『千恋*万花 ー神代残響譚ー』   作:yukey

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第18話 穂織の休日、服と山と、静かに動き出すもの

第18話 穂織の休日、服と山と、静かに動き出すもの

 

 休日の朝になった。

 

 空はよく晴れていて、穂織の山並みを照らす光もどこかやわらかい。

 平日より人の気配が少ないせいか、町全体が少しだけ静かに息をしているように感じられた。

 遠くから鳥の声が聞こえ、山から吹いてくる風が頬を撫でる。春らしい穏やかさの中に、まだ少しだけ冷たさを残したその空気が、妙に心地よかった。

 

 そんな朝の道を、俺――有地将臣は芳乃と茉子を連れて志那津荘へ向かっていた。

 

「しかし、本当にこの三人で迎えに行くんだな」

 

 何となく口にすると、隣を歩く茉子がすぐにこちらを見る。

 

「何か不都合でもあるのですか、将臣さん」

 

「いや、不都合ってほどじゃないけどさ。休日に女の子二人連れて、さらに別の女の子を案内しに行くって、字面だけ見ると何か妙だなって」

 

「将臣さんが妙なことを考えているだけでは?」

 

「ぐっ」

 

 ばっさりだった。

 

 反対側を歩いていた芳乃が、少しだけ困ったように微笑む。

 

「私は、よいことだと思いますよ。レナさんはまだ穂織に来たばかりですし、せっかくのお休みですから、この町を楽しんでいただけたら嬉しいです」

 

「芳乃はほんと真面目だな」

 

「将臣さんは、もう少し真面目になってください」

 

「え、俺そんなに不真面目?」

 

「少なくとも今の発言からは、あまり真面目さを感じませんでした」

 

 芳乃にやんわり刺され、茉子にも無言で頷かれる。

 地味にへこむ。

 

「まあでも、今日は普通に楽しみではあるんだよな」

 

「それは分かります」

 

 芳乃が頷いた。

 

「レナさんが、穂織をどう感じるのか……私も少し気になります」

 

「そうですね。昨日も色々なものに興味を示していらっしゃいましたし、今日も賑やかになりそうです」

 

 茉子の言う通りかもしれない。

 

 そんなことを話しているうちに、志那津荘が見えてきた。

 

 玄関先には、すでに見慣れた二人の姿がある。

 

「あ、来た来た」

 

 先に気づいたのは廉太郎だった。

 いつもの気安い調子で片手を上げる。

 

「将臣、遅ぇぞ」

 

「時間ぴったりだろ」

 

「迎えに来る側がぴったりは、ちょっと遅いんだよ」

 

「どんな理屈だよ」

 

「巫女姫様が真面目すぎるだけで、将臣はそんなもんだろ」

 

「鞍馬君、そういう言い方はよくありません」

 

「はいはい、すみません」

 

 反省の色が薄い返事をしながら、廉太郎は笑っている。

 

 その隣には、金髪の少女――レナさんが立っていた。

 

「おはようございます、みなさん」

 

 明るく頭を下げるレナさんに、俺たちも挨拶を返す。

 

「おはよう、レナさん」

「おはようございます、レナさん」

「おはようございます」

 

 するとレナさんは、ぱっと顔を綻ばせた。

 

「今日はよろしくお願いします。みなさんが来てくれて、私はとても嬉しいです」

 

「大げさだな」

 

「大げさじゃないですよ。こういうの、すごくあたたかいです」

 

 そう言われると、少し照れくさい。

 

 廉太郎が話を進めるように言った。

 

「で、今日はどこ行くんだ? レナさんの希望優先でいいだろ」

 

「だな。レナさん、どこか行きたい所あるか?」

 

 そう聞くと、レナさんは少し考えるようにしてから、芳乃と茉子の服を見た。

 

「場所というより、やってみたいことがあります」

 

「やってみたいこと?」

 

「はい。私、ヨシノやマコみたいな服、着てみたいです」

 

「服?」

 

「はい。穂織の女の子の服、とても可愛いです。少し和風で、でも普段着で、やさしい感じがします。私、ああいう服とても好きです」

 

 その言葉に、俺は思わず頷いた。

 

「それ、分かる」

 

「マサオミもですか?」

 

「前から思ってたんだよな。この町の服装って独特だなって。完全な和服じゃないけど、普通の街の服とも違うし」

 

「この町の服屋なら、大体こういう雰囲気のものは置いてありますよ」

 

 茉子が答える。

 

「学生さんたちもよく行くお店があります。レナさんにも合うものが見つかるかもしれません」

 

「いいですね!」

 

 レナさんが嬉しそうに言う。

 

「穂織の服、ぜひ着てみたいです」

 

 だが、廉太郎だけは少し渋い顔をした。

 

「……服屋かぁ」

 

「何だよ、その反応」

 

「いや、女物の服が多い店って、男はちょっと入りづらいだろ」

 

「お前、そういうの気にするタイプだったのか」

 

「気にするわ。むしろ将臣は気にしなさすぎなんだよ」

 

「俺はイラストの参考にもなりそうだから、ちょっと興味あるんだよ」

 

「仕事熱心なんだか、好奇心なんだか分かんねえ理由だな」

 

「両方だ」

 

 胸を張ると、茉子が呆れたようにため息をついた。

 

「清々しいですね」

 

「でも、将臣さんのお仕事には確かに役立ちそうです」

 

 芳乃は納得したように頷く。

 

「衣装の参考は多い方がよいのでしょう?」

 

「そうそう。写真で見るのと実物で見るのじゃ、全然違うし」

 

「でしたら決まりですね」

 

 芳乃がそうまとめ、俺たちはそのまま町の服屋へ向かうことになった。

 

 

     ◇

 

 

 案内された店は、穂織の町並みによく似合う、小ぢんまりとした服屋だった。

 

 木の看板に、引き戸。

 中に入ると、ちりん、と澄んだ音が鳴る。

 

「おお……」

 

 思わず声が漏れる。

 

 棚やハンガーに並んでいるのは、今風の服もあるが、それ以上に穂織らしい服が目についた。

 柔らかな色合いのブラウス。

 少し和柄を思わせる飾りの入ったスカート。

 控えめなのに可愛らしくて、ちゃんと日常着として着られそうな服ばかりだ。

 

「将臣、何かすげえ楽しそうだな」

 

 廉太郎が呆れ半分で言う。

 

「そりゃ楽しいだろ。これ、面白いな……。ちゃんと普段着なのに、ちゃんと穂織っぽい」

 

「マサオミ、やっぱりこういうの好きなんですね」

 

「好きっていうか、見てて飽きないんだよ。作る側の目で見ちゃうっていうか」

 

「将臣さんは、そういうところをよく見ていますよね」

 

 芳乃が少し感心したように言う。

 

「描く時に使えそうだからな」

 

 そんなことを話しつつ服を見て回っていると、レナが少し困った顔をした。

 

「どうした、レナさん」

 

「可愛い服はたくさんありますけど……少し問題がありそうです」

 

「問題?」

 

 レナは少しだけ躊躇ってから、自分の胸元に手を添えた。

 

「私、胸が大きいので、合うものがなかなかありません」

 

「あー……」

 

 分かりやすい問題だった。

 

 次の瞬間、なぜか全員の視線が俺に集まる。

 

「いや、俺を見るなよ?」

 

「見ていません」

「見ていませんよ」

「見てないです」

 

「絶対今見ただろ!」

 

 しれっと否定された。納得がいかない。

 

 とはいえ、レナさんの言う通り、ぴったり合う服を見つけるのは少し難しそうだった。

 それでも、ゆとりのある形のものを中心に探すと、いくつか候補は見つかる。

 

「これと、これなら大丈夫かもしれません」

 

「じゃあ試してみたらどうだ?」

 

「はい」

 

 レナさんが何着か持って試着室へ向かうのを見送りながら、俺は店内を見回した。

 

 すると、芳乃と茉子にも似合いそうな服が目に入る。

 

「……なあ」

 

「何でしょう、将臣さん」

 

「せっかくだし、芳乃と茉子も着てみないか?」

 

「……はい?」

 

 芳乃が目を瞬かせる。

 

 茉子は露骨に警戒した顔になった。

 

「どういう風の吹き回しでしょう」

 

「いや、レナさんだけだと参考が偏るかなって。着る人によって印象違うし」

 

「参考、ですか」

 

「仕事の」

 

「便利な言葉ですね」

 

「便利だな」

 

「認めるのですね」

 

 茉子の視線がじとっと刺さる。

 

 芳乃は困ったように微笑んだ。

 

「ですが、私は……そういうのは少し申し訳ないです。服は足りていますし」

 

「私も同意見です。わざわざ着る理由がありません」

 

「いやいや、まだ買うって話じゃなくて、ちょっと見せてほしいだけで」

 

「その言い方ですと、先に別の意図があるように聞こえるのですが」

 

「疑い深くない?」

 

「将臣さんの普段の言動の積み重ねですね」

 

「反論しづらい……」

 

 だが、ここで引くのは惜しい。

 

「頼むよ。ほんとに仕事の参考にしたいんだ」

 

 俺は二人を真面目に見る。

 

「芳乃は上品で柔らかい感じが似合うし、茉子はきりっとしてるけど、ちょっと可愛い寄りの服も絶対似合う。見てみたい」

 

「……」

「……」

 

 二人が揃って少し黙った。

 

 そこで廉太郎が横からにやにやしながら言う。

 

「将臣、お前それ言い方がずるいんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「褒めながら頼むと断りづらいだろ」

 

「無自覚ならなお悪いですね」

 

 茉子に刺された。

 

 だが、そのおかげか、芳乃がふっと笑う。

 

「……将臣さんが、そこまで仰るのでしたら」

 

「芳乃様」

 

「せっかくですし、少しだけ楽しませていただくのも悪くないと思います」

 

「芳乃様がそうおっしゃるのでしたら、私も合わせます」

 

「助かる!」

 

「ただし」

 

 茉子がきっぱり言った。

 

「あまり変なものは選ばないでくださいね」

 

「俺を何だと思ってるんだ」

 

「妙なところで悪ノリする人です」

 

「そこまでではないだろ」

 

「あると思いますよ」

 

 芳乃まで同意してきた。つらい。

 

 

     ◇

 

 

 最初に試着室から出てきたのはレナさんだった。

 

 淡い色のブラウスに、穂織らしい意匠の入ったスカート。

 穏やかな雰囲気の服なのに、金髪のレナが着ると少し異国風の華やかさも出る。

 

「どう、でしょうか?」

 

「似合う」

「とてもお似合いです」

「ええ、素敵です」

「すごくいいな」

 

 感想はきれいに揃った。

 

 レナさんはほっとしたように笑う。

 

「よかったです」

 

「ただ、やはりここは少し窮屈そうですね」

 

 茉子が胸元を見て言う。

 

「そうなんです。少しだけ、ここがきついです」

 

「なら、もう少し余裕のある形の方が良さそうだな」

 

「色味は合っていますから、別の形を探しましょう」

 

 芳乃が一緒に別の候補を見始める。

 

 その様子は自然で、見ていて何だか微笑ましかった。

 

 続いて試着室から出てきたのは芳乃だった。

 

 薄桃色に近い柔らかなワンピース風の服。

 襟元や袖に控えめな飾りがあり、派手ではないのに、目を引く。

 

「……どうでしょうか」

 

「似合いすぎだろ」

 

 即答すると、芳乃が少し目を伏せた。

 

「そ、そうですか……?」

 

「うん、めちゃくちゃ」

「とてもお似合いです、ヨシノ」

「巫女姫様、そういう格好も全然ありですね」

 

 皆の反応を受けて、芳乃の頬がほんのり赤くなる。

 

「ありがとうございます……でも、少し恥ずかしいです」

 

「いや、ほんとに似合ってるから」

 

「将臣さん、あまり真っ直ぐ言わないでください」

 

「何でだよ」

 

「そういうところですよ」

 

 茉子が呆れたように挟むが、意味はよく分からない。

 

 最後に出てきたのは茉子だった。

 

 動きやすさを残しつつ、普段よりも少しだけ可愛らしさのある服。

 いつもの従者らしい雰囲気とは違い、年相応の柔らかさが前に出ている。

 

「……どうでしょうか」

 

「お、いいじゃん」

「マコ、とても似合っています」

「常陸さん、そういうのも全然ありだな」

 

 廉太郎の言葉に、茉子がじろりと視線を向ける。

 

「そういうのも、とは何ですか」

 

「いや、褒めてるって」

 

「雑ですね」

 

 そのやり取りに笑いながら、俺も頷く。

 

「いや、ほんと似合う。普段と雰囲気違うけど、それがまたいい」

 

「……そうですか」

 

 茉子は平然と返したが、少しだけ視線を逸らした。

 

「将臣さんの選ぶものは少し不安でしたが、悪くありませんね」

 

「不安だったのかよ」

 

「かなり」

 

「そこまで!?」

 

 そんなふうに何度か試着を繰り返し、最終的にレナさんにもぴったり合う一着が見つかった。

 

「これ、すごく好きです」

 

 鏡の前でレナさんがくるりと回る。

 

「穂織に来た感じが、もっとします」

 

「うん、それが一番しっくりくるな」

 

「とても素敵です、レナさん」

 

 芳乃も頷く。

 

 そうして三人とも、それぞれ気に入った服が決まった。

 

 そして会計の時になって――俺は迷わず財布を出した。

 

「じゃあ、これ全部で」

 

「え?」

 

 芳乃が目を見開く。

 

「将臣さん?」

 

「いや、せっかくだし」

 

「せっかく、ではありません」

 

 茉子がすぐに突っ込んだ。

 

「私たちは試着しただけです。買っていただく理由はありません」

 

「でも、芳乃と茉子にも付き合ってもらったし、レナさんだけ買って二人に何もなしってのも変だろ」

 

「変ではありませんよ。今日はレナさんのために来たのですから」

 

「それでもなあ」

 

 俺は頭をかく。

 

「仕事の参考にもなったし、そのお礼ってことで」

 

「将臣さん……」

 

 芳乃が戸惑ったように俺を見る。

 

 するとレナもおずおずと口を開いた。

 

「私だけ買ってもらって、ヨシノとマコが何もないのは、私もちょっと気になります」

 

「ほら」

 

「ほら、ではありません」

 

 茉子にぴしゃりと返された。

 

 だが、芳乃は少し考えてから、小さく笑った。

 

「……では、お言葉に甘えてしまっても、よろしいでしょうか」

 

「もちろん」

 

「ありがとうございます。大切にします」

 

「芳乃様が受け取られるのでしたら、私も遠慮なくいただきます。ありがとうございます、将臣さん」

 

「もうちょい素直でもいいだろ」

 

「十分素直です」

 

 茉子はしれっと言う。

 

 レナも嬉しそうに服を抱えた。

 

「ありがとうございます、マサオミ。私、日本でこういうプレゼントをもらうの、初めてです」

 

「そんな大したもんじゃないけどな」

 

「いえ。だからこそ嬉しいです」

 

 そう真っ直ぐ言われると、さすがに少し照れる。

 

 横で廉太郎がにやにやしていた。

 

「将臣、お前たまに自然にイケメンみたいなことするよな」

 

「みたいなって何だよ」

 

「でも会計の時に現実に引き戻されるタイプのイケメン」

 

「否定できないな……」

 

 

     ◇

 

 

 服屋を出たあとは、そのまま田心屋へ向かった。

 

「しかし、田心屋って甘味処だよな?」

 

 歩きながら俺が聞くと、廉太郎が頷く。

 

「そうだけど、最近は昼の食事も出してるんだよ。うどんとか定食とか、意外とちゃんとしてる」

 

「へえ。甘味処で昼飯ってちょっと不思議だな」

 

 すると、レナさんが「あ」と思い出したように声を上げた。

 

「田心屋、覚えています」

 

「え?」

 

「私が初めて穂織に来た時、マサオミとマコに案内してもらったでしょう? その時に教えてもらいました」

 

 その言葉に、俺は茉子と顔を見合わせた。

 

「あー……そうだったな」

「そうでしたね」

 

 言われてみればそうだ。

 あの時はレナさんと出会ったばかりで、あれこれ案内しながら町を歩いたんだった。

 

「あと、ロカにも会いました」

 

 レナさんが続ける。

 

「とても優しいお姉さんでした」

 

「芦花ねえか。ああ、確かにいたな」

 

「ええ。あの時も親しげに話しかけてくださいましたね」

 

 店に入ると、ちょうど芦花ねえが気づいてこちらに顔を向けた。

 

「あれ、まー坊たちじゃん。今日は大人数だね」

 

 いつもの明るさはそのままだが、どこか包み込むようなお姉さんっぽい柔らかさがある。

 

「芦花ねえ、こんにちは」

 

「いらっしゃい。レナちゃんも来てたんだ」

 

「はい、ロカ。こんにちは」

 

「ふふ、ちゃんと覚えてくれてて嬉しいな。今日は穂織案内の続き、みたいな感じ?」

 

「そんなところです」

 

「いいねえ。休日をちゃんと楽しんでる感じ」

 

 芦花ねえがそう言ったところで、店の奥から軽い足音が近づいてきた。

 

「あっ、お兄ちゃん!」

 

 元気な声と一緒に現れたのは小春だった。

 田心屋の店員用の前掛けをつけていて、いかにも手伝いの最中といった様子だ。

 

「お、小春」

 

「今日はみんなで来たんだね!」

 

 にこにこと笑いながら、小春がこちらへ駆け寄ってくる。

 

「いらっしゃいませっ。お席、ご案内するね!」

 

「小春、ここで働いてたのか?」

 

「うん! アルバイトだよ!」

 

 元気いっぱいに胸を張る。

 

「忙しい時だけだけど、結構楽しいんだよ?」

 

「へえ、頑張ってるな」

 

「えへへ」

 

 そんなやり取りを見ていた芳乃が、ふと小首を傾げた。

 

「将臣さん」

 

「ん?」

 

「今、小春さんは将臣さんのことを『お兄ちゃん』と……」

 

「あ」

 

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 

 芳乃は不思議そうな顔のまま続ける。

 

「将臣さんには、ご兄妹はいらっしゃらなかったはずではありませんか?」

 

「ああ、それはな」

 

 俺は苦笑しながら説明する。

 

「小春と廉太郎は俺の従兄弟なんだよ。小さい頃からの流れで、こいつは俺のことを『お兄ちゃん』って呼んでるだけ」

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

 芳乃は納得したように頷いた。

 

 だが、その隣で茉子がすっと目を細める。

 

「従兄弟なのに、『お兄ちゃん』と呼ばせているのですか」

 

「え」

 

「もしや将臣さん、ロリコンという高尚な趣味をお持ちでは?」

 

「違うわ!」

 

 思わず即答した。

 

「何だよその最悪の解釈!」

 

「冗談です」

 

「目が全然冗談じゃなかったぞ!?」

 

「普段の行いが悪いのでは?」

 

「そんなところで信用失ってたまるか!」

 

 すると小春が、不思議そうに目をぱちくりさせた。

 

「お兄ちゃん、ロリコンなの?」

 

「小春まで乗るな!」

 

「乗っていません。純粋な疑問です」

 

 茉子がしれっと言う。

 

「純粋で済む話じゃないだろ!」

 

 横で廉太郎が腹を抱えて笑っていた。

 

「将臣、お前ほんとそういうとこ面白いよな」

 

「お前も止めろ!」

 

「無理無理」

 

 そんなやり取りをしているうちに、芦花ねえが呆れ半分に笑う。

 

「はいはい、その辺にしときなさい。ほら、小春ちゃん。ちゃんとお客様を案内してあげて」

 

「はーい!」

 

 小春は元気よく返事をして、くるりと俺たちの方へ向き直った。

 

「じゃあ、こっちどうぞ!」

 

 そうして小春に案内され、俺たちは席へ向かった。

 

「お兄ちゃんたちはここね! 巫女姫様も、どうぞ!」

 

「ありがとうございます、小春さん」

 

 芳乃が微笑むと、小春は少し照れたように笑う。

 

「えへへ。ごゆっくり!」

 

 席に着き、注文を済ませる。

 

 昼時だが、今日は少し空いているようで、店内は落ち着いていた。

 甘い香りと出汁の匂いが混ざっていて、妙に安心する。

 

「こういうお店、私はとても好きです」

 

 レナさんが店内を見回しながら言う。

 

「静かで、あたたかい感じがします」

 

「田心屋は落ち着きますからね」

 

 芳乃が微笑む。

 

「私も好きです」

 

「巫女姫様は甘いもの好きだもんな」

 

「鞍馬君、それは余計です」

 

「事実だろ?」

 

「……否定はしませんけれど」

 

 そんなやり取りをしながら、料理を食べ進める。

 

 どれも素朴で美味く、買い物をして歩いたあとにはちょうどよかった。

 

 そして食事が終わり、ひと息ついたところで、芳乃がちらりと甘味の品書きを見た。

 

 その視線が、一度、二度と戻っていく。

 

「……芳乃?」

 

「は、はい」

 

「今、ものすごく見てたよな」

 

「そ、そんなことは……」

 

 言いながら、もう一度ちらりと見る。

 全然隠せていない。

 

 廉太郎が吹き出した。

 

「巫女姫様、食後の甘いもん行きたいんだろ」

 

「ち、違います。私は別に、そこまででは……」

 

「でも、さっきからずっと見てますよ?」

 

 茉子が冷静に追撃する。

 

「えっ」

 

「栗あんみつ、抹茶白玉、田心屋特製あんみつ、季節の甘味……順番に目で追っていらっしゃいました」

 

「茉子っ!?」

 

 芳乃の頬が赤くなる。

 

 レナさんがくすっと笑った。

 

「ヨシノ、甘い物とても好きなんですね」

 

「……好きです」

 

 ついに認めた。

 

「でも、その……お昼のあとですし、皆さんに付き合わせるのも……」

 

「いや、全然いいだろ」

 

 俺が言うと、芳乃がこちらを見る。

 

「せっかく甘味処に来て、甘いもん食わない方がもったいないし」

 

「そうだな。ここまで来たら食うだろ」

 

 廉太郎も軽く頷く。

 

「むしろ巫女姫様が遠慮してる方が珍しい」

 

「私はいつも遠慮しています」

 

「甘味の前だけちょっと圧が強いですよ、芳乃様」

 

「茉子、それは言わなくてよいです」

 

 言い返しているが、否定しきれていない。

 

 そんな芳乃が珍しくて、つい笑ってしまう。

 

「じゃあ追加で頼もう。芳乃は何にする?」

 

「えっ」

 

「いや、だからせっかくだし」

 

 そう言うと、芳乃は一瞬だけ迷ったあと、品書きを見た。

 そして見た瞬間、さっきまでの遠慮が少しだけ吹き飛んだらしい。

 

「では……あの、抹茶白玉も気になりますし、季節の甘味も捨て難くて、その、もし皆さんで分けるのでしたら、田心屋特製あんみつも……」

 

「ちょっと待て」

 

「……はい?」

 

「今、ちょっとだけ暴走しかけなかった?」

 

「そ、そんなことありません!」

 

「いや、ありましたよね」

「ありましたね」

「ありました」

 

 三方向から即答された。

 

 芳乃は真っ赤になった。

 

「……少しだけ、気が緩みました」

 

「少しどころじゃなかった気もするけどな」

 

 でも、その様子が可愛くて、誰も本気では止めなかった。

 

 結局、いくつか甘味を追加で頼んで、みんなで少しずつ分けて食べることになった。

 

「おいしいです……」

 

 ひと口食べた芳乃の表情が、目に見えてやわらかくなる。

 

「芳乃、顔がゆるみすぎ」

 

「そ、そうでしょうか」

 

「はい。すごく幸せそうです」

 

 レナさんが楽しそうに笑う。

 

「ヨシノ、いつもより少しだけ子どもっぽいです」

 

「それは……恥ずかしいので、あまり言わないでください」

 

「でも、そういう巫女姫様も珍しくていいんじゃね?」

 

「鞍馬君まで……」

 

 甘味に少しだけ浮かれている芳乃を見るのは、新鮮で悪くなかった。

 

 そんな穏やかな空気の中で、午後の予定を相談することになった。

 

「で、昼からどうする?」

 

「みなさんは、普段どうやって遊んでいるのですか?」

 

 レナさんが尋ねる。

 

 芳乃は少し考えてから答えた。

 

「私は普段、お勤めがありますので……あまり遊びらしいことはしていません」

 

「私も芳乃様のお供が優先ですから、あまり一般的な遊びには詳しくありません」

 

「俺は引っ越してきたばっかりで、この辺の地理にはまだ疎いしな」

 

 そう言うと、廉太郎が肩をすくめた。

 

「俺は昔は山で遊んでたけど、今はだらだら過ごしてることの方が多いな」

 

「夢がないなお前」

 

「将臣にだけは言われたくねえよ」

 

「何でだよ」

 

「放っといたら寝てそうだから」

 

「否定しづらい」

 

 するとレナさんが、少し目を輝かせた。

 

「山、行ってみたいです」

 

「山?」

 

「はい。穂織の山、とてもきれいですから」

 

「それなら釣りでもするか?」

 

 廉太郎が提案する。

 

「川の方でな。初心者でも遊べる場所あるぞ」

 

「お、いいなそれ」

 

「私、やってみたいです」

 

 レナさんが嬉しそうに言う。

 

「私も、皆さんと一緒でしたら楽しそうです」

 

 芳乃も頷いた。

 

 その時、料理を運んでいた芦花が会話を聞いていたのか、少し笑いながら言った。

 

「釣りはいいけど、まー坊は川で無茶しないようにね?」

 

「うっ」

 

「え?」

 

 芳乃が不思議そうにこちらを見る。

 

「将臣さん、どういうことですか?」

 

 芦花ねえは、しょうがないなあという顔で肩をすくめた。

 

「昔ね、この子、川で溺れて大変だったの。助かったから今こうして笑えるけど、あの時はほんと周りもひやっとしたんだから」

 

「そんな軽く言うなよ」

 

「でも本当でしょ?」

 

 そこへ廉太郎も乗っかる。

 

「いや、あの時はほんと大変だったぞ。周りもかなり慌ててたし、将臣、水だけじゃなくて小石まで飲み込んで、あとでめちゃくちゃ苦しそうだったしな」

 

「お前、その言い方やめろよ」

 

「事実だろ」

 

 レナさんも心配そうな顔になる。

 

「マサオミ、本当にですか?」

 

「……本当です」

 

 俺がそう答えると、芳乃の表情がきゅっと引き締まった。

 

「将臣さん。今日は絶対に無茶をしてはいけません」

 

「はい」

 

「絶対ですよ?」

 

「はい」

 

「本当にです」

 

 レナさんまで真顔で頷く。

 

「私も少し怖いです」

 

「了解。今日は大人しくしてる」

 

「将臣がそう言うと逆に不安だけどな」

 

「廉太郎、お前ひどくない?」

 

 そんなふうに笑い合いながら、席を立つことになった。

 

 その時、皿を下げに来た小春が、ぱっと廉太郎の方を見た。

 

「廉兄」

 

「ん?」

 

「巫女姫様にご迷惑かけないようにね」

 

 一瞬、場が静かになる。

 

 次の瞬間、俺は吹き出しそうになった。

 

「小春、お前……」

「正論ですね」

「その通りです」

「いや、何でみんな俺を見るんだよ!?」

 

 廉太郎が抗議するが、説得力は薄い。

 

 小春は腰に手を当て、少しだけ得意げに言った。

 

「廉兄、調子に乗る時あるから」

 

「お前なあ……」

 

「だから、ちゃんとしてね?」

 

 そう言われると、廉太郎も強くは返せなかったらしい。

 

「……分かったよ」

 

 その様子を見て、芦花ねえがくすっと笑う。

 

「小春ちゃん、案外しっかり見てるんだよねえ」

 

「もちろん!」

 

 小春は元気よく答えた。

 

「じゃあ、みんな行ってらっしゃい!」

 

「行ってきます」

「行ってきます、ロカ、コハル」

「ありがとうございます、小春さん」

「また来ますね、馬庭さん」

 

 そうして俺たちは、午後の山遊びへ向かうため田心屋をあとにした。

 

     ◇

 

 その後、釣りの準備のため、健実神社に再集合する。

 

 先に着いていた芳乃が、神社の脇でバケツを持って待っていた。

 

「お待たせしました」

 

「ありがとう。借りても大丈夫なのか?」

 

「はい。神社にあるものですから」

 

「その言い方だと備品管理が雑そうに聞こえるな」

 

「そんなことはありません」

 

 少しだけ頬を膨らませる芳乃に、つい笑ってしまう。

 

 廉太郎も道具を持って合流し、俺たちはそのまま山へ向かった。

 

 木漏れ日の差す山道を歩いていると、町とはまた違う静けさに包まれる。

 鳥の声、水の気配、草の匂い。

 

「きれいです……」

 

 レナさんが感嘆の声を漏らす。

 

「本当に、空気が違います」

 

「穂織の山は、静かで落ち着きますから」

 

 芳乃がそう答える。

 

 少し歩いたところで、廉太郎がふと足を止めた。

 

「あ、スカンポあるじゃん」

 

「スカンポ?」

 

 レナさんが聞き返す。

 

「こういう山で見つかるやつだよ。皮むいて食える」

 

「食べられるんですか?」

 

「食える食える。ほら」

 

 そう言って廉太郎が一本折り、外側を少し剥いて差し出した。

 

 芳乃が恐る恐る受け取り、一口かじる。

 

「……っ、すっぱいです!」

 

 次の瞬間、目を丸くした。

 

 レナさんも興味本位で口にして――同じように固まる。

 

「す、すっぱいです! 本当に食べられる物ですか、これ!?」

 

「その反応、面白いですね」

 

 茉子が思わずくすっと笑った。

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと食べられるものです」

 

「そうなんですか……?」

 

 芳乃がまだ半信半疑の顔をしている。

 

「ええ。ちなみに、正式名称はイタドリです。こちらではスカンポと呼ぶこともありますけれど」

 

「へえ……」

「マコ、物知りです」

 

「山に入る機会が多いですから」

 

 そう言って茉子自身も一本取って食べてみせる。

 

「ほら、問題ありません」

 

「ほんとだ……」

「でも、かなりすっぱいです……」

 

「慣れですよ」

 

 茉子は少し楽しそうに言ってから、周囲を見回した。

 

「ついでに山菜もありそうですね。少し採ってきます」

 

「今から?」

 

「はい。今夜は山菜の天ぷらにしましょう」

 

「お、いいな」

 

「ですが、山菜だけでは少し寂しいですね」

 

 茉子がそこで、すっと俺を見る。

 

「将臣さん」

 

「何だよ、その嫌な予感しかしない呼び方」

 

「ぜひ川魚も釣ってください。夕食を豪華にしましょう」

 

「圧が強い」

 

「大丈夫ですよ。将臣さんならきっとできます」

 

「その励まし、期待じゃなくてプレッシャーなんだよなあ……」

 

「気のせいでは?」

 

「絶対違うだろ」

 

 廉太郎が吹き出す。

 

「将臣、頑張れよ。今夜のおかずがかかってるぞ」

 

「お前も釣るんだよ!」

 

「もちろん。けど、将臣の成果はちゃんと見てるからな」

 

「ひどい連携だな……」

 

「では、私は少し行ってきます」

 

「気をつけてくださいね、茉子」

 

「はい、芳乃様」

 

 そうして茉子は、軽やかな足取りで山の方へ入っていった。

 

     ◇

 

 川辺に着くと、水の流れは思ったより穏やかで、初心者でも釣りをするにはちょうどよさそうだった。

 

「よし、じゃあ簡単に教えるぞ」

 

 廉太郎が竿の持ち方や仕掛けの扱いを説明する。

 

 芳乃もレナさんも真剣に聞いていたが、その表情には少しだけ緊張が見える。

 

「私、釣りは初めてです」

 

 芳乃が言う。

 

「私もです。ちゃんとできるか、ちょっと心配です」

 

 レナさんも頷く。

 

「大丈夫大丈夫。最初はみんなそんなもんだって」

 

「そうそう。とりあえず投げてみれば何とかなる」

 

「その励まし、雑じゃないか?」

 

「将臣よりはマシだろ」

 

「何でそこで比較されるんだよ」

 

 そんなふうに言いながら、二人はおっかなびっくり竿を持つ。

 

 糸を垂らす仕草も慎重で、少しぎこちない。

 

「こ、こうでしょうか」

 

「うん、そのままゆっくりでいい」

 

「レナさんも、焦らなくて大丈夫ですよ」

 

「はい……でも、少し緊張します」

 

 最初のうちは、魚がかかったのか、水の流れなのかもよく分からない様子だった。

 

「い、今のは何でしょうか」

「多分ちょっと触っただけだな」

「お魚さん、いますね……!」

 

 そんなやり取りを繰り返しながら、少しずつ慣れていく。

 

 そしてしばらくして――。

 

「あっ」

 

 芳乃が小さく声を上げた。

 

「何か、引いています」

 

「そのまま、慌てずに!」

 

「は、はい……!」

 

 ぎこちなくも必死に竿を引き上げる芳乃。

 すると、小ぶりな魚がぴちぴちと跳ねながら水面から上がった。

 

「釣れました……!」

 

「おおー!」

「すごいです、ヨシノ!」

「巫女姫様、やりましたね」

「やるじゃん、芳乃!」

 

 皆で声を上げると、芳乃は驚きと嬉しさが混じった顔で魚を見つめた。

 

「ほ、本当に釣れるのですね……!」

 

「そりゃ釣りだからな」

 

「でも、こうして実際に釣れると感動しますね」

 

 その様子を見ていたレナさんも、さらにやる気になったらしい。

 

「私も頑張ります」

 

 そして数分後。

 

「きゃっ、何か来ました!」

 

「落ち着け、レナさん。ゆっくり!」

 

「は、はい!」

 

 ばしゃ、と水しぶきを上げながら、レナさんも見事に一匹釣り上げる。

 

「釣れました! 本当に釣れました!」

 

「おめでとうございます」

「すごいです、レナさん」

「やったな」

 

 レナさんは心から嬉しそうに笑った。

 

「楽しいです……! 最初は少し怖かったですけど、すごく楽しいです!」

 

 そこからは二人とも、だんだん釣りそのものに慣れていった。

 

 最初のおっかなびっくりした様子は少しずつ消え、当たりが来るたびに目を輝かせるようになる。

 

「また来ました」

「今度は私です!」

「巫女姫様、結構筋いいな」

「レナさんも上手くなってきてるな」

 

 わいわいと賑やかな時間が流れていく。

 

 一方で俺はというと、そこそこの釣果だった。

 

「……何か二人の方が楽しそうだな」

 

「実際、かなり楽しそうですよ」

 

 いつの間にか戻ってきていた茉子が、篭を提げて言った。

 

「山菜も採れましたし、皆さんの釣りも順調ですし、なかなかよい休日ですね」

 

「お、ちゃんと採ってきたのか」

 

「ええ。今夜の天ぷらは期待してください」

 

「こっちは?」

 

 俺がバケツを見る。

 

「将臣さんの川魚次第ですね」

 

「まだ言うか」

 

「もちろんです」

 

 茉子はしれっと言った。

 

「負けてはいられませんから」

 

「対抗心の向け方がおかしいだろ」

 

 少しだけ笑いが漏れる。

 

 川辺に並んで座り、のんびりと水を見つめる時間は、不思議と心地よかった。

 

 大きな事件があるわけでもない。

 何か特別なことを成し遂げるわけでもない。

 それでも、こうして皆で笑って過ごす時間は、ちゃんと心に残る。

 

「今日は、本当にいい休日です」

 

 ふいにレナさんがそう言った。

 

 皆の視線が自然とそちらへ向く。

 

「服を見て、お昼を食べて、山に来て、こうして釣りをして……。みなさんと一緒で、私はとても嬉しいです」

 

「それならよかった」

 

 俺がそう言うと、レナさんはふわりと笑った。

 

「はい。穂織が、もっと好きになりました」

 

 その一言に、芳乃の表情がやわらかくほどける。

 

「そう思っていただけたなら、私も嬉しいです」

 

「また別の場所にもご案内したいですね」

 

 茉子も静かに言う。

 

「だな。今度はまた別の穂織も見せたいかも」

 

「将臣が言うと、また何か余計なこと考えてそうなんだよな」

 

「廉太郎、お前ひどくない?」

 

 笑いが広がる。

 

 ――こういう休日も、悪くない。

 そう、素直に思えた。

 

 

     ◇

 

 

 一方、その頃。

 

 診療所では、駒川みずはが机の上の水晶石の欠片を見つめていた。

 

 昼下がりの静かな室内。

 差し込む光の中で、その欠片だけがひやりとした存在感を放っている。

 

「……そんな、まさか」

 

 手元の資料と欠片を見比べ、みずはの表情がわずかに強張る。

 

 何かが引っかかって、古い記録を引っ張り出して確認しただけだった。

 けれど、そこに書かれていた内容は、彼女の予想よりもずっと重かった。

 

「これ……もし本当にそうなら……」

 

 静かな部屋に、その呟きだけが落ちた。

 

 みずはは欠片を見つめたまま、しばらく動かなかった。

 

 穏やかな休日の裏側で。

 まだ誰も知らない新しい手がかりが、静かに次の扉を叩こうとしていた。

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