新米鍼灸師、つぼみのぽかぽか実習日誌 〜ひねって もんで ひびかせます!~   作:碧河 蒼空

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灼熱の弾丸

 その日は、朝からしとしとと雨が降っていた。

 湿気を含んだ空気は少し重たくて、授業で習った“体の中に『湿』が溜まる”という言葉を地で行くような天気だ。

 

「……おはようございます」

 

 学校帰りに『なごみ』のドアを開けると、そこにはいつものヨモギの香りが漂っていた。放課後の寄り道で嗅ぐ甘い香りもいいけれど、やっぱりこの匂いを嗅ぐと、背筋がスッと伸びる気がする。

 

「おかえり、つぼみちゃん。今日は雨だから、みんな足取りが重いみたいだねぇ」

 

 あずきさんが、受付のカウンターで指を動かしていた。見れば、実習で使うような艾(もぐさ)を、信じられないほど細い糸のようにひねり出している。

 

「あ、あずきさん。……それ、細すぎませんか?」

「これ? これは『糸状灸(しじょうきゅう)』の練習だよ。熱さを一瞬だけ通すのに使うんだ。つぼみちゃんの『ガチガチお灸』の真逆だね!」

「うう、やっぱりその名前で定着してる……」

 

 私が苦笑いしながら着替えていると、店の入り口のベルがカランと鳴った。

 入ってきたのは、顔見知りの近所のおばあちゃん、タキさんだ。いつもは元気な人なのに、今日は少し腰を丸めて、辛そうに歩いている。

 

「タキさん、いらっしゃい。今日は一段と足元が悪いね」

 

 奥から九条先生が出てきて、そっとタキさんの腕を支えた。

 

「ああ、先生。なんだか今日は、腰から足にかけてが重だるくてねぇ」

「そうね。湿気が体に悪さをしているのかも。……つぼみ、タキさんを三番ベッドへ。横になってもらうお手伝いをして」

「はい!」

 

 私は急いでタキさんのそばに寄り、ゆっくりとベッドへ案内した。枕を整えたり、タオルケットをかけたりする時、その動作の端々からタキさんの辛さが伝わってくる気がした。

 

(腰から足にかけての重だるさ……。学校で習った、骨のデコボコの周りの筋肉が緊張してるのかな。それとも……)

 

 解剖学の図面を思い浮かべようとするけれど、今の私にできるのは、九条先生の流れるような手捌きを一番近くで視ることだけだ。

 

「つぼみ、タキさんの足首を見てなさい。どこに艾を置くと思う?」

 

 九条先生が、あずきさんのひねったふわふわの艾を手に取る。

 

「ええっと、冷えに効く場所……ですよね。あ、そこ、少し肌の色が他と違って見えます」

「……いい眼ね。そこが、今のタキさんの状態を知るための入り口よ」

 

 チリッ。

 

 一筋の煙が上がり、雨の午後の診察室に、優しい熱が溶けていく。

 九条先生が艾を置く位置、線香を持つ指の角度、そしてタキさんの表情がふっと和らぐ瞬間。私はそれを一秒も逃さないように見つめた。

 

 診察が落ち着いた後。私はあずきさんと一緒に、バックヤードで艾をひねる自主練をしていた。

 

「あずきさん、さっきのタキさんの足首……。先生が置いた場所、教科書の位置よりほんの少しズレてましたよね?」

「お、気づいた? さすがつぼみちゃん。ツボは地図上の点だけど、生きてる体は毎日動くからね。『ここだよー!』って呼んでる場所を探さなきゃいけないんだよ」

 

 あずきさんはそう言いながら、手品のような速さでお灸を量産していく。

「あずきさんみたいに、優しくてふわふわのを作りたいんです。私のはどうしても……」

「どれどれ? ……うわっ! つぼみちゃん、またこれ、ダイヤモンド作ろうとしてるでしょ!」

 

 あずきさんが私の手元を見て、大げさにのけぞった。

 

「違うんです! 途中でバラバラにならないようにって気をつけたら、勝手に密度が上がっちゃって……」

「これじゃ『なごみの温度』どころか『灼熱の弾丸』だよ! ほら、もっと指の力を抜いて。艾とダンスするみたいに!」

「ダンス……!? ルンバですか? ワルツですか!?」

「盆踊り以外ならなんでもいいよ! ほら、シュッとちぎって、ふわっと乗せる!」

 

 あずきさんに指導されながら、私は必死に指を動かす。でも、集中すればするほど私の艾は「シュッ」ではなくギュッと締まっていく。

 

「……あ、できた。見てくださいあずきさん、今度は少し柔らかいかも!」

「んー? どれどれ……。……つぼみちゃん、これ、柔らかいっていうか、ただの『ヨモギの毛玉』だよ」

「うわぁぁん! ちょうどいいが難しいですぅ!」

 

 雨音の響く『なごみ』の片隅で、私の“ちょうどいい”を探す戦いはまだまだ続く。

 でも、タキさんの和らいだ顔を思い出すと、この不器用な指先も、いつかは誰かの助けになれるかもしれない――そんな気がして、私はまた新しい艾を手に取った。

 

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