新米鍼灸師、つぼみのぽかぽか実習日誌 〜ひねって もんで ひびかせます!~ 作:碧河 蒼空
それからの一週間は、まるでお祭りの準備をしている時みたいに、ふわふわと落ち着かない心地だった。
私はすぐにバイトを辞める手続きをして、九条先生に言われた通り、専門学校の入学願書を書き上げた。
ペンを持つ指が少し震えたけれど、それは寒さのせいでも、発作の予感のせいでもなかった。
「よし……!」
薄っぺらな封筒をポストに落とした瞬間、私の「本気」が形になった気がした。
そのまま、私は二度目の『なごみ庵』へと向かう。
今日は、弟子——という名の雑用係としての、記念すべき初出勤の日だ。
路地裏の角を曲がると、前回と同じ、あのツンとしたお灸の香りが漂ってくる。
でも、今日はその香りに、少しだけ甘い匂いが混ざっていた。
ガラガラ、と扉を開けると、そこには九条先生ではない、別の女の子がいた。
「あー! 来た来た! 先生が言ってた『もやしっ子ちゃん』だよね!」
カウンターの中から身を乗り出して、元気いっぱいに手を振る女の子。
高い位置で結んだポニーテールが、彼女の動きに合わせてぴょこぴょこと跳ねる。
「あ、えっと、今日からお世話になる、佐藤つぼみです……」
「私はあずき! 九条先生の弟子一号だよ。よろしくね、つぼみちゃん!」
あずきさんは土間に飛び降りるなり、私の両手をギュッと握りしめた。
その手のひらが驚くほど熱くて、私は思わず「ひゃっ」と肩を竦めてしまう。
「わ、手が冷たーい! つぼみちゃん、本当にお肌が真っ白だねぇ。透き通ってて、なんだか美味しそう……じゃなくて、練習台にピッタリだよ!」
「れ、練習……?」
「そうそう! 先生の技術は国宝級だけど、教え方は超スパルタなんだから。覚悟しなよー?」
あずきさんはニシシと八重歯を見せて笑うと、私の背中をバシバシと叩いた。
その衝撃だけで、私の貧弱な肺が「ケホッ」と小さな悲鳴を上げる。
「あずき、あまりいじめないの。その子、放っておくとすぐ折れちゃうんだから」
奥のカーテンが開き、九条先生が姿を現した。
今日は白衣の下に、濃い紺色の作務衣のようなものを着ている。
その立ち姿があまりに凛々しくて、私はまた、胸の奥がキュンと締め付けられた。
「おはよう、つぼみ。……顔色が悪いわね。昨日、ちゃんと寝たの?」
「お、おはようございます! はい、緊張して、少しだけ……」
「正直でよろしい。……あずき、準備して。まずは掃除。そのあと、つぼみの『身体測定』をするわ」
「はーい! 測定っていう名の、ツボ探し大会ですねっ!」
あずきさんは楽しそうに掃除用具を取り出し、私にバケツを押し付けた。
言われるがままに床を拭き、棚の埃を払う。
少し動くだけで息が上がってしまう私を、九条先生は時折、カルテの隙間からじっと観察していた。
一通り掃除が終わると、先生は施術室のベッドを指差した。
「……さて。そこにうつ伏せになって。あずき、タオルを」
「了解でーす!」
いよいよだ。私は緊張で指先を震わせながら、ゆっくりとベッドに横たわった。
顔を埋める枕からは、清潔なタオルの匂いと、先生がいつも纏っているあの香りがする。
「……失礼するわね」
先生の冷たい指先が、私の首筋から肩にかけて、ゆっくりと滑る。
薄いシャツ越しでもわかる、その繊細なタッチ。
彼女が触れる場所が、じわじわと熱を帯びていく。
「……ひどいわね。骨の周りに、疲れが張り付いてるみたい」
先生の独り言のような呟きが、耳元でくすぐったく響く。
彼女の指が、背骨の横にある一点に止まった。
グッと力が込められた瞬間、私は「あ……っ」と情けない声を漏らしてしまった。
「あはは、つぼみちゃん、いい声出すねぇ!」
横で見守っていたあずきさんの茶化すような声。
恥ずかしさで顔が燃えそうになるけれど、先生の指は容赦なく、私の弱点を次々と暴いていく。
「……ここも、ここも。全部、塞がってる。……これじゃ、息をするのも苦しいはずだわ」
先生の手が、私の腰のあたりで止まった。
そのまま、彼女は私の耳元で、甘く、でも逃げられないようなトーンで囁いた。
「……今日は特別に、一番『響く』やつを一本、打ってあげる。……いいわね?」
私は抗うこともできず、ただ、彼女の指先の感触に身を委ねるしかなかった。