「――くしゅん!」
美月は両手で口を隠しながら、くしゃみをした。
その音を聞いたサターンが、心配で心配でたまらないと言ったら表情で声をかけて来る。
「みづ……お嬢様、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です。 ちょっとくしゃみをしてしまっただけですから……」
「しかし……やはり学園長の言う通り、今週一杯まではお休みするべきなのでは?」
「ま、待って下さい……! 流石に二週間丸々学校を休むのは不味いです……!」
もう四月の下旬だと言うのに、美月は入学式があった最初の一週間以降、ずっと学校を休んでいた。
ネメシスとの戦いの翌日、
この目のことを話す訳にはいかないので、担当医になった先生も原因不明の病だと悩んでいて、本当に申し訳なかった。
それでも一週間程経って視力が無事に回復した後は、学園長にしばらくは寮の部屋で療養する様に言われ、その最中に黒土邸の事件の後処理の確認に追われていた。
メカニカルウィッチ研究所で起こった事件とは違い、今回の事件は黒土家の私有地で起こり、父と現在行方不明なので、美月がその代理として国や警察などに対応することになったのだ。
サターンも知らないらしいが、父は本当に今どこにいるのだろうか?
それと今更ではあるが、式典の事件の時はサターンに言われるまま、そのまま自宅に帰ったけど、不味かったんだろうなと思う。幸いにも
そんな訳でずっと療の部屋でゆっくりと休んでいたのだが、そろそろサターンとリンの熾烈な争いに耐えられなくなっていた。
二人共自分のことを思ってくれているのは分かるのだが、それ故に身の回りのお世話係の座を巡って喧嘩していた。
一応、不仲ではないと思うのだが、サターンの「僕は美月のお兄様だぞ!!」と言う切り札に対し、リンが「いくら貴方が兄とは言え、お嬢様は
流石に恥ずかしいのでその役目はリンに任せたが、それを聞いたこともあって、比喩ではあるがサターンが血を吐いた様に倒れて、本当にいたたまれない気持ちになったのだ。
さらに言えばこのままズルズルと休み続ければ、来週から五月に入り、そのままゴールデンウィークに突入してしまいかねない……。
……と言う訳で、学園長に休む様に言われているものの、さらに土日が挟まるのを阻止するべく、金曜日の今日からこうして登校を再開していた。
美月が教室に足を踏み入れると、教室中の視線が集中し、一瞬の静寂に包まれた後、ザワザワと騒めき出した。
周りの生徒が遠巻きに自分を見て何かを話している中、
「あ、美月だ! 久しぶり! 体調はもう大丈夫なの? 俺、美月とずっと直接会えなくて、本当に心配だったんだ!」
「あたしもだよ! 一応、電話とかメッセージとかで話せたけど……学園の事件の日の翌日からずっと会えなくて、心配だったんだから!」
「そうだな……。 でも、こうしてまた学校で会えて僕も安心したよ……」
三人の言う通り、こうして直接会うのはネメシスが学園での起こした事件の日以来だった。
その翌日の病院は安全を考慮して、自分と焔たちは別々の時間に行った為、会うことはできなかったのだ。
いかんせん、寮の部屋が元々住んでいたマンションと同レベルのセキュリティになっているせいで、お友達とは言え、一般人の焔たちは会いに来れなかったのだ。
部屋に来れたのは学園長と担任の
ちなみに、輝が姪っ子のレイ……以前式典の事件の際に助けた女の子が書いた手紙を持って来てくれた。
その内容によると、もう少しで退院できそうだから、退院したら自分に会いに行きたいとあった。それにどうやらレイの母も、一緒に直接お礼を言いに訪れたいと言っているらしい。何はともあれ元気そうで本当に良かった。
そんな事情もあり、焔たちとは電話やメッセージなどでしか、やり取りができなかった。
お友達になった日に、連絡先を交換できていて本当に良かった。もし交換してなければ……。
後で学園長にセキュリティの融和と言うか、部屋に来れる人の範囲を増やして貰える様に相談するつもりだった。
「焔、冬馬、小春、心配してくれてありがとうございますわ。 この通り、もう体調も万全ですわ。 それと……」
三人とは電話やメッセージでやり取りをしていたとは言え、どうしても直接会って伝えたいことがあった。
「いろいろあって返事が遅くなりましたが……わたくしとサターンも、三人のチームオールスターズに加えて貰えませんか?」
「僕からも頼む……!」
それは以前、焔たちの部室に行った際に提案されたチームへの誘いの返事だった。
まだ
その為にも、お友達になってくれた焔たちのチームで一緒に頑張りたいと思ったのだ。サターンにそう相談すると、彼も快く賛成してくれた。
「勿論だよ! 美月も、サターンも、ようこそ! 俺たちのチームオールスターズへ!」
「焔君と同じく、私も歓迎するわ!」
「やった〜! 二人があたしたちのチームに来てくれた!」
「よ、良かったね……小春ちゃん……!」
「……全く、二人共はしゃぎ過ぎだ……」
「フッ、その割には冬馬も嬉しそうだがな」
三人と、それからマーズとマーキュリーとジュピターも歓迎してくれた。
早速、マジカルウォッチを使ってチームへの登録を行っていく。
チームリーダーの焔から送られて来た申請書に記載して、学園に送信した。
後は学園側から承認のメッセージが送られて来る筈なのだが……代わりに帰って来たのは輝からの呼び出しのメッセージだった。
どうやら焔たちにも送られて来たらしく、昼休みに生徒会室まで来て欲しいとのことだった。何の用なんだろう?
……余談だが、この後のホームルームで、鈴鳴先生が「黒土さんはまだお休みの筈じゃ!?」と驚いていた。本当にごめんなさい。
*****
――昼休み。美月たちは生徒会室を訪れていた。
「――わざわざ呼び出してすまないね。 用件は美月さんのチーム加入に関することなんだ」
どうやら呼び出されたのはやっぱり自分が原因らしかった。
「皆は既に
……そう言えば、寮の部屋にお見舞いに来てくれた際にそんなことを言っていた気がする。
最近少し、
でも、自分の為にそこまでして貰うのは正直申し訳なかった。
すると自分が気になっていることを、焔が代わりに質問してくれる。
「そう言うことなら分かりました。 でも、生徒会長は自分のチームとかは良いんですか?」
「それなら問題ないよ。 僕はちょっと
「申し訳ございません、マスター……」
「ううん、前にも言ったけど……ヴィーナスのせいじゃないよ」
輝はこの学園のランキング一位だから、どこかのチームに所属しているのかと思っていたが、確かに以前聞いたヴィーナスの事情からすれば納得だった。
「……
「
「抽象的過ぎるわね……?」
焔とマーズはピンと来てない様子だったが、輝の言っているのはシンクロゾーンのことで間違いないだろう。
自分とサターンもネメシスとの戦いの際にその高みに至ったが、多分ピンチの時なら兎も角、今は任意で使うのは無理だった。
「……それに改めて行われた実習授業の様子を見させて貰ったけど、赤火焔君たちだけじゃなく、
「「「……!!」」」
「はい、俺からもよろしくお願いします、生徒会長! あ、美月みたいに輝先輩って呼んで良いですか? 俺のことも焔で良いんで!」
「あたしも! あたしも! あたしのことは小春って呼んで下さい!」
「……それなら僕のことも冬馬でお願いします」
「……うん、構わないよ。 よろしくね、焔君、小春さん、冬馬君」
半ば決定実行だったとは言え、どうやら話はまとまった様だった。
すると自分の話は終わったのか、輝は生徒会室にいた女子生徒に声をかけた。
「すまない、
「はい、白金会長。 黒土さんの申請書の受理は完了しました。 これで黒土さんは晴れてチームオールスターズのメンバーとして登録されました」
魚波書記と呼ばれた女子生徒は、手元のタブレット端末を操作しながら、そう口にした。
マジカルウォッチも便利な端末とは言え、大量のデータを管理する際は、こうして本くらいの大きさのタブレットが使用されていた。
そして、その女子生徒は律儀に礼をしてから、改めてその口を開いた。
「……さて、先ずは自己紹介からですね。 初めまして、私の名前は
「どうも、私はピスケス。 歌共々よろしくお願いするわ」
歌は水色の髪をサイドテールにした、青い瞳を持つ少女だった。
その声と話し方からして、礼儀正しく、とても真面目そうに見える。
そんな彼女の相棒のピスケスは、水色の髪に、黄の瞳をした少女で、しっかり者の大人のお姉さんの様な雰囲気をしていた。
「……他にも三年生の副会長の
「あはは……そうですね。 霧蠍君は多分いつも通りサボりだと思いますが、咲良先輩と王牙先輩は今日のお昼休みは学園リーグ戦をすると言う情報が私の端末にも入っていますからね……」
どうやら話からして、生徒会のメンバーは全員合わせて五人いるらしかった。
「……話を途中で途切らせた僕が言うのも何だけど……
「大当たりですよ、白金会長。 つい先程、学園のチーム情報を更新した所、
「そ、そうなんだね……」
恐らく同一人物であろう
「……ではでは、
歌と……それからピスケスも、どこからかメガネを取り出すと、何故かそれをかけた。
さらにタブレットを操作し、室内にモニターを浮かび上がらせた。
「先ず初めに、『学園リーグランキング』とは、プロリーグのシステムを参考にした物で、このメカニカルウィッチ学園ミライトウキョウ校に在籍する生徒たちの実力を数字でレート化したものです。 簡単に言えば、その生徒の実力が一目で分かる様にした物ですね」
「この学園には大学部もあって、貴方たちも今年からシニアリーグに所属することになるけれど……全国大会の
区分と言うのは、競技ルールによって定められた物で、国やワールドユニオンが開催する公式大会などは、基本的に自分の所属する物にしか参加できない。
それは世代ごとに大きく四つに分けられて、そこからさらに細かく分類されていた。
一つ目は、『ジュニアリーグ』。『小学生の部』と『中学生の部』で構成され、本来の手のひらサイズのメカニカルウィッチによるウィッチバトルで公式試合が行われる。
二つ目は、『シニアリーグ』。『高校生の部』と『大学生の部』で構成され、巨大なロボットのスーパーメカニカルウィッチによるスーパーウィッチバトルで公式試合が行われる。
三つ目は、『プロリーグ』。文字通りプロ選手のみで構成され、プロにも『国内ランキング』と『ワールドランキング』の二つが存在し、その順位を争う公式試合は基本的にスーパーウィッチバトルで行われる。
後一応、残りの人たちを一纏めにした『アマチュアリーグ』もあるが、これはあくまでも趣味でバトルする人たちの物で、ウィッチバトルとスーパーウィッチバトルがごちゃ混ぜで行われていた。
「そうですね。
「例えば、学園内の施設の優先利用権や、購買部や食堂で使えるサービス券とかね」
「ですがやはり、
それは一見すると他の特典と比べて何が凄いのか分かりにくいだろう。
「
その理由は単純だ。
そして、公式大会は自分の所属する物にしか出られないのもこれが理由だった。
今世界で最もメジャーなスポーツ競技であり、必要なの物も、一緒に戦う相棒のメカニカルウィッチと、マジカルウォッチの基本的に誰でも持っているこの二つだけ。
バトル用の武器と防具を買う必要はあるとは言え、その入門のハードルがとても低かった。何なら他の趣味とも普通に両立できる。
そんな訳で、特に若い世代なら、やらない人を探す方が難しいくらいで、全国大会の予選を突破するには、実質的に同じ地域の同世代のトップになる必要があった。
予選では、手始めにバトルロワイヤルなどで徹底的な振るい落としが行われた後、残った選手による熾烈なトーナメント戦が行われる。当然、一度でも負けたら即終了だ。
一応人口の多い地域なら二人くらいは突破できるが、逆に少ない地域なら本当に一人しか突破できない。
それ故に、単純な実力だけではなく、時の運も必要とされる
「特にシニアリーグは、このシード枠が本戦の出場枠の半分を超える関係で、今までのジュニアリーグ以上に予選からの出場枠が少なくなっています」
「全国にある他の六つの姉妹校もそれぞれ十枠ずつ持っている影響でね」
「これはプロリーグの世界大会と同様に、学園リーグ戦が実質的な全国大会の予選の役割を担っているからであり、生徒たちも日々その順位を巡って競い合っています。 シード枠が確定するのは全国大会の予選が行われる直前の七月頃なので、
ちなみに、初期の頃の世界大会は夏に行われ、全世代が参加できて、初代チャンピオンバディとなった
そして、スーパーメカニカルウィッチが開発された十年前を期に、競技ルールが改定され、一年に一度、冬に行われる今の世界大会はプロリーグの上位者によるワールドランキングを決める為の物へとなっていた。
一応、他のリーグにもそれぞれの世界大会があるが、そちらの方はあくまでもエキシビジョンマッチの様な扱いになっていた。
「……必要な部分説明はこれくらいで大丈夫でしょうか?」
「……一応、補足するなら、必ずしも申し込まれたバトルを全て受ける必要はないわ。 だけど、特別な理由なく長期間バトルしないと自動的にランキング外になるから、そこだけは注意することね」
「ありがとう、ピスケス。 さて、先日の説明会でも言われた通り、
歌とピスケスは説明を終えると、かけていたメガネを取り外した。
そして、説明の際に使ったモニターを消す為にタブレットを操作しながら一息吐いていた。
「……ふぅ、何とかギリギリ説明が間に合いましたね……」
歌が独り言の様に呟くと、生徒会室の外から誰かがバタバタと走る音が聞こえて来る。
その足音の主は、部屋の前で一度止まり、律儀にノックしたかと思うと、大きな音と共に力強く扉を開いた。
「突然すみません!! 二年B組所属の
「は〜い、相棒のカロンちゃんもお忘れなく〜」
現れたのは、頭の上に小さなアホ毛のある黒とピンクのツートーンカラーの髪をツインテールにした、紫の瞳を持つ少女だった。
そんな彼女の肩の上には、黒い髪に、ピンクの瞳をしたメカニカルウィッチの女性が乗っていた。
そのテンションがはち切れた声と、それとは対照的にのんびりした声の組み合わせに聞き覚えがあった。
やたら印象深かったから覚えている。彼女たちは、入学式の日の焔たちとのウィッチバトルの際に、MCを務めていたあの子たちだった。
――美月たちの学園リーグ戦が今、幕を開ける。