「――お願い、サターン!
サターンとのリンクを全て切られ、何もできなくなった美月は、通信を切られてなお、諦めずに必死に呼びかけていた。
でも返事はない。無視しているのか、本当に聞こえない様に遮断しているのか、自分には分からなかった。
ただこの魔力が見える目でサターンとのネメシスとのやり取りを見ていることしかできなかった。
『……黒土美月の力をなしで私と戦うつもりか?』
「言った筈だ……
『しかし
「だろうな……」
ネメシスが淡々と告げる事実をサターンは激怒することなく、黙って受け止めていた。
だが怒りが収まった訳ではない。その静かな声には、今もなお、激しい怒りの炎が宿っていた。
「
「
サターンの言っている意味が分からない。ネメシスも
「……明日斗博士、貴方からは僕一人では使ってはならないと言われていましたが……そんなのは関係ない! 今この力が必要なんだ!
サターンが『魔王システム』と口にした瞬間、明らかに周りの空気が変わった。
美月の周り……アークサターンのコアである魔石を中心に、ドス黒く禍々しい魔力が溢れ出て来る。
まるで
母の形見であるペンダントを握りしめて、必死にその感覚に耐えた。
その外側ではアークサターンの胸部の装甲の一部が展開し、本来は機体の内部収納されている魔石が剥き出しになる。
その魔石も元の宝石の様な綺麗な紫から、黒と赤が混じり合った禍々しい色へと変色していた。
さらに釣り上がった瞳と、裂けた口に見える紫の光が現れて、
それだけではない。背中からまるで何かが這い出る様な動きで、二対の大型ブースターの『アークウィング』が変形すると、悪魔の様な手をした巨大な翼へと形を変え、展開させた。
それ以外の場所でも、機体の至る所から、紫の炎が漏れ出ていた。
最早元の騎士の様な面影は消え、正真正銘の悪魔の王である魔王に相応しい姿へと変貌していた。
「「
「うぐっ……さ、サターン……!」
(この……声は……!?)
サターンはまるで
でも、確かにサターンの声と重なる様にもう一つの声が聞こえた。
それは子供の声だった。殺気の籠った禍々しい声だが間違いない。
聞き間違える筈がない。どれだけ変貌していても、
(サターンは……まさか……? でも……!)
美月は朦朧とする意識の中、サターンの正体を思い浮かべては、直ぐに自分で否定していた。
だってあり得ない。
それに
『……では、見せて貰おうか?
「「****!!」」
サターンはアークソードとアークシールドを合体させ、アーク
元のアークサターンも実戦仕様で、高いスペックを誇っていたが、その動きはもはや機体のスペックでは説明できない物になっていた。
輝たちが見せたシンクロゾーンとはまた違う、人間の様と言うよりも、獣の様な動きだった。
「「**!!」」
『……ほう。 予想以上のパワーだ』
サターンの巨大な斧とネメシスの長剣がぶつかり合う。
最初に接敵した時は、こちらが一方的に押し負けたにも関わらず、今度はこちらが相手を後ろへと押し込んでいた。
「「************!!」」
サターンそのまま機体の全身のスラスターを全開にし、敵ごと機体を加速させた。
この禍々しい魔力のせいか、その出力も桁違いだ。
その余波で周囲の建物をさらに破壊しながら、バトルフィールドの端にある外壁へと辿り着くと、その勢いのまま敵を外壁にめり込ませる。
さらに背中の悪魔の様な手をした巨大な翼へと変形したアークウィングが敵を握り潰そうとする。
『だが……スピードなら私の方が上だ……』
「「――*!?」」
『それに理性なき獣の動きでは、私には届かない……』
超スピードで背後へと移動したネメシスが剣に暴風と雷を再び纏わせた。
(やっぱり……ネメシスの使う魔法は……!)
こうして、完全に戦いから切り離されたことで、美月はネメシスが使う魔法の違和感に気づいていた。
ネメシスが使っている魔法は、魔法科学によってシステム化された人工魔法であるマジカルスキルとは明らかに異なっていた。
本人が精霊であるからか、魔力に宿る精霊の力を何倍にも引き出して、自身の魔法を発動させている。
推測でしかないが、きっとこれが昔の……失われた本来の魔法の形なのだろう。
それ故にマジカルスキルとは比べ物にならない程の威力となっていた。
それに加えて、異常なまでの機体スペックだ。サターンが今の状態になってようやく勝負になっている様に見えるくらいだ。
もしネメシスを相手にするなら、普通の機体と軍用機のどちらで戦っても結果に大差はないだろう。それ程までの隔絶した差だった。
「「***!?」」
サターンも獣染みた動きで回避するが、至近距離だったこともあり、その斬撃が掠めた機体の左腕を切り飛ばした。
その余波で機体の左半分にも無視できないダメージが入る。
サターンもタダではやられず、無事な右手でアーク
両者が一度足を止めて、睨み合う。
「「***……!」」
「嘘……!?」
信じられない光景に美月は思わず口を開いた。
何とダメージを受けたアークサターンの左半身が紫の炎に包まれ、瞬く間に修復されたのだ。
それは切り飛ばされた左腕も同様で、禍々しい魔力によって引き寄せられ、そのまま機体と繋がると、何事もなかった様に動かせる様になる。
(一体、どれだけの魔力が……!?)
いくらメカニカルウィッチには自動修復プログラムがあるとは言え、膨大な魔力を使用する都合上、戦闘中に機体を修理することは不可能だ。
それにも関わらず、最早再生と言っても過言ではない修復速度だ。
しかも、サターンはそのまま戦闘を続行する。
「「****!!」」
時に壁さえも走りながら、建物を利用して縦横無尽に動き回った。
巨大な斧と翼を力のままに振り回し、さらに長さを増した腰部の『アークテール』で敵を突き刺そうとする。
『どんなに凄い攻撃でも……怒りに身を任せた攻撃では私には当たらないぞ……』
一撃でも当たればタダでは済まない連続攻撃を前に、ネメシスは焦り一つすら見せず、最小限の動きで避けながら、カウンターでこちらへとダメージを入れて来る。
しかし、そのダメージさえも、戦闘中に修復していく。
それはまるで
『……未熟過ぎる。 これではまるで
その声には明らかな失望の色が混じっていた。
『……もう良い。 せっかくその力も、今の子供のままでの君たちでは使いこなせまい。 終わりにするとしよう』
「「――*!?」」
――その瞬間、ネメシスの動きが明らかに変わった。
元の風の如き速さから、今度は雷の如き速さに変化していた。
今までの風を思わせる流れる様な細かい動きと比べると、雷を思わせる直線的な動きで大雑把になっているが、スピードが全然違う。
それに攻撃に使うならば、こっちの方が強い。
「「************ーー!?」」
サターンも獣の様な反射神経で対応するが、全然間に合っていなかった。
機体の再生速度を超える勢いで、ダメージが蓄積していく。
終いにはアーク
さらにそのまま今度は逆に自分たちが外壁へと叩きつけられた。
「「**……!?」」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ〜〜!?」
その衝撃で美月も思わず悲鳴を上げる。
そして、外壁にめり込み動きを止めたアークサターンの目の前に姿を表したネメシスがその剣を美月のいる魔石目掛けて突き刺した。
「「*****ーー!!」」
サターンも咄嗟に巨大な翼を盾にするが、それすらも貫通し、剣先が魔石へと突き刺さった。
本来ならば破壊がほぼ不可能な筈の魔石に亀裂が入る。
「「************ーー!?」」
「サターン!?」
まるで本当に心臓を突き刺されたかの様に、サターンが声にならない悲鳴を上げた。
そんなサターンを微塵も憐れむことなく、ネメシスは剣先を押し付ける様に力を込めた。
『弱い……弱過ぎる……。 君たちは
「「*……*……!!」」
『このままでは
「「――ッ!?
「何を……言ってるの……?」
自分の名前に反応したサターンの言葉が片言に戻る。
しかし、それよりも今はネメシスの言い方の方が引っかかる。
『この程度の力では黒土美月を……君たちの
「「ヤ、止メロッ……!」」
「……
その言い方はまるでサターンが……。
美月はネメシスが言った言葉の意味を理解しかけていた。
いや、違う。本当は頭のどこかでは気づいていたのだ。
でも、無意識にそれをずっと否定していた。母との思い出からずっと逃げていた様に。
だってもし勝手に期待して、外れていたらきっともう二度と立ち直れなくなるから……。
だからサターンが自分から明かしてくれるのを……こうして誰かが答えをくれるのを待っていたのだろう。
『君たちの
「「止メロォォォォォォォォォォッーー!?」」
『――
「お兄……様……?」
――ネメシスが口にした
確かにサターンには既視感があった。
髪の色も、目の色も、口調も違っていたし、声だって若干変わっていた。でも、きっと大好きだった
きっと初めて見た時に泣いてしまったのもそのせいだったのだろう。
……でもそれなら
美月は縋り付く様に兄へと呼びかける。
「サターンは……お兄様なの?」
「――ッ!?」
美月の言葉にサターンが動揺した反応を見せる。
やはり聞こえなかったのではなく、聞こえないふりをしていたのだろう。
「お兄様!? お兄様なの!?」
「ち、違う……僕は……!」
泣き叫ぶ美月の声を聞いたサターンが焦った様子を見せる。
そんな最中、ネメシスが再びその口を開いた。
『
「黙れッ!!」
『だが安心すると良い。 直ぐに妹も……黒土美月も君たちと同じ存在になる。
「ふざけるな! そんなこと絶対にさせない……!」
『その為にも……黒土美月には
「ネメシス!!」
サターンは激しい怒りと殺気を放ちながら、機体を無理やり動かそうとする。
しかし、ネメシスも魔石を突き刺す剣の力を緩めない。
――その時だった。
『……そこまでだ。 これ以上、この学園で好きにはさせない』
上空から声が聞こえて来るのと同時に、アークサターンだけを避ける様にビームの雨が降り注いだ。
さらに左右からノーブルマルチウィングが内蔵する銃口からビームを発射しながら迫ってきた。
『……また邪魔者か』
ネメシスは現れた邪魔者を排除する為に、サターンの魔石に突き刺さった剣を引き抜こうとした。
「――ッ!? 逃すか!!」
『何……!?』
しかし、それをサターンが巨大な翼とまだ無事な左腕の三本の手で掴み抵抗した。
それにより、一瞬動きを止めたネメシスにビームの雨が直撃する。
『チッ!』
異常な防御力により目に見えたダメージは入っていなが、ネメシスは初めてほんの少しだけ焦った様子を見せた。
アークサターンから無理やり剣を引き抜くと、そのまま振り回し、風圧でドローン武器を吹き飛ばす。
そして、続けて飛んで来た狙撃を紙一重で交わしながら、上空で浮かぶノーブルヴィーナスへと視線を定めた。
『……厄介だな。 消えて貰うとしよう……』
その言葉と同時に、剣に暴風と雷を纏わせ、魔法の斬撃を放つ。
『くっ……!?』
『マスター!?』
輝たちは咄嗟に呼び戻したドローン武器を盾にした様に見えたが、空中で爆発巻き起こる。
『いや……これは……』
――それを見届けたネメシスが、何かを口にしたその時だった。
「ネメシス!!」
千切れたままの右腕などまだ完全ではないとは言え、機体を修復させたサターンが吠える様に、背中を見せた敵へと飛びかかった。
左腕の『アークガントレット』をかぎ爪の様に展開し、さらにアークテールとアークウィングと言った、今使える全ての武器を総動員して、敵へと襲いかかる。
『チッ! 無駄だ……!』
ネメシスは振り向くのと同時にアークサターンの右の翼と尻尾を切り飛ばした。
そのまま今度こそ止めを刺そうとして……。
『これ以上、美月さんたちに手出しはさせない! いくよ、ヴィーナス!』
『はい、マスター』
『『――シンクロゾーン!』』
『やはり落としきれて……!』
ノーブルガンソードで射撃しながら、凄まじいスピードでこちらへと突っ込んで来る輝たちの機体に気づいた。
ネメシスの死角である視界外から放たれた正確無理な狙撃が、関節部分に命中する。
ダメージこそは殆どないが、動きがほんの一瞬硬直した。
――その一瞬の隙をサターンは見逃さない。
残っている左の翼と左腕で敵の右手を握り潰す様に掴んだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッーー!!」
『くっ……!?』
そのまま右肩から引き千切る形で、手に握られている長剣ごと右腕を抉り取った。
その衝撃でアークサターンの左腕と左の翼も砕け散るが、あのネメシス相手に初めて目に見えるダメージを与えた。
右腕を失ったネメシスは超スピードで一度距離を取る。
『無事か、美月さん!? サターン君も!?』
そのまま頭から地面に倒れたアークサターンを庇う様に、輝たちの機体がネメシスとの間に割って入って来る。
輝たちの機体は盾に使ったドローン武器を失っていたが、機体本体はダメージこそ入っているが、まだ大丈夫な様だった。
そんな二機を見ながら、ネメシスが再び口を開いた。
『……どうやら君たちの力を甘く見過ぎでいた様だ。 これはとんだ失態だな……。 それに……どうやら時間切れの様だ』
すると選手用の二つの通路から学園の警備員の機体が次々とバトルフィールドへと突入して来る。
『……今日はここまでの様だな』
『逃すか!』
撤退を口にしたネメシスに対して、輝たちの機体はすかさず銃口を向けた。
しかし、次の瞬間にはネメシスは美月たちの背後へと移動していた。
『黒土美月、そしてサターン。 君たちの中に眠る力は見させて貰った。 君たちは今はまだ
『待て!!』
輝たちの機体が急いで振り向くが、ネメシスは切り落とされた右腕と長剣を回収すると、次の瞬間にはその場から姿を消していた。
『**************ーー!!』
するとそれと同時に何処からか精霊の言葉の様ではあるが、まるで獣か何かが吠える様な声が聞こえて来た。
でも、それは今ここにいるサターンとは完全に別の存在の声だった。
しばらくすると、その声も聞こえなくなった。
戦いが終わったことで、美月は再び兄へと呼びかける。
「サターンはお兄様なんでしょ!? 良かった……私っ……!」
ネメシスが言っていたことは良く分からなかったが、そんなことはどうでも良かった。
だってどんな形であれ、こうして再び兄と再会できたのだから。
「違う!! 僕は美月のお兄様じゃない! 僕にはそう呼ばれる……資格はないんだ……!」
「どうして……!?」
しかし、サターンはそんな美月を拒絶した。兄であることを、黒土陽太であることを否定する。
「僕は奴の……ネメシスが言っていた通りの存在なんだ……
「
ネメシスが口にしていた
さらにネメシスがサターンに対して
それはつまり……。
サターンは、美月に対してまるで罪人が罪を告白するかの様に、ゆっくりとその口を開いた。
「――僕は
「お兄……様の……」
「
「そんな……こと……」
「こんな
「う……あ……! お、おにぃ……っ……!」
サターンが明かした真実に、美月は頭が真っ白になり、どう声をかければ良いのか分からなくなってしまった。
――兄の名前を呼ぶことすらもできなくなってしまっていた……。