【SENSE~Beyond the blue sky.~】   作:柳川 秀@尾上 愛【新人Vtuber】

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第02話【友】

 

 

 

 春には山桜が陽気を誘わせ、夏には向日葵が背丈を伸ばす。

 秋には金木犀が匂いを漂わせ、冬には八手が積雪を耐える。

 それが虚川家の庭の四季を彩る風情だ。

 

 7月中旬の今は、俺の背を越した向日葵が4本仲良く並んでいた。

 黄色、黄色、1つ青いの飛ばして黄色、黄色……ん?

 

「なんでここにいる!?」

 

 向日葵とは正反対の、水色の長髪と水色の目。白い肌に対照的な黒いワンピース。

 見誤るハズもない。数時間前――今日の昼休み、SENSEを目覚めさせるため俺を殺そうとしてきたあの少女、ゼロだ。

 

「あの男から聞かなかったのか? 私たちゼロは契約者と共にいる義務がある。四六時中な」

 

 そういえばそんなこと言っていた気も……ん?

 

「四六時中? 風呂も寝てるときもか!?」

「何を想像してるんだ、気色悪い」

 

 辛辣。

 

「それで? お前は立ち話が好みなのか?」

 

 家に上げろと言うのならストレートにそう言った方がまだ人当たりはいいと思う。

 

 ゼロに聞こえるようにわざと大きく溜め息を吐いてから、俺はその脇を過ぎて、背負っていたスクールバッグを玄関前に置いた。

 ズボンのポケットから鍵を取り出し、玄関ドアを開け、ようとして止まる。

 

「待てよ……? 母さんも父さんも共働きで今いないが――」

「親の居ぬ間に女を連れ込むことが気になるのか、気色悪い」

 

 辛辣。

 

「野卑滑稽な冗談はさておき。私の姿はSENSEを宿す者以外には見えない。心配は無用だ。見せようと思えば見せることも可能だがな」

「……じゃあ、まぁ、どうぞ」

 

 そうして天使というか悪魔みたいな奴を家に入れた。入れるしかなかった。

 

 虚川家は平屋の2LDKで、玄関から真っ直ぐに廊下を進むとダイニング、その先にリビングがある。

 廊下の途中には、玄関から見て左側に俺の部屋への入口があり、反対側に行くとトイレと洗面所、風呂だ。両親の部屋はリビングの奥から行ける。

 

 まず家に入ってすることは、自室にバッグを投げ入れて、洗面所で手を洗って、バッグから水筒を取り出して流しに

 

「ってオイ」

 

その間に、ゼロは勝手に冷蔵庫から麦茶を出していた。同じく勝手に食器棚から取り出されただろうガラスコップに注いでいく。

 

「何か?」

「何か? じゃないが。人の家だぞ」

「小さい男だな。少しは豪放磊落になれないのか」

 

 何を言っても無駄だろう。

 諦めて、水筒を流しに漬けて、自分の分のコップを棚から取り出して、麦茶の容器をテーブルに座るゼロから取り上げる。

 

「お前、SENSEや戦いの説明をしに来たんじゃないのか?」

「ぬ? 閑話休題は嫌いか?」

「好きじゃないな」

「フッ、良いだろう。ならば、まずはSENSE自体の説明からだ。一言一句聞き逃すな」

 

 注いでからゴクゴクと一気に飲み干して、俺はゼロの向かいに座った。

 

「そのコップ、浮かせてみろ」

 

 言われるがままにSENSEを発動して――左目だけ閉じて念じることでなんとなく発動した感覚がある――、自分のコップを浮かせてみせる。

 

「今、左目から黒い光線が出たのが分かったか?」

「いや……そうなのか?」

「無理もない。意識すれば目で追うことも可能だが、速いからな。その光線が当たらなければSENSEは効果をもたらさない。対象が視界から外れたとき効果は消える。完全に消えるまでは多少の余韻がある」

 

 なるほど。だからあのとき、瞬きしたら鉄人間と化していたコイツが落ちてきたワケだ。

 わざと目を閉じてコップをキャッチして、もう一度SENSEで浮かせる。……ああ、なんとなく見えた気がする、黒い光線。

 

「コップ程度では問題なかろうが、浮かばせられる重量には限界がある。重い物を浮かばせようとすれば左手に痛みが走るハズだ」

「たしかに、お前を浮かばせてたときはかなりキツかった」

「乙女を重いと言うか。さぞ異性と関わりのない人生を送ってきたんだろうな」

 

 辛辣。

 

「とはいえSENSEは成長する。視界から外れた後、効果が解除されるまでの余韻も伸びていく。また、発動中は身体能力も強化されるが、その度合いもSENSEの成長に連れて高まる。いずれは乙女くらい浮かばせてみせろ」

「ハッ、お前をか?」

「私は無理だ。狭間のゼロの契約者を除き、SENSEはゼロ及び他の契約者には発動できない」

「鉄人間になったお前には使えたが?」

「アレは契約前の、SENSEがお前を侵す前の暴走状態だったからできたことだ」

「なるほど……待て、狭間のゼロ?」

「私たちゼロには3つの種類がある。始まりの値、狭間の値、終わりの値。戦いは3人1組のチーム戦だ。迅速果断に集めねばな」

「ダサイの話を聞いたときから思ってたが……チームっておかしいだろ。支配者って1人じゃないのか?」

「聡いな。戦いは契約者が残り6人になるまで続く。その後は――」

「その後は?」

「支配者様のみぞ知る」

 

 なんだそれ……。2チームまで減った後はトーナメントでもあるのか?

 もしそうなら、チームメイトは同時にライバルってことになる。余程信頼を置ける相手でないとチームを組むのは危険、そういうことも考えなければならない。

 ……となると、ますますどうやって集めるんだ、そんな奴ら。

 

「そもそも、1人除いて相手にSENSEを使えないって言うんなら、俺たちはどうやって戦うんだ?」

「狭間のゼロの契約者を除き、他の契約者には武器が支給される。もとい、私たちゼロが武器になる」

「は?」

 

 ゼロが目を瞑って体に光を纏う。それがどんどん強まって、目が開けていられなくなって、落ちてくるコップを勘でキャッチして、それから――。

 光が収まると、ゼロの姿はなくなっていて、テーブルの上に数本のナイフだけがあった。

 

「……ゼロ、お前なのか?」

(ああ。この状態でも契約者たちとは意思疎通が可能だ。丁寧に扱わないのならお前を刻むことになるぞ)

 

 ナイフを1本拾い上げてみる。黒い木製の柄は金属でないハズなのに、鉄人間になったゼロの手と同じくらい冷たかった。

 

「コレで刺し殺せっていうのか?」

(安心しろ。戦いが終われば、負傷者は私たちゼロで回復できる。脱落者の記憶消去も兼ねてな)

 

 なるほど、そういうことなら幾分か気が楽になる。

 

 握っていた物も含め全てのナイフが光って、パッという音と共に弾け、それらは瞬時に集ってゼロの姿に戻った。

 さっきの時間をかけて武器になるのとは大違いだ。グラウンドで羽を見せてきたときといい、そういう大袈裟な演出が好きなのかもしれない。

 

「……そもそも、SENSEは宿主の生き方が反映された能力って言ってたよな? 『浮遊』ってなんだ? 俺が地に足ついてない生き方してると?」

「私に聞かれても知らぬ。お前自身のことだろう?」

「まぁ……それはそうなんだが……」

 

 ゼロが麦茶を飲み干して、コップを静かにテーブルに置いた。

 

「死後の世界を『常世』と呼ぶ者もいる。常に変わらず固定された世界、だそうだ。対してこの世界は『浮世』と呼ばれる。魂が自由に動き回れる世界、とな。『遊』……元は『游(さんずいのゆう)』だが、それにも動き回る、生きるという意味がある。つまり――」

「つまり?」

「ただ生きているだけ、という意味かもしれんな」

 

 辛辣。

 

「他に質問があるか?」

「まぁ、色々ありはするが……お前たちってゼロっていう名前しかないのか?」

「ぬ?」

「始まりも狭間も終わりもゼロなんだろ? 個体を識別するための、固有の名称があるんじゃないか?」

「フッ、聡い奴だな。……ありはする、が、私たちの名の付き方は人間のソレとは大きく異なる」

「別に、バカにするつもりはない」

 

 お前と違って。

 

「……。ツキヨネ、月夜に音と書いて月夜音(ツキヨネ)だ」

 

 ――真っ暗な夜闇に浮かぶ青白い月。透き通るような澄んだ声音。

 

「なんだ、ピッタリじゃないか」

「……寒気がした」

 

 辛辣。ホント辛辣。

 

「お前はカゼだったな。電光朝露の付き合いかもしれんが」

 

 月夜音が右手を差し出してくる。

 

「私たちは一蓮托生だ。よろしく頼む」

「……ああ」

 

 握り返したその手は、小さくて、冷たかった。

 

 

 


 

 

 

 虚川家は高校のある大迫山の麓にある。家の前の道を左に行って、左カーブの坂を上り切ればすぐ学校だ。

 訂正、すぐではない。坂は中々に急勾配で、陸上部とかのスタミナ自慢でなければ学校に着く頃には息を切らしているのが当たり前だ。

 

 坂を上る途中、歩道の右を沿う道路のさらに右、森からは狸とか猿とか犬とかが出てくることもある。

 猪や熊は今のところないが、熊除けの鈴を全生徒のスクールバッグに付けるべきだ、というPTAの意見もあるそうだ。

 ……山猿や野良犬でも充分怖いけどな。

 

 そんな田舎なのと少子化の影響をモロに受けて、子どもの数はかなり少ない。

 小中高全て、近隣の学校を全部合併してやっと2クラスを保っている。

 

 そうとなれば、ほとんどの奴が小さい頃からの仲になるのは自然なことだろう。

 俺は幼稚園や保育所ではなく、プロテスタントの教会がやっていた小さな託児所育ちなので、物心ついた頃からの顔見知りはそこに通っていた5人だけだが。

 

 その中の一人、坂の入り口で反対側の道から来たのが

 

「おはよ、カ~ラス!」

 

藤森 麻実(フジモリ マミ)。四白眼とゆるふわカールの黒髪が特徴の女子だ。

 

「誰がカラスだ」

「もぉ~。おはよう、はぁ~?」

 

 頬をツンツンしてくるのをペシッと払い除ける。

 

「おはよう」

「うんうん、それでよろしい!」

 

 ニッコリ笑って満足気。納得したなら別にそれでどうでもいい。この絡みにも慣れている。

 

「そういえば昨日、保健室行ってたけど大丈夫なの?」

「ん? ああ、別に何とも」

「変な物でも食べた~?」

「……そんなとこ」

「何か隠してる?」

 

 なんで分かるんだ、コイツ。

 

「おー? 何々? 朝っぱらから夫婦喧嘩?」

 

 長い坂を上っている途中、後ろからちょっかいをかけてきたのは

 

「クッソ笑える。ネタにしてい?」

 

堂島 篤史(ドウジマ アツシ)。コイツも5人の中の1人で、赤毛の天然パーマを白いヘアバンドで上げたお調子者。新聞部に所属していてネタ探しに余念がない。

 記事にされたくなくて忌避する奴も多いが、そんなことも通じずいつの間にか現れたコイツにネタを持っていかれる、っていうのがほぼ全生徒で共通になっている。

 

「良いよ~?」

「良くねぇよ」

 

 腕に絡みついてきたマミをバッと振り払う。

 

「ノリ悪ーい!」

「ノリわっるぅ」

「うぬ。ノリが悪いぞ」

 

 最後のは月夜音だ。それが義務なのか面白半分なのかは分からないが、他の奴に見えないのを良いことに学校までついて来るつもりらしい。

 もちろん俺は3人まとめて無視する。

 

 ……マミやアツシたちのおかげで、昔はクラスの中心の方にいれた。

 そして、今でもコイツらはその頃と同じように、俺を明るい場所に連れ出そうとしているんだと思う。

 大きなお世話だ、とまでは言わないが、俺にそこまでの労力割く必要ないのに、と感じずにはいられない。

 

「オイオイ、朝から絡まれてんなぁ!」

 

 続いて、背後からダダダと走ってきて

 

「カーゼっ!」

「痛っ!」

 

ガシっと肩を組んできたのは、これまた幼馴染の鷹山 一(タカヤマ イチ)で――

 

「その女、ゼロだよな?」

 

珍しく小声で低く囁くものだから、ゾッとさせられた。

 

「放課後、山裏公園に来いよ」

「あ、ああ」

「お? ワンワン、何コソコソ話してんの?」

「ワンワンって呼ぶなアツシィ!」

「おーっと怒らしちった。退散退散~」

「待てゴラァ!」

 

 駆け上がっていく2人に目を向けて固まっていると、

 

「カラス?」

 

隣にまだいたマミが聞いてくる。

 

「どうしたの? 汗かいてる?」

「あ、暑いから……暑いからだ」

「そ? 大丈夫?」

 

 いや、全然大丈夫ではない。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 高校の隣には中央運動公園がある。

 山の上なのに中央とついているのは腑に落ちないが、43,000㎡と結構大規模で、陸上競技場と体育館の他に野球場とテニスコートまである。

 

 その裏の歩道を通ると道路に出て、右に行けば何軒か家があり、通学時に上った道と合流する。アツシの家もその何軒かの中にある。

 左に行けば太陽光発電所があり、さらに進んで山に入って高速道路の上を越えれば集落が存在する。悪徳な業者がちょっと頭の弱い人たちを騙して買わせたのだと、母が語っていた。

 

 山裏公園は太陽光発電所のすぐ隣にある。これもまた何故そんな所にあるのか分からないものだ。

 公園とついてはいるが、遊具は鉄棒が大小2個と小さい砂場があるだけ。その鉄棒も錆びているし、砂場は野良犬の便所になっているので使われていない。

 1980年代前後にはヤンキーがよくカツアゲや喧嘩するのに使われていたらしい。

 

 立地的にも設備的にも人が寄り付かないのは今でも変わらなくて、イチは俺をそこに呼び出した。

 

「ぬ? 何故そんな浮かない顔をしている?」

 

 放課後、俺と月夜音はそこに向かって歩いている。足取りは重い。

 

「授業にも集中できていなかったな?」

「それはお前が隣で『つまらない』『簡単すぎる』とか呟いてたからもあるけどな」

「あ奴は友なのだろう?」

「無視か」

「私が見えていたということはSENSEを宿しているということだ。狭間か終わりの契約者ならば、仲間に引き入れれば良い」

「それが問題なんだろ。始まりだったら、その場で戦闘に発展するかもしれない」

「怖気づいているのか? それとも、友とは戦えぬか?」

「……そもそも、別に友達ってワケじゃない」

「あれだけ親しくされていてそう言うか」

 

 痛いところをチクチクと刺してくるな、コイツ。

 

「お前は自分のことを『輪』の外にいると思っているらしいが、朝の2人と言い、水魚之交の者はいるではないか」

「もうとっくに気づいてるんだろうが、俺は自分が嫌いなんだ」

「だろうな」

「……。アイツらは良い奴らだ。だから、大切な奴らの中に大嫌いな自分が混ざるのが許せないんだと思う」

「バッカじゃねぇの、カーゼっ」

 

 公園の奥でイチは待ち構えていた。自分の所属している野球部から拝借してきたのか、金属バットを肩に担いでいる。

 

「……お前に解るかよ」

「解んねぇよバカの考えなんざ」

 

 睨みつけながら車止めポールの間を縫って公園に足を踏み入れた。

 黒く染まったイチの左目に書かれている白文字は――

 

「『硬化』ッ! 硬く結んだ意志が俺の能力! 契約したのは終わりのゼロだぜ」

「! 俺が契約したのは始まりのゼロ、月夜音だ! だったらチームを――」

「いいや組まねぇ!」

「なっ!?」

「今はまだ、な!」

 

 イチがバットの先を俺に向けてくる。

 

「カーゼっ。テメェ、どんだけ本気なんだ?」

「本気……?」

「星の支配者ってのはテメェが昔から大好きなヒーローだ。『ヒーローになりたいから』、そんな程度の甘ぇ考えで、人様を殴れんのかよ」

 

 バットにイチのSENSEが当たる。振り下ろされ叩きつけられて、ガンっという鈍い音が鳴った。

 

「これはテストだぜ、カーゼっ」

 

 イチがこちら目掛けて走ってくる。

 左目を閉じて念じて、SENSEを発動させて、隣の月夜音がナイフに変身したのは分かったが、そっちに顔を向けるより先にイチの前蹴りが迫ってくる。

 

「ッ!」

 

 寸での所で両腕を使いガードした、が、思いっきり蹴り飛ばされて背中は車止めに衝突した。

 

(無事か?)

 

 背中の痛みもあるし、受けた両腕はビリビリと痺れているし、一撃で格の違いを思い知らされた気分になる。

 身体能力の強化はSENSEの成長度に依る。元々昔から荒っぽいイチの蹴りでコレなら、硬化されたバットを生身で受けるなんて自殺行為に等しいだろう。

 

「他人の気持ちへし折ってでも前に進めんのかよ、テメェが」

 

 よろめきながら立ち上がろうと懸命な俺に、イチはゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「お前の言う通りだ……。俺は……ただ、自分が納得したいだけで……俺の夢なんて、他人の夢差し置いてまで叶えるような価値なんか……」

「夢の価値なんか知ったこっちゃねぇ! そうやって誰かに道を譲って、譲り続けて! それで納得なんかできんのかよ、ええッ!?」

 

 胸倉を掴まれて無理矢理起立させられる。

 イチの顔は、口調は怒っているのに少し寂しそうに見えた。

 

「テメェはずっとそうだ! 自分より相手のが価値があるって勝手に決めつけて! 頼んでもねぇのに離れて行って! そのクセやっぱり寂しがりやがって! この、馬鹿野郎がァ!!」

 

 俺の左頬にめり込むイチの右ストレート。

 再び身体は宙を舞って、今度は小さい方の鉄棒の柱で背中を打った。

 咳と同時に血が口から飛び出す。ぷるぷる生まれたての小鹿みたいに震える足腰を制して立って、揺らぐ視界で月夜音のナイフを探す。

 

「それでもテメェが他人の方ばっか優先するってんなら! 俺の夢を教えてやるよ!」

 

 殺らなきゃ、殺られる。

 イチの向こうに落ちていたナイフにSENSEを当てて、背後から奇襲させた。

 

「俺の夢はなァ!」

 

 イチはそれらを振り返ることもなくバットで叩き落とした。

 

「テメェが納得して、笑顔になることだ!!」

「なんで、そこまで……」

「決まってんだろッ! 友達だからだろうが!!」

 

 再びバットに当てられるSENSE。躊躇いもなく俺に突っ込んでくる、野球部の細身で筋肉質な体。

 イチが、俺の本気を質す問いが、俺を本気で思ってくれる友達が、俺が納得するための最初の壁が迫ってくる。

 

「カァァァゼェェェっ!」

「イチ……ッ!」

 

 俺は……。俺は、報いたい。

 こんな俺をまだ友達だと思ってくれるコイツらに、「お前と友達で良かった」「お前と会えて良かった」って思われたい。

 

 ――そうやって他人を大事にできれば、自分のこと、少しは好きになれると思うんだ。

 

 山裏公園の地面は、どこの公園とも同じただの土だ。手入れされていないので所々雑草が生え、ヒビが入り、小石も転がっている。

 小石を数個浮遊させてイチの足元から顔面に向かって飛ばす。当然全て片手で払い除けられる。

 その一瞬の隙に向かって右脇をスライディングで通り抜けて、ナイフをSENSEで拾い上げて、手にして、振り返る。

 分かる。イチも振り返っている。振り返った勢いのままにバットで俺の頭を叩き砕くつもりだ。

 だからこれは、どっちが速いかの、刹那の勝負だ。

 

「ッ……!」

 

 右手に持ったバットを振るイチの左回転と、右手に逆手で持ったナイフを刺す俺の右回転。

 振りの大きさの差から、届いたのは俺の方だった。

 

「ああ……!」

 

 イチの左脇腹から、ナイフの刺さった箇所から白いシャツにじんわりと赤が滲む。

 

「バッカお前……勝った方がする顔じゃねぇだろ……」

 

 倒れながら、イチは満足そうに、納得したという風に笑って、サムズアップしていた。

 

 

 


 

 

 

「お前をバカ呼ばわりしていたが、こ奴も相当のバカだな。頑固一徹を擬人化したような奴だ。友の覚悟を確固たるものにするため、ここまでやるとは」

 

 ナイフから姿を戻した月夜音の手が、公園で倒れたままのイチの負傷箇所に添えられている。そこはほわっと光っていて、シャツに滲んだ血が徐々に消え、脇腹に空いた穴もゆっくり塞がり始めていた。

 

「へへっ。なんだよ、俺の漢気に惚れたか?」

「バカなことを言う。いや、バカだから仕方もあるまいか」

 

 俺はというと、腰を抜かしてその場にへこたれて、右手をグーパーしながら友達を刺した感覚を反芻していた。

 良い感覚ではなかった。覚えていたいと思うようなものではないし、況や繰り返したいをやだ。

 それでも、これから先この感触を何度も何度も味わうことになっても、立ち止まりたくない。

 

 多分、戦いの中で出会う奴らの中には、とんでもなく高尚な考えや心の底から世界を良くしてやろうって奴らもいるんだと思う。

 相変わらずソイツらの方が星の支配者に適しているって気持ちはある。自分を卑下する気持ちがないと言えば噓になる。

 でももう関係ない。俺には、コイツみたいな奴がいればそれだけで百人りk

 

「うちのが迷惑を掛けたな、坊主」

 

 頭上から響くドスの効いた重低音ボイス。見上げると、瘦せ型で頬に大きな傷跡のある、明らかにカタギじゃない大男がいた。

 

「お前の傷も治し――」

「すいませんでした」

「なんで謝る?」

「カーゼっ、なにビビってんだよ。ソイツが俺の契約したゼロ、暁海(アカツキノウミ)だぜ」

 

 「相撲取りみたいな名前だな」なんてパッと思いついた軽口を叩いていいような相手には全く見えない。

 腰を抜かした後さらに驚くと今度は腹から上の力が抜けるようで、地面に突いて体を支えていた腕がカクンと曲がり、俺はふにゃんと情けなく地面に横たわった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 それをイチの攻撃によるダメージでそうなったのだと勘違いした暁海が手を添えてきて、月夜音と同じように光らせながら傷を治していく。

 

「ちなみに長ぇから俺はアカウミって呼んでる。意外とノリ良いぜ、ソイツ」

「久しいな暁海。いや、こ奴に倣ってアカウミと呼ぼうか?」

「好きに呼べ、月夜音」

「なんだ、お前ら知り合いかよ?」

「私たちゼロにも友と呼べる間柄くらい存在するさ。もっとも、お前たちみたいに熱いものではないがな」

 

 フフっと、月夜音が微笑んだ。昨日出会った仲だから当たり前なのに、初めて笑っているところを見た。

 

「それで? お前はいつまでへこたれているつもりだ?」

 

 イチの治療を終えて、アカウミによる俺の手当ても済んだろうと手を差し伸べてくる月夜音。

 表情はもう真顔に戻って、というより呆れたような顔になってしまっていたが

 

「先が思いやられるな」

「……まぁ、信じてついて来いよ」

「ほう、大言壮語を吐けるようになったか。お前の行く末が楽しみ、だっ」

 

引き起こしてきたその手には、昨日は気づけなかった温かみが僅かに存在した。

 

「っし、じゃあ後は狭間のゼロと契約者を見つけりゃいいんだよな! さっさと探して、アツシとヨシヤより先に見つけようぜ!」

「は?」

「あ?」

「あ? じゃないだろ。まさか……アイツらもSENSEを持ってるのか!?」

「そうだけど?」

 

 そうだけどじゃないが。

 

 

 

【続】

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