新米鍼灸師、つぼみのぽかぽか実習日誌 〜ひねって もんで ひびかせます!~   作:碧河 蒼空

9 / 13
はじめてのキュウ

 翌日の専門学校。

 一限目のチャイムが鳴る前に教室へ滑り込んだ私は、自分の席に着くなり、机に突っ伏した。

 

「……あ、つぼみん、おはよう。……って、朝から魂抜けてない?」

 

 隣の席からメイちゃんが身を乗り出してくる。彼女は相変わらず元気いっぱいで、朝っぱらからメロンパンを頬張っていた。

 

「おはよ、メイちゃん……。昨日の『なごみ』での特訓が、まだ手に残ってて……」

「特訓? あ、九条先生のスパルタ指導だね! いいなー、私も一度揉まれてみたいよ」

 

 メイちゃんが屈託なく笑う。私は昨日の「真空状態の軽擦(けいさつ)」を思い出し、無意識に自分の掌を見つめた。あの吸い付くような感覚。アリ一匹通さない密着。

 

「……おはよう。朝から騒がしいわね」

 

 最前列からリンちゃんが振り返り、冷ややかな視線を投げかけてきた。でも、彼女の視線はすぐに私の手元で止まる。

 

「……何よ。また何か怪しい呪文でも手に書いてるの?」

「ち、違うよ! 昨日の復習をしてただけ。ほら、密着が大事だって言われたから……」

 

 私が指を動かしてバキューム感を再現しようとしていると、後ろの席からサユリさんが上品に微笑みながら口を開いた。

 

「あら、向上心があるのは素敵よ。でもつぼみさん、今日の実習は『あん摩』じゃなくて、初めてのお灸よ? 予習は大丈夫?」

「……えっ。お灸……!?」

 

 すっかり忘れていた。本科生になって初めての、本物の火を扱う実習だ。

 焦って教科書を広げると、そこには『施灸(せきゅう)』という、またしても難しそうな漢字が並んでいた。

 実習室へ移動すると、そこには独特の香りが漂っていた。

 乾燥させたヨモギの葉から作られる、(もぐさ)の匂い。

 

 「さあ、今日は実際に『ひねる』練習から始めるわよ。きゅう師として、最初の一歩ね」

 

 実習室に、担当の先生の凛とした声が響く。机の上には、黄金色のふわふわした(もぐさ)が山積みになっていた。

 

「いい?左手の親指と人差し指、この二本だけで艾を細くひねり出していくの。そして、右手でスッとちぎって据える。やってみて」

 

 先生のお手本は、流れるような美しさだった。左手の二本指がわずかに動くと、そこには糸のように細い艾の柱ができている。それを右手で米粒大にちぎり、練習用の台座へ次々と立てていく。

 

「よーし、競争だよつぼみん! 私、こういう細かいの得意……なはず!」

 

 メイちゃんが鼻息荒く艾を掴んだ。……が、彼女の元気すぎる指先では、艾は米粒どころか不格好なジャガイモのように潰れてしまう。

 

「あ、あれ……? ちぎろうとすると、全部くっついてきちゃう! 助けてぇ、私の指、磁石になってるかも!」

 

 メイちゃんが指をビチビチさせている横で、私は全神経を左手の二本指に集中させた。

 

(『なごみ』のみんなに、下手なところは見せられない……っ。しっかり、確実に……!)

 

 私は、あずきさんの手元を思い出しながら、必死に指を動かした。でも、緊張のあまり指先に力が入りすぎてしまう。シュッ、シュッ、と音が出るほど密に、密度を上げて……。

 

「……できた。すごく、しっかりしたやつ」

 

 私の指先には、ダイヤモンドのように硬く、鋭く尖った艾の粒が完成していた。

 

「わあ、つぼみんの艾、なんか……強そう! 刺さりそう!」

「……ふん。気合が入りすぎて、岩みたいになってるわよ」

 

 リンちゃんが呆れたように指摘するけれど、私は「これなら崩れないはず!」と自信満々に、自分の脚へ据えていった。

 いよいよ点火だ。

 私は線香を手に取ると、先生がやっていた通り、指先でピンッと灰を弾いてから、艾の先端に近づけた。

 

 チリッ。

 

 一筋の煙が立ち上り、実習室にヨモギの香りが広がる。

 

 ……ところが、私の据えたお灸は、なかなか熱が降りてこない。

 

「……? おかしいな、火はついてるのに……」

「つぼみん、これ、なかなか燃え尽きないね?」

 

 そう思った、次の瞬間だった。

 

「――っ、あ、熱っ!! 熱い熱い熱い!!」

 

 あまりに硬くひねりすぎたせいで、艾の内部で凝縮された熱が一気に牙を向いた。じわじわ来るはずの熱が、まるで焼けた針を刺されたような鋭い刺激となって襲いかかる。

 

「ひゃうんっ!?」

 

 私は慌てて指で艾を押し潰したが、脚には真っ赤な跡が。

 

「つぼみ……あんた、それじゃお灸じゃなくて拷問よ」

 

 リンちゃんにツッコまれていると、隣のベッドからバチバチッ!という激しい燃焼音が響いた。

 

「あわわわわ! つぼみーん! 私の艾、火をつけた瞬間にキャンプファイヤーみたいに燃え上がったよぉぉ!」

 

 見れば、メイちゃんのひねったスカスカの艾が、一瞬で導火線のように燃え尽き、彼女の練習用の台座で小さな花火大会を開催していた。

 

「メイちゃん、危ないってば!!」

「もうダメだぁ……。私のお灸、癒やしじゃなくて破壊のエネルギーに満ち溢れてるよぉ……」

 

 ガチガチに硬い私のお灸と、スカスカで爆発するメイちゃんのお灸。

 騒がしい実習室で、サユリさんだけが「ふふ、二人とも個性的ね」と、綺麗に並んだお灸を眺めて微笑んでいた。

 

「九条先生……あずきさん……。お灸って、ひねり方ひとつでこんなに凶器になるんですね……」

 

 腕に残るヒリヒリした熱を感じながら、私は二本指の繊細さを思い知らされた。

 私は苦笑いしながら、焦げた艾の残骸を片付け、もう一度艾を手に取った。

 次は、もう少しだけ、あずきさんのあの優しい密度に近づけるように。

 

「メイちゃん、今度は私がひねったやつ……今度は硬くないやつを据えてあげるから!」

「えーっ!? つぼみんのガチガチお灸、貫通しそうで怖いよぉぉ!」

 

 実習室に、また一つ新しい(そして少しだけ煙たい)笑い声が広がっていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。