『千恋*万花 ー神代残響譚ー』   作:yukey

4 / 22
第4話 ムラサメちゃんとの出会い

 

 

 玄十郎は、俺に「少し待っておれ」とだけ言い残すと、そのまま神社の奥へと消えていった。

 

 残された俺は、社務所の前の縁側に腰を下ろし、ぼんやりと暗くなっていく境内を眺めていた。

 

 昼間は祭りの名残でそこそこ人の気配もあったが、今はもう静かなものだ。

 山あいの穂織の夜は早い。空は藍色に沈み、風に揺れる木々の音と虫の声がやけに耳につく。

 

 そして、俺の膝の上には――。

 

「……いや、どうすんだよこれ」

 

 思わず、そう呟いてしまった。

 

 真っ二つに折れた刀。

 叢雨丸。

 

 ゲームの中でなら“イベントアイテム”とか“物語の鍵”で済むかもしれない。

 でも現実で見ると、そんな軽いもんじゃない。

 

「物語が始まった、って言えば聞こえはいいけど……いや、全然よくないだろ」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 穂織。

 朝武家。

 呪い。

 叢雨丸。

 

 前世の知識で、ここが重要な場面だってことは分かる。分かるけど、それとこれとは話が別だ。

 現実問題、俺はいま、とんでもないものを壊したかもしれないのだ。

 

「賠償ってどうなるんだ……?」

 

 喉がひくりと鳴る。

 

 刀だぞ、刀。しかもどう見てもただの刀じゃない。

 神社の奥で大事に保管されてた、いかにも由緒正しい一品だ。下手をすれば文化財レベルなんじゃないか。

 

「何百万……いや、何千万? 最悪、億とかあるのか?」

 

 想像した瞬間、背中がぞわっとした。

 

「無理無理無理……そんなの払えるわけないだろ。俺だけならまだしも、母さんにまで迷惑かかったらどうすんだよ……!」

 

 せっかく穂織を離れて、母さんと二人で平穏に暮らしてきたのに。

 それを俺のやらかしひとつで台無しにするとか、笑えないにもほどがある。

 

「じいちゃん、少し待てって言ったけど、少しってどれくらいだよ……」

 

 愚痴が漏れる。

 

 だが、返事はない。

 

 代わりに。

 

「ふむ? お主が我輩のご主人か?」

 

「……は?」

 

 不意に、上から声が降ってきた。

 

 女の子の声。

 しかも、やけに幼くて、妙に偉そうな言い方だ。

 

 俺は反射的に顔を上げ――そして、そのまま固まった。

 

「……え?」

 

 そこにいたのは、緑がかった長い髪をふわりと浮かせた、小柄な少女だった。

 

 見た目は小学生高学年から中学生くらい。

 整った顔立ちに白い肌、どこか人間離れした神秘的な雰囲気。

 

 でも、一番の問題はそこじゃない。

 

「浮いてる!?」

 

 そう。

 その少女は、俺の目の前で当たり前のように宙に浮いていた。

 

 足は地面についていない。

 しかも腕を組んで、さも当然のような顔でこちらを見下ろしている。

 

「な、ななな……!? 誰だお前!? なんで浮いてる!?」

「その驚きよう……ふむ、どうやらちゃんと我輩の姿が見えておるし、声も聞こえておるようだの」

「いや、聞こえてるとかそういう問題じゃない! 浮いてるじゃん!」

「うむ、浮いておる」

「認めるのかよ!」

 

 思わず全力でツッコむと、少女はくすりと笑った。

 

 見た目は可愛いのに、口調が妙に古臭い。

 それに、さっきから気になる単語がある。

 

「……待て。“ご主人”って何だ?」

「そのままの意味じゃ」

「そのままじゃ分からないから聞いてるんだよ!」

 

 すると少女は、ふわりと空中で姿勢を正し、小さな胸を張った。

 

「我輩の名はムラサメ。その刀、叢雨丸の管理者。まあ、分かりやすく言えば魂のようなものじゃ」

「魂?」

「うむ」

「……幽霊?」

「違うわ!」

 

 即座に怒られた。

 

「なんでそうなる!」

「いや、魂って言ったら普通そう思うだろ!?」

「まったく、想像力が貧困じゃのう。神秘とか精霊とか、もっとこう、あるであろう」

「いや、いきなり浮いてる女の子が現れた時点で十分神秘なんだけど!」

 

 言い返すと、ムラサメは満足そうに頷いた。

 

「うむ、そこは認めてよい」

「認めてよい、じゃないんだよなぁ……」

 

 なんというか、調子が狂う。

 もっとこう、厳かで怖い存在かと思っていたのに、意外とノリが軽い。

 

 それでも、俺の視線は自然と膝の上の叢雨丸に落ちた。

 

「……で、そのムラサメってのが、これの管理者?」

「そうじゃ」

「もしかして、刀を折った報復に来たとか?」

「そういった類いのものではない!」

 

 ぴしゃりと否定される。

 

「第一、この程度なら叢雨丸は元に戻る」

「……は?」

「元に戻る」

「いやいやいや、真っ二つなんだけど?」

「問題ない」

「問題大ありだろ!」

 

 俺が叫ぶと、ムラサメはやれやれと言いたげに肩をすくめた。

 

「百聞は一見にしかず、じゃ」

 

 そう言ってムラサメは、俺の膝の上の叢雨丸へすっと手を伸ばした。

 

 細い指先が刀身に触れた、その瞬間。

 

 眩い光が、周囲一帯を包み込んだ。

 

「うおっ!?」

 

 思わず目を閉じる。

 熱はない。けれど、空気そのものが震えているような、不思議な圧があった。木々がざわめき、どこか遠くで鈴の音のような澄んだ響きが重なる。

 

 やがて光が収まり、恐る恐る目を開ける。

 

「……戻ってる」

 

 叢雨丸は、元通りになっていた。

 

 あれほど綺麗に折れていたはずなのに、継ぎ目ひとつ見当たらない。最初から何事もなかったかのように、静かにそこにある。

 

「どうじゃ?」

「どうじゃ、じゃないだろ……何これ……」

「神力じゃな」

「便利すぎない?」

 

 俺は呆然としながら、刀とムラサメを交互に見た。

 

 疑いようがない。

 こいつは本物だ。幻でも見間違いでもない。

 

「……何者なんだ、お前」

「だから言ったであろう。我輩はムラサメ。神力を司る者である」

「神力を司る者、ねぇ……」

 

 改めて見ると、見た目は可愛らしい女の子なのに、纏っている雰囲気はどこか浮世離れしている。

 でも、それ以上に俺の中で引っかかったのは――。

 

「ムラサメって、なんかそのままだな」

「何がじゃ」

「いや、もっとこう……親しみやすい呼び方とかないのか?」

「親しみやすい呼び方?」

 

 ムラサメはきょとんとした。

 

 俺は少し考えてから、軽く肩をすくめる。

 

「ムラサメちゃん、とか」

「……ちゃん?」

 

 その瞬間、ムラサメの目が丸くなった。

 

「な、なんじゃその妙に気安い呼び方は!」

「いや、見た目ちっちゃいし」

「ちっちゃい言うな!」

「じゃあムラサメさん?」

「それも何か違う気がするのう……」

「じゃあ、ムラサメちゃんでいいだろ」

「勝手に決めるでない!」

 

 ぷんすか怒っている様子が、なんだか年相応で可笑しい。

 

「でも、ムラサメってそのまま呼ぶより、ムラサメちゃんの方がしっくりくるんだよな」

「む……」

「ダメか?」

「……まあ、ご主人がそう呼びたいと言うなら、別に構わぬが」

「お、じゃあ決まりだな。よろしく、ムラサメちゃん」

「う、うむ……」

 

 ムラサメはそっぽを向いた。

 ただ、耳がほんの少し赤い。

 

 ……意外とこういうの弱いタイプなんだな。

 

 そんなことを思っていると、ムラサメが急に得意げな顔に戻った。

 

「まあ、見えておるだけでも驚きじゃがな。普通の者には我輩の姿は見えぬし、声も聞こえぬ」

「え、そうなのか?」

「うむ。だからこそ、お主がご主人たりえるわけじゃ」

 

 そこでムラサメは、どこか悪戯っぽく笑った。

 

「もっとも、我輩は魂だけの存在。実体はないがな」

「実体がない?」

「そうじゃ。見えても触れられぬ。そういう存在じゃ」

「へぇ……」

 

 俺はムラサメをまじまじと見た。

 

 たしかに浮いてるし、神秘的だし、魂だと言われれば納得ではある。

 でも――。

 

「……試していいか?」

「うむ、試してみるがよい」

 

 ムラサメは自信満々に胸を張る。

 

「どうせ、我輩には触れられぬからの」

「そんなドヤ顔で言うことか?」

「よいからやってみるがよい」

 

 そこまで言われると、こっちも妙に気になってくる。

 

 俺はおそるおそる手を伸ばした。

 

「いや、でも本当に触れられないんだよな?」

「触れられぬ」

「絶対?」

「絶対じゃ」

「じゃあ、いくぞ?」

「うむ」

 

 ゆっくりと、慎重に手を伸ばす。

 

 ムラサメの肩あたりに触れるつもりだった。

 つもりだったのに――。

 

「……あれ?」

 

 触れた。

 

 普通に。

 

 すり抜けるどころか、しっかり柔らかな感触が手のひらに伝わった。

 

 ただし、狙った場所が悪かった。

 

「…………」

「…………」

 

 俺の手は、なぜかムラサメの胸に当たっていた。

 

 時間が止まる。

 

 俺は硬直した。

 ムラサメも硬直した。

 

 次の瞬間、みるみるうちにムラサメの顔が真っ赤に染まる。

 

「っ~~~~!?」

「い、いや、違っ――」

「な、な、な、何をしておるかこのたわけぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 どんっ!!

 

「ぐはっ!?」

 

 ものすごい勢いで突き飛ばされた。

 

 実体ないんじゃなかったのかよ、とツッコむ暇もない。俺の身体はそのまま後ろに吹っ飛び、縁側に背中をぶつけた。

 

「いっっ……! ちょ、待て! 今のは事故だ!」

「事故で済むかぁぁっ! 何ゆえよりによってそこに触れるのじゃ!」

「俺だって好きで触ったわけじゃない! ていうか触れられないって言ったのそっちだろ!?」

「そ、それはその……我輩もそう思っておったのじゃ!」

 

 ムラサメは胸元を押さえながら、わたわたと空中で距離を取った。

 顔は耳まで真っ赤だ。

 

「というか、触れられるなら先に言ってくれよ!」

「我輩が知るかぁ! 今のは我輩だって初めてじゃ!」

「初めて!?」

「そ、そうじゃ! そもそも他の者には見えも聞こえもせぬし、触れもせぬのじゃ!」

「じゃあなんで俺だけ!?」

「それを今から考えるところじゃろうが!」

 

 怒鳴り返され、俺は口をつぐんだ。

 

 確かに、その通りだ。

 でもこっちだってパニックである。

 

「……いや、本当に悪かった」

「う、うむ……まあ、わざとではないのなら……その、よい」

「ごめん」

「……うむ」

 

 ムラサメはまだ真っ赤なまま、ちらちらとこちらを見ては逸らしている。

 

 さっきまで偉そうだったのに、今は完全に調子を崩していた。

 なんというか、年相応の女の子っぽい反応で、少しだけ安心する。

 

 ……いや、安心してる場合じゃないんだけど。

 

「でも、触れられるってことは、やっぱり俺って特別なのか?」

「おそらくはな」

 

 ムラサメはこほんと咳払いして、何とかいつもの調子を取り戻そうとしていた。

 

「叢雨丸に選ばれたご主人ゆえ、ということなのかもしれぬ」

「ご主人、ねぇ」

「うむ。ゆえに、これからよろしく頼むぞ」

 

 改めてそう言って、ムラサメ――いや、ムラサメちゃんは小さく胸を張る。

 さっきの一件のせいで説得力が少し揺らいでいる気もするが、それでもその瞳には確かな意志があった。

 

 俺はそんな彼女を見上げて、深く息を吐く。

 

 折れた刀は元に戻った。

 目の前には、浮いてる神秘的な少女。

 しかも、その少女にはなぜか俺だけが触れられる。

 

 どう考えても、普通じゃない。

 

 でも――。

 

「……よろしく、ムラサメちゃん」

「う、うむ。任せるがよい!」

 

 少し照れたように、それでも偉そうに頷くムラサメちゃんを見て、俺はようやく実感した。

 

 ああ、始まったんだ。

 

 これが――

 俺とムラサメちゃんの、最初の出会いだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。