『……その瞳の色。 そうか、黒土美月と共に戦うことを受け入れたのか……』
炎に包まれた中庭に、再び騎士の様な巨大なロボットへと変身したネメシスが現れる。
でも、もうその姿を見ても怯むことはない。
「ああ、でも、それだけじゃない。 頼む、力を貸してくれ、陽太!
魔王システムが起動し、アークサターンの胸部の装甲の一部が展開し、内部にあった魔石が剥き出しになり、顔の様な模様が現れる。
さらに背中のアークウィングが展開し、悪魔の手をした巨大な翼へと変形した。
魔石を中心に、機体各部から紫の炎が漏れ出ていたが、その中にいる美月は不思議と前回の様な息苦しい圧迫感を感じていなかった。
前回が
『……私に勝てるとでも?』
「ああ、勝てるさ。 僕一人では無理でも、お嬢様と、もう一人の僕を合わせた三人なら誰にも負けない!!」
「だから、ネメシス。 貴方の言う通り、もう終わりにしましょう……。 今ここで、決着をつけますわ……!」
ネメシスの問いに対し、サターンは理性を失っていない普段の口調で力強く応えた。
美月もまた、お嬢様人格の口調でハッキリと宣言した。
『……ならば、この私に君たちの力を見せてみろ!』
ネメシスは剣を構えると、風の様な超スピードでアークサターンの背後へと移動した。
でも、
予め構えていたアークシールドで防御する。
『何……!?』
死角からの攻撃を防がれ動揺した敵へと追撃を加える。
振りかざしたアークソードを見た敵が再び超スピードで回避するが、
そのままマジカルスキルを発動させる。
「「マジカルスキル! サターンスラッシュ!」」
『何だと……!?』
一見誰もいない場所へと放たれたサターンスラッシュが、姿を現した敵に直撃した。
ネメシスが驚きの声を上げるのも無理もない。敵からすれば、今のは自分から当たりに行った様にも見えるだろう。
それでもすぐに冷静さを取り戻したネメシスが、今度は雷の様な超スピードで四方八方から攻撃を仕掛けながら、問い掛けて来た。
『今のは……!? いや、それよりも……まさか君たちの生家である黒土邸でマジカルスキルを使うとはな……?』
「問題ありませんわ。 わたくし、貴方にしか当てませんから……」
『何……!?』
敵のスピードが上がったが問題ない。予め攻撃が来る場所に盾と二つの翼を置いて防御しながら、返答する。
だって
自分だけだったら、こうして見えていても追いつけなかっただろう。でも、その弱点をサターンがカバーしてくれる。
自分からの支持をタイムラグなしで処理して、イメージした動きを完璧に再現してくれる。
この一心同体、人機一体の動きなら、誤射することなど万が一にもあり得ない。
『ぐっ……!?』
さらにネメシスが動揺した隙に、剣を敵の移動する先へと予め置いておくことで、雷の様な超スピードの反動も相まって、その腹部に剣先が突き刺さる。
ダメージを受けた敵が一度後方へと下がるが、今度はこっちから攻撃を仕掛ける。
「逃しませんわ、サターン!」
「はい、お嬢様!」
マジカルブーストを発動させ、魔力を爆発させることで機体を一気に加速させる。
魔王システムによる無尽蔵の魔力も相まって、細かい機動力ではついていけなくても、直線的な加速力だけなら敵の超スピードにもついていける。
いくら敵が一手先を見ていても、反応できない速さの攻撃は対処できないのは、この身を持って経験済みだ。
『チッ! ぐっ……!?』
敵が防御の構えを取る前に悪魔の手をした巨大な翼で殴りつける。
マジカルブーストによる加速力も相まって、機体のサイズ差をものともせずに敵の機体を吹っ飛ばす。
そして、バランスを崩した敵に再び突撃し、殴り飛ばすのを繰り返し、完全に後手に回る様に追い込んでいく。
『くっ……!? 半端な状態である黒土美月の目は
ネメシスは致命傷だけは防ぎながら、何かをブツブツと呟いていた。
そのまま地面に無理やり踏ん張る形で着地すると、その剣に暴風と雷を纏わせる。
しかし……。
「「マジカルスキル! サターンスラッシュ!」」
『チッ!?』
そうはさせない。ネメシスの魔法が発動する前に、こちらのマジカルスキルを叩き込むことで強制的に不発させる。
さらに暴発した魔法の爆発に巻き込まれた敵の元へと突撃し、一気に切り掛かった。
敵が構え直した長剣とこちらの剣がぶつかり合い、鍔迫り合いが起こる。
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッーー!!」」
『ぐおっ……!?』
ネメシスは耐える様に踏ん張りながら問いかけて来る。
『黒土美月……! 君は今、
こちらの攻撃は全て当たり、逆に敵の攻撃は全て防いでいたので、ネメシスにも気づかれたらしい。
だってそうなるのは当たり前だけど。自分とネメシスでは見えているものからして違うのだから。
だから、ハッキリと返答する。
「――
「――ッ!? フッ、フハハハハハッーー!!」
美月の答えを聞いたネメシスは驚くのと同時に、大きな声で笑い出した。
そのまま高揚した口調で独り言の様に喋り出す。
『……ついに
「……?」
『ならば試練と言わず、私も本気を出しても問題ないな……』
「――ッ!? サターン、回避!」
「了解です、お嬢様!」
敵が自身の魔力を爆発させる様に、周囲に風と雷の魔力を解き放った。
あのネメシスがここまで感情を露わにしたことで少し反応が遅れてしまったが、それでも予め見えていた攻撃を回避できる場所まで機体を後退させる。
『
ネメシスは攻撃を回避されたことに驚くことなく、精霊の言葉で詠唱を始めていた。
無詠唱で使っていた今までとは比べもにならい程の荒れ狂う暴風と鳴り響く雷鳴を長剣に纏わせていく。
こちらもアークソードとアークシールドを合体させ、機体の身の丈に迫る巨大な斧であるアーク
そして、サターンスラッシュをも超える最強のマジカルスキルを発動させる。
「これで決めますわよ、サターン!」
「はい、お嬢様!」
「「マジカルスキル! サターンアークブレイク!」」
まるで生まれ育った大切なこの場所が力を貸してくれる様に、アークサターンの元へ周囲の魔力がいつも以上に続々と集まって来る。
そして、お互いが必殺技の準備を終えたことで、まるで決闘する騎士の様に向かい合った。
『――来い、黒土美月。 そして、黒土陽太。 この私を超えて見せろ!』
その言葉を合図に、二つの魔法が激しく激突した。
どちらも凄まじい威力だが、それ故に、ぶつかり合うことでお互いの威力を殺し合っていく。
ネメシスは強い。いくら未来が見えているとしても、サターンスラッシュでは決定打にならない。
ネメシスを倒すのに必要なのは、自分の未来が見える目と、相棒のサターンとのシンクロゾーンに、兄の魔法システムの力、さらに黒土邸の魔力で強化したサターンアークブレイクだった。
でも、それだと母が眠る庭園にまで影響が出ると言うこともあるが。この屋敷も可能な限り守りたかった。
だから。
お互いが必殺の魔法を打ち合うことで、その威力を可能な限り相殺させ、尚且つ、この間だけはあの厄介な超スピードが使えないネメシスに、こちらの最大の攻撃を叩き込む為に……。
これだけやっても、今見えている未来では
後はそのたった一つの未来を全力で引き寄せて、勝つ為にシンクロゾーンで限界を限界を越えるだけだ。足りない分は
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッーー!!」」
『ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッーー!!』
美月とサターン、そしてネメシスのそれぞれの魂の叫び声が響き渡った。
両者共、決して一歩も引かないが、ネメシスの方が徐々にではあるが確実に押していく。
それでも全力で機体を踏ん張らせる。絶対に諦めたりなんかしない。
美月はサターンを助ける為に。サターンは美月を守る為に。そして、二人で母が眠る庭園を守る為に。
「絶対に負けないッ!! 勝つよ、サターンも、お兄様もッ!!」
「勿論です、お嬢様ッ!! おい、陽太ッ!!
二人と一緒に戦う
アークサターンの魔石の中から
「
大切な妹と、願いを託したもう一人の自分に応えようとする魂の叫び声が響き渡った。
それが最後の一押しとなり、美月とサターン、そして陽太は限界を超えて、ネメシスよ魔法を一気に押し返した。
敵の魔法を破り、長剣を砕き、無防備になったその身に全力の一撃を叩き込んだ。
ネメシスは驚きで目を見開いていたが、避けようとするそぶりはなく、むしろどこか微笑んでいる様にも見えた。
『……見事だ。 本当に……大きくなったな……』
そのまま何かを小さく呟きながら、その攻撃を受け入れた。
敵の機体が大きな音と共に爆発し、体を構成していた機械のパーツが中庭へと飛び散ると、まるで大地に帰る様に魔力となって消えていった。
そして、敵の機体がいた場所の足元に、魔石の代わりにコアになっていたネメシスが、ボロボロの人間の姿のまま膝をついていた。
精霊である為か、血こそは流れていないが、その代わりに体中から魔力が流れ出ており、フードが取れたことで、顔を隠す様に下を見て俯いていた。
「……私を殺さなくても良いのか?」
「貴様にはいろいろと聞きたいことがある……それに……」
「精霊である貴方たちだって生きているんです……。 わたくしはメカニカルウィッチで他人の命を奪うことなんてしたくないのです……」
ネメシスは少しの間黙った後、その顔をゆっくりと上げた。
緑掛かった黒髪に、光の消えた緑の瞳をした女性の顔が露わになる。
「貴方はっ……!?」
「まさかっ……!?」
「――来い、
その顔を見た美月とサターンが想像した名前を、ネメシスが叫んだ。
『
「「――ッ!?」」
ネメシスの声を聞いた機械仕掛けの竜が中庭へと舞い降りる。
現れただけで巻き起こった嵐の様な暴風に吹き飛ばさない様に、ボロボロのアークサターンに壊れかけた斧を地面へと突き刺させ、その場で踏ん張らせる。
そんな中、ネメシスはクリサリスと呼ばれた竜に飛び乗ると、ゆっくりと空へと飛び立とうとしていた。
「……安心しろ、これ以上戦う気はない。 人間への憎悪で動く、理性なき怪物となった今の
「待って下さい! 貴方は……貴方も……
あまりの衝撃にお嬢様人格が解けた美月は素の口調で叫んでいた。
クリサリスは、亡くなった母の相棒のメカニカルウィッチの名前だ。
以前、ほんの一瞬だけネメシスの顔を見た時に既視感を感じて、その声もどこかで聞いた様な来はしていた。
それでもサターンと兄とは違って、どうしてもネメシスとクリサリスを結びつけられなかった。
だって……。
『――大丈夫ですよ。 ボクが絶対に乃亜様と君たちのことを守りますから』
その優しい声を今でも覚えている。
オレンジに近い明るい茶髪に、緑の瞳をした優しい女性だった。
ムーンたちと違って一緒に遊んでくれることは少なかったけれど、それでもいつも母と一緒に自分たちを優しく見守ってくれていた。
本当に優しい人だった。大切な家族の一員だった。
だからそんな彼女が自分を殺そうとするなんてどうしても信じられなかった。
「……私に勝った褒美として応えよう。
「「――ッ!?」」
「知っての通り、人工精霊は実体を持たない関係上、例えメカニカルウィッチの体を失っても物理的に死ぬことはない。 だが、
自我崩壊。それはほぼ不死身の存在である人工精霊が死ぬ数少ない条件の一つだった。
精神に強い負荷がかかり自らの人格が保てなくなり、精神的に死んでしまう。
そうなる要因として一番多いのは、
「十年前のあの日、
「そんな……!?」
「彼女が……!?」
「そんな彼女の呪いが生み出した
――それはどこまでも残酷な真実だった。
美月とサターンは目の前の竜に勝てる勝てないと言う問題以前に戦意を失っていた。
そんな二人を見下ろしながら、クリサリスが空へと飛び立とうとする中、ネメシスが最後に口を開いた。
「……これはおまけだが、私たち『
「「――ッ!?」」
そのままネメシスとクリサリスは空へと飛び去って行った。
それにより立ち込めていた暗雲が切り裂かれ、その隙間から青空が見えるが、二人の心は曇ったままだった。
「スタースピリット……」
美月の疑問の様な呟きがその場に静かに響いた。
*****
「――お母様、只今戻りました……」
「……ただいま、お母様」
屋敷の裏にある大きな庭園。今回、唯一無事だったその場所に二人は訪れていた。
持って来た花は散ってしまった為、庭園に咲いていた花で幼い頃に母に教えてもらったやり方で作った花冠を、母と……兄の遺体が眠る墓標へと置いた。
結果的にだが、母もこっちの方が喜んでくれるかもしれない。
遠くからサイレンの音が聞こえて来る。
あまり意味がなかったかもしれないが、可能な限り屋敷の方も被害を抑えられる様に立ち回ったので、少しでも無事な部分が残っていれば良いが……。
それでも母が眠るこの庭園だけは、兄と一緒に無事に守り通せたのだ。今はただ、それだけで良かった。
そして、ちゃんと母に伝えなければ、自分と相棒のことを……。自分が出会った人たちのことを……。
「――お母様、聞いて下さい。 私にサターンと言う新しい相棒ができたんです。 サターンはお兄様でもあるんですけど……それと同時に私の大切な相棒なんです。 それと初めてのお友達ができたんです。 焔と冬馬と小春と言うとても優しい良い子たちなんです。 皆の相棒のマーズとマーキュリーとジュピターも凄い子たちなんですけど……私の相棒も全然負けていません。 寧ろサターンが一番です。 後……輝先輩とヴィーナスともお友達になりたいです……いいえ、なってみせます。 だから……だから……」
この長い様で短かった一週間で起きた出来事を母へと伝える。
言葉が一杯一杯になって上手く纏められなかったが、それでもこれだけはちゃんと伝えたかった。
「――安心して見守っていて下さい、お母様……!」
美月は天使の様な満面の笑顔でそう伝えた。
自分はもう一人じゃなかった。こんなにも多くの人が助けてくれた。
だからこれからはこんな自分を助けてくれる人たちに何かを返せる様な、そんな人になりたいと思った。
十年前の事件を起こしたワールドユニオンや、ネメシスとクリサリスのいるスタースピリットなど、不安なことはまだまだ一杯ある。
怖い……けど頑張りたい。相棒と一緒に前に進むと決めたのだから。
その為にも、母から貰ったこの勇気のお呪いをこれからも頼りにするだろう。だってお嬢様人格の美月もきっと、本当の自分なのだから……。
美月は母への報告を終え、立ち上がると、人間の姿のサターンに声をかけた。
「サターンは……お兄様は、お母様に何か伝えなくて良いの?」
「……僕は
サターンは静かに首を振っていたが、どこか吹っ切れた様子だった。
そして、決意の籠った瞳をしながら、その口を開いた。
「
「うん、分か……んんっ、分かりました
(お兄様が……サターンがそう望むのなら、私も相棒としてそれに応えるだけ……。 昔みたいにお兄様と呼べないのは寂しいけれど……)
兄弟としての関係も大事だが、この相棒としての関係も同じくらい大事なモノだった。
それでも……と考えていると、サターンが少しソワソワし始めた。
「……皆の前では、僕はお嬢様の相棒として振る舞うけれど……」
「……?」
心なしかサターンの顔が少し赤くなっている様な気がする。
「――二人だけの時は……また昔みたいに、僕のことも
「〜〜!!」
サターンは少し恥ずかしそうにしていたが、それは願ってもない提案だった。
二人だけの約束……その答えは勿論決まっていた。
「――はい、
――二人はこれから相棒として、兄妹として、ワールドユニオンとスタースピリットと言う強敵たちに立ち向かっていくことになるだろう。だけど心配はいらない。だって二人を助けてくれる人たちもたくさんいるのだから。だから決して負けない。この子たちはきっと最高の結末へと……ハッピーエンドへと辿り着くだろう。
――これはそんな、夢と希望の物語だ。