2組のアイドルグループが対峙している。
一方は『Re;IRIS』。前回のHIFで優勝を果たし、初星学園のトップアイドルへと輝いた花海咲季、月村手毬、藤田ことねの3人からなるユニット。
もう一方は、『Moon twilight』。極月学園所属の白草四音、天地優希、藍井撫子の3人が結成した新鋭アイドルユニットである。
ステージは既に幕を引いている。挑戦者と王者が明らかなこの対バンは……Moon twilightに軍配が上がった。
勝った者と敗れた者。真逆の余韻を噛み締める3人と3人。睨み合いのようにどちらも言葉を発しない中、不意に優希が一歩前へ出る。『Re;IRIS』に、ではない。『一番星』花海咲季に向けて、である。
くすんだ茶髪、無駄のない整った顔立ちに翡翠の瞳。切れ長の瞳とすっと伸びたまつ毛は作り物めいて、どこか浮世めいている。『Moon twilight』結成の立役者である彼女は、今回が初ライブとは思えないほどに泰然としていた。
「このステージに専心していた訳では無いのだろうけど、慢心もなかった。『Begrazia』という最大のライバルの過程ではあっても、全霊のパフォーマンスだったことは伝わってきたよ。だからこそ勿体ないな。君は」
声に勝ち誇る響きはなかった。どちらかと言うと、必要な言葉を作業のように出力する機械染みた冷たさが感じられる。
咲季は黙っている。幼い頃から勝負の世界に生きてきた彼女にとって、勝者の理論を頭から否定することは自分の生き様を否定することにも繋がることを分かっているから。唇を噛み、拳を握り、頬を紅潮させながらも自分達を打ち負かした相手から目を背けない。だからこそ、次の言葉で押し留めようとした感情に火を点けられる。
「なんでそんなに
「……なんの話?」
「私には視えるんだよ、人の適性が。月花さんや星南さんとは違う
「いちいちお節介どうも。トップアイドルは自分達だって言いたいの?」
「いいや?私達は二番目に輝ける星だ、って話」
「なんですって?」
私達、という言葉が花海咲季と天地優希のものである事を直感した上で、咲季は困惑した声で呟く。先ほどまで上から落とされる言葉だと思っていたそれが、想像よりずっと同じ目線から流れてきたことに驚くように。
優希はさらに一歩前へ踏み出す。
突き出した右手は差し出しているように見えて、掬い上げる形だった。あるいは、掴み取ろうとしているようにも受け取れる。相手を変えるということは、自分の世界を押し付けることと同義であることを雄弁に示した仕草だった。
「運命に目覚める時だ、君は変われる。
これは、アイドル界に燦然と輝く一番星の物語……ではない。アイドル界を大きく揺るがすことになる、とあるNo2の物語である。
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満開の桜が春の訪れを告げ、不確定な未来に飛び込む若人が集う極月学園入学式……から、3ヶ月が経過し夏の暑さが近づく頃。
アイドル候補生となった天地優希は編入という形で、極月学園の門を叩いた。
優希にとってアイドルとは初めて挑戦する分野である。少数精鋭のエリート校である極月が素人アイドルを迎え入れるというのは異例も異例だったが、同じく極月に所属するトップアイドルの白草月花から強い推薦があったこと、黒井理事長との間で行われた"面談"の末、極月学園への入学が認められた。
彼女の経歴は"異質"の一言に尽きる。海外の名門大学を13歳で飛び級卒業。その後、アメリカのシリコンバレーにて有限責任会社「ステイブル・カントリー」を設立。中学生ながらに起業家として目覚ましい成果を上げた優希は多方面に顔が利く。アメリカで活躍する白草月花を自社のイメージタレントとして起用、961プロ所属のアイドルとコラボイベントを開催するなど、アイドル業界にも太い繋がりがあるのは周知の事実だった。
そういった背景からか学園内では、成功して何もかも手に入れたお嬢様がコネ入学をした挙句に道楽でアイドルを目指している、などという噂がまことしやかに囁かれている。
悪い意味で入学デビューを飾った優希だが、本人は周囲の声などどこ吹く風とばかりにノートとペンを片手に学内を徘徊、いや見物する毎日を過ごしていた。
「うーん、外れ、外れ、ちょい当たり。……当たり、外れ、外れ、……ちょい外れ。……うーん、適正収束率26%ちょいかな。優秀な数値なんだけど、極月レベルでもあんまり運命(さだま)ってないんだよねぇ〜。私の運命、めっちゃ遠いじゃん。ウケる」
歩きながら、紙上にペンを走らせ、時折意味の分からないことを呟く。忙しなく色々な場所に顔を出しながらも、遠巻きに相手を観察するだけで決して自分から話しかけない。話題の編入生だった優希は変人扱いを受け学内では半ば孤立していた。
無論、物好きや好意で話しかける人間もいたが、
「君、アイドルやってて楽しくないでしょ」
「そのこだわりがチームの足を引っ張ってるんじゃない?」
「武器としては通用するんだけど、そのスペックなら最適解じゃないね」
優希の歯に衣着せぬ物言いから、徐々にその類の人達も距離を置くようになっていた。
とはいえ、優希は孤軍奮闘でアイドルを目指すつもりは毛頭ない。自分一人の力でできることなどたかが知れていることを開き直るのではなく、自分の
「おっと、待ち合わせ時間まで残り少ないね。急いでレッスン室へ急がないと」
優希はノートとペンをしまい、小走りに駆け出す。素人の走者にありがちな弾んだ走り方ではなく、一つ一つの動作が澱みない。数ヶ月前までスポーツ全般にまともに取り組んだことがないとは思えない立ち居振る舞いだった。
程なくしてレッスン室に到着した優希は、一角に人だかりができているのを見つける。
その中心には、二人の女子生徒の姿。
一人は長い黒髪に和の雰囲気を醸し出した容貌。正しく大和撫子という言葉が相応しい。
白草四音。極月学園で唯一のSランクである天才アイドル白草月花の妹であり、自身も1年生ながらに学内Aランクの逸材。
もう一人はピンクの髪色に幼い顔立ち。愛らしい仕草も相まって、「可愛い」路線のアイドルだろうことが一目で分かる。
藍井撫子。学内上位のBランク評価を受ける優秀なアイドルであり、白草四音を「お姉様」と呼び慕っていることは周知の事実だが、関係性には危うさも見える。
優希は二人を知っている。と、言うより彼女がレッスン室に来たのはあの二人と待ち合わせていたからである。
向こうも、こちらの存在に気付いたのだろう。そしてその取り巻きも、優希の姿を認め一人一人去っていく。悪評でも名声は名声というべきか、天地優希は極月に置いて一目置かれるアイドルになっていた。
四音はにこやかな表情で近づいてくる。撫子はどこか警戒と好奇が入り混じっている表情ではあるものの、四音に追従する形だった。
優希も足を進め、互いの距離が縮まる。先に口を開いたのは優希だった。
「初めまして、四音さん。もしかしてお取り込み中だった?」
「いえ、少しクラスメイトにダンスレッスンを。ただ熱が入りすぎてしまいましたね。彼女達とこうして切磋琢磨できる機会は少ないので、つい。ご存じかと思いますが、改めまして。白草四音と申します」
四音の目配せで、傍らの少女もバッとこちらに向き直る。
「は、初めまして!藍井撫子と申しますわ!優希様のお噂はかねがね伺っておりますっ!」
「おや、嬉しいこと言ってくれるね。じゃ、私もお見知り置きかと存じますが改めて。極月学園1年の天地優希です。どうぞよろしく」
優希の差し出した手を四音も好意を持って握り返す。「ビジュアル適正一致。」優希は心中でそう呟く。
「ところで、私と撫子にお話とはどういったご用件でしょうか?」
挨拶も早々に、四音からそう切り出す。優希は事前に黒井社長を通じて、自分を強く意識するよう二人に働きかけていたが、その効果が如実に出ている証拠だった。
準備は念入りにーーー。経営者として、優希にはこの至言が染み付いている。2枚重ねの名刺を素早く取り出し、眼前の少女達に差し出す動きは洗練されていた。
「おっけー。じゃ、単刀直入に言うね。白草四音さん、藍井撫子さん。私と契約して、担当アイドルになってよ」
唐突な申し入れを受け取る側は、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になっていた。
「……な、」
「……はぇ?」
四音は固まったように、撫子はどこか間の抜けた声を漏らす。
恐らくだが、想像の範疇を超えていたのだろう。まさか、プロデュースの申し入れをされるなどとは夢にも思っていなかったはずだ。せいぜい、3人でユニットを組むとかその辺りの提案と見当をつけていたのだろう。それもあながち間違っていないが、今話す内容ではない。
「あれ、私なんかやっちゃった?サプライズのつもりはなかったんだけどな〜」
優希のぼやくような声に先に覚醒した四音が声を震わせながら口を開く。
「あ、あなたっ。自分が何を言っているのか分かってるの!?この極月学園に黒井社長の許可があったとはいえ入学を許されておいて、アイドルではなくプロデューサーになるなどーーープライドは無いのですかっ!」
「あれ?そこを突かれるとは想定外だったな。別にアイドルをやらないとは言ってないよ。でもまあ、私の適性的にプロデューサーもやった方が良いかなって。私の才能が満遍なく行き届かなかったら、……地球が悲しむでしょ?」
「い、今さらっととんでもないことを言いましたわ。この人」
四音は信じられないものを、撫子は恐ろしいものを見るようにこちらを伺ってくる。自分に関わった人間としては至極真っ当な反応に優希は納得したように頷く。これはもう少し言葉を付け足す必要があるのだろう、と彼女は経験から理解していた。
「私はさ、小さい頃から人の適正を見つけるのが得意だったんだ。でもその人の人生はその人の自由だから、この特技は基本自分のためだけに使ってきたんだけど……会社を立ち上げて色んな人を見てるうちに気づいたんだよ。この世の大抵の人たちには、私の
撫子はまだ動揺から立ち直れていないように見える。四音は、どこか冷静な面持ちでこちらを見返している。先ほどのように勢い任せではなく、きちんと理性で結論を下そうとする人間の目に変わっていた。
「……お断りします」
「へぇ、なんでか聞いても良い?」
予定調和の台詞を、優希は寧ろ歓迎するかのように聞き返す。
「まず第一に、貴方の言葉に根拠がないこと。アイドルの世界に足を踏み入れたばかりの新入生。自分よりも圧倒的に経験で劣る相手から何を教示してもらえるというのでしょうか?」
「うん、手厳しいけど正論だね。第ニは?」
「……随分と軽く受け流しますね。まあ、良いでしょう。第二に、私は私の理念に従って極月学園のAランクにまで上り詰めたということ。自分の売り出し、レッスン、自己管理。それを外野にとやかく言われたからと変える理由がありません。あなたに見える適正とやらなど以ての外です」
辛辣な言葉に優希は表情を崩さない。聞いているのか、流しているのか。読めそうで読めない表情に四音は一瞬言葉を詰まらせるものの、言うべき言葉を紡ぐ。
「そして、最後に。貴方のことが気に入りません、今のお話でよく分かりました。……正直なところ、これが一番大きいですね」
「お、お姉様。いくらなんでもそこまでは……」
「あら撫子、何か?」
「ッ!ーーーい、いえ!お姉様!……なんでもありませんわっ」
四音の無言の圧力に、撫子は一瞬で縮こまる。
反対に、優希は何かを得心したのか鷹揚に頷く。
「なるほどね、感情が私達を堰き止めてるのか。じゃあさ、四音。私とディベートをしない?」
唐突な言葉に、四音の眉がぴくりと動く。
「ディベート、ですか」
「そう、君が私のプレゼンに惹かれたらプロデュースの件を検討してもらう。逆に心動くものがなければ金輪際、四音の前には現れない。……どう?」
「随分私に有利な賭けですね。私が気に入らなければ、どうとでもできる勝負ではないですか?」
「うん。君の感情が主役のプレゼンだね」
迷いのない優希の言葉に、四音は何かを警戒するように押し黙る。
一瞬の後、鋭い目はそのままに彼女は好奇心に身を委ねる道を選んだ。
「……やはり随分な自信家のようですね。良いでしょう、そのお話お受けします。ディベートというからには、何かテーマがあるのですか?」
その言葉に優希は視線を宙に遊ばせる。考えていなかったのではなく、どれを選択するかという逡巡の末、数刻にも満たない刹那で四音に向き直った。
「君が『白草月花』を倒すためのポートフォリオ」
「………………は?」
今度こそ、四音は完全に理解の外にあるものを見るかのような目になった。
その反応は、優希の獲物に待ち受ける共通のものだった。
「お気に召した?」
「……あ、貴方は、本気でふざけているのですか?」
少しばかり声に震えが残る四音に優希は優しくも甘い希望を開示する。
「大真面目さ。まあ、そう言わずに聞いてよ。君の人生を変える
「適正、……運命論?」
聞き慣れない言葉か、混乱の連続か。困惑する四音に向けて、優希は一歩前へ踏み出す。
準備は念入りにーーー仕留める時は一瞬で。
優希が他者のスペースに入り込むのはいつだってその合図だった。
「ねえ、君。運命って信じる?」
彼女が覗き込んだ瞳の中には無機質な狩人が映っていた。
学年 1年2組
氏名 天地 優希(あまじ ゆうき)
ランク-「C」
歌唱力-B
表現力-E
ダンス力-C
???-SSS+
???-?
アイドル、およびスポーツ競技等未経験のため身体能力に問題が見られるものの、
学習能力の高さから現時点でアイドル未経験とは思えない能力値を持っている。
また、感情表現の疎さはレッスンにも現れており要改善。
黒井社長曰く、彼女には白草月花とは違う形での働きを期待している、とのことだが……
次回:『No1』の資質