新米鍼灸師、つぼみのぽかぽか実習日誌 〜ひねって もんで ひびかせます!~   作:碧河 蒼空

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学友

 専門学校の初登校日。私は、慣れないリクルートスーツに身を包み、分厚い教科書が詰まったカバンを抱えて立ち尽くしていた。

 校門をくぐるだけで、私の貧弱な肺は早くも悲鳴を上げ始めている。

 

「はぁ、はぁ……。がっ、学校……広すぎる……」

 

 都会の真ん中にあるビル型の校舎。エレベーターを待つ人の列に並ぶ体力さえ惜しくて、私は階段の踊り場で手をついた。

 視界が少しチカチカする。

 九条先生に「体力をつけなさい」と言われたばかりなのに、情けなくて涙が出そうだ。

 

「ちょっと。通路の真ん中で立ち止まらないでくれる?」

 

 背後からかけられたのは、冷たくて、でも鈴を転がしたような綺麗な声だった。振り返ると、そこにはキリッとした眼鏡をかけた、同い年くらいの女の子が立っていた。緩くウェーブのかかった髪を後ろでまとめ、隙のない着こなしをしている。

 

「あ、すみません……。あの、少し、息が上がっちゃって……」

「……喘息? それとも貧血?」

 

 彼女は私の顔をじっと覗き込むと、溜息をついて自分のカバンからペットボトルの水を取り出した。

 

「ほら、飲みなさい。……そんなに顔色を悪くして、これから三時間も座学があるのよ。倒れられたら迷惑なんだから」

「あ、ありがとうございます……」

 

 一口水を飲むと、少しだけ人心地がついた。

 彼女はリンと名乗り、実家が代々続く鍼灸院なのだと教えてくれた。私みたいな素人とは、住む世界が違う人なんだ、と少し気後れしてしまう。

 案内された教室に入ると、そこは独特の熱気に包まれていた。十代の若者から、スーツ姿の男性、そして私よりも年上……なはずなのに、驚くほど綺麗な女性まで。

 その多様な顔ぶれに圧倒されていると、後ろから「わぁっ!」と肩を叩かれた。

 

「つぼみん、だよね!? 私、メイ! よろしくねー!」

 

 元気いっぱいに現れたのは、ショートカットの活発そうな女の子、メイちゃん。

 彼女は私の隣の席に陣取ると、人懐っこい笑顔で私の腕をぷにぷにと触り始めた。

 

「わ、柔らかい! つぼみん、いい筋肉してるねぇ。練習台に最高だよ、これ!」

「あはは……。練習台、なのかな……」

「あら、メイちゃん。そんなにベタベタしたら、つぼみさんが困っちゃうわよ」

 

 おっとりと微笑みながら声をかけてくれたのは、サユリさん。

 落ち着いたベージュのアンサンブルを着こなす彼女は、抜けるような白い肌と、品のある目元が印象的な美人さんだ。

 

「あ、あの。サユリさんは、どうして鍼灸を……?」

「私? ずっと会社勤めだったんだけど、一区切りついたから。……もうすぐ五十になるし、これからは誰かを癒やす側になりたいなって思って」

「ご、ごじゅ……っ!?」

 

 思わず叫びそうになった私の口を、メイちゃんがニヤニヤしながら塞ぐ。

 嘘だ。信じられない。この肌のツヤと、若々しいオーラで五十代だなんて。正直、三十代前半の綺麗なお姉さんにしか見えない。

 

「……ふん。見た目や仲良しごっこをしに来たわけじゃないでしょ。実技の時間は、もっと厳しいんだから」

 

 リンちゃんが最前列で教科書を広げながら、釘を刺すように言った。でも、その耳が少しだけ赤くなっているのを、私は見逃さなかった。

 彼女もきっと、私と同じように圧倒されているんだ。

 チャイムが鳴り、一限目の授業が始まる。教科書を開くと、そこには見たこともない言葉が並んでいた。

 けれど、教室に漂う消毒液の匂いと、新しいノートの香り。そして、隣で消しゴムを貸してくれるメイちゃんの体温と、後ろで見守ってくれるサユリさんの安心感。

 私の世界は、路地裏の小さな鍼灸院を飛び出して、もっと広くて賑やかな場所へと繋がっていく。

 

「……九条先生。私、頑張ります」

 

 心の中でそっと呟きながら、私はペンを握りしめた。

 まだ少し震える指先で、真っ白なページの最初の一行を書き出すために。

 

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