「私、アイドルになる」
磨かれた骨色の髪に、色素の薄い肌。
深窓の令嬢の外見とはまるで似つかわしくない単語が口から溢れる。
それを聞いた側は少しの逡巡があったかという間をおいて、こう答えた。
「そっか、まあ良いんじゃない?」
「あれ。テキセイフイッチィ、って言われるかと思った」
「言わないよ。てか、真似すんな。広の場合は、適性不一致が適性一致……かもしれないし」
言ってから納得しきれない表情をする少女ー天地優希に対面の少女ー篠澤広はおかしそうに微笑む。
「ふふ、あべこべ?みたいでよく分からない、ね」
「才能や身体よりも、心が大事なのかもなって思うんだよね。ーーーかわいくなりたいんでしょ。女の子っぽいじゃん?」
当たり前のように、ピンポイントで急所に当たる感覚が広には心地よかった。
「優希は私のこと、私よりもよく分かってる。なんで?」
「発汗、視線の動き、言動、服装、反応するワード、エトセトラを類似した人間のパターンに当てはめるだけ」
「ふふ。ちょっと気持ち悪い、ね」
広の表情と言動はまるで一致していない。やっぱりあべこべじゃん、と優希は心中で呟く。
「うん、だから広以外には基本言わないようにしてる。人生なんてその人の自由だし。余計なお節介はしない方が良いよなって」
「私には良いんだ。……やっぱり優希は私のことよく分かってる。そういえば、今日はどうしたの?」
「ん?広がもうすぐ卒業するって言うから見に来た。単位足りてるんだっけ?」
「うん、授業はもう受けなくて良い。暇だから図書館で論文を読んでたら優希が来たからいつの間にか話し込んじゃったけど」
そう言って、広は机の書類に手を置く。
「2年ぶりに来たけど、私って広以外友達いないからさ。久々に会えて嬉しかった」
そう言って優希は立ち上がる。短い時間しか使えないのは彼女自身の立場によるところが大きい。
「そういえば、優希って社長になったんだよね。……なんで?」
その問いかけに、優希は一言で纏めるとすればどのような候補があるかを考える。程なく、シンプルな回答が出来上がった。
「うーん、沢山の人と出会えるから」
✳︎✳︎✳︎
「都市開発計画について、中小企業の救済はこれでひとまずOKかな。次は人口獲得案の候補を考えてきて。新製品案のCとEはこの方向性で問題ないよ。他は練り直しだね。ウレコムとの共同開発の契約問題は……うん、こちらが譲歩すべきだろうね。信頼構築の問題にもなってくる」
「ニューヨーク支店の土地ですが、地主がゴネて取引価格が上がってきています」
「あー、あれね。もう3ヶ月でしょ、切っていいよ。半分に下げるまで相手にしなくて良い」
ステイブル・カントリー、本社ビル。
最上階では、幹部数十名による定例会議が行われていた。
会議の中心にいるのは若社長、天地優希。
2年前、大学を卒業後に自身の莫大な財産で会社を立ち上げ、僅か2年でアメリカの企業時価総額ランキングトップ100に急成長させた天才である。
「あぁー、つっかれた。じゃ、本日の会議は終了!お疲れ様!」
「「「「「お疲れ様でした!!!!」」」」」
「え、いやそんな規律訓練された軍人じゃないんだから……」
優希の軽い調子とは打って変わって、揃えられた挨拶の後、幹部は室内から退出していく。
一方で膨大な議案を処理し終えた優希は一度伸びをする。そして、同じく室内に残った秘書のオリビアに視線を寄越す。
「なんかさ、やっぱりみんな頑張りすぎてる気がするんだよね。事業拡大はもう少し慎重にやった方が良いのかな」
今、最も勢いのある企業経営者とは思えない後ろ向きな言葉だった。
「会社の成長は社長の責務です。雇用を生み出さなければ、路頭に迷う社員もいます。日本以上にアメリカは実力主義の傾向が強いですからね」
オリビアは、その言葉の真意を理解した上で嗜めなければならなかった。
「まあ、そうだけどさ。世界の労働人口の大半はサラリーマンだ。私は、私の才能で一人でも多くに、幸せな生き方を真っ当して貰いたかったんだよ。だからこそ、自分の理想を詰め込んだこの会社を創った。でも、」
「ブラウン本部長の件、やはり後悔されているのですか」
「私は分かってたからね。……止められる立場だったわけだし」
半年前、巨大プロジェクトを任せていたブラウン・ゲイルが適応障害と診断されプロジェクトを降りたことは優希の中に迷いを生むきっかけとなった。
勤務態度も真面目で、有能だったブラウンの不調に社内の人間が驚く中、優希だけはその兆候を察知していた。
相手と二言三言会話すれば、その人間の本質を見抜く。どういった人生を送り、この先どうなっていくか。どのような人間性をしているかまでも暴いてしまう。
これは優希が幼い頃から備え研磨し続けてきた特異な才能なのだが、本人はこの能力を他人に活かすことに消極的だった。
大抵の場合、人間は理想の自分になろうとする。そして、理想とはその多くが現実から乖離する。優希が見抜く現実は伝えられる側には不愉快なものであることがほとんどだった。
やってみなければ分からない、大変でも夢を諦めたくない。そんな綺麗事を『自由』という概念で正当化する理論にいつしか流されていた。
もちろん、目に見えて問題を抱え込んでいる社員に対しては強引にでも介入したが、中には頑なな人間もいる。ブラウンは正に典型的な事例だった。夢見がちで、その上一途な熱血家。
優希に人を見抜く才があっても、教え諭すことには疎かったというのも一因ではあるだろう。
結果的に一人の人間が不幸になることを(優希自身の認識では)傍観したという事実だけが強く刻まれた。
一度、問題が表面化するとそれ以前に目を逸らしてきたこと全てが気になり始める。
忘れるよう努めていた歯車の歪みを意識する感情は日に日に強くなっていった。
その停滞が振り払われるように、オリビアは秘書として自身の役割を遂行する。
「3時からは黒井社長との打ち合わせです。車は既に待たせていますので、お乗りください」
「あー、黒井さんかぁ。なんか、紹介したいアイドルがいるって言ってたよね?……アイドルかぁ」
「何か?」
「いや、飽くまで分析対象の一環としか見てなかったんだけど、本格的に勉強してみようかなって。友達へのアドバイス目的でさ」
「なるほど。天地社長の助言であれば値千金でしょう」
オリビアの信頼のこもった激励に優希は思わずといった様子で苦笑する。
「いやー、あいつに適切な
「はい」
予定時間の15分前に、961プロ社長の黒井崇男は既に到着していた。
日本が主な活動拠点である黒井が、海外にビジネスで足を踏み入れるのは、折角のコネを有効活用したいというのもあるが、彼自身の嗅覚によるところが大きい。
この獲物を逃してはいけない。一目、天地優希を見た時から黒井はそう思っていた。
「天地社長、ご無沙汰しております。またこうしてお仕事をご一緒させていただけるとは光栄です」
そんな黒井の形式ばった挨拶、その裏にある打算に気づきながらも優希は本心から応じる。腹に一物を抱えていることも適性の形には違いないのだから。
「ありがとうございます。私もお会いできる日を楽しみにしていました。そちらの方は」
「白草月花。
相手の立場がなんだろうと、謙らない。自分を曲げない。威風堂々とした立ち振る舞い。黒井は慌てて声を上げる。
「おい!月花!」
優希は特に気にしていないと、黒井に告げ月花に向く。剥き出しの本心には笑みで返す。そうして放った言葉は、実に彼女らしいものだった。
「あー、ごめんなさい。興味のないことはあんまり覚えられないんですよね。アイドルについてはこれから知っていこうかなと」
次は月花が笑う番だった。挑発で返答することも忘れない。
「ほう。アイドルについて知りたいと?なら、私のステージを見ろ。貴様のド肝を抜いてやる」
「月花!頼むから黙っていろ!!」
ますます慌てる黒井を尻目に、優希の興味は高まっていた。
「良す良す。是非見たいですね。いつあるんです?」
「天地社長、しかし……」
渋る黒井とは反対に、優希と月花はますます意気投合し始めていた。
「アイドルの売り込みはやっぱりステージでしょう。月花さん、あなたの運命を私に見せてくれませんか?」
「運命だと?おかしな言い回しを……。来週の日曜、ここに併設されているドームでやる予定だ。特等席で見せてやる」
なし崩し的に決まったライブ鑑賞。黒井社長の提案が月花に関わることもあり、ライブ鑑賞もその一環ということで日程が組まれた。
そして、ライブ当日。
「ーーー見えているぞ、ちゃんとな」
「ーーーッ!」
白草月花のパフォーマンス終了。と、同時にファンサ。それは、優希の心を間違いなく撃ち抜いた。
「……美しい」
優希は感動していた。ただ、白草月花には大変申し訳ないことに、彼女のパフォーマンス自体にではない。どのような個性であろうと、プロデュース次第で人を魅了できる何かを生み出せる。そんなアイドルの可能性そのものに希望を見出していた。
無論、優希がこのビジョンに辿り着けたのは白草月花という超一流の才能あってのもの。
アイドルという分野には素人でも、優希の超分析力は月花のステージから創意工夫、ポテンシャル、熱量を生み出す
優希の胸中に、憧れというにはあまりにも傲慢な感情が渦巻く。この美しい現象を自分の手で
一人でも多くの人間が、ありのままの自分で輝けるステージを生み出したい、と。
「どうだ。私のステージは?」
舞台裏。ライブ直後とは思えない優雅さでもって、月花は優希に問いかける。
「凄かったです。いつか世界一のアイドルになるんだろうなと。そう思えるステージでした。……でも、私はもっと先の景色が見たい」
「……なんだと?」
「今回のステージ以上。世界ですら収まりきらないような人間の想像の最高到達点。そんなステージを私なら創り出せる」
その答えに月花は眉を顰める。根拠のある自信であれば彼女は心地良さすら纏って受け入れただろう。しかし、自身の観察眼がそれを否定する。
「大言壮語だな。お前にアイドルとしての才能は……ないとは言わんが、将来性を加味しても私を超えられるほどとは思えん」
「なるほど、月花さんの視線に違和感があったんですが、突出した観察眼によるものでしたか。もちろん、私はトップアイドルの器じゃないでしょうね」
突き放すような言葉に優希は薄く微笑む。自分の運命など、他の誰よりも把握しているという絶対の自信でもって。
「何……貴様、言っていることが矛盾していないか?」
「別にしてないですよ。この世に生きる全ての生き物には適性がある。全ての人間が自分の運命を真っ当すれば、その足跡はこの星の外にすら届く。……世界一じゃ物足りない。私は『No2』として、
ここにきて、初めて月花が呆けた表情を見せる。しかし、それは次第に笑みへと変わっていった。驚くべきことに、常識外れの世迷言としか思えない優希の構想を頭で解釈し、この短期間で消化しつつある。
ぶっ飛んだ感性だ。自分を棚に上げて優希はそう思った。
「クックッ……ハーッハッハッハ!!……ああ、十分だ。お前の才能は私には測れん。その片鱗だけは見せてもらった。次は実績で証明してみせろ。口先だけの女ならいずれ記憶から消すだけだ」
初対面の時とは別人のように上機嫌で去っていく背を見つめながら、優希は思い出したように呟く。
「うーん、月花さんをアイドルの見本として説明するのは……流石に広でも理解できないかもなぁ」
学年 3年1組
氏名 白草 月花(しらくさ げっか)
ランク-「S」
歌唱力-S
表現力-S
ダンス力-S
カリスマ-A+
???-?
極月学園唯一のSランク。
海外では既に大勢のファンがおり、今後に大きな期待が寄せられている。
セルフプロデュースでこの領域に至った圧倒的な才能は底知れない。
懸念点は、自分に並べる才能に恵まれなかったこと、といえるかもしれないですね。
私が
次回: 『No3』のキューティー・ハニー