エリカ様は恋愛頭脳戦のあの人っぽくしてます。お可愛いこと。
私は、自分のポケモンに必要な知識をひたすら詰め込んでいった。
そして、ちょうどその頃だっただろうか。
ナゾノクサがクサイハナへ進化し、臭いを放つようになったのは。
基本的にはボールに入れているから、大きな問題にはならない。
けれど、クサイハナはまだ進化したばかりで、どうやらそうした力の加減がうまくできないようだった。
私自身でどうにか解決できないかとも考えた。
けれど、ポケモンはまだまだ未知の生き物だ。世間に広まっている知識にも限りがある。
だから私は、家の力を使って、カントー地方で「ポケモン博士」と呼ばれるオーキド・ユキナリ博士の連絡先を手に入れた。
この人なら、ポケモンについて詳しいだろうし、私のクサイハナについても何か助言をもらえるかもしれない。
そう思ったのだ。
「はぁ〜……ふう」
「ハナ〜」
緊張する。
相手は世界的な権威だ。
ここ最近はテレビでもよく見かける。
川柳の才は少々怪しいが、繰り出される知識の量を見るに、やはり“ポケモン博士”の名は伊達ではないのだろう。
そうこうしているうちに、パソコンの画面がオーキド博士へと繋がった。
事前に家から連絡は入れてあるはずだし、失礼はない……はず。
「あ、あの! 私、エリカと申します! この度はユキナリ博士の貴重なお時間を──」
『えっと……俺はオーキド博士ではないですね』
「……え?」
……???
訳が分からない。
どうしてオーキド博士ではなく、見知らぬ人物が電話に出ているのだろう。
番号を間違えた? いや、それはない。合っているはずだ。
『もしもし? 大丈夫です?』
「……あっ、い、いえ。その、すみません。あの、オーキド博士は……?」
『博士なら今、シンオウ地方に行ってます。なんでもポケモン図鑑の初期型を先輩に譲るとか何とか……』
「そ、そんな……」
あんまりだ。
手を尽くして、ようやく辿り着いた希望が、音を立てて崩れていく。
……ごめんなさい、クサイハナ。私が情けないばかりに……
『あ〜……もしよろしければですけど、話だけでも聞かせてもらえませんか? 何かのお役に立てるかもしれません』
「…っ…じ、実は……」
私は、今の状況をありのまま、その助手らしき人物に伝えた。
彼は時折相槌を打ち、簡単な質問を挟みながら、最後まで話を聞いてくれた。
『はあはあ、なるほど。でしたら、ちょっと荒っぽいやり方にはなりますけど、何とかなるかもしれませんね』
「──っ! 本当ですか!?」
正直、そこまで期待はしていなかった。
けれど、さすがはオーキド博士の助手というべきか。博士本人ほどではなくとも、ポケモンについて相当に詳しいのだろう。
『ただ、俺がやろうとしてることは、貴女一人で何とかできる類のものじゃないです。だから、お聞きした話だけじゃなくて、実際にクサイハナの様子も見てみる必要があります』
「はぁ……そういうものなのですか?」
『もしよければ、ご都合のいい時間を教えてもらえます? こっちもいろいろ準備して伺いますよ。あ、それともどこか別の場所で落ち合います?』
……少しだけ怪しい。
けれど、背に腹は代えられなかった。
それに、もし何か妙な真似をしようものなら、私のクサイハナが黙ってはいないだろう。
──そう。
それが、私と彼の初めての出会いでした。
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連絡を取ってから数日後。
私はタマムシデパートで、その“助手さん”と落ち合うことになっていた。
のだが……
「だからぁ! ここで人と待ち合わせしてるんですって!」
「どこの世界に、全身びしょ濡れで人を待ってる研究者モドキがいるんですか!」
「誰が研究者モドキだ!? 研究者でいたことなんてねぇわ!」
私は、ただただ困惑していた。
おそらく、あの白衣の人物が件の彼なのだろう。
そうなのだろうけれど──
……なぜ、あんなにびしょ濡れなのだろう。そして何故ジュンサーさんと揉めているのだろう。
もしかして、あの状態のまま私と会うつもりだったのだろうか。
いや、それ以前に。
「「「クサァw」」」
彼の足元で、これでもかというほど楽しそうに騒いでいるナゾノクサたちは、一体何なのだろう。
意味が分からない……。
これは……私が助けなければいけないのだろうか。
正直、あまり関わりたくはない。
けれど、このままではいつまで経っても話は平行線のままだろう。
……本当に不本意だけれど。
「あの……もしかすると、その方は私と待ち合わせしている方かと……」
私がジュンサーさんにそう声をかけると、彼女は目を丸くしてこちらを見た。
……自分でも思う。
何故、私がこの人と会うことになっているのだろう、と。
「いやぁ……助かりました。いやホント」
「……先日ご相談させていただいた、エリカです。今日はよろしくお願いします」
「カナタです。今はオーキド博士のサポートとして雇われてます」
……?
雇われている?
助手、ではないのだろうか。
どういうことなのだろう。
「あの、失礼ながら……助手さんではないのですか?」
「俺、万屋なんですよ。今はオーキド博士に雇われてるってだけで」
万屋──個人商店……?
いや、違う。
この人は“雇われている”と言った。
なら、ここでいう万屋は、店の名前ではなく──何でも屋、という意味なのだろう。
私より、少しだけ年上だろうか。
そんな歳で、万屋。
……何故だろう。
ますます、よく分からない人だと思った。
「それじゃあ、早速クサイハナを見せてもらってもいいですかね?」
「は、はい」
私はボールからクサイハナを出し、カナタさんに見せた。
クサイハナは涎を垂らしながら、どこか怯えたような雰囲気を漂わせている。
「君がそうか〜。うーん……確かに臭いは出してますね。ただ、かなり控えめでしょう」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。クサイハナが本気を出せば、このタマムシシティ全体に届くくらいの臭いになるって言われてますから」
知らなかった。
そんなに強い臭いを放てるポケモンだったなんて……。
「よしっ! じゃあ出番だ、ナゾノクサ諸君!」
呆けている私をよそに、カナタさんが連れていた大量のナゾノクサたちが、一斉にクサイハナのもとへ集まっていく。
「え!? えっと、これ大丈夫なんですか!?」
「いいから。自分のポケモンを信じな」
そう言って微笑むカナタさんを横目に、ナゾノクサたちはクサイハナを囲み、何かを伝えるように鳴き交わしていた。
「何を話しているんでしょうか……」
「さあね〜俺たちはエスパーじゃないし。世界のどこかにはポケモンの言葉が分かる奴もいるのかもしれないけど、まだまだ俺たちがポケモンの言葉が分かるのは先になりそうだね」
「メタっ!」
ボールから飛び出したメタモンが、カナタさんの肩に乗って手? を挙げる。
珍しい。メタモンなんて、この辺りでは滅多に見ない。
居るというのは聞いたことがあるが、見たことはない。……プニプニして手触りが良さそう……
「お! もう“へんしん”できるようになったのか!」
「モンッ!」
……“へんしん”?
それが何を意味するのか、私には分からない。
けれど、カナタさんもメタモンも、とても嬉しそうだった。
そして、ほんの少しだけ思ってしまう。
私も──
いつかクサイハナと、あの二人のようになれたら、と。
「あの……へんしん、って何ですか?」
「メタモンってポケモンは、他のポケモンの姿になることができるんです」
「メタ……」
「ん? ここじゃ無理? ああ、水辺じゃないと駄目なのか……タマムシシティにそういう場所あったかな」
他のポケモンになれるだなんて……すごい。
まるで、セキチクジムのキョウさんのようだ。
何といったかしら。
確か、「忍者」……だったかしら。
……いや、それよりも。
貴方、メタモンと普通に会話できているじゃない。
さっきの“分からない”という話は、一体何だったの……?
「エリカさん、俺よりこの辺り詳しいですよね? どこか広めの水場って近くにあります?」
「……え? あ……それでしたら……」
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私は彼を屋敷へ案内した。
ここなら大きな池もあるし、何が起きても街には迷惑もかからないし、問題にならないだろう。
「ここならいけるか? メタモン!」
「モンっ!」
「さあ、クサイハナ、ナゾノクサ諸君! 君たちに俺からのプレゼントだ!」
カナタさんは楽しそうに笑うと、高らかにメタモンへ指示を飛ばした。
「メタモン──“へんしん”!!」
……この時、私は初めて知った。
“怖い”という感情を。
そして、“今際の際”という言葉の意味を。
──ぎゅらりゅううううううっ!!!!
目の前に現れたのは、黄色く鋭い瞳。
深い青の大きな躯体。
全身を走る、禍々しくすら感じる赤い線。
メタモンがへんしんして、別のポケモンになったのだと頭では分かる。
けれど、そんな理屈では追いつかないほど、私はただ恐ろしくてたまらなかった。
このポケモンは──
私たちとは、住んでいる世界そのものが違うのだと。
そう、本能が理解してしまった。
私が恐れ慄いている間に、ぽつり、ぽつりと身体に水滴が打ちつけられる感覚があった。
「え……? あ、雨……?」
いや、今日の天気予報は一日を通して晴れのはずだ。
通り雨? いや、それも違う。
タマムシシティの空を覆っているのは、どう見ても黒雲だった。
では、天気予報が外れたのか?
……それも、考えにくい。
カントー地方の天気予報は、エスパーポケモンによる観測と、さらに遥か遠いホウエン地方──天候と関わりの深いポケモンの力まで借りて集められている。
そんな予報が、こんなふうに外れるはずがない。
なら、答えはひとつだった。
この雨は、空が降らせているのではない。
目の前の“これ”が、呼んでいるのだ。
「いいねぇ! けど、あの時の天気まで再現しなくてもいいんだぞ? ……まあ、いいか」
そういう問題なのだろうか。
空を飛んでいたポッポたちでさえ、慌てて木陰へ逃げ込んでいる。
もはや、これは"天候"などという言葉で片づけていいものなのだろうか。
こんなもの、ほとんど"天災"ではないか。
それなのに、ナゾノクサたちは楽しそうに降りしきる雨に打たれている。
「あ、あの!! これからどうするんです!?」
「……あっ! 忘れてた。よしっ! じゃあメタモン、みずでっぽうだ! あいつが吐き出してたみたいにやってみろ!」
「ギュル……!」
メタモンが大きく口を開く。
すると、降り注いでいた雨粒が一箇所へ集まり、巨大な水の塊となっていった。
次の瞬間。
凄まじい水塊が弾け、水煙があたり一面に立ちこめる。
視界が真っ白に染まり、何も見えない。
私は思わず息を呑んだ。
そして、やがて煙が晴れた時──
屋敷に一つしかなかったはずの池が、二つに増えていた。
「あ……」
「キュ……」
あ、じゃないんですけど。
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『え〜、ただいま入った情報です。タマムシシティで突如として局所的な豪雨が発生しており、外出の際は傘を持ち、ほのおタイプのポケモンは必ずボールに戻すよう心がけてください。続いてのニュースです。シオンタウンのポケモンタワーが──』
「……何か言い訳はありますか?」
「はいっ! 俺はみずでっぽうを指示しましたが! 実際に放たれた技の威力が高すぎたのはメタモンの責任なので、悪いのはメタモンです!」
「メ"タ"ァ!!」
「どちらも悪いです!!」
「ハナ!」
私はしょんぼりしている一人と一匹をきつく睨みつけた。
けれどその足元へ、ニコニコとしたクサイハナが駆け寄ってくる。
……ずるい。
こんな顔をされたら、怒りきれるはずがないではないか。
「……エリカちゃんも薄々わかってると思うけど、クサイハナってポケモンの性質上、臭いを完全になくすことはできないし、するべきでもない。それは人間のエゴだからね。それに、クサイハナが臭いを出すのは決まって守る為だ。」
私は……この子のことを、少し勘違いしていたのかもしれない。
ただ“困った臭い”を出す子なのではない。
この子は、この子なりに私を守ろうとしてくれていたのだ。
私とは違って──
どうか、のびのびと育つ草木のように生きてほしい。
「まあ、時々こうやって息抜きを含めて遊んでやればいい。こんなにも自分のことを想ってくれる人がトレーナーなら、この子も十分幸せだろうさ」
それから私は、皆で馬鹿みたいにはしゃいで遊んだ。
カナタさんのメタモンが人間にへんしんした時は驚いたけれど、不完全なへんしんでも、二人がにこにこと笑い合っているのを見て、とても微笑ましい気持ちになった。
ナゾノクサの葉から抽出した香りで香水を作ってもらったり、地面に隠れたナゾノクサたちを探したり。
間違いなく、あれは私のそれまでの人生の中で、いちばん楽しい時間だったと言える。
そして──その数年後。
まさか、貴方と同じようなことを言う子が現れるとは思いませんでした。
つよいポケモン よわいポケモン
そんなの ひとの かって
ほんとうに つよい トレーナーなら
すきなポケモンで かてるように がんばるべき
「……そう思いません? エリカさん?」
「ええ……まったくの同意見ですわ」
またお会いしたいですわ。
私に“ポケモン”というものを教えてくださった、
おもしろおかしくて、どうしようもなく愛しい人──
メタモン
一度見たものなら"何でも"へんしんできる。
ただポケモンによっては時間がかかる場合もある。
指示された技と見て覚えた技が必ずも一致しているわけではない。
例:みずでっぽう→こんげんのはどう