それからは、驚きの連続だった。
彼が修正した論文は、私の目から見ても見事な出来栄えだった。
ただ誤りを指摘するだけではない。
なぜ間違っているのか、なぜこちらの表現の方が適切なのか。
それらが論理的に、そして誰が読んでも理解できるよう丁寧に注釈されている。
……流石、オーキド博士の傍で仕事をしていただけのことはある。
色々と情けない姿を見せてしまったけれど、それだけで終わるわけにはいかない。
私とて、ただの研究者じゃないところを見せなければ!
「──ということで、勝負よ!」
「何が『ということで』なんだろうか。頭イカれてんのか」
「失礼ね!?」
なによ!
ポケモンバトルは一種のコミニュケーションのようなもの! バトルをすれば、その人がどういう人なのか分かる。
ポケモンへの指示、技を出すタイミング、技の伝達速度。
そこには、トレーナーとポケモンが積み重ねてきた信頼が表れる。そこに言い訳は存在し得ない。
私はモンスターボールを構えた。
「行きなさい! ガブリアス!」
「ガブァ!!」
「はあ!? 人の話聞けよ! たくっ……メタモン! 行くぞぉ!」
「メタ!」
さて……お手並み拝見ね。
ルカリオでさえ、あそこまで素直に彼とメタモンの教えを受け入れていた。
彼らの絆が、どれほどのものなのか見せてもらおうじゃない。
「小手調べよ! ガブリアス! ドラゴンダイブ!」
「ガブァァァッ!!」
「メタモン! 『アレ』にへんしんだ!」
「……メタ!」
メタモンの身体が青白く輝き始める。
みるみるうちに身体が大きくなり、形を変え、そして光が弾けた。
その場に立っていたのは──
「ピッ!」
丸い身体。愛らしいピンク色……愛嬌があるその姿には見覚えがある。
でもなぜ?
どうして、この場面でピッピなの?
動揺を誘う作戦? 確かにここ最近の研究で、ノーマルタイプだと思われていた一部のポケモンが個体によっては別のタイプではないかと言われているらしいが……
それとも、何か別の狙いが……。
「メタモン!」
彼が迷いなく指示を飛ばす。
「ゆびをふる!!」
「ピッピ!」
ゆびをふる。
ありとあらゆる技の中から、たった一つを繰り出す技。
つまり……無数の技の中から、ガブリアスへ有効打となる一撃を引き当てることに賭けたということ?
……それは。
「舐めすぎでしょ……!」
ピッピが小さく指を振る。
その瞬間だった。
ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。
「っ!!」
何、この感覚……!? 理屈じゃない。
ポケモントレーナーとして積み重ねてきた経験が、警鐘を鳴らしていた。
「ガブリアス!!」
私は反射的に叫ぶ。多分だけど、アレは食らったらまずいと思う。
「回避に専念して!!」
「ガブァ!!」
ガブリアスは即座に急旋回し、その場から飛び退く。
判断は間違っていなかった。
……いや。そもそも間に合うとか間に合わないとか、そういう問題ではなかったのね。
ピッピの前方、空間そのものが──裂けた。
同時にまるでガラスが砕け散るような甲高い音が響き渡る。
目には見えない斬撃が一直線に走り、逃げるガブリアスごと大地を切り裂いた。
轟音、舞い上がる土煙。
「っ! ガブリアス!」
やがて砂煙が晴れる。そこには目を回し、地面へ倒れ伏すガブリアスの姿があった。
「ガ……ブ」
「嘘でしょ……」
「……やっべ」
一撃? 私のガブリアスが……?
……見たこともない技だった。一撃必殺の『じわれ』や『ぜったいれいど』ではないだろう。でも、一撃だなんて……
「メタモン!!」
「ピッ?」
「何だか分からんが、やり過ぎだぞお前!!」
「ピッ!?」
メタモンまで驚いたように目を丸くしている。
つまり……狙ってやったわけじゃない。
偶然、この技を引き当てたということ?
「…………」
世の中には稀にこういう人もいる。運すらも味方につける凄腕が。
負けたのは久しぶり。旅を始めた頃の気持ちを思い出す。
ああ……悔しいなぁ……少なくとも私は全力で彼を倒そうとした。だけど届かなかった。
ああ……くやしい……。
───────────────────────────
「なあ、ルカリオ……」
俺は隣に立つルカリオへ小声で尋ねる。
「……あの人、いつもこうなのか?」
「……クオン」
ルカリオは深いため息をつき、額へ手を当てる。
心なしか、その背中から哀愁まで漂っていた。
俺とメタモン。
そして彼女のパートナーであるガブリアスとルカリオ。
今、この場にいる全員を困らせている元凶は──
庭の隅で体育座りをしている、シンオウチャンピオンだった。
「あの〜……シロナさん?」
「…………」
返事なし……暗すぎだろ。そんなに負けたのが悔しかったのかよ。
どんだけバトルジャンキーなんだ。なに? やっぱジムチャレンジするやつは血の気が多いの?
「ガブァ! ガバ! ガ!」
「ほら、ガブリアスも元気だしさ。そもそも小手調べだったんだろ? 遊びみたいなもんじゃん。な?」
「……途中から、本気だったもん」
「はぁ……」
め、めんどくせぇ……。いや、気持ちは分かる。
分かるけどさ!
お前だって「小手調べ」って言っときながら、いきなりガブリアス出したじゃねぇか!
普通はロズレイドとか、ルカリオとかじゃないのかよ!
「……ねぇ」
シロナがゆっくり顔を上げる。
「貴方のメタモン……どうやったら、あんなに強くなれるの?」
「強く、かぁ……」
改めて聞かれると困る。
特別な育成法があるわけでもない。
地獄みたいな特訓をした記憶もない。
「いや……」
俺は頭を掻いた。
「何か特別なことした覚え、ないんだよな。毎日楽しく過ごしてきただけだし」
「メタ♪」
メタモンも「その通り」と言わんばかりに嬉しそうに鳴いた。
だよなぁ? そりゃ確かにスリリングな毎日を送ってきた実感はあるけど、特殊なことをしたかと言われればノーだ。
山に登って道中の小屋に薪とか置く仕事だったり、ロープウェイの清掃点検もあったか?
考え込んでいる俺を横目に、シロナは立ち上がって微笑む。
「……なんとなくだけど。貴方が選ばれた理由が、分かった気がするわ」
「……ん?」
選ばれた? 何の話だ? あ、図書館の件?
「何のことだ?」
「貴方でしょう? コンテストで前代未聞の伝説を作った人」
「えっ?」
バレてる? てかバレてた? ……いや、まだ慌てるような時間じゃない……!
ここは何食わぬ顔で押し通せば──イメージしろ……そう、俺はメタモンだ……メタモンの虚無顔をイメージしろ……
「何のことかなぁ? ポケモンコンテスト? 知らんな」
「……そう。まあ、私は別にどうも思わないけどね。今は私の助手なんだし。でも……私、別にポケモンコンテストとは言ってないんだけど」
「「………………」」
このやろう!! ハメやがったな!!
こんちくしょう!! 俺の渾身の虚無顔が馬鹿みてぇじゃねぇか!!
「メタ〜♪」
そんな俺を見てメタモンは
めちゃくちゃニヤニヤしていた。
……まあ、後悔はないんだけどね。
───────────────────────────
「んで? 今後の予定は?」
「まずは論文を完成させることね……」
当初の目的に戻る、ということか。
……とはいえ。
シロナが今まで調べた場所を、もう一度俺が見たところで意味があるのか?
まあ、その辺は俺が判断することじゃない。
「んじゃあ、最初に行く場所は?」
「チャンピオンになったことで、ようやく立ち入りを許可された『キッサキ神殿』よ」
キッサキ神殿……観光案内にも載っていたな。
一般人は立ち入り禁止。
理由までは書かれていなかったが、建物の老朽化か、それとも保存の問題か。
何にせよ、普通なら入れない場所だ。
「わかった。つっても1日、2日程度じゃ何もないかもしれないから……1週間分の装備を整えていくぞ」
「え? そんなに? 大丈夫じゃない? キッサキシティにはポケモンセンターがあるし、わざわざ重装備を整えなくても……」
「……甘い」
「え?」
「森の羊羹より甘々や」
「…………?」
シロナが怪訝そうな顔をする。
俺は人差し指を立てた。
「分かってないなぁ……シロナは。いいか? 夜にしか見せない姿もあるかもしれない、逆に夜から朝にかけての限定的な時間にしか見れないものもあるかもしれない」
シロナの表情が少しずつ真剣になっていく。
スズの塔で見た、あのでっけぇオニドリルもそうだった。朝日が昇る、あの時間だったからこそ見ることができた。
あれが昼だったら、俺は何も気付かなかったかもしれない。
『おつきみやま』もそうだ。
特定の日付、特定の時間だけ、ピッピが集まる現象があった。
自然も、遺跡も、ポケモンも。
人間の都合に合わせてくれるわけじゃない。
俺たちが、向こうに合わせるんだ。
「…………」
シロナは静かに息を呑む。
「……そういう考え方、したことなかったわ」
「意外だな……」
俺は腕を組みながら首を傾げた。
「シロナほどの学者なら、もうとっくにやっててもおかしくないと思ったけど」
「……声に出てるわよ」
まあ、分からんでもない。オーキド博士にも『為になるのぉ』って褒められたことあるし。てか、学者でそういう考えはあんまりないのか?
「あのね。最初は私だって考えたわよ? でも……。私だって、暗闇は怖いわ」
「……」
「何よ……」
「いや」
暗闇が怖い。まあ、まだ理解できるよ。ただね?
「どこの世界に、ガブリアスとルカリオに護られてるシンオウチャンピオンを襲おうなんて考える奴がいるんだよ」
「いや、失礼ね!?」
「だって実際そうだろ」
俺はガブリアスを見る。
ガブリアスは頷き、ルカリオも静かに鳴く。
「クオン……」
「ほら」
「ルカリオ! ガブリアス! あなたたちどっちの味方なのよ!」
───────────────────────────
シンオウ地方は時期にもよるが、基本的に気温が低く、雪の多い地方だ。
その中でも『キッサキシティ』は別格。
一年を通して雪に覆われる、シンオウ屈指の豪雪地帯である。
つまり、どういうことかというと──。
「相変わらず寒いわね、ここは……」
シロナが白い息を吐きながら、マフラーに顔を埋める。
「そうだなぁ……ここまでの雪景色は久しぶりだぜ」
見渡す限り、一面の銀世界。
屋根にも、道にも、木々にも雪が積もり、歩くたびに足元からザクッ、ザクッと音が鳴る。
「雪が初めてってわけじゃないの?」
「おお。カントーにも『シロガネ山』って、アホみたいに強いポケモンがそこら中にいて、しょっちゅう吹雪いてる山があってな?」
「へぇ……」
いやぁ〜……。
あの山はなかなかキツかった。
雪崩に巻き込まれて、そのまま山肌を転がり落ちた時は、流石に死んだと思ったなぁ……。
「ふ〜ん……まあ、それはいいとして」
シロナが何とも言えない顔をして俺を見る。
「貴方、いつまでその格好でいるつもり?」
「え?」
格好?
俺は自分の身体を見下ろす。
いつものシャツ。
その上から、ちゃんと上着も羽織っている。
「……なんだ? 違和感あるか?」
「ありまくりよ。見てるだけでも寒いわ」
「いやいや」
俺は上着の襟を摘まんで見せる。
「ちゃんと上着着てるだろ」
「それを薄着って言うのよ!」
「えぇ……?」
「ここキッサキよ!? その辺の冬山じゃないの!」
シロナは呆れたように俺の格好を上から下まで眺める。いやん。そんなに見つめないで。
「せめて厚手のコートとか、防寒着とかあるでしょう?」
「持ってきてはいるけど……まだいらなくね?」
個人的に寒いのはいいんだよ。着れば暖かくなるし、動けば暖かくなるし……でも暑いのはなぁ……仮に全裸になったとしても暑いものは暑いからなぁ……
「寒くないの?」
「失礼だな。寒いは寒いさ。ちょっとは」
「ちょっと!?」
そんな驚くことか?
シロガネ山なんて吹雪の中で野宿したこともあるし、これくらいなら問題ないだろ?
メタモンも炎ポケモンになって温めてくれてたし。
「な?」
「メタ」
うんうん。やっぱり頼りになるぜうちの相棒は。
さあ、じゃあバリバリ行こうか、キッサキ神殿!!
ようやくお休みに入って小休止。この間にいろんな小説読み漁ったりゲームしたりして知見を深めたいですね()