夜明けの黄金城   作:桃羽玉箱

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8話 黒霧

 

「今日はどこに行くんですか!」

 

 元気な笑顔でそう問いかけてくるスイハに、俺はメニューから一枚の写真を見せた。そこに写っているのは、とある掲示板のスクリーンショット。

 

「これは?」

「最近、黒い霧が出てるって噂聞いたことないか?」

「ありますよ。私の学校でも、そこに行った人が居るらしくて今日も休み時間にそれっぽい話をしてたのを聞きましたので。中に魔物がたくさん居るんでしたっけ?」

「そう。というか、ちょっと前から組合でも調査クエスト出てたんだけどね」

「あ、そうだったんですか」

 

 スイハが目を丸くしながら、利用者がほぼ居ないことで有名なクエスト掲示板を眺めた。今日も今日とて誰も居ないそれを。

 冒険者組合でクエストを受ける時は、受付のお姉さんからシステムで受注するか、あの掲示板から紙を取ってお姉さんに渡す方法があるんだけど……まあ、後者はあまり居ない。雰囲気重視の人が使ってるくらいだ。

 だってシステムでやった方が内容確認も受注も早いし。

 

「そ・れ・で……どうやらこの黒霧くんの中にいる魔物は全体的に強化される代わりに、魔石の質もちょっと良いらしくてね?」

「もしかして……」

 

 ジト目のスイハが重い雰囲気で俺を見つめる。

 

「お金、稼いでくる!」

「……ちょっと前にお金が貯まったから、ゆっくり色んな町を巡って、美味しい物を食べるって言ってませんでしたか?」

「っく」

「……私、楽しみにしてたんですよ?」

「うぐ……」

「王都の高級レストラン、アートゥの芸術料理、ピクシスの海鮮、アゲルの地元料理……一緒に食べようって。私、ちょっとだけ調べて、良いお店をリストにしてたんですよ……?」

 

 やばい。めっちゃ心に来る。

 くそっ、日替わりの露店で自爆する指輪なんて買わなければ……! 爆破はロマンだから……! 例え使用者にも爆破ダメージが入る欠陥品でも!

 

「今、お金ってどのくらいなんですか?」

「ご、ごひゃく……です」

「……あの、まさか500センじゃないですよね?」

「いや、その、まさか……ですね」

「もうっ!」

「ごめんってぇー! だって、だってさぁ! 露店だよ? 日替わりだよ? 珍しい装備があったら買っちゃうってさぁ?!」

「あっ、だから指輪なんてしてるんですね?! 装飾品なんて着けてるの初めて見たからびっくりしましたよ」

 

 うぐぐ、スイハがこんなに叫ぶのは初めてみる。ちょっと圧が強い。引きこもりの童貞に女の子の大声は効くというか、ビビっちゃうよ……。情けねえ、情けねえよ俺。でも悪いの俺だもん。何も言えないっぴ……。

 

「その、はい……そういう訳だから、俺一人で行って来ます」

「いえ……いいですよ。私も行きますよ。第一、リンさんは近接苦手じゃないですか。一人で危険な場所に行くなんて危険過ぎます」

 

 ちょっと危険が危ない味を感じる発言だ。

 じゃなくて。

 

「いや、最近話題のクエストだし、協力クエストだから他にも同じの受けてる人たちは居ると思う。前衛だって一人は居るだろうし、無理しなくて良いよ」

 

 黄金城において一番大切なのはプレイヤー本人の技術。特に、魔力操作は非常に重要な項目でありながら現実には存在しない物を操るという感覚に適応できない者は多い。まだ黄金城の正式サービスが始まって半年くらいしか経っていないというのもあって、単純に経験不足なのもあるのだろう。

 それもあってか、俺みたいな純魔法ビルドのプレイヤーは少数派だ。俺とルリ以外ではまだ50人くらいしか見ていない。対して、スイハみたいな物理特化ビルドは数え切れないほどに見た。町で適当に人を指せば大抵は物理特化だ。

 魔法物理の混合ビルドは魔法ビルド以上物理特化未満と言ったところか。魔法を使う為に必須の触媒は高価なので、高性能な剣と杖両方を揃えようとすると器用貧乏になりがちでやりくりが難しいのか、あまり多くない。

 だから、大人数で行動することになるクエストの場合、確実に前衛の割合が圧倒的に多くなるのだ。

 

「…………」

「ていうか……最近は守られてばっかりで申し訳ないと言うか……」

「むぅ……」

 

 年下(推定)の女の子に前衛を張って貰って、後ろからチクチク攻撃魔法を放つ(おれ)

 申し訳ない気持ちになるし、『え、こいついっつもアタシの後ろに居るじゃん。ダッサ!』とか思われると、俺はもう立ち直れる気がしない。

 ここは一度、信頼し頼れる前衛から離れて、不慣れな人と環境に我が身を置いて、少しばかり気を引き締めたいのだ。

 

「それに、スイハには来て欲しくない理由もある」

「……何ですか?」

「なんか……俺もよくわかんないんだけど、バグっていうか……不思議現象が多いらしい。そういう情報がネットで流れてんだよ」

「お化けとか幽霊系の魔物ですか?」

「いや、そうじゃない。普段よりダメージが痛いとか、頭が痛くなる、寒気がする、血がリアルになる、とか。フィールド全体が霧に包まれてるから、勘違いとか精神的な問題って可能性もある。でも、フルダイブで重大なバグってのは、やっぱ怖いだろ」

 

 あくまでも噂に過ぎない。だが、フルダイブってのはまだまだ未知な技術な訳で、そこで致命的なバグが発生しないとも限らない。俺はむしろ面白そうで興奮するから行きたいくらいの気持ちだ。このクエストの報酬は基本的に魔物討伐数の歩合制で、順調に行けばかなり稼げる。

 行かない理由は無いが、スイハに来て欲しくない理由はあるのだ。

 

「……私じゃ、信用できませんか?」

 

 少し俯き気味な上目遣いでスイハは言った。

 最近はすっかり見なくなった出会ったばかりの頃の陰鬱な表情(かお)で。

 

「そうは言ってない。視界が悪いことを利用して、女性プレイヤーに痴漢したり、酷いとこだと強姦未遂も起こってる。黄金城は強制的に性的なことはできないようになってるけど、胸を揉んだりキスしたりはできるし、麻痺系の毒を飲ませて勝手に指を動かして承諾させるってこともある。バグ地帯にスイハは連れて行きたくないんだ」

「……わかりました」

「あ、ああ……ごめん」

 

 暗い顔のままスイハは組合を出て行ってしまった。

 あ、でも料理の代金は置いて行ってる。

 良い子だなー。

 やっぱり、誘って行った方がよかったかな。でも、俺の不始末の為にご足労いただくのも申し訳ないし……。

 

「ムズイな……人間ってのは」

 

 こうして、俺は久しぶりに一人でクエストへと向かうことになった。

 

 

 * * * 

 

 

 集合場所は町の外縁にある馬車の乗り合い場。

 そこには既に同じクエストを受けたプレイヤーらしき姿が何十と集まっていて、このクエストの話題性の強さを感じられた。そして案の定前衛の割合が圧倒的。

 オリゴは始まりの町という都合上、みんな強くなったらさっさと王都(一番プレイヤー人口が多く、迷宮やクエストも多数存在する)へ向かってしまうのでプレイヤー人口が少なく、他の協力型クエストでも被ることは珍しいのだ。だから、こんなにも装備が整ったプレイヤー群を此処で見るのは珍しい。

 

「……そういや、最近オリゴ近くに新しい迷宮見つかったらしいし、少し人口増えたんだっけ」

 

 俺はまだ迷宮には行っていないのだが、そろそろ向かいたいところだ。

 今まで迷宮に行っていないのは、奇跡的にまだゼロデスを維持できているのでせっかくならこれからも狙いからだ。罠や強力な魔物が多くて死亡率も高い迷宮には万全を期したい。具体的には上級魔法の杖を一つは確保してから行きたい。でも、上級杖は1000万を超えるらしいのでお悩み中である。ほんと……俺にも剣術の才能があればまた話は変わったのだが。

 今回の黒霧クエストだって、バグが多いという噂がなければ来る予定はなかったし。いやね、バグがあるって言われると気になっちゃうのよ。

 

「ほら、ルリちゃん昨日に結晶石使ってたでしょ? 俺、その、余ってるから……あげるよ」

「いえいえ。カエデレさんは私の騎士、守ってくださるんですから回復は貴方が持っていてください。お気持ちだけ頂いておきますね、カエデレさん」

「い、いや、いいから受け取ってよ。怪我したら危ないし」

「あら、私を絶対に守ってくださるって言ってくれたのは、嘘だったのですか?」

「覚えててくれたんだ……でも、受け取ってくれ。君が大事なんだ。途中で死んで欲しくない」

「もう、そこまで言うのなら貰っておきますね」

 

 なんか見覚えのある顔だと思ったら、聞き覚えのある名前も聞こえてきた。

 メニュー、フレンド欄を開いて「やっぱりか」と独りごちる。

 

 忘れもしない黄金城の初日、俺に治癒の結晶石を使ってくれた例の少女──ルリの姿がそこにはあった。

 変わらず可愛らしい顔をしているが、装備の方は前よりもかなり高品質の物へと変わっていた。前以上に魔法使いらしい格好というか、白を基調にしたその姿は聖女とすら思うほどに神聖さすら纏っている。

 

「(にしても……)」

 

 回復に限らず、あの結晶石というアイテムは非常に高価な物だ。

 色と素材によって、回復や解毒、炎上などと効果が変わるのだが、素材には魔石を使う。そう、使い捨てアイテムでありながら素材には高価な魔石が含まれているのだ。それも、中位以上の格を持つ属性魔石。

 俺だって何とかして一つは保険として持っては居るが、少なくともスイハ以外の他人には微塵も使おうとは思わないほどに高い。今の俺の装備全部を全部売却しても買えないしな。無駄遣いはできない。

 そう考えると、あの日にあの行動をしたルリがどれほど聖女であったかが窺える……が、あれを見るに、俺に使ったのも誰かの貢物かもしれない。

 

「ルリに近づく敵は全部俺が焼き尽くすけどな」

「ふふ、頼りにしてますよ。ブラッドさん」

「魔法職は後ろで大人しくしてろよ。俺が一人でも斬り殺してやるから」

「前も凄かったですもの。期待してますよ、ケンシンさん」

 

 逆ハーだな、ありゃ。

 ニコニコしながら男に囲われ、貢物を得る……どうやら彼女は宗教二世ではなく、偶像の方だったらしい。信仰される側だったか。

 もしも、あの日にルリに着いていったら、俺もあの一人になっていたのかもしれない。うん、すっごい嫌だわ。

 

「……犯罪臭パナいな」

 

 ルリはロリ体型だ。

 身長は140センチくらいで、手足は細く、肉付きだってあまりよろしくない。ランドセルを背負えば見事に外人女児小学生の仲間入りだろう。

 そんなのを、男三人が囲んで鼻の下を伸ばしているのだ。

 いやいや、ヤバいって。ちょっとあれは……公衆の面前に出しちゃ駄目なやつだって。

 

 聖女ルリ改め、悪幼女ルリを遠巻きに眺めながら、待機している馬車の近くにあった大きな石に腰を下ろす。開始時間まであと五分ほどでそう遠くない。

 

 暇だった。だから、空を仰いだ。何だか悲しい気持ちになった。

 ゲーマーは女に弱い。だって、みんな陰キャの非モテ童貞だから。俺だってそうだ。

 それはフルダイブ『黄金城』の中でも同じだったらしい。

 だとしても……あんな男に囲まれながら、あらあら、うふふ、と笑みを見せ、高価な品を貰う、そんな女によくもまあ惚れ続けられる物だ。だって何処をどう見ても美人局じゃないか。

 

「岡目八目、か」

 

 彼らにとって、ルリはもう聖女で固定されてしまっているのだ。だから、彼らはもう彼女を嫌うことはできず、ああやってジリジリと身包みを剥がされていくしかない。さながら、寄生虫に栄養を奪われる虫のように。

 第三者として眺める俺からすれば滑稽この上ない。正直、腹を抱えて笑いそうだ。でも、女に夢中になる気持ちはちょっとわかる。

 

「スイハ、か」

 

 結局、彼女はどうして俺と居るのだろうか。

 正直な話だと、俺は魅力のある人間ではない。割と下心満載だし、目線はかなり正直な男だ。彼女も気づいてはいるだろう。話した通り、近接戦闘は雑魚で彼女に守られてばかり、魔法だって並程度で上手いやつはもっと居る。

 

 黄金城はフルダイブ故に、アバター作成における実質的な制限がかなり厳しい。

 骨格など、体の軸となる部分を変えるとまともに動けなくなるからだ。

 その点、ほぼアバターを弄っていない俺以上に自由自在に動き回れる彼女は殆どが天然物であろうことは疑うまでもなく、それで尚あの可愛さ。女という性別。

 引くて数多というか、実際に何度もナンパに近い勧誘は受けていた。

 人見知り……というのもあるんだろうけど、だとしても……どうして俺なんかとずっと居てくれるのやら。

 

 嬉しいけどさ?

 いつか俺から離れるんだろうなーって考えると、悲しいし寂しい。いつかヤバい本性を露わにして裏切られるんじゃないかって不安もある。

 あと、気持ち悪いことはわかっているが独占欲みたいなのも持っちゃってる。もしも彼女が男と二人で行動しているところを見てしまったのなら、俺はきっとその場で崩れ落ちてしまう自身がある。NTRじゃねーか! と。寝てないんだけどね。

 

「はぁ……」

 

 あらうふしているルリたちを眺めた。

 俺も、あの男たちみたいに盲目的になれば幸せになれるのだろうか。

 

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