茉子に案内され、俺は客間を出た。
ついさっきまで気絶して寝かされていたせいで、頭はもうかなりすっきりしている。けれど、気分まで完全に切り替わったかと言われれば、もちろんそんなことはなかった。
芳乃の言葉が、まだ胸の奥に引っかかっている。
婚約者ではない。
変な期待はするな。
必要以上に踏み込むな。
突き放された、というのとは少し違う。
むしろ、自分の中にある何かを隠したまま、こちらを遠ざけようとしているように思えた。
けれど今は、それを考えていても仕方がない。
まずは穂織という土地を知ること。
そして、茉子が言っていた“もう一人”と合流することだ。
「それで、もう一人案内する相手って誰なんだ?」
廊下を歩きながら尋ねると、茉子は少しだけこちらを振り返った。
「鵜芽学院に通う予定の方です」
「へえ。ってことは、俺と同じ新入りか」
「そうなりますね。留学生の方です」
「留学生?」
思わず聞き返してしまう。
穂織に留学生。
鵜芽学院がある以上、別におかしな話ではない。けれど、この町の雰囲気を知れば知るほど、“外から来る人”というのが妙に意外に思えてくる。
「本日、志那津荘へ入る予定の方です。本来でしたら私がそのままご案内する予定でしたので、将臣さんの案内とまとめてしまおうかと」
「なるほど。俺はついでってことか」
「効率的と言ってください」
「で、その子はどんな子なんだ?」
「詳しくは私も聞いておりません。ただ、留学生であることと、高祖父が元々穂織の人間だった、というお話は伺っています」
「高祖父が?」
「はい。その縁もあって、こちらにいらっしゃるようです」
「なるほどな……」
高祖父が穂織の人間。
それだけでも、わざわざこの山あいの町までやって来る理由としては十分なのかもしれない。
「鵜芽学院って、留学制度なんてあったんだな」
「本来はありません」
「ないのかよ」
「ですが、ご本人が強く希望されたそうです」
「……それで実現したのか?」
「そういうことらしいです」
「熱意すごいな」
そこまでして来たいと思わせる穂織って、外の人から見るとどういう場所なんだろうな。
少なくとも今の俺の印象は、“風情はあるけど厄介ごとも多い町”なんだけど。
そんなことを考えながら、俺たちは朝武家を出た。
外へ出ると、山あいの空気が頬を撫でる。ひんやりしていて、頭の中のもやもやが少しだけ晴れる気がした。
もっとも、見渡す景色は相変わらず坂だらけだ。
「この町、本当に坂ばっかりだな……」
「風情があるでしょう?」
「観光客ならそう思うかもな。住む側としては、もうちょっと平らでもよかった」
「情緒の分からない人ですね」
「足腰の現実的な問題なんだよ」
茉子が小さく笑う。
少し前までの張り詰めた空気は、だいぶ薄れていた。
こうして他愛ない話ができるだけでも、気持ちはずいぶん楽になるらしい。
そうして待ち合わせ場所へ向かっていると、不意に茉子が足を止めた。
「もう少し先です」
「分かった」
俺も足を緩めた、その時だった。
ごろごろごろごろ――っ!
「……ん?」
「……何の音でしょう」
坂の上の方から、嫌な予感しかしない音が近づいてくる。
顔を上げた瞬間、俺は思わず声を上げた。
「おい、嘘だろ!?」
大きなトランクが、ものすごい勢いで坂道を転がってきていた。
「将臣さん!」
「分かってる!」
考えるより先に体が動く。
このままじゃ危ない。俺はとっさに前へ飛び出し、両腕を突き出した。
「ぐっ……!」
重い。
見た目以上に重い。腕が折れるかと思った。
「っ、止まれ……!」
がつん、と衝撃が走る。足が滑りそうになりながらも、なんとか踏ん張ってトランクを受け止めた。
「はぁ……危な――」
「きゃああああっ!」
今度は人の悲鳴が上から飛んできた。
「は?」
「将臣さん、上です!」
ふわり、と金色の髪が視界に飛び込む。
そのまま誰かが俺にぶつかり、勢いのまま俺は後ろへ倒れ込んだ。
「うわっ!?」
どさっ、と背中に衝撃。
その直後、目の前に現れたのは吸い込まれそうな青い瞳だった。
金髪。白い肌。整った顔立ち。
まるで人形みたいに綺麗な、外国人の少女。
しかも――
「…………」
「…………」
近い。
そして柔らかい。
明らかに当たってはいけない感触が胸元に当たっていた。
「……あ」
「……あ」
少女の頬がみるみる赤くなる。
「きゃああっ!? す、すみませんですっ!」
「こっちこそごめん! いや、事故だけど!」
「わたしが、ころころしてきました!」
「人に使う擬音じゃないな!?」
慌てて二人で離れる。
少女は乱れた髪を押さえながら、ぺこぺこと何度も頭を下げた。
「トランクも、わたしも、すべってしまいました! 本当に申し訳ないです!」
「怪我はないか?」
「はい! たぶん大丈夫です!」
茉子がひとつ息をついてから、少女に尋ねた。
「あなたが、本日志那津荘へ入られる方ですか?」
「はい! わたし、レナ・リヒテナウアーです!」
そう言って、少女――レナはぴしっと背筋を伸ばした。
さっきまで坂を転がってきたとは思えないくらい、明るい笑顔だった。
「日本へ勉強に来ました! 日本語も、今お勉強の途中です!」
「それは見れば分かるな」
「だめでしたか!?」
「いや、ちゃんと通じてるから大丈夫」
少し怪しい日本語だけど、一生懸命なのは伝わってくる。
飾らないぶん、むしろ好感が持てた。
「わたしの高祖父が、穂織の人だったそうです。小さいころから、おじいさんにいっぱいお話を聞いていました」
「へえ」
「だから、ずっと一度来てみたかったんです。そしたら、こうして来られました!」
「そういうことか」
「はい! とてもうれしいです!」
茉子が静かに補足する。
「詳しい事情までは私も存じませんが、その縁でこちらにいらしたようですね」
「なるほどな」
ただの物見遊山じゃない。
ちゃんとこの土地に惹かれる理由があって来たのか。
「私は常陸茉子です。こちらは有地将臣さん」
「マサオミ! さっきは助けてくれてありがとうございます!」
「いや、トランク受け止めただけだけど」
「それでもヒーローです!」
「そんな大したもんじゃないって」
勢いがすごいな、この子。
「では、改めてご案内します。志那津荘へ向かう途中、穂織も少し見て回りましょう」
「ほんとうですか!? うれしいです!」
「将臣さんの案内も兼ねていますので」
「そこで俺を巻き込む言い方するなよ」
「事実ですので」
「否定してくれないんだな……」
そんなわけで、俺たちは三人で穂織の町を歩くことになった。
◇
最初に案内したのは、茉子おすすめの鮎焼きの店だった。
店先には香ばしい匂いが漂っていて、近づくだけで腹が減る。
「わあ……いい匂いです」
「穂織では鮎は名物みたいなものです」
「せっかくだし、食べてみるか」
「はい!」
焼きたての鮎を受け取ったレナは、目をきらきらさせながら見つめた。
「きれいです……」
「魚に対する感想としては珍しいな」
「でも本当です! こんがりして、ぴかぴかしてます!」
「言いたいことは分かる」
レナは恐る恐る一口かじり、すぐに表情を輝かせた。
「おいしいです!」
「そんなに?」
「はい! 外、ぱりぱりで、中ふわふわです!」
「食レポ上手いな」
「ほんとうですか?」
「そこは普通に褒めてる」
「やりました!」
嬉しそうに笑うレナを見ていると、こっちまで少し楽しくなる。
「日本の食べもの、全部たのしみです」
「食べるの好きなんだな」
「はい! とても好きです!」
「即答ですね……」
茉子は少し呆れたように言いながらも、口調はどこか柔らかかった。
◇
次に向かったのは、レナの希望で寿司屋だった。
「日本に来たら、おすしは食べないとです!」
「そんな義務みたいに言う?」
「大事なことです!」
「外国の方にとっては、定番の憧れでしょうね」
「なるほどな」
案内されたのは、落ち着いた雰囲気の地元の寿司屋だった。カウンターに座ると、レナは物珍しそうに辺りを見回す。
「わあ……ほんものです」
「寿司屋だからな」
「テレビで見たのと同じです! 職人さん、かっこいいです!」
「マサオミ、感想がうすいです」
「お、もうツッコミ入れてくるのか」
「日本語の勉強です!」
「勉強の方向性がだいぶ強いな……」
やがて、寿司が目の前に並べられる。
「どうだ、食べられそうか?」
「はい! いただきます!」
レナが最初に手を伸ばしたのは、たまごだった。
「お、たまごから行くのか」
「やさしそうです」
「まあ、最初にはちょうどいいかもな」
ぱくり、と口に入れる。
するとレナは、すぐに目を輝かせた。
「おいしいです! ふわふわで、あまいです!」
「気に入ったみたいだな」
「はい! これ、すきです!」
その反応に安心したのか、レナは次にまぐろへ手を伸ばした。
「次はこれです! 赤くて、きれいです」
「定番だな」
「いただきます!」
ぱくり、と一口。
その直後だった。
「……っ!?」
「え?」
「んっ、んんっ……!」
急に目を見開き、肩を震わせる。みるみるうちに目尻に涙が浮かんでいった。
「お、おい!? 大丈夫か!?」
「レナさん?」
「だ、だいじょうぶです……!」
全然大丈夫そうに見えない。
レナは口元を押さえたまま、涙目でこくこく頷いた。
「これ、鼻にきます……! つーんって、来ました!」
「……わさびか」
「わさびですね」
「これが、わさび……!」
俺は慌てて湯飲みを差し出す。レナはそれを受け取り、こくこくとお茶を飲んだ。それでも目にはまだ涙がにじんでいる。
「ほんとに大丈夫か?」
「はい……これは……」
「これは?」
「心の汗です」
「心の汗」
「泣いてないです。心の汗が、ちょっと出ました」
「いや、それはもう泣いてるって言わないか?」
「ちがいます! 心の汗です!」
「そこは譲らないんだな……」
横で茉子が小さく口元を押さえた。
「……ふふ」
「茉子、笑ってるだろ」
「いいえ。ですが、少し可愛らしかったもので」
「レナさんがか?」
「将臣さんの慌て方もです」
「なんで俺まで含まれるんだよ」
レナは少し潤んだ目のまま、それでも胸を張る。
「でも、おすしはおいしいです!」
「それはよかった」
「次は、わさびに負けません!」
「無理しなくていいと思うぞ?」
「日本の食文化に、ちゃんと向き合います!」
「戦いみたいに言うな……」
そんな感じで、寿司屋での時間はかなり賑やかだった。
◇
そのあと、少し休憩がてら、芦花ねえと小春が働く甘味処・田心屋へ向かった。
暖簾をくぐると、奥からすぐに声が飛んでくる。
「あ、まー坊!」
「お兄ちゃん!」
芦花ねえと小春がこちらに気づいて手を振った。
そして、俺の隣にいるレナを見て、二人そろって目を丸くする。
「わぁ……すごい美人さん」
「髪、きれー!」
レナは少し照れたように頭を下げた。
「はじめまして! レナ・リヒテナウアーです!」
「留学生の方ですよ。今日は案内をしていました」
と茉子が説明する。
芦花ねえは柔らかく笑った。
「そっかぁ。じゃあ、せっかくだし休んでいって?」
「いいんですか?」
「もちろん。歩きっぱなしだったでしょ?」
「ありがとうございます!」
席に着いて甘味が運ばれてくると、レナはまた目を輝かせた。
「日本の甘いものも、きれいです……」
「食べる前から嬉しそうだな」
「だって、うれしいです!」
「素直でいいですね」
「マコ、やさしいです」
「それはどうも」
「将臣さんも見習ってください」
「なんで今日はずっと俺が比較されてるんだ?」
小春がずいっと身を乗り出す。
「レナさんって、どこの国から来たの?」
「北のほうの国です!」
「ざっくりしてるー!」
「寒いです! 雪がいっぱいです!」
「なんとなく分かった!」
しばらく話しているうちに、レナは芦花ねえと小春のこともすぐに名前で呼ぶようになった。
「ロカ、これすごくおいしいです!」
「ふふ、ありがと」
「コハルも毎日ここにいるんですか?」
「うん! たまにだけどね!」
「いいところです!」
やけに距離の詰め方が早い。けれど、嫌味がないせいか不思議と自然だった。
◇
最後に案内したのは健実神社だった。
石段の先にある社殿を見上げ、レナは足を止める。
「わあ……」
「ここが健実神社です」
「空気、ちがいますね」
「そうか?」
「はい。しずかで……ぴんってしてます」
その言葉に、俺は少しだけ表情を引き締めた。
ただの観光地ではない。ここは朝武家にとっても、穂織にとっても特別な場所だ。
レナはそんなことを知らないはずなのに、何か感じたみたいな言い方をした。
「マサオミ?」
「あ、いや。なんでもない」
「へんな顔してます」
「今日それ言われるの何回目だよ……」
レナは手を合わせ、ぎこちなくお参りをする。
「何をお願いしたんだ?」
「ひみつです」
「お、そこはちゃんと言えるんだな」
「大事な言葉、先に覚えました」
「使いどころがうまいな」
茉子が時間を見て言った。
「では、そろそろ志那津荘へ向かいましょう」
「はい!」
◇
志那津荘に着くと、ちょうど中から一人の女性が出てきた。
落ち着いた物腰に、柔らかな笑み。どこか旅館の若女将を思わせる上品な雰囲気の人だった。
「いらっしゃいませ。本日からお世話になります方ですね?」
「は、はい! レナ・リヒテナウアーです! よろしくお願いします!」
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。私は猪狩と申します。こちらでお世話をしております」
「猪狩さん! よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げるレナに、猪狩さんはやわらかく微笑んだ。
「はい。どうぞよろしくお願いいたします。お話は伺っておりますので、ご安心くださいませ」
「ありがとうございます!」
そのやりとりを見てから、俺は一歩前に出た。
「猪狩さん、すみません」
「はい?」
「本当は俺も、こっちの手伝いをする予定だったみたいなんですけど……事情が変わって、しばらく手伝えそうにないんです」
「ええ、その件でしたら大旦那様から伺っております」
「そうですか……。すみません」
「とんでもございません。どうかお気になさらないでくださいませ。今は今のお立場で、なさるべきことを優先なさってください」
「……ありがとうございます」
やわらかい口調なのに、ちゃんと人を安心させる言い方だった。若女将っぽい、という印象がぴったりくる。
猪狩さんはレナへ向き直る。
「レナ様、お部屋の準備はできております。お荷物もお持ちいたしますね」
「ありがとうございます!」
「うふふ、とても元気でいらっしゃいますね。志那津荘でも、すぐに馴染まれますよ」
「はい! がんばります!」
そしてレナは、俺たちの方へくるりと向き直って、ぱっと笑った。
「マサオミ、マコ、今日はありがとうございました。厚く怨霊申し上げます。」
「お、怨霊はいらないかな?」
「?」
レナはきょとん、と不思議そうに首を傾げる。
どうやら自分が何を言い間違えたのか、分かっていないらしい。
その横で、茉子が小さく口元を押さえた。
「……おそらく、『お礼申し上げます』ですね」
「あっ……!」
そこでようやく気づいたのか、レナの頬がみるみる赤くなる。
「ご、ごめんなさいです! お礼です! 怨霊じゃないです!」
「うん、それはだいぶ怖い方向に変わってるな」
「日本語、むずかしいです……!」
「でも気持ちは伝わったよ」
「ほんとうですか?」
「ああ」
そう言うと、レナはぱっと表情を明るくした。
「えっと……マサオミ、マコ、今日はほんとうにありがとうございました!」
「いや、無事着けてよかったよ」
「また学校で会いましょう」
「はい! また会いましょう!」
そう言って、レナは猪狩さんに連れられて志那津荘の中へ入っていった。
その後ろ姿を見送り、茉子が小さく息をつく。
「これで案内は終わりですね」
「なかなか賑やかだったな」
「ええ。想像以上に元気な方でした」
「だな」
茉子は荷物を持ち直した。
「私はこのあと夕食の買い物がありますので、ここで失礼します」
「分かった。今日はありがとな」
「いえ。将臣さんも、ちゃんと帰ってくださいね」
「その言い方だと不安しかないな」
「実際、不安ですので」
「信用ないなあ……」
そう言い残し、茉子は去っていった。
◇
一人になった俺は、帰り道を歩き始めた。
だが――穂織の道は、まだ完全には頭に入っていない。
特に夕方以降は、見慣れたはずの景色まで違って見える。
「あれ……こっちで合ってたっけ?」
分かれ道の前で足を止める。人の気配も、さっきまでよりずいぶん少ない。
嫌な予感がした。
引き返すべきか。
そう思った時には、すでに少し山の方へ入り込んでしまっていた。
「まずいな……」
その瞬間。
ぞわり、と背筋が粟立った。
空気が冷たくなる。
いや、冷たいだけじゃない。肌にまとわりつくような、粘ついた悪寒。
「……っ」
この気配には覚えがある。
木々の奥、闇の中で何かが動いた。
低い唸り声。
そこから現れたのは、犬のようでいて、到底ただの犬ではありえない異形だった。
「祟り神……!」
喉がひりつく。
ムラサメちゃんはいない。
武器もない。
逃げるしかないのに、足が竦む。
祟り神が低く身を沈めた。
「くっ――!」
来る。
そう思った瞬間、影が跳ねた。
とっさに横へ飛ぶ。
だが、完全には避けきれない。
黒い影が右肩をかすめるように叩きつけ、どん、と鈍い衝撃が走った。
「がっ……!」
肩に重い痛みが広がる。
鋭い裂傷ではないが、まともに食らった右肩がずしんと痺れた。
「っ、ぅ……!」
思わずよろめく。
祟り神は地面に着地すると、獲物を追い詰めるようにじり、と間合いを詰めてきた。
「くそ……!」
まともに戦える相手じゃない。
なら、逃げるしかない。
俺は痛む肩を押さえながら、半ば転がるように駆け出した。
木々の間を抜ける。
足場の悪い山道を、息を切らしながら必死に走る。
後ろから、獣の唸り声が追ってくる。
「はっ……はぁっ……!」
肩が痛む。
右腕を振るたび、鈍い痛みが響いて呼吸まで乱れる。
それでも止まれない。
止まったら終わる。
背後で枝が折れる音がした。
もう、すぐ後ろまで来ている。
「っ――!」
振り向く余裕もないまま、さらに前へ出る。
だが次の瞬間、祟り神が横合いから飛びかかってきた。
「しまっ――」
避けきれない。
どんっ、と全身に重い衝撃がぶつかる。
「があっ!?」
視界が大きく揺れた。
足元の地面が消える。
「え――」
そこが崖際だったと気づいた時には、もう遅かった。
踏み外した体が宙に投げ出される。
落ちる。
木の枝が体に当たり、肩の痛みがさらに弾ける。
背中を何かにぶつけ、息が詰まる。
「っ、ぁ……!」
何度か斜面を転がり、最後に強く地面へ叩きつけられた。
頭の中が真っ白になる。
呼吸がうまくできない。
肩が痛い。背中も痛い。どこがどうなっているのか分からない。
かろうじて目を開けると、崖の上の方に黒い影が見えた。
祟り神。
だが、その姿もすぐに霞んでいく。
「く……そ……」
意識が遠のく。
最後に感じたのは、右肩に残る鈍い痛みと、全身を包む冷たい土の感触だった。
そのまま俺の意識は、闇の中へ沈んでいった。