――こんなこと、美月に絶対に泣かれるから言えないけど……。 僕は初めて君の……妹の存在を聞かされた時、
「……妹?」
「そうですわ。 陽太はもう直ぐお兄さんになるのよ? だからごめんね。 陽太の相手をしてあげられる時間は減ってしまうけれど……お兄さんになるんだから、少しだけ我慢してね?」
「うぅ、何で!? 嫌だよ! 僕からお母様を奪うその妹?何で大嫌いだ!!」
「あらあら、困りましたわね……」
黒土陽太にとって母である
腰まで届くロングヘアの明るい紫の髪に、宝石の様に綺麗な真紅の赤い瞳をした女性だった。
父である黒土明日斗のことは殆ど知らない。
当時メカニカルウィッチが開発されたばかりで、海外にあるワールドユニオンの研究所にいた父は、その忙しさから殆ど家に帰って来ることがなかった。それこそ一年に一度帰って来るかどうかと言うくらいに……。
それ故に、テレビでよく見かけはしても、自分の父であると言われてもピンと来なかったのだ。
そんな環境で母の手によって育てられた陽太が懐くのは当然の結果であった。
だからまだ会ったこともない妹に母を盗られると知った時、本気で嫌いになっていたのだ。
*****
――でも、そんな嫉妬の気持ちは、初めて妹を目にした時に、はるか宇宙の彼方に飛んで行ったんだ。
「ほら、陽太。 この子が貴方の妹よ。 名前は美月。 優しく抱っこしてあげて?」
「わ、わあ〜〜!!」
病院のベットの上にいる母から手渡された妹はそれはもう可愛かった。
母から言われた通り、優しく、丁寧に、大切に抱っこする。
まだ軽いけれど、ちゃんと命の重みを感じて言葉にならない程の感動を覚えた。
しかし、きっと妹のことを勝手に大嫌いだと思っていた罰があったのだろう。思いっきり泣かれた。
「ど、どうしよう、お母様!? 僕、美月に嫌われちゃった!?」
「大丈夫ですわ、陽太。 ほら、美月、この子が貴方のお兄さんですわよ。 怖くない、怖くない。 貴方のお兄さんはきっと美月を守ってくれる。 ほら、陽太も笑いかけてあげて?」
「う、うん……!」
母のおかげで少しだけ落ち着いた妹に対して、陽太は優しく笑いかけた。
「安心して、美月。 僕は陽太。 美月のお兄さんだよ。 怖くない、怖くない。 大丈夫だよ、僕が必ず美月を守るから」
その誓いは決してその場限りの出まかせなんかじゃなかった。
初めて妹を目にし、こうして触れたことで本気でそう思ったのだ。この子の兄として、この子を守りたいと本気で願ったのだ。
するとそれが伝わったのか、妹は初めて笑顔を見せてくれた。
「か、可愛っ〜〜!! て、天使みたいだっ〜〜!!」
その天使の様な笑顔を見た時の衝撃は一生忘れることはないだろう。
世界で一番可愛いと言っても過言じゃなかった。ハートを一瞬で撃ち抜かれた。
きっと自分はこの子と出会う為に生まれて来たんだと、胸を張って言える程の、今までの人生で一番の感動だった。
この子の笑顔を守る為なら、自分は何だってできる、何にだってなれる様な気がした。
そして、この笑顔の虜になったのは自分だけじゃなかった。
「はあ〜〜!! 可愛いのじゃ! 可愛いのじゃ! ……んんっ、美月や、妾の名はムーン! 美月の相棒なのじゃ!」
暗い紫の髪に、青い瞳をしたメカニカルウィッチであるムーンが、美月を近くで見るべく、陽太の肩の上へと飛び乗って来た。
普段の古風で落ち着いた女性の雰囲気がまるで感じられない程のテンションの高さだった。いや、でも気に入ったものにはこんな感じなので、いつもと割と変わらないかもしれない……。
「少し落ち着け、ムーン……。 それは流石に……気が早過ぎるだろう……」
今度は金髪に、赤い瞳をしたメカニカルウィッチであるサンが、陽太の逆の肩の上へと飛び乗って来た。
そんなサンは寡黙で武人の様な男性で、陽太にとって世界で一番の相棒であった。
「何じゃ、サン! 既に陽太の相棒であるお主には、妾の気持ちが……妾がどれだけ美月に会うことを心待ちにしていたのか分かるまい!」
「ムーン……どれだけ美月のことが気に入ったのだ……。 確かに我が陽太の相棒になる為にいろいろと強引に……無理を言ったのは申し訳ないと思っている……。 別に反省はしていないが……」
「おい、貴様……」
そんなサンとムーンは、母の相棒であるクリサリスと共に、父の元を離れて自分たちと一緒に暮らしている大事な家族だった。
ムーンだけはつい最近まで、バルカンと共に父の手伝いをしていたが、こうして妹が生まれたのを機に、こちらで暮らすことになっていた。余程羨ましかったらしい。
「決めたぞ! 妾は絶対に美月の相棒になるのじゃ! 故に今日から妾は美月の
「ま、待て……今そんなことを言ったら……」
ムーンが聞き捨てならないことを言う。それは流石に許容できない。
「何言ってるの、ムーン! 美月の兄は僕だよ!」
「ふふん、いくら陽太と言えど、こればかりは譲れなのじゃ! 何故なら妾は、美月の相棒にして
「む〜! それなら、僕だって美月の
――多分これが後に美月がお兄様と呼んでくれる原因になったのだと思う。 ムーンの方のお姉様は定着しなかったとは言え、二人共そう呼んで貰えるように全力で刷り込みしたのだから……。
「ふふっ、微笑ましいですわね。 陽太と美月も仲の良い兄妹になれそうだし……これから毎日楽しくなりそうですわ。 そう思わない? クリサリス?」
「はい、そうですね、乃亜様。 ボクも楽しみです」
こちらを見て微笑む母と話しているのは、オレンジに近い明るい茶髪に、緑の瞳をしたメカニカルウィッチであるクリサリスだった。
彼女は母の相棒であり、自分が生まれる前からずっと母に仕え、守って来た正真正銘の
「ほら、明日斗たちもせっかく帰って来れたんだからもっとこっちに来て? 家族皆で一緒に写真を撮りましょう?」
「だそうだが、明日斗? お主は何を遠慮しているのだ?」
「すまない、バルカン。 子供たちにどう顔を合わせれば良いのか分からなくて……」
「全く……だからと言って数少ない機会を無駄にしてどうする……」
「その通りだな。 乃亜も、今行くよ」
母とバルカンに促され、部屋の隅っこにいた黒い髪に、青い瞳をした、眼鏡をかけた男性である父が近づいて来る。
その肩の上に乗っているのは、白い髪に、金の瞳をした、モノクルをかけたメカニカルウィッチであるバルカンだった。
彼はずっと父の手伝いをしていて、世間からは相棒と認識されていた。
そして、家族皆で写真を撮る為の準備をした。
「自動撮影の準備はできた、いつでも撮れるよ、乃亜」
「ありがとう、明日斗。 陽太、美月は大丈夫そう?」
「う、うん……! でも僕が抱っこしたままで良いのかな?」
「勿論よ、陽太。 美月も嬉しそうですし。 サンとムーンもちゃんと見ててあげてね?」
「無論だ……」
「勿論じゃ!」
陽太は母の側で肩の上へにサンとムーンを乗せたまま美月を抱っこする。
「クリサリスもわたくしの肩の上にいらっしゃい」
「失礼致します、乃亜様」
クリサリスは乃亜の体を気遣いながら、ゆっくりと肩の上へと移動した。
「明日斗とアース、それにバルカンも準備は良い?」
「ああ、乃亜。 ……大丈夫だ」
「ワシも問題ないぞ」
「それじゃあ皆笑って」
そうして、家族皆で撮った写真は大切な宝物となった。幸せな記憶として、いつまでも残り続けた。
――でも、この写真が家族皆で撮った最初で最後の写真となった。
*****
――それから父は当時研究途中だったメカニカルウィッチのさらなる可能性であるスーパーメカニカルウィッチの研究により、家に帰って来れなくなった。
「――お兄様!」
父とバルカンとは電話でしか会えなかったけど、それでも幸せな日々だった。
最愛の母に見守られながら、自分を慕ってくれる美月との生活は本当に幸せだった。
「――サン! これで僕たちも!」
「ああ、陽太……! ついに、我らも小学生チャンピオンバディになれたな……!」
四つ上の世代である海姫ネオンとネプチューン、天王寺麗とウラノスにだけは終ぞ勝てなかったけれど……。
その二人が卒業した後、全国大会の小学生の部で優勝して、小学生チャンピオンバディになることができた。
「――
「ああ、
美月も自分に憧れてくれた。いつか自分たちの様になりたいと、相棒となったムーンと約束を交わしていた。
「ふふっ、わたくしの子供たちは本当に可愛いですわ。 将来が楽しみね」
「乃亜様、ボクも今同じことを思っていました」
――本当に、本当に幸せな日々だったんだ……。 ずっとずっと、この幸せな毎日が続くんだって、無垢に信じていたんだ……。 あの日までは……。
*****
――それは美月が生まれてから五年後……今で言うなら、
JP国にメカニカルウィッチ研究所が建てられ、父もそこで働くことになり、これからは家族皆で一緒に暮らせる様になる筈だった。
そんな研究所の式典にメカニカルウィッチの開発者である明日斗博士の家族として招待された自分たちは、その場所で父と再会した。
再会した父が話していた詳しい内容はあまり覚えていない。それでもとても焦った様子だったのは覚えている。
父曰く、ある恐ろしい計画を阻止する為にも、父の両親である地ノ星博士夫妻が開発した『特別な人工精霊』と呼ばれるバルカン、クリサリス、サン、ムーンの力が必要だと言っていた。
それと同時に自分と美月と母に巻き込まれない様に避難して欲しいと言っていた。
クリサリスとサンとムーンは自分たちの元から離れるのをかなり渋っていたが、父から何かを聞くと、自体の深刻さを理解したらしく、父と一緒に何処かへ行ってしまった。
別れ際まで、クリサリスは母の側から離れることを謝っていたし、サンは自分のことを本気で心配していた。そして、ムーンは美月のことを自分に託すと言い残した。
そして、残された自分たちは父の助手である白金博士と言う女性に案内され、研究所内にある避難シェルターへと向かった。
それからしばらくして、突如大きな音と共に、研究所が大きく揺れた。
そのせいで、美月が泣き出す中、白金博士はモニターの様なものを操作して、外の状況を確認していた。
すると焦った様子の白金博士が「早くここから逃げて下さい! 奴らの狙いは最初から……」と叫ぶのと同時に、分厚いシェルターの壁が突き破られた。
その側にいた白金博士を瓦礫の下敷きにして、その無機質な瞳を持つ巨大なメカニカルウィッチが現れた。
自分にとってメカニカルウィッチは、サンの様な相棒であり、ムーンやクリサリスの様な家族でり、ウィッチバトルを通して出会ったライバルたちであった。
皆それぞれの性格があり、喜び、怒り、哀しみ、楽しんでいた。
決して、こんな感情の欠片もない
「陽太! 美月!」
母が自分と美月を連れて、逃げようとする最中、兵器の怪物のは躊躇いなく武器を使用した。
咄嗟に母が自分と美月を突き飛ばしたのと同時に、視界が塞がれる程の光と、耳が壊れる程の爆発音、そして焼ける様な炎の熱さと匂いがした。
「うぅ……!」
「痛いよ……お兄様……。 助けて……お母様……」
「――ッ!? 美月!?」
再び目を開けると、辺りの景色は赤い炎が燃え盛る地獄へと変わっていた。
朦朧とする意識の中、弱々しい声が聞こえて来る。激痛が走る体を無理やり動かして、美月の元へと向かう。
美月は頭から血を流し、綺麗な髪の一部が血で染まり、さらに足にも瓦礫の破片が突き刺さり、血が流れ続けていた。
まだ幼い五歳の妹にとっては重症になりかねない程の大怪我だった。
自分の服の一部を引き千切り、包帯の代わりに巻き付ける。目に見える部分の出血は一時的に抑えたが、こんなの応急処置にもならない。
そして、朧げな意識の妹を背負い母の姿を探す。
「――お母様!?」
母は自分たちを庇ったせいで、瓦礫の下敷きになっていた。
何とか上半身は見えるが、下半身は完全に瓦礫の中に埋もれ、頭から血を流し、その場に血溜まりが広がっていた。
「陽太……美月を連れて……早く逃げるのですわ……」
「お母様も一緒に!」
「わたくしはもう……助かりませんわ……。 お願い……アイツが来る前に……早く……」
母が弱々しい言葉を紡ぐ中、襲って来た兵器の怪物が、崩れた瓦礫を破壊しながら、自分たちがいる非常用の通路へと無理やり入り込んで来ようとする。
「陽太……お願い……このままじゃ美月も……貴方の妹も危ない……。 でも……二人だけならきっと……逃げられる……」
「でも、お母様が!?」
「お願い……
「最後だなんて!?」
「聞いて……陽太は……美月のお兄様でしょ……? だから……約束して……陽太は美月を……妹を必ず守ると……」
「――ッ!? うん、約束するよ! 僕が必ず美月を守るよ!」
視界はもう涙でぐちゃぐちゃだった。
本当は分かってた。目の前の母の怪我は致命傷なことが……もう助からないことが……。
でも、分かっていてもなお、頭がその事実を拒絶していた。
だって大好きな母なのだ。そんな母が死ぬなんて認めたくなかった。
一方でまだ幼い美月は、周りの状況がまだ完全に飲み込めていなかった。
「……お母様?」
「美月……ごめんね……わたくしは……もう貴方と……一緒にいてあげられないの……。 でも……大丈夫……きっと陽太が……貴方のお兄様が……美月を守ってくれますわ……」
「お母様……何言ってるの……一緒じゃなきゃ嫌だよ……!」
「わたくしも……本当は……美月と……陽太と……もっと一緒にいたかった……。 でも……ごめんね……。 これからは……きっと……あの
「お母様……!」
美月は嫌だ嫌だと首を振っていた。その顔も涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「美月も……
「うん……! 約束するよ……お母様……!」
美月が泣きながらも、力強く返事をすると、母は安心した様に微笑んだ。
しかし、そんな自分たちの元へと兵器の怪物が迫って来ようとしていた。
「陽太……美月……これが本当に……最後のお願いよ……」
「「うん……!」」
「お願い……どうか二人共……生きて……。 必ず……兄妹一緒に……ここから無事に出るのよ……。 約束してくれる……?」
「「うん……! うん……!」」
「ありがとう……。 さあ二人共……行くのですわ……。 振り返っては……ダメよ……?」
「「お母様……!」」
「陽太……美月……ずっとずっと愛していますわ……」
母最後にそう口にすると意識を失った。
酷い怪我のせいで体中が血まみれになっていたが、瞳を閉じたその顔は、どこか安らかに眠っている様にも見えた。
そんな母の最後の姿を見届けて、後ろを振り返らずに走り出した。
すると後ろから……母がいた場所から大きな爆発音が聞こえて来る。
でも、振り返ることは許されない。美月を守る為にも。それが母との最後の約束なのだから。
「――大丈夫だよ! 僕が必ず美月を守るから!」
泣いている美月に誓う。自分が必ず美月を守ると。それが自分と母の願いなのだから。
「――
泣いている美月に約束する。美月だけは絶対に置いて行ったりしないと、一人にはさせないと。それが自分と母の約束なのだから。
それでも結局、逃げる途中で兵器の怪物に追いつかれてしまった。自分が手を離してしまった美月へとその魔の手が迫り……。
――そこまでが、もう一人の僕から貰った記憶の全てだった。 そこから先の記憶は曖昧だ。 僕と言う存在が
気づけば陽太は血まみれの美月を背負って歩いていた。
僕はまるで魂だけが体から離れた様に、上からそんな彼の姿を見ていた。見ていることしかできなかった。
「……お願い……誰か……助けて……!」
陽太が背負っている美月は
最早兄の体に捕まる力も無く、今は彼が必死に落ちない様に担いでいる状態だった。
そんな陽太も酷い怪我で、その命が尽きようとしている様に見えた。
「神様でも……悪魔でも……なんだって良い……!」
もう一人の僕が縋り付く様に叫んだ。
「美月を……妹を……助けて下さい……!
もう一人の僕の魂の叫びだった。命を賭けた願いだった。
その願いが、失われた魔法を甦らせ、僕と言う精霊を生み出したのに、僕は何もできなかった。無力で何の力もない出来損ないの精霊でしかなかった。
「誰か……どうか……!」
僕だって助けたかった。もう一人の僕の最後の願いである大切な妹である美月のことを。
それだけじゃない、もう一人の僕である陽太のことも。最愛の母のことも。全部全部助けたかった。
その為に生まれたと言うのに、あの時の僕は何もできなかった。見ていることしかできなかった。
その後、陽太は母との最後の約束を通り、美月を守り、二人一緒に外へと辿り着いた。
そして、彼は命を落とした。きっと僕が原因だった。
僕が生まれなければ、もしかしたら陽太も助かったかもしれない……。僕が殺した様なものだった。
何故なら彼は、僕を生み出す対価として命を捧げたせいか、死後呪いとなり、この世に残り続けることになったからだ。安らかに眠ることすらできなかった。
父は……明日斗博士はそんな呪いとなった陽太を魔石として封印する形で、安らかに眠れる様にした。
そして、僕はその魔石を依代として、長い年月をかけて自我を構築することになった。
――黒土陽太の命を対価に生まれた僕は……サターンはまだ何も成せていない。 彼の最後の願いをまだ叶えられていない。 だから彼の最後の願いの為にも、生き残った美月だけは……僕にとっても大切な妹だけは絶対に守ると誓ったのだ。 僕のせいで命を落とした彼の代わりに……。 こんな僕が美月からお兄様と呼ばれる