──俺は、じいちゃんに憧れていた。
かつては凄腕のポケモントレーナーとして名を馳せ、引退してからは研究者としてカントー地方にはポケモンが149匹居るという発表を行い、世界的な権威にまでなった男。
そんなじいちゃんに憧れて、超えたくて、俺もポケモントレーナーになりたいと思うようになった。
カントーのチャンピオンになる。
それが、俺の目標だった。
「…………グリーン」
「……ほんとに……終わったのか……」
全力を掛けたのに……負けた。
せっかく……ポケモンリーグの頂点に立ったのに……
そりゃ……そりゃないぜ
「レッド!」
少しだけ息を切らしながら、じいちゃんが部屋に駆け込んでくる。
「とうとう勝ったな! ポケモンリーグ制覇、心からおめでとう!」
そう言って、じいちゃんは嬉しそうにレッドの頭を撫でた。
──俺が先にチャンピオンになったのに
「初めてヒトカゲをもらって、ポケモン図鑑を集めに出かけた頃と比べると……逞しくなったな!」
──俺だってゼニガメをもらった。
──俺だって、図鑑を集めて旅をした。
──なんだよ、俺は逞しくなってねえってのかよ。
「いやいや……! レッドは大人になった!」
……おれだって。
「グリーン……! 残念だ! お前が四天王に勝ったと聞いて、ここに飛んできたのに……」
……嘘つけよ。
あんたがここに来て、最初に見たのは俺じゃなかっただろ。
「ポケモンリーグについてみたら、お前は負けとった!」
拳を握る。
爪が食い込む感触だけが、やけに鮮明だった。
「グリーンよ……! なぜ負けたのか分かるか?」
……分かってるさ。
レッドは俺より強かった。
認めたくねーけど……。
──けど、おれだって
「お前がポケモンたちへの信頼と愛情を忘れとるからだ!」
……黙れよ。
「それでは、どんなに頑張ってもトップには立てんぞ!」
うるせぇよ。
何も知らないくせに。
俺たちがどんな旅をしてきたのかも、どれだけ努力してきたのかも、何ひとつ見てなかったくせに。
おれは めのまえが まっくらになるのを かんじた。
気がつけば、俺はポケモンリーグを飛び出していた。
背後で誰かが俺の名前を呼ぶ。
聞き慣れた声だった。
振り返らなくても分かる。
リーグの入り口に立っていたのは、レッドだ。
あいつの叫んだ声なんて初めて聞いた。
きっと、あいつなりに思うところがあったのかもしれない。
何か言いたかったのかもしれない。
けど、そんなことはどうでもよかった。
今は、誰の顔も見たくなかった。
誰の声も聞きたくなかった。
ただ、一人になりたかった。
……こんな惨めな姿を、誰かに見られたくはなかった。
───────────────────────────
シオンタウンのポケモンタワー。
気がつけば、俺の足は勝手にそこへ向かっていた。
二階には、俺のポケモンだったラッタが眠っている。
もう毛繕いをしてやることもできない。
嬉しそうに、あるいは苛立ったように、勢いよく突進してくることもない。
今そこにあるのは、名前が刻まれた冷たい墓石だけだった。
──なんで、俺はここに来たんだろうな。
アイツに……レッドに負けたって報告でもしに来たのか。
……多分、怒るだろうな。
ラッタは、負けず嫌いだった。1番道路で出会って捕まえるまで苦労した。
俺が負けたなんて知ったら、きっと呆れた顔をして、噛みついてくるだろう……それでも最後には、意外と身体デケェのにぶつかってくるんだろうな。
──どうした? ずいぶんセンチじゃないか、少年。
……今、絶賛会いたくない類の人間だった。
昔からじいちゃんのそばをうろちょろしていた、研究所の変な男。
何かと俺にも絡んできて、そのたびに軽口ばかり叩くやつだ。
そいつは、いつもの白衣ではなく、モップやブラシの入ったバケツを抱えて作業着姿で立っていた。
「……何してんだよ、お前」
「ん? 見ての通り、タワーの清掃だよ。墓石磨いたり、床拭いたりな」
意味が分からない。
お前、研究者じゃなかったのかよ。
「じいちゃんのケツ追っかけなくていいのかよ」
「人聞きの悪いこと言うなぁ。お前やレッド、ブルーちゃんが博士の代わりにフィールドワークしてくれてるだろ? だったら俺の役目はもう終わりってわけ」
「なんだ、クビか」
「クビじゃねぇわ!! 円満退職ですぅ!!」
「……どうでもいいし」
「お前が聞いたんだろ、クソガキ……」
思えば、俺はこいつと真正面からちゃんと話したことがなかったかもしれない。
いつもお互いに罵り合ってレッドやブルーが止めるような感じだ。
気づけば研究所にいて、聞いてもいねぇのに色んなことを教えてくる。
ポケモンの知識だって、こいつからそれなりに聞かされた覚えがある。
旅に出てから何度か役に立った。
……本人には、絶対言わねぇけど。
「聞いたよ。チャンピオンになったんだって? おめでとう」
ラッタの墓をブラシで磨きながら、コイツはそう言った。
「はっ……チャンピオンつっても、ほんの少しだけどな」
チャンピオンになって、一日も経たずにその席から引きずり下ろされた。
挙げ句、新しいチャンピオンには情けまでかけられる。
……こんなに惨めなこと、あるかよ。
「俺からすれば、お前は十分すごいよ」
墓石を掃除する手を止めずに、俺を見て笑う。
「カントーリーグ頂点、チャンピオンまで辿り着ける人間がこのカントーに何人いると思う? しかもお前、まだ10代だぞ?」
「……レッドだって、そうじゃねぇかよ」
「ああ、もちろんあいつもすごいさ」
そこでようやく、コイツは手を止めた。
ブラシを持ったまま、墓石の前で少しだけ肩をすくめる。
「でもな。昔からお前を見てきたから分かる。お前は、誰より負けず嫌いで、誰よりも必死に努力してた」
「……」
「その結果、チャンピオンまで行ったんだ。十分すごいことだろ」
カナタは、磨き終えた墓石を軽く撫でた。
「それに、お前はここへ来た。こうして、こいつのことも忘れてない。お前のそういうところ、俺は尊いと思うよ」
……何が尊いだ……お前だって何も知らねえくせに……
「はっ、綺麗事並べやがって……」
「ふっ、そういうところがガキなんだよ。……ああ、難しすぎてガキのお前にはまだ分からんか」
コイツ……。
こっちが大人しく黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって。
けど、コイツはそんな俺の睨みなんて気にも留めず、墓石を再び掃除しながら続けた。
「まあ、たまにでもいい。今日みたいに会いに来てやれよ」
「……」
「数年後には、ここも無くなってるかもしれないしな」
「聞いてねぇぞ、そんな話」
思わず顔を上げると、カナタは肩をすくめた。
「ついこの間決まったらしい。このタワーも、もう保管する場所がだいぶ少なくなってきたんだと。だから今後は、新しく共同墓地を作る方向で話が進んでる」
……ここが、なくなる。
その言葉が頭の中で妙に重く響いた。
ここがなくなったら。
俺はもう、こいつに会いに来ることもできなくなるんだろうか。
「まあ、時代の流れってやつだな」
カナタの声は、どこまでも淡々としていた。コイツは昔からそうだ……森の中で手遅れになって冷たくなったポケモンを見ても、特に何の感情も出さずに淡々と地面に埋めた。
最後に静かに手を合わせて花を一輪だけ供える姿を……覚えている。
──自然に慈悲なんてものはない。俺たちも自然の一部なんだ。忘れるなグリーン。
コイツのポケモンに対する姿勢は……俺たちが旅に出る前から変わっていない。
「……知ってるか? このカントーよりもずっと遠く、シンオウ地方って所はな、死んだポケモンの骨を綺麗に綺麗にして湖に送るって文化があるらしい」
「何だそれ……そんなの湖が骨だらけになっちまうだろ」
「どうなんだろうな……実際にその儀式をしてるのかは分からんが、死んだポケモンを弔って『また生まれ変わっても幸せに生きて欲しい』って願いを込めた儀式らしいぜ」
「変なところもあんだな……」
「お前もいつか行ってみたらいいさ。俺も、もうそろそろカントーを離れようと思ってるしな」
さらっとそう言い放ったコイツに、なぜだか少しだけ苛立った。
……なんでだ。
別に、こいつのことなんてどうでもいいはずだろ。
「行くアテあんのかよ」
「いや?」
カナタはあっけらかんと笑う。
「まあ、何とかなるだろ。旅ってのは、案外そういうもんだ」
そして、ブラシをバケツに戻しながら、ガシガシと乱暴に俺の頭を触る。
「だから──お前も前を向いていけ」
「……」
「お前は、カントーを制覇したトレーナーなんだから」
──ふざけんな……
「──なあ」
「ん?」
人を散々引っかき回しておいて、勝手にどこかへ行こうとしやがって。
「俺とバトルしろ」
「いいよ? つっても……」
「──本気で頼む」
カナタは少しだけ黙って、それから肩をすくめた。
「……OK、やろうか」
───────────────────────────
「ルールは1on1、道具はなし……お互い、本気だな? グリーン」
「ああ」
その言葉に、昔の記憶が鮮やかによみがえった。
今よりもっとガキだった頃。
じいちゃんのポケモンを借りて、こいつと戦ったことがある。
あの時、こいつが出したのはいつも肩に乗ってるメタモン。
俺が選んだのはフシギダネだった。
当時の俺は、こいつのメタモンを倒してただ単純に気分が良かった。
『勝った』と。自分の方が上だと、そう思っていた。
……でも、今なら分かる。
あれは手加減だった。
俺を見て、遊ぶみたいに付き合っていただけだ。
けど、もう違う。
今は互いに本気だ。
「いくぜ! カメックス!」
「こい、メタモン」
張り詰めた空気の中、俺たちは同時にポケモンを放つ。
姿を現したカメックスが低く唸る。
対するメタモンは、いつもと変わらない柔らかな身体を揺らしていた。
「ぶっ飛ばせ! ハイドロポンプ!」
轟音とともに、圧縮された激流が一直線に突き進む。
「メタモン、へんしん」
メタモン、へんしんポケモン。体の細胞を組み替え、相手の姿へと変わることができる稀有な力をもつポケモン。
だが、変身が間に合おうが間に合うまいが関係ない。
カメックスのハイドロポンプが直撃し、爆ぜた水飛沫が視界を覆い尽くす。
一撃必殺。
たかだかメタモンだ。
レッドのリザードンやピカチュウを倒した俺のカメックスが負ける道理なんて、あるはずがない。
──そう思っていた。
水煙の中から、凄まじい勢いの水の光線が撃ち返された。
「ガメッッ?!」
俺のカメックスに直撃したその一撃を見て、息が止まる。
ハイドロポンプだ。間違いない。
しかも──俺のカメックスが放ったものより、明らかに重い。
立ち込める水煙がゆっくりと晴れていく。
その先にいたのは、俺のカメックスと寸分違わぬ姿をした、もう一体のカメックスだった。
「さあ、どう攻める? グリーン」
目の前から腹立つほど余裕のある声が飛んでくる。
……いいぜ、その余裕面歪めてやる!
「まだ行けるよな、カメックス! こうそくスピンだ!」
カメックスは甲羅の中へ体を引き込み、高速回転しながら一直線に突っ込んでいく。
からにこもるをした後に高速で突っ込む技。コイツがゼニガメ時代から愛用してた物の応用だ。ちょっとだけ『ひかえめ』な性格で、最初の頃はビクビクしてて腰が引けてた。
コイツが前に出るようになったのは、ラッタのことがあってからだったな……
「へぇ……からにこもって、こうそくスピンか。すごいな」
激突。鈍い衝突音とともに、二体のカメックスが弾かれるように吹き飛んだ。
だが、着地した次の瞬間だった。
「なっ……! カメックス!」
カメックスの足が、ぐずついた地面に深く沈み込む。
勢いを乗せたまま落ちたせいで、足場を取られたんだ。
「ガ、ガメェッ!」
土を抉るようにもがくが、抜けない。
「ちょっと大人気ないけど、勘弁な」
正面から、変身したカメックス──いや、メタモンが踏み込んだ。
「メタモン、きあいパンチ」
足を取られ、身動きの取れないカメックスに、渾身の拳が真正面から叩き込まれる。
鈍く重い音が響いた。
次の瞬間、相手のカメックスの姿が揺らぎ、紫色のぷよぷよとした本来の身体へ戻っていく。
俺のカメックスは目を回して、その場にうつ伏せで倒れ込んだ。
───────────────────────────
負けた。
それも、メタモン一体に。完膚なきまでに。
「グリーン。なぜカメックスが足を取られたか、分かるか?」
いくらカメックスが重いとはいえ、たった一度の水技であそこまで地面がぬかるむはずがない。
「俺のメタモンは“どろあそび”を使った。お前のハイドロポンプを受けた直後にな」
どろあそび? 地面タイプの技だったはずだ。何でメタモンが覚えられんだよ。
しかも俺の水技を利用して、フィールドそのものを自分に有利な形へ変えたってのか。
あの一瞬で。
「メタモンってのは、どんなものにもなれるポケモンだ。お前のカメックスにも、ああいう可能性がある」
カナタは、紫色の身体に戻ったメタモンを軽く撫でながら言った。
「……これがどういう意味か、お前なら分かるよな?」
……くそったれ。簡単に言うな。
そんなこと、誰にでもできるわけがないだろ。
──けど。
「グリーン。腐るにはまだ早いと思うぜ?」
その言葉に、俺は奥歯を噛んだ。
「次は……俺が絶対に勝つ」
「おう。まあ、レッドに勝ってからな」
「ふざけんなお前!! 今そういう流れだっただろ!!!」
「おやおや、あのグリーン様ともあろうお方が、自信ないのか?」
「やってやろうじゃねぇかこの野郎!! その性悪面、絶対歪ませてやるからな!!」
絶対勝つ。だから待ってろよ、クソ兄貴。
メタモン
万屋をやるきっかけとなったポケモン。色んなものを見て覚えて変身できる。
メタモン自身も役に立てる事が何より嬉しいので日々精進している。最近は人にも変身できるようになったが、他のポケモンに変身とは違って、どうしても顔だけはメタモンのままで困っている。