「”治癒結晶、解放”」
声が聞こえて来たと同時に、全身を暖かな光が包み込んだ。
冬日に布団に包まったような安らぎの中で、段々と各所の痛みが引いていき意識も正常になっていく。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
可愛い声。幼さの残る高音のおっとりとした声だった。
そして、見た。
驚いた。
長い紫髪の美少女。あどけない笑顔を此方に向け、その手元では、紅い結晶の欠片が舞っている。
ブーツにニーハイソックス。短いスカートからは細い腿が覗き、上はセーラー服みたいなのを着ている。さらに、それらの上に白いローブに袖を通し、腰元には短剣と、赤と青二つの宝石が取り付けられた短い杖が提げられている。
顔はやはり幼く、まだ十歳前後と言ったところに見える。小さく甘そうな口は柔らかく開かれていて、眼差しは優しくこちらへ向けられていた。
すごく、とっても、美少女だった。
魔法使いの、美少女だった。
「……お兄さん?」
「……あ、え、うん………生きてる?」
「ええ、生きてますよ」
思わず見惚れてしまっていたから気づかなかったが……なんか、生きてる。
体力は……全快してるな。右手……ある。お腹も……塞がってる。
あ、さっきの赤いのって、もしかして──
「回復アイテム?」
「はい。私はまだ回復魔法を使えなくて……えへへ。使わせてもらいました」
案の定、俺が無駄遣いした例の石……と、同じかはともなく、そういう類のブツだったらしい。欠損を治し、体力も全快させる回復アイテム。
絶対貴重じゃんけ。
「ああ、やっぱり……ありがとう」
「初心者さん、ですよね。初めての人は特に、死ぬのって怖いらしいじゃないですか。トラウマになって、辞められちゃったら寂しいですもん」
「その通り、数十分前に始めたばかりだ。だから、悪いけどお礼とか返せるもんないよ?」
「私が勝手にやったことですから、構いませんよ」
なんだこの子。天使か?
「あ、でも、もしもって言うのなら……」
「あ、ああ……」
命のお礼。何が来る?
課金アイテムの要求とかだったら速攻逃げるが──
「いつか、私が困った時、助けてくださいね?」
なるほど。
「あれ、NPCですか?」
「……へ?」
ちょっと良い子すぎるというか、それを通り越して善性が強すぎると言うか……お前本当に人間か? という疑いの気持ちが湧いてしまった。
見れば見るほど、見た目は極上……まあ、キャラクリ次第って訳だから、その辺は理由にならなり難いが、黄金城においてはその限りではない。アバターは現実の実体から遠くなるほどに、動作が難しくぎこちなくなる。
なるのだが、だ。
その点、この娘はどうだ。
柔らかい笑顔、優しい微笑み、今も困惑して指先をもじもじとさせているじゃあないか。
自然、かなり自然な動き。
つまり、そこまで本当の姿と大差ない証。身長はもちろん、性別すらも偽っていない可能性が高い……と、思われる。
ゲーマーだなんてみんな性格ブスに決まっている。それも、人口割合で言えば確実に少数派であろう女のゲーマー。
それが、こんな聖女なはずがない。
つまるところ、彼女はプレイヤーっぽいお助けNPCの可能性が高い。
もしかしたら、新参者にはこうやって一回だけ死から救ってくれる仕様でもあるのかもしれない。
いやー、危ない危ない。惚れるところだった。童貞はこういうのに弱いんだ。
「運営も優しいことするなー。君も大変だね」
「えっと、その、何か勘違いしませんか? 私はちゃんとプレイヤーなんですけどぉ……」
「ああ、うん。知ってる知ってる。そういう仕様なんだね。大丈夫、俺は理解あるから」
「ぜ、絶対わかってもらえてませんよぅ……」
うーむ、やっぱすごいなこのキャラ。困り顔も可愛い。声も良いね。心なしか、良い匂いもする。
ここまで百面相できるってなると、かなり高度な人工知能でも搭載されているんだろう。始まりの町にこんな良いキャラを置くとは、運営はわかってるね。やっぱり、最初にガツンと掴まないと客は定着しないからね。
しかし、ふむ。
こうも自然な動きができるってなると、隠しシステムにNPC好感度とかも設定されている可能性はあったりするのだろうか。良い対応をすれば良い報酬が、その逆も然り。クエストの難易度とか、受注の優先度とかも変わったりするのかも。
フルダイブなんて滅茶苦茶な技術が搭載されているゲームなんだ。俺の様な凡人の発想で考え過ぎってことはありえない。うん、きっとそうに違いない。
俺は発売から遅れて買ったから、最速組には色々と負けているが……まあ、もしかしたら今後、NPCとの結婚機能とか、エロいことできる機能が追加されるかもしれない。出遅れでもやらないよかマシだろう。ここは一つ、粋な別れ言葉でも告げておこう。
「クエスト……じゃなくて、困ったことがあったら言ってね。すぐに受注するからさ。じゃあ、また今度、イベントとかあったら会おうよ」
「……や、やっぱり」
ちょっと怒り顔。なんかミスったらしい。
「んー、っえい!」
彼女は唐突に叫んだかと思うと、忙しなく左手を動かして……違う。
あれはメニュー画面の操作?
他人からはメニュー画面を許可なしに見ることはできないが、指の操作から開いていることくらいはわかる。
だが、問題は彼女がNPCだと言うこと。
プレイヤー以外にもメニューが搭載されている? なんで?
「あれ」
<『ルリ』からフレンド申請が届きました>
「………………え」
「むぅー!」
「え」
まさか、と思いながらも少女を見てみれば、彼女は頬を膨らませムスッとした目で俺を見ていた。
え、いや、えぇ……?
マジで……?
信じられない気持ち……いや、非現実的な事象の証明の為に、俺は『承認』を選択する。
きっと、何処からか俺を見ていた野良プレイヤーが申請してきたのだと信じて。
〈『ルリ』とフレンドになりました〉
直後、彼女の頭上に『ルリ』の名前と、その横に握手した手を模ったマークが表示された。
名前とフレンドのマーク、それは十秒ほどすると、自分の仕事は終えたとばかりに消え去ってしまった。
残ったのは、二人の男女と未だ納得のできない現実だけ。
「……NPCってフレンドに成れるんだっけ」
「成れませんよ! もう、どうやったら信じてくれるんですかぁ?!」
叫ぶ彼女を尻目に、メニューの情報コマンドからフレンド関連のページを開き流し読みをする。確かに、彼女の言う通りフレンドはプレイヤーとしか成れないことが書かれていた。
態々こんなの明記するくらいだから、今後はできるようアップデートくるのかもね。わくわくだね。
じゃなくて。
マジ、だったのか。こんな人間が実在したのか。
はえー……世の中は広いな。
「すまん。本当にプレイヤーだったんだ……」
「あっ、やっと信じてくれましたか。もうっ、失礼な人ですね!」
プンスコと分かりやすく態度に表しながら彼女は指を向けてさらに頬を膨らませた。
小柄な体型と相まってリスのような可愛らしさがあった。
「ごめんて。だって、こんな親切なことしてくれる可愛い人が居るなんて思わないだろ?」
「可愛いだなんて……その、アバターですから」
ネットの掲示板とか見る限りだと……確か。
性別を変えてる人は内股になるらしい。股間の違和感が離れないとか。
顔面を変えてる人は常に表情が歪むらしい。なんでゲームでも整形手術みたいな感じなんだ。
手足など身長を弄るとその長さに対応できず、操り人形みたいにギクシャク動作になるらしい。ゲームに出入りする度に、体感的には唐突に手足が伸び縮みするんだから順応ができないのも無理はない。
その点、彼女からは曝け出されている生足、動く表情などに違和感は見受けられない。
と、なると……リアル美少女なのは間違いないのかもしれない。
いや待て待て。期待するな。ネットの可愛い女アバターは中身がおっさんなのは常識で……いやでも黄金城だし……。
マジで天使なのか、媚び売ってサークラしてる女か、めちゃくちゃ頑張ってネカマしてるおっさんか。
一度、深呼吸して落ち着こう。
「……ふぅ」
まあ、実際のところはどうなんだろうね。
どれでもいっか。
中身が美少女にしろおっさんにしろ、助けてもらったのは本当の話。裏があろうとなかろうと、騙されないよう気をつければ良いだけの話。
「じゃあ、うん。困ったことあったら微力ながら手伝わせてくれ」
「……はい! その時はお願いします!」
「んじゃ、またね」
そうして、手を振りながらルリと別れた俺は町の中心へと向かって歩き始める。
左手でメニューを開き、装備を確認。それを見て、肩を落とす。やはりと言うべきか、俺は素手となっている掌を眺めた。
俺は狼の魔物に両手を落とされた。ルリに回復してはもらったが、生えてきた手には初期装備である『指ぬき手袋』が存在していなかったのだ。
両方とも無くしたからなのか、片方でも失くしたらアウトなのか……ともかく、失くしたらちゃんと亡くなってしまうらしい。RIP手袋。逃げる時、何とか剣は持ってきたのだが、これも持って来れなければちゃんとロストしていたのだろう。
うーん。怖いねぇ。始めたての時期は初期装備とは言え貴重な資源。もう失くさないよう気をつけなくては。
んで……
俺は足を止める。
それに合わせるように、後ろからずっと聞こえていた足音が止まった。
「…………」
「…………?」
歩き始めると、再び後ろからも音が聞こえ始めた。
いや、あの、これ……。
「もしかしなくてもだけど、着いてきてる?」
俺は振り返って、そこに居たルリに話しかけた。
「き、気のせいじゃない、ですかね……?」
「そう……かな……」
コツコツ、コツコツ……。
カツカツ、カツカツ……。
右曲がって、右曲がって、右曲がって、右曲がって……。
いや、あの……
「ついてきてる?」
「き、気のせいじゃない、ですかね……?」
「……そう、かなぁ……?」
あの、怖いんだけど。
これマジでヤバいやつなんじゃないの?
フルダイブを悪用して、肉体接触を伴った宗教勧誘とか?
ありえる。
可愛くて幼い子……きっと、親が宗教家なんだろう。二世は親からの洗脳されるってよく聞くもんな。哀れだが……俺にできることはない。
はぁ、まさか、フルダイブでの第一村人、それも女の子……それが、宗教に洗脳された頭ハッピーな幼い女児だとは。
「……大変だね。君も」
「え、何がですか?」
町の外に行こう。そうすれば諦めるかもしれない。
君には悪いけど、俺はアメノウズメしか信仰してないんだ。俺も女神の裸踊りを見てみたいもんだよ。
あ、やっぱ大物主もいいかも。好みの女の排便中のお股に突っ込む男気には目を見張るものがある。
逃げるついでに狼に再チャレンジでもしようと、町を出た。
その時、俺の手を後ろからルリが強く引いて来たではないか。
「ちょ、ちょっと! そんな装備で危ないですよ?!」
「大丈夫。今度は気をつけるから」
「さっき死にかけてた人が言っても信用できませんよ」
そう言われるとこちらも何も言えない。
だが、命の恩人とは言え、こうも勝手にされまくるのはあまり良い気分ではない。幾ら美少女と言えど、ゲームはゲーム。俺は何度もネカマの正体に涙した男。下心は理性の下にある。
僅かに怒気を含ませ、言葉を発する。
「……あのさ。さっきから何。何か用? 助けてくれたのは感謝するけど、ついてくるのは怪しすぎるって。悪いこと考えてる?」
「あやしい……怪しい?! 私がですか?!」
ちょっとキャラ崩れた顔面で叫ぶその様は、怪しまれたことに本気で驚いているように見えた。
正体表したな。
やはり、さっきまでの聖女キャラは作っていたのだ。怖いって。
ストーカーして信用されると思っていることにも俺は驚き、宗教家は頭おかしい人が多いからこんなものかもしれないとも納得もした。
「まあ、そういう訳だから。いつかお礼はする。でも、今じゃないでしょ。じゃあね」
そうして、真顔で地面を見つめ始めたルリを置いて、俺は一人で森へと駆け出した。
※ ※ ※
俺の今の装備は初期装備、それどころか一部を失くした状態。最悪だ。
しかし、あの狼を一度は退けたし、なにより最初の森、序盤の敵、あのくらいは簡単に倒せる様にならないと、今後も俺のフルダイブ生活は苦戦を伴うこととなるだろう。
まあ、簡単に倒す方法……というよりは、手っ取り早く強くなる方法は知っているのだが。
このゲームには魔力がある。体力ゲージの下にある白い魔力ゲージに表されているように。
これを消費することで、プレイヤーはおおよそ全ての身体能力を強化することができる『魔力強化』の技術が存在しているのだ。
だが、俺はやり方を知らない。何故って?
ガイドブックにあるように公式のホームページなどにもあるように、最初はプレイヤーはそこに行って魔力含め剣術など最低限の戦闘技術を得た上で町を出る。そうして、初めて魔物と対等に渡り合うことができる。魔力強化無しは縛りプレイみたいなもので、俺みたいな初心者がやることではない。
だが、俺は行かなかった。何故って?
我慢できなかったからだ。
フルダイブの仮想世界で走り回れます。剣を振り回せます。魔物と戦えます。そんな状況で大人しくチュートリアルを受けられるほど俺は落ち着きのある性格ではないのだ。
あと、魔力強化はコマンドではなく気合い(仕様)でやるらしいので、もしかしたら土壇場で発動できるんじゃないか、と自分の主人公補正を信じたかった。駄目だったが。
そんな訳で、例の始まりの地の目の前にあった道場を素通りして俺は町を出たのだ。
だから、今からでも道場で魔力強化を学べば、あんな
だが、それは──────
「負けだよな」
雑魚モブ相手に負けたので、対策して出直します……?
そんなの負けじゃんね。
ボスならまだしも、雑魚相手にそんなの俺はしたくない。
それになにより、せっかくのフルダイブにおける最初の戦闘行為である。
他のゲームみたいに指先でアバターを操っての戦いではない。五感全てを駆使して『俺』が戦うのだ。興奮しない訳ない。
ならば、最初くらいシステムに頼った物ではなく、ありのままの『俺』で戦ってみたいと思うことはおかしいだろうか。現実で剣を振るうのは犯罪だが、この世界ではそれが認められる。やってみたいと思った。
きっと、魔力強化を知ったら、その強さが前提の戦い方を俺はしてしまうだろう。だから、無知で無力な『本当の俺』が戦えるのは今だけだ。
だから、購入するずっと前から俺は決めていたのだ。
最初の戦闘は、何も知らない状態でやってみせる、と。
奇襲を警戒し、今回は剣を最初から抜いたまま、ゆっくりと歩き、周囲へ警戒を続ける。
少しでも物音がしたら一歩引く、見つけられた戦闘開始。見つけられなかったらそのまま退避。安全第一で行こう。
歩き続けること五分。
森の入り口付近をグルグルしていたら、ボッチの狼を見つけることができた。まだ俺には気づいていないようで、丸まって座り眠っているようだ。
「欠伸した……」
睡眠、欠伸、そんなことまでできるのか。雑魚モブの挙動に拘り過ぎて、他が疎かになってないか心配にすらなる。
いや、それは無用か。
前代未聞のフルダイブゲーム。あり得なかった世界において、多くの些事は杞憂となる……俺はそう信じたい。
だから、ただ喜ぼう。
本当に、このゲームは何処までリアリティを追求してくれているんだ?!
「うおおーー!!!」
興奮に身を奮い立たせ、雄叫びを上げながら俺は駆け出した!
狼が目を覚ます。
耳を立て、目を見開き、立ちあがろうと動き出す。
だが、遅い。
飛び出した俺は、狼が立ち上がると同時に剣を突き立て、その顔面ごと首へ、胴体にまで剣先で貫いた。
そのまま斬り捨てられたらカッコよかったのだろうが、俺の筋力と技術では不可能。
よって、グリグリと抉りながら強引に引き抜くと、赤く染まった剣身が脳や血潮と共に姿を現した。
「え、グッロ……」
流石に引くわ。
そう思いながら、剣を大きく宙で振るって付着した血液を飛び散らせた。
それから、俺は狼のグロ死体を眺めていた。
この世界での初めての殺し。現実含め、虫以外の犬っぽい身近な生き物の姿の生き物を初めて殺した。
「……思ったより、罪悪感とかは無いな」
うん、俺はやれる。
あまりのリアリティに、魔物との戦闘に罪悪感を抱く者も居るらしいと聞いていたが、俺は平気だった。
五秒ほどして、死体は粒子となり霧散して消滅。俺と剣に付いていた血もまた、一緒に消えていた。
残ったのは、狼の死体があった場所に落ちていた、小さな半透明の石ころのみ。
「魔石、だっけ」
魔物がドロップする色々なことに使える万能アイテム、それが魔石。
この狼は雑魚だから、この魔石の有用性は大したことないだろうが、序盤は大切な金策でもある。ちゃんと集めないといけない。
だ・が、このゲームは不便というか、リアル指向というか、『アイテムインベントリ』という便利な物は存在しない。クソゲーが。
アイテムはポケットか鞄か、家や宿屋に倉庫など、場所を取って保管しないといけないのだ。
つーか、初期装備に鞄くらい用意しろよ。
初期のアイテム保管場所がズボンのポケットだけってどうなの? 馬鹿なの? テストプレイしてないの?
「最初は、鞄から買わないとかな……」
なにはともあれ。
「あぁ────」
笑みが溢れる。手が震える。死体があった場所から目が離せない。
「楽しいなぁ……!」
黄金城。その果てまでも、俺は楽しみたい。
次でやっとメインヒロインが出せる……