森狼の生息する森林への移動の途中。
俺は気になっていたことをスイハに聞いてみた。
「鞄は持ってないのか?」
「鞄ですか……?」
「ああ」
そう言って、俺は自分の持っているリュックみたいな背負い鞄を見せつける。
俺が使っているこの鞄は道場で魔力、魔法、剣術、探索のセットを修了後に初心者講習を終えたということで、道場の偉い人から貰った物だ。ガイドブックにはこれらは必須だと書かれ、道場の人からも絶対に受けるようにと説明されるので、メタ的に言えばチュートリアルで、鞄はその報酬。
そんな理由もあってか、町にいるプレイヤーの多くはこれを背負っているのだ。
よく見るとみんな同じデザインの鞄を背負っているのってちょっと面白いよね。俺もその一部なんだけど。
もちろん、皆が皆この鞄を使っている訳ではなく、もっと性能やデザインが優れて見える物を使っているプレイヤーも存在はしている。だが、彼らは見るからに他の部分も高品質な装備を纏っている熟練者たちだ。その点、スイハは初心者なので、それはない。
そうすると、どうして彼女が同じ鞄を持っていないのかと気になるのは当然のことだと思う。
「あ、そう言えば、皆さん似た物を使ってらっしゃいますよね。安いんですか?」
チュートリアル報酬で貰えるアイテムに安いとかないだろ。
「いや、講習の報酬でもらえる奴だけど……もしかして受けてない?」
「あ、その……剣術講習の、対人するペアワークあったじゃないですか……?」
基本的には同時期に同じ講習を受けているプレイヤー同士で、稀に誰も居ない時はNPCが代役を勤めてくれて組み手を行うのだが、ここのNPCはかなりレベルが高い。戦闘技術はもちろん、『人らしさ』が、だ。
会話の流暢さ、表情の動き、息遣い……そう言ったものが、ほぼ人間レベルなのだ。正直、観察しても人かNPCか百発百中で見分けられる自信はない。
「ああ……え、いや……もしかして……」
お前、まさか……
「ペア作れなかったの?」
先生による『はーい二人組作ってー』の被害者だったらしい。
「うぐ……そう、なんです。その、戦うの怖いし、知らない人を誘うのも怖いし……ウジウジしてたら出遅れちゃって……逃げて、もう行ってません……」
「よく俺のこと誘えたなってのと、何で討伐クエスト受けたのかって聞いていいか?」
「が、頑張ったんです! 私も、あのまんまじゃ駄目だっ思ってたのでぇ!」
スイハちゃん、まさかの講習ブッチ勢であったらしい。ロックだぜ。
「あー、魔力講習は?」
「そ、それは何とか……あの、講師役の方とだけやりとりすればよかったので……はい」
「ならギリギリ……あー、でも、見た感じ魔法の杖も持ってないみたいだし、魔法は使えなさそうだけど。剣は使えるの? 講習受けてないんでしょ」
俺は右腰に提げている『下級光魔法の杖』を指し、続けて左腰の剣の柄を叩いて見せる。
『黄金城』での魔法行使に触媒は必須、しかし彼女は杖を持っていない。となれば剣だけが彼女の武器となるが、彼女はその講習を途中で抜けているのだ。
「多分……何とかなる、と思います。私、習い事で剣道とか空手とかやったことあるので。最低限は動けるかと」
「へー、そりゃ凄い」
『黄金城』で大切なのはプレイヤーの技術。リアル習い事で経験があるならば、少なくとも俺みたいな
コミュ症の陰キャ感丸出し陰鬱少女かと思っていたが、どうやら想像以上に多芸な子かもしれない。
「……色々やって、全部中途半端に終わっただけです。凄くなんかありませんよ」
おい、いきなりシリアスな雰囲気を出すんじゃない。
「ここは『黄金城』の世界なんだ。暗い話はやめようぜ」
「……そ、そうですね」
「それよりも、今回の報酬貰ったら、とりあえず魔法の杖の一本くらいは買っておくのをおすすめするよ」
「強いんですか?」
「威力とかは人に依るけど、でも飛び道具は持ってないよりあった方が何かと便利じゃないか」
「あ、確かにそうですね」
「まあ、それ以上に……」
「……?」
強い、便利……魔法を褒める言葉は数多くあるが、しかし
「魔法は
「ろ、まん……」
「現実で魔法なんて使えない。でも、この世界では使える。この世界でしかできないこと、やらなきゃ損だって思わないか?」
「この世界じゃなきゃ……できないこと」
「ああ。魔法は勿論、でっかいドラゴンを倒すとか、不思議なダンジョンに挑むとか……味覚の再現もされてるらしいから、珍味を集めるってのも良いだろう。でも、やっぱ俺は魔法に一番興味がある。スイハにも同じ楽しみを持って欲しいんだ」
スイハが緊張しているのは見て取れていた。だから、和ませる気持ちも込めてちょっとした自分語りをさせてもらった。
その甲斐あってか、僅かに解れた様子で、彼女はふにゃりと笑ってくれた。
「っはい! 絶対です!」
「その為にも、このクエストでがっぽり金稼ごうか」
「はい!」
* * *
森林に到着した俺たちは、横に並んで警戒をしながら森の中を進んでいた。
剣は重いのでずっと抜いたままで歩くのは辛くてそれは難しいが、20センチくらいの木軸で作られた俺の杖くらいなら容易。俺は杖だけは抜いて、いつでも魔法を使えるように備えていた。
「……中々、見つかりませんね」
「このゲーム、雑魚敵の挙動も作り込まれてるらしいんだ。普段から見つからないように動くことも珍しくないとか。だから運が良くないと探すのは難しい。どちらかと言えば、奇襲への警戒を大事にしよう」
「わかりました」
前に俺が倒した睡眠中の森狼についてだが、ああも無防備な姿を見せるのは珍しいらしくて、かなりの幸運個体であったらしい。今回もそういくと楽なのだが、あまり期待しない方が良いだろう。現に、無防備どころか警戒している姿すら見つからないのだから。絶滅した?
「……あっ居ました。あそこ」
「……見つけた。数は……二体か。一応、他にも居ないか少し見ておこう」
「はい」
ようやく見つけた二体の森狼を草の陰から数分間観察をして、おそらくは以上だと判断した。
二体、俺たちは二人。ちょうどと言えばちょうどだが、互いに初心者。不安がないとは言い切れない。
「一人一体。行けるか?」
「やらせてください。私、やってみたいんです」
俺たちは同じクエストを受けてはいるが、受注は別口。だから二人で五体討伐すれば良いのではなく、人数分の十体を倒さなければならない。ここで不安だからとウダウダしていたら幾ら時間があっても足りない……よし、信じよう。
「わかった。右のは俺がやる。左は任せた」
「っはい!」
「最初に俺が魔法を使う。それを合図に飛び込むぞ」
俺は剣を引き抜き右手だけでそれを持ち、魔法の杖は左手に持つ。そんな様子を見てか、スイハも剣を抜いていた。
準備は完了。あとは
杖の先端を森狼の片割れへと向け、魔力を腹の底から練り上げ杖へと流す──今だ!
「”光よ──光球”!」
白く仄かに光る球が森狼へと射出された。
俺は素早く魔力を続けて流し、唱える。
「”光球”」
二体目へと二弾目が射出。
直二発とも揃って着弾し、森狼を怯ませながら小さくないダメージを与えることに成功した。
俺とスイハは素早く見合うと、同時に陰から飛び出した。
「死ねぇ!」
怯んだままの無防備な頭へと一閃。
切断というよりは叩き潰す感覚であったがそれで
「っえい!」
スイハの方も順調だったことは一目瞭然。
俺がそちらを見た時には、既に彼女は残心をしていた。両手で剣を握って構え、死した狼へと剣先を向けていたのだ。
数秒後、森狼の死体は霧散し消滅。小さな魔石だけをその場に残して消え去った。
「あ、あれ、討伐証明の生首は……?」
呆然と呟く彼女に、俺はメニューを開いて彼女に見えるようにしながら答えた。
見せたそれはクエストの進行状況を表す物である。
「これ。討伐証明は態々拾わなくても、勝手に回収した扱いになるらしい」
らしい、というか講習で習ったシステム上の仕様なのだけどもな。ついでに、これは設定でオンオフできる。その辺も、彼女は覚えていないか、受けていないのだろう。俺の言葉に安心したように胸を撫で下ろしていた。
「とりあえず、魔石だけは拾っとこう。換金できるし、装備の強化にも使えるんだって」
「あ、はい……あ、でも、どこに入れよう……」
あ、そう言えばコイツ鞄持ってないんだった。
「……今回は俺が持とうか?」
「す、すいません。お願いします」
申し訳なさそうにスイハは俺に魔石を手渡した。俺は自分の分も含めてそれを仕舞い込む。今回は10個とも俺が拾って、クエスト終了後に5・5で分ければ良いだろう。
しかし、何と言うか……俺が持ち逃げするとか思わないのだろうか。
警戒心が薄いのか、盗まれたら殺して奪い返せば良いとか思ってるのか……いや無いか。ここまで来ると、本当に色々と心配になってくる。
嫌だよ俺……初めてパーティ組んだ子が、次に見た時にはガングロギャルのビッチになってたとかさ。
* * *
それから、俺たちは順調に残り8体の森狼を討伐し、何の問題もなくクエストを終わらせることができた。
クエストの終了後、俺たちは報酬だけではなく、手に入れた魔石をも売却して更にお金を手に入れていた。
魔石は様々なことに利用できるが、森狼みたいな雑魚が落とす格の低い魔石はその幅が狭く、さらに俺たち初心者では装備や設備が全く整っていないので、そもそも使えない。なら、さっさと売っぱらって得たお金でまずは装備を整えるべきだ、という俺の判断からだった。
嘘です。
ネットでこれがテンプレの動きだと書かれていたので『はえー』と思いながら従っただけ。でもまあ、森狼くらいならいつでも狩れるので、別に売っても惜しくはない。持ってても嵩張るし、事前情報が無くても最終的には売却していたと思う。
こうして、最終的に俺が手に入れたお金は55000カン。最初は素寒貧だったのでこれぽっきり。スイハも同様。
今は、先のクエストで手に入れたお金でもっと良い装備に更新する為にとスイハと二人で武具屋へと向かっている最中であった。
着いたのはオリゴの町唯一の武具屋。大きくも小さくもなく、厳ついおっさんが店主の如何にもって感じの雰囲気だった。
「いらっしゃい。欲しいのは武器か、防具か、それ以外かい?」
「あー、魔法の杖ってないんですか?」
「それなら、あっちにある魔道具屋に行きな。ローブとか、魔力関係の補助装備もあっちだ。するってーと、ウチには用無しかい?」
「いや、手袋……手甲とかありませんか?」
「じゃ、防具だな。試着もできるぜ」
店主の言葉の後に、俺の前にメニューが展開される。
兜、鎧、手甲、脛当、盾……防具一覧と言った品揃え。
しかし、デカいのや高品質の物は高くて手が届かないので、今回は俺のうっかりで無くしてしまった手袋の代わりとして手甲だけを買うつもりだ。
このゲーム、結構簡単に手足が吹き飛ぶ。それを俺は身を以て実感した。
手がなくなると、剣も杖も持てず、戦闘能力を完全に無くしてしまうが、それは敗北と同義、絶対に回避しなければならない。それに、手甲であれば胴体や首なども反応さえできればそれで庇うことが期待できる。
攻撃を受けること前提で、回避できるとは思っていない弱気な判断だが、フルダイブ初心者だし今はこれくらいが丁度良いと考えよう。
色々と眺めて、俺は二番目に安かった『鉄の手甲』を試着した。
手の甲から肘までの上半分、手首のところは関節動作を阻害しないように一度途切れ、鉄で覆って守る構造の物。
見た目は凄く地味だが、魔力による身体強化込みで触った感じだと、森狼の牙くらいなら凌げそう。
他にも武器も新調したいしあまり高いのは選べないので、とりあえずこれに決定した。
「あいよ。1万センだよ」
「『承認』っと。ありがと。スイハはー、良いのあった?」
「……その、やっぱり保留で。先に魔法の方を見ていいですか?」
「おっけ。じゃ、早速行こっか」
次にやって来ましたは魔道具屋。
ローブを着た怪しい雰囲気の老婆が店主のお店。
「ヒヒヒ、いらっしゃい。杖にローブ、水晶玉や魔法陣、ポーションに結晶石も、何が欲しいんだい??」
二人一緒にメニューを眺め──
「「あぁ」」
揃って肩を落とす。
たっか! 高い。高過ぎる!
一番安い杖が俺も使っている『下級光魔法の杖』なのだが、それでも10万セン必要だ。俺とスイハの金を足しても届かない。よって、諦める他無い。
そっか。そりゃそうか。魔道具なんて魔石が素材な物が多く、それが高価なことは俺たちの財布の潤いが証明している。
高い訳だよ。
「……その、なんかごめん」
「い、いえ。いつか、きっと私も杖を手に入れてみせます!」
申し訳ない気持ちを覚えながら、俺は『初級魔法使いのローブ』を購入、4万カン。
これによって、俺の懐は残り500カンのみ。小学生のお小遣いみたいになってしまったが、最低限の防御(手甲)に、ちょっとした魔力バフ(ローブ)を手に入れたので、暫くの防具はこれで頑張ってみようと思う。次は剣あたりを目標に金稼ぎかね。
「お、ポーション買ったのか?」
「はい。下級ですけど、回復ポーションを二つほど……あんまり、よくなかったでしょうか?」
「いや、慣れない内は回避とか難しいだろうし、良いんじゃないかな。多分、回復アイテム一個も持ってない俺みたいのは少数派だし」
「よかったです……その、一緒に武具屋に剣を買いに戻りませんか? 5万払えば、もう少し良いのが買えたと思うので」
「そう? 俺、剣見てなかったし、ついでにちょっと見とこうかな」
武具屋に戻ったスイハは初期装備の剣を売却し、『鉄の剣』(5万カン)を購入。リーチがちょっと伸びて、切れ味が僅かによくなり、耐久性も上昇したようだ。
こうして……。
買い物を終えた俺たちは、特に会話も無しに並んで町を歩いていた。
互いにお金は使い果たしているので喫茶店にも入れず、目的地もなく、ぶらぶらと並んで夕日に照らされていた。
「俺、そろそろ落ちるわ」
リアルの時間も、もうかなり遅くなって来ている。そろそろお腹が空いちゃう頃だ。ご飯が食べたい。
「お、おちる……?」
「……あ。ゲームからログアウトするって意味ね」
「あ、ああ」
この子、オンラインゲームに限らず、ゲーム文化全般に不慣れなのではないか。
そんな疑惑が浮かぶが、聞いたりはしない。リアルの詮索はNG。これはマナーである。
「あ、あの……」
「どうかした?」
「いや、その……」
スイハは何か言いたげにモゴモゴとしているが……うん、わかんない! 童貞に女心はわからぬ。
まあいいや。
とりあえず別れる前に、下心に従って
「せっかくだし、フレンド登録しない? また、タイミングが合ったら一緒にクエスト受けようぜ」
「っは、はい! 是非!」
グイッ、と前のめりにスイハは大きく何度も頷いた。
近い近い。良い匂いがする。やめろ、発情するぞ。しているぞ。
「お、おぉ……うん、喜んでくれたみたいで嬉しいよ」
スイハのシャツの隙間から覗く鎖骨や胸元に目を向けながら、チラチラとメニューを見て操作し、フレンド申請を送る。
すぐさま承認が返って来て、スイハの頭上に『スイハ』の名前とフレンドマークが発生し、数秒で消えた。フレンド登録が完了した証である。
これで、俺のフレンド一覧には女の子が……あ、『ルリ』。
そう言えば居たねこの子。
てっきり、向こうから消去とかされてるのかと思ったけど、残ってるってことはそうじゃないのかな。それとも、相互で消さないと残るのか。別に消す理由もないし、残す意味も無いけどこのまま安置させておこう。女(推定)のフレンドは多い方が、なんか嬉しいからね。
「じゃあ、また」
「はい! 今日はありがとうございました!」
「うん、こっちも。ありがとね。それじゃあ」
メニュー……。
ログアウト……。
俺は決定を選択した。
* * *
俺は白亜の筐体の中で目を覚ます。
日が沈み暗くなった部屋の中で、棺桶のような箱から上体を起こすとまるで吸血鬼にでもなったような気分になる。
「すぅ……はぁ……」
久しぶりに酸素を吸ったような、肺が広がって行く感触。
フルダイブ。異世界みたいな仮想世界。
まだ浮き足だった感覚が残っていて、こっちとあっち、どっちが現実だったのかと頭がフワフワする。
でも、それ以上に──
「……っ恥ずかしぃ…………!」
俺変なことしてないよね?! いやしたか?!
スイハちゃん、可愛かったな。なんか良い匂いしたな。
いや、うん、わかってるよ?
アバターだもん。現実はあそこまで可愛くないことくらいわかってるよ? でも、女の子であろうことは……きっと、間違いないはず。そう信じたい。黄金城はネカマに厳しいからな。
童貞を拗らせ、早くも十九歳。
高校の友人はみんな別の大学に行ってしまい、大学での友達作りも失敗。タイミングが悪かったと言うか、何事にもあまり熱中できない俺に、ああ言う空間は馴染めなかった。それを言い訳に諦めたのも、孤独を深める原因だったの間違いないが。
黄金城の発売。
それを聞いた俺は、既に友達作りに失敗しかけていた大学での交友関係の全てから目を逸らし見ぬ振りをしてアルバイトに没頭した。
それは孤独から気を紛らわす為だったのか、フルダイブという夢への覚悟だったのか、今でもわからない。もしかしたら、それらの混ざり物かもしれない。
バイトは近所のスーパーでの裏方を軸に、短期のものを乱立させて行ったので、やはり友人というのは作れなかった。
そんな俺にとって、女の子とまともに会話をするのは……下手したら二年以上振り。長時間二人っきりで行動したのは、もはやいつかわからない……いや、初めてかもしれない。
フルダイブという感動で妙なテンションになっていなかったら、スイハを前に俺はドモリまくりのクソキモ野郎でしかなかっただろう。
こうして全てが終わり、夢から醒めて、改めて自分の行動が恥ずかしくなったのだ。
「なんか俺めっちゃ馴々しくなかった……?」
あーもー。
あーもーおー……。
「はぁ……」
でも正直、女の子と遊べて楽しかったです。はい。