新米鍼灸師、つぼみのぽかぽか実習日誌 〜ひねって もんで ひびかせます!~ 作:碧河 蒼空
「……ただいま戻りましたぁ……」
学校が終わって『なごみ』の暖簾をくぐった私の声は、心なしかいつもより元気がなかった。
「おかえりつぼみちゃん! 今日も一日お疲れさま……って、ありゃ? なんだかいつもよりヨモギの匂いが濃いねぇ。つぼみちゃん、学校でお灸してきたんだね!」
あずきさんがカウンターから身を乗り出して、クンクンと鼻を鳴らす。
私は気まずそうに、実習着から着替えたあとのスカートの裾を少しだけ捲り、自爆の跡が残る自分の脚を見せた。
「あちゃー! これ、お灸の跡だね。しかもかなり『気合』が入ったやつ!」
「……九条先生、あずきさん、すみません。学校で初めて艾をひねったんですけど、緊張しすぎてガチガチの岩みたいな艾を作っちゃって……」
奥でカルテをチェックしていた九条先生が、眼鏡の縁を指で押し上げながらこちらに歩いてきた。そして、私の脚に残った真っ赤な点――通称『実習の勲章』をじっと見つめる。
「……ひねりすぎね。艾の繊維を殺しているわ」
「うう、面目ないです……。熱さが降りてくるのが遅いなと思ったら、最後の一瞬で焼けた針みたいな熱さが襲ってきて……」
私が肩を落としていると、あずきさんが「わかるわかるー!」と笑いながら私の肩を叩いた。
「私も最初はよくやったよ! 『効かせなきゃ!』って思うと、ついつい指先に力がこもっちゃうんだよね。でもそれ、お客様にやったら大変なことになっちゃうから、まずは自分の肌で体験できて良かったじゃない!」
「あずきさん……」
フォローに感激していると、九条先生が私の手を取り、指先を確認した。
「指先の感覚がまだ『押す』ことしか覚えていないのよ。いい? お灸をひねる指は、艾と対話するためのアンテナよ。……あずき、準備して」
「はーい、待ってました!」
あずきさんが素早く、練習用の艾と線香を持ってきた。
「つぼみ。今からあずきが、あずきの指で、あなたの腕に『理想の軽さ』を据えるわ。それを自分の肌で、そして指で覚えて帰りなさい」
九条先生の言葉に、私はごくりと唾を飲み込む。
あずきさんが左手の二本指を軽やかに動かす。学校で見た先生の手本よりも、もっと自然で、もっと柔らかい動き。
「いくよー、つぼみちゃん。これが『なごみの温度』だよ」
チリッ。
一筋の煙が上がり、独特の香りが立ち上る。
私の腕に届いたのは、鋭い刺すような痛みではなく、じわぁ……っと春の日差しが差し込んでくるような、どこまでも優しい、芯まで溶けるような熱。
「……あ、あたたかい……」
「これが『透熱(とうねつ)』よ。表面を焼くのではなく、熱の芯を奥へ届ける。そのためには、艾の中に『遊び(空気)』が必要なの。あなたのガチガチお灸とは正反対のね」
九条先生の声が、昨日の真空密着の時とは違い、どこか温かく響いた。
「……はい。私、明日からもまた、ひねる練習頑張ります!」
自分の不器用さに凹んでいたけれど、この「優しい熱」を知っていることが、きっと私だけの武器になる。
夕暮れの『なごみ』。
私は脚のヒリヒリした痛みも忘れ、あずきさんがひねったふわふわの艾の感触を指先でなぞりながら、何度も何度も「二本指の魔法」をイメージし続けた。
……その後、メイちゃんから「つぼみーん! あれから腕がずっとヒリヒリして、お風呂に入るのが怖いよぉ……」という泣き言のメッセージが届いたのは、また別の話。