新米鍼灸師、つぼみのぽかぽか実習日誌 〜ひねって もんで ひびかせます!~ 作:碧河 蒼空
翌日の専門学校。
一限目のチャイムが鳴る前に教室へ滑り込んだ私は、自分の席に着くなり、机に突っ伏した。
「……あ、つぼみん、おはよう。……って、朝から魂抜けてない?」
隣の席からメイちゃんが身を乗り出してくる。彼女は相変わらず元気いっぱいで、朝っぱらからメロンパンを頬張っていた。
「おはよ、メイちゃん……。昨日の『なごみ』での特訓が、まだ手に残ってて……」
「特訓? あ、九条先生のスパルタ指導だね! いいなー、私も一度揉まれてみたいよ」
メイちゃんが屈託なく笑う。私は昨日の「真空状態の
「……おはよう。朝から騒がしいわね」
最前列からリンちゃんが振り返り、冷ややかな視線を投げかけてきた。でも、彼女の視線はすぐに私の手元で止まる。
「……何よ。また何か怪しい呪文でも手に書いてるの?」
「ち、違うよ! 昨日の復習をしてただけ。ほら、密着が大事だって言われたから……」
私が指を動かしてバキューム感を再現しようとしていると、後ろの席からサユリさんが上品に微笑みながら口を開いた。
「あら、向上心があるのは素敵よ。でもつぼみさん、今日の実習は『あん摩』じゃなくて、初めてのお灸よ? 予習は大丈夫?」
「……えっ。お灸……!?」
すっかり忘れていた。本科生になって初めての、本物の火を扱う実習だ。
焦って教科書を広げると、そこには『施灸(せきゅう)』という、またしても難しそうな漢字が並んでいた。
実習室へ移動すると、そこには独特の香りが漂っていた。
乾燥させたヨモギの葉から作られる、
「さあ、今日は実際に『ひねる』練習から始めるわよ。きゅう師として、最初の一歩ね」
実習室に、担当の先生の凛とした声が響く。机の上には、黄金色のふわふわした
「いい?左手の親指と人差し指、この二本だけで艾を細くひねり出していくの。そして、右手でスッとちぎって据える。やってみて」
先生のお手本は、流れるような美しさだった。左手の二本指がわずかに動くと、そこには糸のように細い艾の柱ができている。それを右手で米粒大にちぎり、練習用の台座へ次々と立てていく。
「よーし、競争だよつぼみん! 私、こういう細かいの得意……なはず!」
メイちゃんが鼻息荒く艾を掴んだ。……が、彼女の元気すぎる指先では、艾は米粒どころか不格好なジャガイモのように潰れてしまう。
「あ、あれ……? ちぎろうとすると、全部くっついてきちゃう! 助けてぇ、私の指、磁石になってるかも!」
メイちゃんが指をビチビチさせている横で、私は全神経を左手の二本指に集中させた。
(『なごみ』のみんなに、下手なところは見せられない……っ。しっかり、確実に……!)
私は、あずきさんの手元を思い出しながら、必死に指を動かした。でも、緊張のあまり指先に力が入りすぎてしまう。シュッ、シュッ、と音が出るほど密に、密度を上げて……。
「……できた。すごく、しっかりしたやつ」
私の指先には、ダイヤモンドのように硬く、鋭く尖った艾の粒が完成していた。
「わあ、つぼみんの艾、なんか……強そう! 刺さりそう!」
「……ふん。気合が入りすぎて、岩みたいになってるわよ」
リンちゃんが呆れたように指摘するけれど、私は「これなら崩れないはず!」と自信満々に、自分の脚へ据えていった。
いよいよ点火だ。
私は線香を手に取ると、先生がやっていた通り、指先でピンッと灰を弾いてから、艾の先端に近づけた。
チリッ。
一筋の煙が立ち上り、実習室にヨモギの香りが広がる。
……ところが、私の据えたお灸は、なかなか熱が降りてこない。
「……? おかしいな、火はついてるのに……」
「つぼみん、これ、なかなか燃え尽きないね?」
そう思った、次の瞬間だった。
「――っ、あ、熱っ!! 熱い熱い熱い!!」
あまりに硬くひねりすぎたせいで、艾の内部で凝縮された熱が一気に牙を向いた。じわじわ来るはずの熱が、まるで焼けた針を刺されたような鋭い刺激となって襲いかかる。
「ひゃうんっ!?」
私は慌てて指で艾を押し潰したが、脚には真っ赤な跡が。
「つぼみ……あんた、それじゃお灸じゃなくて拷問よ」
リンちゃんにツッコまれていると、隣のベッドからバチバチッ!という激しい燃焼音が響いた。
「あわわわわ! つぼみーん! 私の艾、火をつけた瞬間にキャンプファイヤーみたいに燃え上がったよぉぉ!」
見れば、メイちゃんのひねったスカスカの艾が、一瞬で導火線のように燃え尽き、彼女の練習用の台座で小さな花火大会を開催していた。
「メイちゃん、危ないってば!!」
「もうダメだぁ……。私のお灸、癒やしじゃなくて破壊のエネルギーに満ち溢れてるよぉ……」
ガチガチに硬い私のお灸と、スカスカで爆発するメイちゃんのお灸。
騒がしい実習室で、サユリさんだけが「ふふ、二人とも個性的ね」と、綺麗に並んだお灸を眺めて微笑んでいた。
「九条先生……あずきさん……。お灸って、ひねり方ひとつでこんなに凶器になるんですね……」
腕に残るヒリヒリした熱を感じながら、私は二本指の繊細さを思い知らされた。
私は苦笑いしながら、焦げた艾の残骸を片付け、もう一度艾を手に取った。
次は、もう少しだけ、あずきさんのあの優しい密度に近づけるように。
「メイちゃん、今度は私がひねったやつ……今度は硬くないやつを据えてあげるから!」
「えーっ!? つぼみんのガチガチお灸、貫通しそうで怖いよぉぉ!」
実習室に、また一つ新しい(そして少しだけ煙たい)笑い声が広がっていった。