夜明けの黄金城   作:桃羽玉箱

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2話 はじまり

 

 「いざ──────」

 

 空を踏み抜いてしまったような感触の直後、前に倒れ落ちていくような浮遊感に全身が包まれた。

 視界が白く染まり、立っているのか落ちているのかわからない中で、腰を低く身構えて目を閉じていると、数秒ほどで文字通り地に足ついた感覚が帰ってきた。

 

「ここは……」

 

 石煉瓦の床、広さは大きめの体育館とか運動場くらい。磨かれた石の柱が何十も立ち並び、硝子みたいな透明の屋根を支え、空を覆っている。それらに装飾は殆どなく、照明らしき壁掛けの松明が柱ごと四方一つずつにあるくらい。壁の一箇所には、そこにだけ巨大な木の門があった。

 空からは光が差し、見てみれば太陽がちょうど真上くらいにある。

 ふと背後を見てみると、そこには扉の輪郭のような光の粒子があり、すぐに霧散して消えてしまっていた。おそらく、俺はこの消えてしまった扉から出てきたのだろう。

 周囲を見てみると、俺と同じ様にきょろきょろとしている奴が……五人くらい? 

 

「始まりの地って感じだな」

 

 視界の左上には赤いゲージ、その下には白いゲージ。

 前者は体力、ヒットポイント、ライフ……まあ、生命力ってとこか。これがなくなると死亡判定。

 後者は魔力、マジックポイント、マナ……魔法とか使うのに消費するやつ。これが無くなると魔法が使えなくなるのはもちろん、枯渇するとデバフが付いちゃうらしいので、消費は慎重にってネットに書かれていた。

 それらゲージのさらに左端には、横棒が三つ並んだ『三』みたいなマーク。これを開くと、装備やフレンドに設定画面、ログアウトとか、システム系のコマンドを色々と開ける。一応、これ以外にも手の指を三つだか四つだかで宙に上から下にスライドすれば開けるショートカットもあるらしい。

 

 それから、自分の格好を見てみると、黒い靴に黒いズボン、灰色のシャツ。指抜きの手袋、腰には左に長くも短くもない金属製らしき片手剣、右には赤い長方形の結晶石がホルダーに仕舞ってあった。ズボンには左右二つのポケットがあって片方には本が一冊入っている。取り出して見ると題名は『初心者用ガイドブック』。

 なんというか、質素な服にシンプルな剣、あとよくわからないアイテム。本については言うまでもなく。如何にも初期装備って感じだ。

 試しに、剣を抜いてみた。

 長さは俺の腕と同じか、ちょっと短いかな。重い。振れない程じゃないけど、慣れないと自在には扱えなさそう。

 刃にそっと指を添えて、引く。指先がほんの少し斬れて、血が滲まない程度ではあるがほんのりと痛い。

 

「痛い……」

 

 痛み、あるんだね、本当にさ。なんか感動だ。本当に五感がある。

 ゲームあるあるの、ダメージ受けた時に叫ぶ『痛い痛い!』がどうやら本当のことになりそうだ。

 いやまあ、知ってはいたんだけどね。

 ネットの情報では、ある程度の痛みまではほぼそのまんま来るらしいけど、その程度を超える痛みはラインまで引き下げられる仕様になっているとか。なんかこの運営の説明だと、痛みを軽減しないことも可能ではあるみたいで、陰謀論が疼きそうだ……疑いが深まったな。

 

 剣を鞘に納め、今度は右腰にあった結晶石を手に取った。

 かなり濃厚な紅色で、紅玉のように見える。だが、そのサイズが250mlのペットボトルくらいあるんだから、結構デカい。縦長の長方形で、ちょうど握りやすいくらいの太さだから、何に使うのかは知らないけど、持ち運びにはそこまで苦労しないのかもしれない。

 じっくり眺めたあと、それも元の位置に戻す。

 

 この石の空間の中に一つだけある木。大きな木の門。

 どう見ても、あれがここから出る為の物であろう。まだ周囲に居る初心者仲間たちを置いて、俺はその元に進んだ。背後に居る皆はさっきの俺みたいに装備や体の調子を確認しているようだが……あれ、なんか一人動きがポリゴンみたいに角ばってるな。さては、アバター作りで欲張ったな?

 それらはさておき、こうして初心者仲間の中で最初に部屋を出る訳で、なんとなく気分はファーストペンギンだ。

 押すか、引くか。間違えたら小っ恥ずかしい。

 とりあえず押してみるか、と腕に力を入れてみると想像以上にすんなりと僅かに動いた。

 

 ドキドキする。

 胸が高鳴っているのがわかる。

 始まる。剣と魔法の世界が、ここまら始まるのだ!

 

 俺は、門を開いた勢いのままで体を奥に推し進め、飛び出した。

 

 

 ※ ※ ※ 

 

 

 石畳が伸びる街並み。木造と煉瓦造の家や店に、遠くには塔や階層建の建築。

 剣や鎧を売っているお店に、花屋に本屋や喫茶店。服屋、装飾屋、怪しげな薬や水晶玉のお店。

 そこら中に色んな人がいた。

 金髪の男女、赤髪の男に青髪の女。彫が深い西洋風の人たちに、日本人っぽい顔立ちと色合いの人たち。

 モブかプレイヤーかもわからないけど、町民っぽい人や剣を携え鎧を着た戦士っぽい人、ローブを羽織り杖を持つ魔法使いっぽい人。エロい格好のお姉さんに、駆け出す子供達。

 

 良いね良いよ良いじゃんけ。

 素晴らしい。

 こういうので良いんだよ。こういう中世風なファンタジー世界観。良いじゃないか。

 

 笑いが溢れる口元を抑えながら、コツコツと石の上を歩いて進む。

 腰に提げた剣の柄を撫でると、自分もこの世界の住民になったみたいで──いや、正しくそうなのだ。俺は今、このファンタジー住民となったのだ。

 

 モンスター……この世界では、『魔物』という設定らしい。獣っぽいのを基本に、ドラゴンとか悪魔っぽいのとか、まあ色々と。

 迷宮とかいう魔物の巣窟であり宝箱もある夢のある洞窟もあるらしい、まあダンジョンって奴だわな。

 数ヶ月前に解放された新エリア──実力主義で難易度の高いクエストばかりの帝国、ドラゴンがうじゃうじゃ居る竜山、大型海棲魔物が潜んでいる深海。他にも、数日前に発見された新アイテムや特別なクエストもあるらしいし……行きたいとこばっかりだ!

 

 初心者向けの簡易なクエストとか、実質チュートリアルである道場での講習とか、そもそもクエストを受注する為には冒険者組合で登録しなきゃ駄目とか……。

 まあ、なんか色々とあるらしいけど……そういうのは後にしよう。最初は、何も知らないままに好き勝手やってみたい。

 

 さて、いっちょバッサバッサ魔物とやらを切り伏せてやろうかね。

 

 

 ※ ※ ※ 

 

 

「……死ぬかと思った」

 

 死んでない。死んでないよ?

 回復アイテムを使った上でライフが九割ほど削られただけだ。あと、凄く痛かった。ちょっと痛覚の再現がリアル過ぎないかい? マジで泣いちゃったんだけど。

 

 

 町を出て、森へ向かって、そこまでは良かった。

 狼みたいな魔物に奇襲を喰らって、左手を欠損した。これが良くなかった。

 

 だってしょうがないだろう。

 フルダイブの仮想世界、風の感触、緑の匂い、初めて入る危険な森……! テンション上がり捲って警戒している余裕なんてなかった。心臓のドキドキと前と見るので精一杯だったのだ。

 

 だから、狼に左手を噛みちぎられた時は、痛みと驚きで心臓が止まるかと思った。その直後、本当に胸がピキッと痛んだし。

 でも、流石は俺と言うべきか。

 慌てて右手で剣を抜き頭をグサグサと刺してやったけど、反撃で腹を抉られて大量出血。殺せなかったが、撃退はできた。

 そのまま出血ダメージで死ぬかと思っていたけど、初期装備の赤い結晶石が実は回復アイテムだったらしくて一命を取り留めた。左手も、腹も治ってライフは満タン。クソみたいなタイミングで貴重なアイテムを消費した気がして勿体無い気分になった。

 流石に諦めて帰ろうと思ったら、道中でまた狼に襲われて……今に至る。

 

「死ぬ……マジで死ぬ…」

 

 右手を欠損して腹には穴が空いている。ほぼ最初の怪我の再現じゃねぇか……あと、走りすぎて足と肺も痛い。

 クッソ……デスペナあったっけかなぁ。てか、今死んだら何処で復活するんだ? 始まりの場所? 教会とかあったっけ。あっても行ってねえしな。

 ていうか、やっぱ痛いんだけど。貧血のせいか、頭も痛いし意識も遠い。

 こんなとこまで再現してるのか。やっぱこのゲームの技術おかしいでしょ。ブレイクスルーってレベルじゃあないよ。今までのVR技術が園児のお遊戯会みたいで哀れじゃないか……。

 

 ああ……もう、余計なことばっか頭に過ぎる。

 出血のスリップダメージが、ジリジリとライフを削っている。回復はない。止血アイテムすらない。もう……あと、数十秒で死ぬ。

 初デスが……これ……?

 フルダイブなんだし、もっと、こう……壮大に、派手に弾け飛びたかったんだけどなぁ……。

 

 意識が、どんどんと、薄くなっていく。

 えぇ……死ぬってこんな感じなの?

 

 よろよろと、力の入らない体に気合を入れて、町と外とを繋ぐ門の近くにある壁に背を預け、ズルズルと地面に腰を降ろした。近くには草木が茂っていて、俺の姿を周囲からは隠してくれていた。

 ゲームで死ぬのには慣れている。

 デスルーラとかだって、遠慮なく何度もやったし、衆目の中でボスにワンパンされたこともある。

 でも、俺を見られて死ぬのには不慣れだ。

 フルダイブ……人の視線も、俺は肌で受けなければならない。画面越しに自分の死を見るのではなく、自分という存在が死ぬ感覚を俺はこれから味わうのだ。もう既に凄く怖かったし、人にジロジロ見られながら死ぬのは、ちょっと嫌だった。

 ちょっとだけ、フルダイブの嫌な部分に気づいてしまった。

 

「……はぁ」

 

 じんわりと、少しずつ体の感覚が消えていく。

 視界が端から白く染まっていく。体力、魔力のゲージも薄くなり、点滅を始めている。これ、死にかけるとこんなんなるんだ。妙なとこも拘ってるな。

 

「……はぁ……はぁ…………」

 

 貧血デバフの影響で視界が狭くなり、それに連れて自然と見える部分だけに意識が集中してしまう。でも、それ以上に、擦り減っていく体力(あかい)ゲージから目を逸らせない。 

 一秒、刹那ごとに、命が減っていく。

 所詮はゲーム。死んだとてやり直せるし、どこかで直ぐに生き返る。

 それはわかっているだけど……こうも臨場感があると、やっぱり怖い。

 

「……うーん…………」

 

 次は……死なない様に……………がんば……ろう──

 

 ────

 

 ──────────

 

 ──────────────────────。

 

「”治癒結晶、解放”」

 

 声が、聞こえた。

 

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