運命への絶望、それに近しい物をルリからは感じられた。

 そんな人たちに何を言えば言えばいいのか、何を求めているのか。リンにはわからない。きっと、前の彼(・・・)ならこのまま口を閉ざしてしまっただろう。下手なことを言って余計に嫌われるのが怖かったから。

 

「……なあ、一緒に冒険しないか」

 

 でも、リンは変わっていた。

 嫌われるのは怖いけど、悲しい結末を避ける為なら頑張れた。

 

「……それは、どういう?」

「フレンドになって、パーティ組んで、一緒に色んなクエスト受けないか。これから、一緒に。もう一人いっつも組んでる子が居るから、そいつが嫌って言ったら無理だけど……とりあえず、俺からだけでも誘っとこうと思って」

 

 最初は嫌な予感(・・・・)を避ける為のお誘いだった。これでどうにかなるかはわからなかったけど、リンにできるのはこれしかなかったから。

 そして言葉を紡ぎ始めてからは、本当に一緒に冒険がしたくなった。

 言霊というべきか、何となくで放った言葉が現実的にやってみたい願望になっていたのだ。それだけだから、深い意味も理由もない。

 だけど、楽しそうだって漠然とリンは思った。

 

「黄金城じゃあ激レアなネカマプレイヤーだしな。色々と話聞かせてくれよ」

「……その、私……いや、オレは……はぁ……」

 

 ルリは決心した様な息を吐いた。

 

「オレは本当に男だぞ? オフ会とか狙っても意味ないからな」

「俺は友達居ないからな。女の友達は最近ようやくできたんだが、男はまだだ。お前がその枠になってくれよ」

「……オレは、ロリコンだぞ。彼女に浮気されるくらい甲斐性もないし、教職も……かなり、唐突に辞めたからし、体も壊してるから復帰もできないし……屑同然だ……」

「ゲーマーに人間性求めてねえよ。黄金城じゃあ縛りにしかならないネカマプレイしてる変態だしな。それに、パーティに一人くらいはルーニー野郎が居た方がメリハリも付くだろ」

 

 しばらく無言が続いた。

 黒い霧に包まれた暗い森の中を、ただ只管に歩き続ける。

 物音がする度にリンの足は震えた。ルリの息が乱れた。魔物に襲われたら、二人は死ぬ(ゲームオーバー)

 

 所詮はゲームだ。

 

 でも、リンの左腕には先ほどのPKの生々しい感触が一緒に吹き飛んで生やし直したはずなのに残っていた。ルリも、ログアウトできない状況で犯されそうになった恐怖が残っていた。

 たかがゲーム、一度のゲームオーバー、そう呼ぶには二人はこの世界に深く入り込みすぎている。特に、この世界でも最長に近いプレイ期間のルリは尚更。

 だからこそ、死ぬのが怖い。魔物が怖い。

 そんなんだから野郎二人でお化け屋敷にでも来ているみたいで、リンはちょっと萎えていた。

 

「……あんなんがあった後だ。見知らぬ奴らと組むのも怖いだろ」

「……うん」

「…………もう、黄金城は……引退するか?」

「…………」

 

 弱々しい吐息が溢れた。

 もしかしたら、ルリはこの後にログアウトをしたらもうこの世界には戻ってこないかもしれない。そんな嫌な予感(・・・・)がリンの胸にはあった。

 リンは男だし、アバターも男。だから、女の体で男から欲望を向けられた経験なんて無いし、その恐怖も知らないから共感もできない。だから、恐怖から逃げる為にこの世界から完全に去ることをルリが選んだのなら、彼に止める権利はない。強いて言えば、リンが女性だったならあるいは。

 最後になるかもしれないのなら後悔したくない。言葉くらいは伝えておきたい。その一心がリンの口を動かした。

 

「俺は黄金城(この世界)が好きだ。やっぱり、剣と魔法の自由の世界は楽しくてたまらない。きっと、これからもずっと俺はこの世界を冒険していく」

 

 言葉には出し尽くせないほど、リンはこの世界を愛している。

 

「だから、俺を……そんな世界で、初めて助けてくれた奴がこんなところで世界から消えるのは、悲しいよ」

「……っ」

 

 ぎゅっ、と。ルリは気付かぬ内により強くリンにしがみついていた。

 リンはその手元を見て、握られたコンパスが少しだけズレていることに気づいて、進む向きを修正しながら小さく呟いた。

 

「無理強いはしない。辛さをわかってもやれない。でも、今みたいに寄り添うくらいはできるから……少しでも未練があるんなら……俺と行こうぜ」

 

 

 + + + + + 

 

 

 運良くリン()たちは魔物に襲われることもなく、森から出ることができた。森から出ると同時に霧はなくなっていて、眩しい夕日と爽やかな風が全身を洗い流す様で心地よかった。

 少し離れたところにあった馬車の列、俺たちが乗ってきたそれらにはすでに多くのプレイヤーたちが戻ってきていたようで、二十人くらいは居た。駄弁っている人や装備の点検をしている人が多く、彼らも激しい戦いを終えてきたのだろうことは一目瞭然。

 そんなところへ、たった二人、しかも見るからにボロッボロの死にかけ状態の俺たちが戻ったのだから、多くの好奇の視線が向けられた。仲間内で小声で話している様だが、明らかに目線がチラチラとこちらに向いているのだから内容の検討くらいはつく。もしかしたら俺の自意識過剰かもしれないが。

 

「ルリ、もうちょい俺に捕まれ。ほぼ裸だから、向けられる目がヤバいぞ」

「っは、はい」

 

 ちっぱい! ちょいとだけ柔いね!

 中身が男? 関係ありません。だって(アバター)は女だから。確かにそこにおっぱいはあるのだよ。

 いやまあ、さっきまで酷い状況にあったルリに欲情を向けるのは我ながら最低最悪の屑野郎という自覚はあるのだが、チンチンに嘘は付けない。

 なにより、俺も色々と辛くてこうやって気を紛らわせないとやってられないのだ。

 魔物を殺すのは平気だったけどPKは想像以上に生々しかった。明日にでもなれば慣れると思うんだけど、今暫くは気分が悪くて堪らない。

 それに魔力枯渇状態のデバフもかなりキツイし、まだ毒で股間は大きくなったままなのだ。勃起って長く続き過ぎると捥げるらしいから、ちょっと心配になって来た。出さないと駄目かな……でも、今は無理でしょ。

 眩暈吐き気発熱立ちくらみ勃起……あーもうめちゃくちゃだよ。体力は半分くらい残ってるのに死ぬんじゃないかってほど体が重い。

 

 ふらふらと、なんとか最初の馬車に戻ってこれた。これでやっと落ち着ける。魔物とかに襲われても、周りの人たちがなんとかしてくれるでしょ。多分。

 ああ、それと。ケンシンとブラッドは何処にも居なかったな。やっぱり死んでリスポーン待ちしてるのだろうか。

 ルリをそっと座席に降ろして、持っていて荷物をその横に降ろす。そうしてやっと俺も座席に座って、すぐに横になった。眠いです。

 

 あー……クエスト、魔物の討伐はあんまりできなかった。報酬はあまり期待できないし、他のプレイヤーからも雑魚と思われて印象は悪いだろう。黒い霧についても気になるし、もっと探索してみたかったんだけど。

 何もかもが人間の屑(カエデレ)のせいだ。

 死んじまえ! あ、俺が殺したか!

 

「…………はぁ………………」

 

 初めてのPKが魔道具での爆殺でよかった。剣とか素手とか、感触が鮮明に伝わる方法だったらちょっと病んでたかもしれない。

 いや、ポジティブに考えよう。

 これでPKの経験は得た。次はきっと平然とPKKできる。だから、次に襲われたら遠慮なく返り討ちにできる……はずだ。

 

 人を殺したことを辛く思う俺と、人を殺したことに密かな興奮を覚える俺もいる。一体、俺の本性はどちらなのだろうか。

 

「その……」

 

 ルリが呟いた。

 俺はちょっとナイーブになってたところなので、思考を中断されて少し気が楽になった。ルリは知る由もないだろうが、助けられた気になる。

 そんなルリの左手は鈍く弱々しくも動いていて、その理由はすぐにわかった。

 

 <『ルリ』からフレンド申請が届きました>

 

 いつか見た懐かしのテクスト。

 でも、与える者と与えられる者、隠す者と疑う者、そんなあの時はとは違う。

 互いが違いを助け、秘密を話し信じあった。そんな対等な存在として刻まれたテクストだった。

 

「わたし……いや……オレは、君と冒険してみたい」

 

 初めて見るルリの顔だった。

 逆ハーに向けていた優しい笑みでも、魔物に向ける冷たい顔でも、カエデレに向けた怯えた顔でもない。

 頬を赤く染めた照れ臭そうな……『ルリ』のありのままの顔、そう思った。

 

「色んなところに行ってみたいし、もっともっと愛されたい。だから、オレも連れていってくれ。君の……リンの世界に」

 

 嬉しいと同時に恥ずかしくなる。

 良い歳した男同士で何ポエムしあってるんだか。

 でも、それでいい。この世界はそれで良いんだ。

 

 俺はルリを見つめがら<承認>を押す。そうして例のフレンド表記が浮かび上がるのを待たず、言い放った。

 

「ああ。一緒に行こうぜ、ルリ」

「──っはい!」

 

 この時に見たルリの笑顔は、しばらく忘れられそうになかった。

 

 

 + + + 

 

 

 ようやく、馬車が町に戻った。

 道中は殆ど寝ていて記憶にないのだが……いやはや、ゲームの世界で実際に寝ることになるとは思っていなかったな。勿体無い気分だけど、その甲斐あって魔力はそれなりに回復していて、不調は治っている。毒も抜けたっぽい。

 ルリの方もそれなりに毒が抜けてきているのか、顔色は大分マシになっていた。

 

 揃って疲れ切った顔を隠す余裕もないままに、冒険者組合の施設のすぐ外で並んで立ちながら俺はメニューを開いた。

 今日はもう疲れ過ぎた。さっさと現実で寝直そう……あ、大学の課題残ってるっけ。

 ログアウト前、最後にルリに言っておきたいことがある。

 

「明日……19時くらいにインできるか?」

「はい。できますけど……?」

「先約が居るって言っただろ。そいつも居るから、顔合わせしないか?」

「……わかりました。是非」

「おっけ。じゃあ……めんどいし、組合に集合でいいか?」

「はい。問題ありません」

 

 よし、これでとりあえず終わりっと。

 ルリへと向き直って、その綺麗な瞳を見つめた。

 やっぱガワは可愛いんだよな……お友達ってことで一回くらいはパイタッチしても……うん、やっぱり今日の俺はもう駄目だ。現実に戻ったらさっさと寝よう。

 

「じゃあな。また明日」

「はい。絶対に……また会いましょうね」

 

 なんか気に食わんな。

 

「……あー、俺はもうルリの事情知ってるだろ。別に、口調戻してもいいんだぜ?」

「あら、もう癖みたいなものでして」

「そういうもんか?」

「ええ。半年と余り、練習すれば口調くらいは幾らでも変えられますよ」

 

 せっかくの友達ってなら、気楽な関係に俺は憧れてたんだけど……無理強いすることでもないか。それこそ、気楽じゃなくなってしまう。

 メニューを操作してログアウトを選択、最後の決定ボタンの直前で手を止めた。

 

「じゃ、今度こそ。また会おうぜってな」

 

────決定。

 

「ああ。またな!」

「──え今なん──────」

 

 言い逃げされた。

 

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