さて……まずは状況整理だ。
このラフレシアは、おそらくジムで管理されているポケモンじゃない。
だとしたら、ここで保護されている個体なのかを確認するのが先だ。
「すみませーん」
「はい?」
「このラフレシアって、そちらで保護してる子だったりします?」
「あら? 確かに私たちは保護活動もしていますけれど……ラフレシアはなかなか……」
ふむ。こいつ野生個体……か。
じゃあ、どこから来た?
こいつは、何かを伝えようとしている感じじゃない。
もっと単純で、もっと切羽詰まっている。
──とにかく不安でたまらない。
そんなふうに見えた。
「いや、こいつ今日ここへ伺った時からずっといたんですけど、どうにも様子がおかしくて」
「私たちも、群れから逸れた個体を保護することはありますけれど……基本的にはナゾノクサやクサイハナが多いので……」
クサイハナ……
いや、まさかとは思うが……。
「どうしたのですか?」
「エリカさん。このラフレシアを万屋の方が見つけたのですが……うちで保護している個体か、分かりますか?」
……そんなにちらちら見ないでもらっていいですかね。
俺はさっさと解決して帰りたいんす。
「う〜ん……私のラフレシアとも違いますし……あ、もしかしたら」
エリカはモンスターボールを取り出し、相棒のラフレシアを呼び出した。
「ラフア!」
「ラフレシア、この子のこと見たことあります?」
エリカのラフレシアは、少しだけ近づいて相手を観察する。
そして、ゆっくりと体を横に振った。
「フラ〜……」
……どうやら知らないらしい。
う〜ん……手詰まり、か?
野生のラフレシアが、たまたまこのジムに迷い込む。
そんなこと本当にあるのか? あったとしてもかなりの確率だろう……
人間三人、ポケモン二匹。
その場にいた全員が答えを探して黙り込む。
「「「う〜ん…」」」
「ラフ……」
「……ラフア!?」
「……メタ!?」
……ん? アイツ何してんだ!?
メタモンが大急ぎで俺の荷物を漁っている。
おいおい。
そんな手癖の悪い子に育てた覚えはありませんよ!
……まあ、仕事でニャースにへんしんして「ものひろい」してもらうことはあるけども。
「メダッ!」
メタモンがバッグの中から引っ張り出したのは、売ろうと思っていたリーフの石だった。
まあ、ラフレシアは石で進化する。
野生で進化したってことなら、それを触ったかどうかしたんだろう。
「メダッ! メタン!」
けれどメタモンは、その石を床へ何度も叩きつける。
? …………ああ。そういうこと……。
「……はぁ……」
思わず、重いため息が漏れる。まあ、若干頭によぎったけどさぁ……嫌な予想が当たったなぁ……勘弁してくれよ……
「カナタさんのメタモン、どうしたんでしょうか……」
「チッ……」
「えっと……カナタさん……?」
はぁ〜あ……嫌になるね。誰が悪いってわけでもないんだけどさぁ……
「まず、ほぼ間違いなく言えることがあります。このラフレシアは、ここで保護されていた個体です」
「どういうことですか……?」
まあ、分かんないよな……普通ならこんなことは起きない。
管理されたジムなら、なおさらだ。
「こいつはおそらく、このジム内に落ちていたリーフの石に触れて、自分の意思とは関係なく進化してしまったんでしょう」
「それって……」
「面倒なんで単刀直入に言います」
まあ、憎まれ役なんて慣れっこだよ。これは正面から受け止めなきゃダメなことだろうからな。
「ここのジムのせいで、一匹のポケモンが犠牲になったってことです」
「で、でも待ってくださいよ! ジムの中に、そもそも石が落ちてるなんてあり得ません! 清掃だって入ってますし、第一、石に触れただけで進化するなんて……!」
「ああ? ああ……まあ、言いたいことは分かるよ」
俺の言葉に、ジムトレーナーは「まさか」と言いたげに声を上げた。
だが起きてしまった以上、事実から目を逸らすわけにもいかない。
「でもな? 世界には俺たちがまだ知らないことの方が多い。石ひとつ取ってもそうだ。たとえば、持たせるだけで成長による進化を止められる石だってある」
「たしか……かわらずのいし、でしたか?」
流石。伊達にジムリーダーやってないねエリカちゃんは。
その辺りの知識は、きっちり頭に入っているらしい。
──そう、この世界はまだまだ分からないことだらけだ。未知の世界だ。
ポケモンの中には、石による進化そのものを拒むやつだっている。
その最たる例が、レッドのピカチュウだ。
あいつは、あの姿が一番好きらしい。
……まあ、レッドみたいな子供がピカチュウを肩に乗せて歩いてるの、あれはあれでだいぶ危ない絵面なんだけど。
肩やべぇだろ。毎回寝る時バキバキになってそう。……今後はレッドさんって呼んだ方がいいか……?
「進化ってのは、何も良いことばかりじゃない」
俺はラフレシアを見る。体の大きさだって倍近くになるし、体重だって変わる。
目が覚めたら全く別の体なんて、人間でも適応するのに時間がかかるだろう。
「ポケモンによっちゃ、姿が変わったことで感覚が変わって混乱するやつもいる。こいつも、多分そうだ」
「ラフア……」
「………っ…」
「ただ、俺だって部外者なんで、ここで誰かを吊し上げたいわけじゃありません。最近は例の怪しい連中の件もあって、そっちに手を取られてたんでしょうし」
レッド、グリーン、ブルーちゃんは……やってたっけ……? まあアイツらはジムチャレンジしてた頃だろうし、アイツら以外にも挑戦者は当然いる。
そこへ加えて、最近のロケット団絡みの騒ぎだ。
今日みたいに、俺みたいな部外者を呼んで手入れを頼むくらいには、現場も回ってなかったんだろう。
ならジム内の草木の下に石が転がっていても気づかなかった可能性はある。
そもそも、進化した場所がジムの中だとまだ確定したわけでもない。
けど──
何にせよ、この子が人為的かつ偶発的な原因で望まぬ進化をしたことだけは、ほぼ間違いないだろう。
「……この子のことは、私……タマムシジムのジムリーダー、エリカの名において責任を持って対応することをお約束します」
「ええ、そうしてやってください」
良いね、生真面目さはエリカちゃんの良いところだ。好きだぜ俺ちゃんは。
「ここで草タイプを一番知ってるのは君だ。この子は今、不安でたまらないはずだ。それを埋めてやってください」
俺はラフレシアに近づいて顔をもちもちと撫でる。
おお……意外と柔らかい。想像してなかった感触だな。
怖かっただろう。いきなり進化して、体も大きくなった。
ただでさえ群れから外れてしまったんだ。身を守る術だって、まだ十分じゃない。
きっと、誰かに頼りたかったはずだ。
誰かに守ってもらいたかったはずだ。
「ラフ……」
「まだ身体が慣れてなくて怖いだろうが……大丈夫だ。ここには先輩のラフレシアもいる。しっかり教えてもらいな」
「めた!」
「ラフ……!」
一方でジムトレーナーは少しだけ居心地悪そうに目を伏せていた。
……ちょっと部外者が出しゃばりすぎたな。
この人にも少し悪いことをしたかもしれない。
責任は感じないでほしいな。何もあんたが悪いわけじゃない。このジムにいる全員がしっかりと認識して対処しなきゃいけないことだからな。
再発防止に努めてくれりゃ、それでいいさ。
「じゃ、そろそろ行きますわ。あ、報酬は契約どおり口座に振り込んどいてください。また都合が合えば、ご贔屓に」
「え!? で、でも……!」
「この度は、本当にありがとうございました。カナタさん」
「メタッ!」
元気いいねぇメタモン。おっし、当初の予定通りいいもん食いに行くか?
しばらくぶらぶらする予定だし、仕事が入らなきゃジョウトに観光でも行ってみるか。
ちょうど定期船も出てるだろうしな。
ジョウト……今はシーズンじゃない気もするけど、まあ、あんまり人が多すぎるのは好きじゃない。
そう考えりゃ、ちょうどいいだろうよ。
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私は深く頭を下げる。
このタマムシジムで起こってしまったことは、ジムリーダーである私の責任だからだ。
彼はそんな私に気負った様子もなく手を振って、そのままジムを後にしていく。
……ああ。
そういうところなんですよ。
貴方はポケモンに対して、出会った頃から何ひとつ変わっていませんね。
相手が誰であろうと、ポケモンであろうと人であろうと、真っ直ぐ向き合って勝手に心をほぐしてしまう。
そういうところが──
貴方に惹かれた理由でもあるのです。
ナツメさんのように超能力が使えるわけでもない。
私には、何か特別な力があったわけではありません。
飛び級で大学へ進み、そのまま流れるがまま講師になった日のことを、今でも覚えています。
……毎日毎日、私の家柄や、身体ばかりを目当てに近づいてくる人たちばかりでした。
そんなことが続けば、学内の同性から疎まれるのも、ある意味当然だったのでしょう。
『あんたさぁ! ここ最近、調子乗りすぎなんだって! ガキのくせに!』
『……すみません。一体、何のことを仰っているのか……』
『しらばっくれる気!? 人の男に手ぇ出してんじゃないわよ!』
──分からない。
本当に、分からないのだ。
誰も彼もが浅ましく、汚らわしい欲望だけで近づいてくる、くだらない凡夫ばかり。
そんな有象無象の名前や顔をいちいち覚えるために、貴重な思考を割くほど、私は暇ではないのだから。
『お高く止まってんじゃないわよ!』
──家柄だけで生きてきた、お飾り人形のくせに!
その時だけは、私も言葉を失った。
否定できなかったからだ。
私の家は、ジョウトにある由緒正しい武芸の家とも交流がある。
だから私は、家の名に泥を塗らないように生きてきた。
そうあろうとしてきた。
誰にも軽んじられないように。
誰にも侮られないように。
ただひたすら、正しく、美しく、優秀であろうとした。
……それが、私に与えられた役目だと思っていたから。
お人形。
親の敷いたレールを走り、親が望んだ相手と結婚し、親が望んだ子を産む。
それが私の未来で、私の人生なのだとしたら──
私自身の価値とは、何なのだろう。
私は、何のために生きているのだろう。
分からなくなっていった。
毎日毎日、常に模範であれと求められ、その通りに生きてきた。
けれど、ここ最近はろくに眠ることすらできていない。
陽の光がやわらかく差し込むベンチに腰を下ろした瞬間、身体から一気に力が抜けた。
暖かい。
ただ、それだけを最後に感じて──
私はそのまま、意識を手放した。
もし、このまま目覚めなければ。
私は今のこの息苦しさから、逃げることができるのだろうか。
──目覚めたくない。
そう願っても、休息を得た身体は、あまりにも勝手に活動を再開していく。
けれど、目を開けて最初に飛び込んできた光景には、少しだけ驚かされた。
「んっ……わたし……眠って……?」
まだ霞む視界の先。
そこにいたのは、人ではなかった。
「あなた……どちら様……?」
「ナ?」
小さく首を傾げながら、ナゾノクサが不思議そうにこちらを見つめ返してくる。
「ナッ!」
ナゾノクサ。
あまり詳しいことは分からなかったけれど、この子はなぜか私のそばにいた。
ポケモンといえば、屋敷で飼っていたニャースやペルシアンくらいしか知らない。
私は、あまりポケモンに触れてこなかった。
だから、少しだけ戸惑ってしまう。
けれど──
思えば、初めてだったのかもしれない。
何の下心もなく、ただ純粋な目で私を見てくれたのは。
そんなふうに、ただ私のそばにいてくれたのは。
このナゾノクサが、初めてだった。
それからというもの、陽の当たるあのベンチでこの子と一緒に昼寝をするのが私の日課になった。
普段、胸の内に溜まり続けていたストレスも、この子といる時だけは少し和らいでいるような気がした。
『ねえ、ここ最近エリカちゃん、なんかさ……』
『わかるわかる。前より少し雰囲気が柔らかくなった気がするよな?』
相変わらず有象無象の声は聞こえるが、これまでのような耳障りな物ではない。
その変化が本当にこの子のおかげなのかは分からない。
けれど、少なくとも学内で私についてあれこれ言われることは、以前より少なくなっていった。
……私ばかりが貰っている。
この子から、優しさも、安らぎも、何もかも。
それなのに、私はまだ何ひとつ返せていなかった。
だから私は、家からポケフードを持ってきてナゾノクサに差し出してみた。
「これ、食べるかしら?」
「ナ!」
「口に合うと良いんだけd──」
「ナ"ッ!」
驚いた。
次の瞬間には、袋の中のフードがものすごい勢いで消えていく。
「ナ〜!」
「……プッ……ふふ……っ」
……思わず、笑ってしまった。
でも、それ以上に嬉しかった。
この子が幸せそうで。こんなにも無邪気に喜んでくれて。
私は、この子に救われた。
だから……叶うことなら、この子とずっと一緒にいたかった。
そして……私は、生まれて初めて親に我儘を言った。
「お父様……私に、モンスターボールをくださいませんか?」
「……どうしたんだい? 突然だね」
「どうしても……どうしても、友にしたい子がいるのです」
「……自分でポケモンを捕まえ、育て、共に生きていく。それは大変なことだよ。──その覚悟はあるんだね?」
「……はい!」
お父様は優しく微笑むと、
せっかくなら自分でボールを買って、その子を捕まえてきなさい、と私を送り出してくれた。
お父様は昔から寡黙な人だった。何かを成したら褒めてくれたけれど、あんなにも優しく微笑む父を見るのは初めてかもしれない。
「ねぇ、ナゾノクサ……」
「ナ?」
「あなたがよければ、私と一緒に来てくれない?」
私はナゾノクサに初めて買ったモンスターボールを差し出す。
調べたところによると、ポケモンは戦って体力を減らさない限り、どんなにボールを使っても捕まらないことがあるらしい。
だから私は、とりあえずショップにある在庫全部を買って今日という日に臨んでいる。
別の地方では10個買うと特典のボールが貰えるらしいのだが、まだカントーでは流通していないらしい。 少し残念だ。
「ナ……っ!」
「え……っ!? あ、あらら?」
ナゾノクサはモンスターボールのスイッチを頭で押して吸い込まれる。しばらくするとボールからカチッと音がしてボールが小さく萎んでいった。
「つ、つかまえた……のよね?」
エリカは ナゾノクサを つかまえた!