さてさて。
新天地での新しい仕事。
まさか、また研究者の助手をやることになるとはな……。
まあ、それはそれとして。預かった論文に目を通してみるか。
……おぉ。さすが研究者。
本に載っている内容より、ずっと詳しくまとめられている。
ここまで書けるなら十分上出来じゃないか。
「ふーん……」
時間を司る『ディアルガ』。空間を司る『パルキア』。
……ああ! 図書館で見た、あの壮大すぎる神話の話か。
「ん?」
ページをめくる手が止まる。
それとは別に存在するとされるポケモン──?
……ああ、多分ここだな。
論文である以上、不確定な情報を断定的に書くべきじゃない。
書きたい気持ちは分かる。でも、それとこれとは別問題だ。
ペンを取り、該当箇所へ小さく注釈を書き込んでいく。
『仮説としては興味深いが、現時点では根拠不足。断定的な表現は避けた方がよい』
「……っと」
オーキド博士も言っていた。
世間というものは、往々にして新しい才能や、新しい創造物に冷たい。
だからこそ。
挑戦する人間の足を引っ張るのではなく、支えてやれる人が必要なんだ。
シロナは、考古学の世界ではまだ新人の部類だ。
新人には味方が必要だろう。
……それにしても。
チャンピオンと考古学者の二足の草鞋か。素直に尊敬する。
「えっと……ここら辺のはずだよな?」
昨日彼女から渡された紙には住所が書かれている。
だが、シンオウへ来てまだ日が浅い俺に土地勘なんてあるわけもない。
道行く人に尋ねても、みんな一瞬だけ驚いたような顔をしたあと、「ああ……」と苦笑いを浮かべてはぐらかされてしまう。
……有名人だからセキュリティがしっかりしてるのは分かる。
分かるんだけどさ。
だったら事前に言っといてくれないかなぁ……。
ぶつくさ文句を言いながら道の外れにある細い小道へ入ると、その先に一軒の大きな家が姿を現した。
「ここ……か?」
表札と住所を見比べながら玄関へ向かう。
インターホンを押そうと手を伸ばした、その時だった。
ガチャリ。扉がひとりでに開く。
「…………」
「ど、どうも?」
そこに立っていたのは、一匹のルカリオだった。
波導によって相手の感情を読み取ることができるポケモン。
その能力を活かし、消防や警察などでも活躍している頼もしい存在だ。
育てるのは難しいと聞くが、その分、信頼関係を築ければこれ以上ない相棒になる。
「あ〜……シロナさんに雇われた万事屋……まあ、何でも屋なんだけど、昨日預かった論文を持ってきたんだけど……」
「……クオン」
ルカリオは静かに頷くと、扉を大きく開き、家の中へ手を向けた。
……え。いいの?
家主の許可もなく、家に上がっちゃって? しかも女性でしょうよ。それとも事前に連絡言ってたのかな。
「お邪魔しま〜す……?」
家の中はとても広く、驚くほど綺麗に片付いていた。立地もいい。日の光がよく入って気持ちの良い場所だな。
ルカリオに案内されるままソファへ腰を下ろす。
「すんげぇな……。昔入ったお嬢様の家ほどじゃないけど、それでも十分すげぇや」
「メタ」
メタモンも感心したように辺りを見回している。
「クオン」
ルカリオは一声鳴くと、足早に奥の部屋へ消えていった。
主人を呼びに行ったのだろう。
「じゃ、しばらく待たせてもらいますかね」
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……
……
…………
…………
………………
………………
……長くね?
どうした、ルカリオ。
さすがに気になった俺は、失礼とは思いつつもルカリオが向かった方へ足を運ぶ。
廊下の奥。
一つの部屋の前まで来ると、中から何やら慌ただしい物音が聞こえてきた。
「……?」
う〜ん。なんとなく嫌な予感がするぞ。
意を決して、扉をゆっくり開ける。
「ルカリオ? 大丈──」
その瞬間。
俺は、どうしてリビングで大人しく待っていなかったのかと、本気で後悔した。
「ク、クオン……」
「ガブ……」
そこは、とても部屋と呼ぶには汚すぎた。
床一面に積み上げられた論文や資料。
食べ終えたインスタント食品の容器。
飲みかけのコーヒーカップ。なんならこぼれて紙にシミを作っている。
脱ぎっぱなしの服。イメージカラーなのか黒いショーツまで。
もはや足の踏み場すらない。
ルカリオとガブリアスは、申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。
「「…………」」
あ、ふーん。なるほどね?
「……ルカリオ、ガブリアス」
二匹が同時にこちらを見る。
「これより仕事を開始する」
「クオ?」
「ガバ?」
「サポート、頼むぞ」
「クオ!?」
「ガ!!?」
突然の指示に二匹は揃って目を丸くした。
だが、これは正式な仕事だ。
お前たちの主人に手を出す気はない。それよりもだ、俺たちの目の前に広がる敵を一掃しなければならない。今の俺たちにできることはそれだけだ! そうだろ諸君!
「メタモン!」
「メッ!」
「サイコキネシスでサポート頼むぞ!」
「モン!」
メタモンの体が青く輝く。みるみるうちにフーディンにへんしんして、散乱した書類がふわりと宙へ浮かべて種類ごとに整列し始める。
我らが相棒メタモン先生は、エスパータイプにへんしんしてもらい、関連するものとそうでないものを仕分けるファイリング担当!
「ルカリオ!」
「クオ?」
「空気の入れ替え、洗い物、頼めるか!」
「……クオン!」
ルカリオは胸に手をやると自信満々に声を上げる。頼りにしてるぞ! リビングの綺麗さをみるに、普段からこの家の清掃を担当しているのはルカリオだろう。ならばここは彼の得意分野に任せる。そして……!
「ガブリアス!」
「!」
「シロナを本来の寝床へ連れていってくれ! その後は家具を動かす。力仕事担当だ!」
「ガブァ!」
ガブリアスはドラゴンタイプ。ドラゴンといったらなんと言ってもパワー! ヤー! シロナを苦もなく運んでこの並び順なクソもない本棚を動かしてもらう!
よし! 作戦開始! 総員、第一種戦闘配置だ!
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今日も良い天気だ。
いつものように瞑想を行い、波導の流れを整える。
身体に異常はない。精神も安定している。
今日も問題なく一日を過ごせそうだ。
……そういえば、今日は客人が来る予定だったか。
昨日、ご主人がそう言っていたはずだ。
時間は──そろそろだろうか。
それまでの間、いつものように格闘訓練を行うことにする。
拳を構え、呼吸を整える。
踏み込み、正拳、回し蹴り。
一つ一つの動きを確認しながら訓練を続けていると、家の外から何者かの気配を感じ取った。
……不思議な気配だ。
人間の波導に重なるように、別の何かが寄り添っている。
二つの存在でありながら、どこか一つにも感じられる。
これが、ご主人の言っていた客人だろうか。
私は訓練を切り上げ、急いで玄関へ向かった。
扉を開けると、ちょうど呼び鈴へ手を伸ばそうとしている男が目に入る。
「ど、どうも?」
男は少し驚いた様子で私を見た。
ふむ、敵意は感じられない。
どこか戸惑いながらも、こちらの様子を慎重にうかがっている。
男の肩には、見慣れない姿のポケモンもいた。
『わ、強いねぇ』
そのポケモンからも先ほど感じた不思議な波導が伝わってくる。私を強いといってくれるが……君の方こそ底が見えないんだが……
男は、ご主人に雇われた何でも屋であり、預かっていた論文を届けに来たのだと説明した。
ふむ、客人はこの男で間違いないようだ。
私は扉を開き、居間へ入るよう促した。
男は少し迷った様子だったが、やがて恐る恐る家の中へ入っていった。
まずは居間へ案内し、寛いでもらう。
ソファを示すと、男は礼を言って腰を下ろした。
これで問題ない。
さて……
さすがに、もうこれだけの時間が経っているのだ。
ご主人も起きていることだろう。
私は客人を居間に残し、ご主人の部屋へ向かった。
部屋へ入ると、ご主人はまだ眠っていた。
机に突っ伏したまま、規則正しい寝息を立てている。
昨夜も、遅くまで楽しそうに論文を読み返していたな……。
『ああ! ルカリオ、そこはまだ片付けないで? そこはまだ使うのよ』
……ご主人は、いつもこうだ。
片付けようとすれば止められる。
積み上げられた紙には本人なりの順番があるらしい。
私には、まったく理解できないが。
部屋の中は紙ばかり。
窓は閉め切られ、カーテンも開いていない。
暗い部屋の空気は少し淀み、インクと紙の匂いが部屋中に漂っている。
ここ最近は、特に論文へ向ける時間が増えていた。
食事も忘れ、眠気に耐えられなくなるまで机へ向かい、そのまま寝てしまう。
そんな日も珍しくない。
振り返ると、部屋の隅でガブリアスが困り果てていた。
『おい……どうすんだよ? 客来てんだろ? 俺はあんまり触れねぇし……』
……分かっている。
今日の客人は、ご主人自ら招いた大切な人物だ。
起こさなければならない。
……心は痛むが。
───────────────────────────
『おばあちゃん! わたし、ポケモンがほしい!』
『あらあら。でもシロナには、まだ少し早いかもしれないわねぇ』
……懐かしい夢を見ている。
あの頃の私にとって、世界は本の中でしか知らないものだった。
ページをめくるたびに広がる景色。
知らない土地、知らない遺跡、知らないポケモン。
どれも眩しくて、どうしようもなく憧れていた。
でも──。言い続ければ、願いは叶うこともある。
そう知ったのは、あの日だった。
『お兄さん、だれ?』
『ふふ。ワタクシがお兄さんですか。こう見えても、かなり歳はいっているんですよ?』
『ええ〜? そんなふうには見えない!』
『お嬢さんも、あの人の面影がありますね』
『だれ?』
『いえいえ。こちらの話ですよ』
顔は思い出せない。深く被ったフード。
あの頃の私はまだ幼く、相手を見上げることしかできなかった。
『ポケモンが欲しいんでしたね』
そう言って彼は、小さな卵を差し出した。
『ちょうどここに、ポケモンの卵があるんです。よければ、どうぞ』
『いいの!? やったぁ!!』
『ええ』
彼は、穏やかに笑った。
『お嬢さんなら、きっと素晴らしいトレーナーになれるでしょう。人を見る目はあるんですよ? ジブン』
そう、私の一番の相棒。
ガブリアスは、あの日、彼から託された卵から生まれた子。
『立派なトレーナーになって──より良い世界を作る役に立ってくださいね』
『う、うん……! わたし、がんばるよ!』
…………何故だろう。
言葉だけを聞けば、未来を応援してくれているように聞こえる。
期待してくれているようにも思える。
それなのに。
胸の奥が、ざわつく。あの人は笑っていた。
優しく。穏やかに。
けれど、その笑顔を思い出そうとするたび、どうしようもない恐怖だけが胸に残るのだった。
───────────────────────────
「ん? あ、おお! ようやく起きたか」
まるで何事もなかったかのようなとても清々しい笑顔だ。ちょっとムカつく。
「昨夜は随分と徹夜してたみたいだな」
「……え、ええ」
それにしても……あのルカリオがこんなにも懐くなんて。よほど人としての資質が高いのだろう。
……いや、それはそれとして。
私のルカリオに何を教えようとしてるのよ。ルカリオもルカリオよ。なんでノリノリで教わってるのよ。
「えっと……いつから、ここに?」
「あ? あ〜……大体、9時くらいだったか?」
そう言ってルカリオを見る。
「な?」
「クオン」
ルカリオは頷いて肯定する。その後にはすぐに柔軟を再開する。
……つまり、本当に三時間近く待たせてしまったということだ。
……終わった。
「本当にごめんなさい」
私は勢いよく地面へ両手をつき、見事な土下座を披露した。
まさか、そんなに時間が経っているなんて思わないじゃない。
完全に寝過ごした。
しかも、客人を家へ招いたまま。
考古学者として以前に、人として最低である。
「いやいや、頭上げて」
彼は慌てた様子で手を振る。
「待ってる間にルカリオと仲良くなれたし、部屋も──」
そこで一瞬、言葉が止まる。
「……まあ、色々仕事も進んだから、結果オーライってことで」
「…………?」
その『色々』という言葉に、嫌な予感しかしなかった。
いや……いやいや……まだ慌てるような状況じゃないわ。まだ確信ではないもの。
「……み、見た……の?」
「……まあ」
彼は視線を逸らし、頬をぽりぽりとかいた。
「なんだ、その……いろいろ大変なんだな?」
「…………」
……終わった。本当に終わった。
見られた。
よりにもよって、あの部屋を。
私の威厳が……考古学者としての威厳が。
チャンピオンとしての威厳が。
全部終わった。
「まあ、気持ちは分かるぜ?」
彼は親指を立てる。
「研究職の人間ってのは、それに没頭して私生活が疎かになるのはあるあるだからな!」
「分かってもらいたくないわよ!!」
即座に叫んでしまった。
何よその慰め!
全然慰めになってないじゃない!
というか、そのサムズアップやめて!!
「いや、でもオーキド博士は結構綺r──」
「それ以上言わないで!!」
「はい」
……恥ずかしい。
どうも作者です。
世間では夏休みとか。羨ましい限りです。それはそれとして九州にいる方は地震大丈夫でしたでしょうか?身の安全を第一に考えてくださいね?