――十年前の事故……いえ、事件の後、ご家族を失ったお嬢様は、ずっとお部屋に閉じこもって、周囲の全てを酷く恐れる様になっていました。
「――お初にお目にかかります、お嬢様。 私は明日斗博士によって作られたメカニカルウィッチ、名はリンと申します。 本日より、私がお嬢様の身の回りのお世話を務めさせていただきます……」
「お、おかぁ……っ……! う……あ……!」
「お嬢様……」
当時の美月は人間に対してもそうだが、人が作った人工精霊……メカニカルウィッチのことも恐れていた。
そんな美月が少しでも安心できる様に、彼女の亡き母である
勿論それを見た彼女に辛い記憶を思い出させてしまうことは想定していたが、それでもずっと部屋に閉じこもって、殆ど何も食べずに泣いているだけの彼女の側に近づく為にも、どうしても必要なことだった。
その甲斐もあってか、少しずつではあるが、リンにだけは彼女も心を開く様になった。
その裏でグリたちは、食が極端に細くなったせいで、日に日に痩せて衰弱していく美月にどうにか食べさせようと試行錯誤を繰り返していた。
しかし、彼女も頑張って食べようとはしてくれるのだが、ストレスで直ぐに戻してしまうので、どうにかこれ以上悪くならない様にするのが精いっぱいだった。
人工精霊は通常、人間の感情を学習することで、限りなく人間に近い人格を手に入れる為、生まれた時からある程度の精神年齢を持っていた。
その上、自分たちは美月のお世話をする為に、最初から大人相当の精神年齢を与えられていた。
そんな自分たちにとって、明日斗博士からの頼みなどなくても、目を離せば今にも死んでしまいそうな小さな子供である美月のことを放っておくことなんてできなかった。
そして、根気強く向き合い続けたことで、一年が経つ頃には彼女も徐々に回復して、自分だけではなくグリたちに対しても心を開く様になってくれていた。
*****
――それからお嬢様が小学校にご入学することになった際に、私は亡くなったムーンの代わりに相棒として登録されることになりました。 それは一緒に同行する許可を得る条件を満たし、常にお嬢様の側にいる為にも、どうしても必要なことでした。
「……リン。 私……皆のいるお家に帰りたいです……」
「大丈夫ですよ、お嬢様。 この私めがずっとお側におりますので……。 少しずつで良いので、一緒に前に進める様になりましょう」
「はい……。 頑張れ、
美月は覚えていない様だが、人前に出る前はいつも、
それはまるで
美月も少しずつ前に進もうとしていたが、当時更に影響力を増していた明日斗博士の娘であることに加え、大人びたその口調と、家族を失った悲しみでどこか近寄りがたい雰囲気を纏っていたこともあり、周囲の子たちも距離感を測りかねている様だった。
*****
――ですが、そんなある日のことでした。 お嬢様の通う小学校で、
「――皆、初めまして。 私たちのことを知っている子もいるかもしれないけれど、自己紹介をさせてね? 私の名前は
「は〜い、ポラリスだよ! 皆、よろしくね!」
「「「わあ〜!
きららは腰まで届くロングヘアの、宇宙の様な瑠璃色の髪に、四芒星の模様が入った金の瞳をした、頭部に星の飾りのあるカチューシャをつけた女性だった。
しかし、
そんな彼女の相棒であるポラリスは、瑠璃色の髪に、黄の瞳をした女性で、明るい光の様な雰囲気をしていた。
当時、プロリーグと世界大会の場もウィッチバトルからスーパーウィッチバトルに移り変わっていた。
それを機に引退したきららたちは、こうして全国各地の小中学校を回っては、ウィッチバトルの楽しさを教えている様だった。
もう既に引退しているとは言え、
そんな子供たちがきららたちの指導の元、楽しそうにバトルをする中、美月は見学と言う体で、リンと共に隅っこの影になっている場所にいた。
「――ねえ、貴方も一緒にウィッチバトルをやってみない?」
「うんうん、とっても楽しいよ!」
「……でも、わたくしには
そんな自分たちのことに気づいたきららたちがやって来るが、美月は言い淀んでしまった。
「……申し訳ございません、きらら様。 実は……」
そこで自分が代わりに説明することにした。
全てを話す訳にはいかないが、とある事故により、憧れであった兄とその相棒のサン、それから本来の相棒であるムーンを失ったことを……。
そのムーンと一緒に
そして、それがもう二度と叶わなくなった今、ウィッチバトルをする意味自体を失ったことを……。
きららたちは真剣にその話を聞いてくれた。
きららは悲しそうな顔で本気で心を痛めている様だったし、ポラリスに限っては途中から完全に泣き出していた。
美月もまたムーンを思い出したのか、その
しかし、それをきららがそっと指で拭った。
「……貴方の可愛い顔に、涙は似合わないわ。 きっと笑顔が一番似合う筈よ」
「きららさん……」
「
「……美月。 黒土美月……ですわ……」
「
きららは美月が明日斗博士の娘だととっくに気づいている様だったが、それでも一人の女の子として扱ってくれた。
彼女は美月の手を引いてゆっくりと立ち上がらせると、影になっている場所から光が当たる場所へとそっと連れ出した。
「美月ちゃん、お話を聞かせて貰ったけれど……。 美月ちゃんの相棒は……ムーンは、貴方の笑顔を見るのが大好きだったのでしょう? だから彼女もきっと、貴方には笑っていて欲しいと思っている筈だわ」
「絶対にそうだよ! 私だってきららちゃんにはいつも笑っていて欲しいもん! 暗い顔なんてして欲しくないもん!」
「ありがとう、ポラリス……。 それに美月ちゃんもウィッチバトルが嫌いになった訳じゃないのでしょう?」
「……!」
その言葉が届いたのか、美月は心の内に秘めていたであろう声をそっと漏らした。
「……ウィッチバトルをしても良いの? もうムーンはいないのに……」
「良いか悪いかじゃないわ……。 美月ちゃんはどうしたいのかしら?」
「私は……わたくしは……やってみたい……ですわ!」
その答えを聞いたきららは嬉しそうに微笑んだ。
「……ならその道を照らすのが元チャンピオンバディである私たちの役目だわ。 リンさん……と言ったかしら? 貴方はバトルはできるのかしら?」
「はい、問題ありません」
「良かった。 美月ちゃん……貴方たちの初めてのウィッチバトルの相手を、私とポラリスが務めても良いかしら?」
「は、はい……! お願いします……わ!」
そして、リンを相棒とした美月の初めてのウィッチバトルが始まった。
ティーチングバトルと言う形ではあったが、きららたちも真剣にバトルしてくれ、それに引き寄せられたのか、いつの間にか周りには子供たちが大勢集まって来ていた。
それをキッカケに美月に話しかけてくれる子たちもいて、きららたちはその様子を微笑ましそうにみていた。
「良かったわ、美月ちゃんが笑顔になってくれて……。 それに貴方とリンなら、いつかきっと
「ありがとうございます……わ! きららさん……!」
美月がこんなにも笑顔になったのを目にしたのは、自分も初めてだった。天使の様な笑顔だった。
だから、このウィッチバトルをキッカケに、彼女の世界が広がります様に、と願わずにはいられなかった。
*****
――しかし、そうはなりませんでした。 お嬢様が通っていた小学校の校長を始めとした大人たちが、明日斗博士の娘であることを利用しようと企んだのです。
当時、ただでさえ大ムーブだったウィッチバトルがスーパーウィッチバトルへと進化し、世界で最もメジャーな競技となったことで、どの学校もそれに力を入れる様になっていた。
校長も唯のエキシビジョンマッチだと言っていたが、その目的は明らかに学校を宣伝することだった。
現に大人たちは「
さらに、用意された相手は、よりによって美月の
相手の子は全国大会に出場できるだけあって、スナイパーライフルをメインに、様々な銃火器による正確無比な射撃を得意としていて、本当に強かった。
それ故に、明日斗博士の娘として負けることが許されない美月は、
その結果、相手の攻撃を全て紙一重で避け、逆にこちらの攻撃は全て必中させると言う、完璧な勝利を収めた。
自分たちは死に物狂いでも、外から見れば規格外に見えるその強さは、当時既に
「――くっ! やっぱり
相手の子は泣きながら、怒りと悔しさを叫んでいた。
周りの大人たちの声から察するに、相手の子の世代は、美月の兄が亡くなる前は当然として、亡くなった後さえも、『
だからこそこんな結末になってしまったのだろう。
「――ねえ、聞いた? 明日斗博士の娘に負けた子……もう二度とバトルしないからって、自分の相棒を弟に渡したらしいよ?」
「――可哀想に……。 まあでもあんな負け方をすれば、才能の差を痛感するのも無理ないよ……。 神様は本当に不公平だよね〜」
それを聞いた美月は自分なんかとバトルしたせいでと本気で傷つき、ショックを受けていた。
しかし、勝利のみを求める大人たちはバトルから離れるのを許してくれなかった。
次々とエキシビションマッチが組まされる中、美月とバトルをした子たちは、彼女の規格外の強さに敗北した上に、周りからその才能の差を比較されたことで、絶望して心を折られバトル自体を辞めてしまった。
一方で、プレッシャーを背負わされた彼女も、笑顔になるどころか、バトルを楽しむことすらもできる筈がなかった。
「――明日斗博士が作った機体でバトルするなんてずるいよね〜。 私たちの普通の機体で勝負になる訳ないじゃん」
「良いな〜! 私も明日斗博士の娘だったら、最強の機体が貰えたのにな〜」
さらにせっかく距離が縮まりかけた同級生の子たちも、やっぱり自分たちとは違うんだと離れていってしまった。
ウィッチバトルは美月の世界を広げるどころかか、逆に彼女の元から皆が離れていく原因になってしまった。
*****
――だから、せめて私だけはお嬢様のお側から離れないつもりでした……。 ですが、私自身がお嬢様のその
「――申し訳ありません、お嬢様……。 私ではお嬢様のお力にはなれませんでした……」
「リンは悪くないです……! 全部全部、私のせいなんです……! 私のせいでリンが死ぬ所でした……! 私がリンを殺してしまう所でした……!
壊れかけた自分を見た美月は、その綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃにしていた。
自分が力不足だったばっかりにそんな顔をさせてしまった。
その後、明日斗博士のおかげで、バトルはもう無理だが、本来の役割をこなせるくらいには回復することができた。
しかし、この出来事は美月に消えないトラウマを刻みつけることになってしまった。
自分たちが一緒にバトルをした期間は一ヶ月程だったが、これを期に美月はウィッチバトルから距離を取る様になってしまった。
そのことを大人たちは必死に説得しようとしたが、「
――そして、その
*****
「――美月……」
リンの話を聞いた後、焔はいてもたってもいられなくなり、美月が寝ている私室の前まで来ていた。
……とは言え、どんなに心配だとしても、女の子の部屋に勝手に入るなど流石にダメなので、何もできずにいた。
あの後、輝は急に生徒会の仕事を思い出したと言って、先に帰ってしまった。
でも、その足取りはどこか重く、その顔も心なしがどこか暗かった。
そして、何よりそんな輝の姿を見たヴィーナスが
だけど「気にしないで」と言われた為、その後ろ姿を見送るしかなかった。
冬馬と小春は現在、美月の為に果物を切ったり、食べられそうな物を作りたいと、グリと一緒にキッチンにいた。
冬馬は家の影響でその辺を躾けられたらしく、小春も小さい子たちのお見舞いの為に病院に通っているので、二人共料理ができるが、自分はこう言う時には本当に戦力外でしかない。……今度、料理の勉強を始めよう。
すると美月の私室の自動ドアが開き、中からサターンとリンが出て来た。
「あ、サターン……。 それにリンさんも……。 美月の具合はどう……?」
「はい、お薬が効いてお嬢様の熱も下がって来ました。 今はお休みになられていますが……」
「……ああ、ずっと悪夢に魘されていてな……」
サターンとリンが少し横に動くとその隙間から中の様子が少しだけ見えて来た。
明かりが消え静寂に包まれた部屋の中で眠る美月は、どこか苦しそうに魘されながら、弱々しい声を漏らしていた。
「……お願い……
美月の目元には涙が浮かんでいて、今にも消えてしまいそうなその声も相まって、その姿を見ると胸が締め付けられた。
彼女には、入学式の日の始まりのウィッチバトルの後に少しだけ見せてくれた
「美月は今も……あの日の悪夢を……?」
「はい、これでも昔と比べれば見る頻度は少なくなっていたのですが……」
「四月に起きた事件の後からまた再燃する様になったみたいでな……。 ここ最近は体調が悪かったこともあって、眠る度にあの日の悪夢を見てしまっている様なんだ……」
「俺に……何かできないのか……!」
無力感から自然と手に込める力が強くなる。
するとマーズが自分の頭の上にポンッと飛び乗って来た。
「ほらほら、ここ最近は悩んでばっかりでらしくないわよ? いつだって真っ直ぐなのが焔君でしょ?」
「マーズ姉ちゃん……」
そのやり取りを見ていたサターンとリンも同意する様に口を開いた。
「マーズの言う通りだ。 入学式の日に、焔が声をかけてくれたから……その手を引いてくれたから、美月は最初の一歩踏み出すことができたんだ」
「はい、お嬢様も初めてのお友達になってくれたと大変喜んでいました」
リンは美月の私室の自動ドアを閉めると、こちらに深く頭を下げた。
「……改めて、感謝の言葉を伝えさせて下さい。 話を聞いた
「い、いえ、そんな……! 思ったことを言っただけです……!」
美月の過去を聞いた後、相棒になれなかったと後悔しているリンの姿を見て、そんなことないと思った。
家族を失って心を閉ざしていた美月に寄り添い、ずっと側にいたリンだって間違いなく、彼女の相棒の筈だからだ。
それに冬馬と小春、それからマーズにマーキュリーにジュピターも同意していたから間違いない。
「本当にお嬢様のご友人になってくれたのが
「はい……!」
「ええ……!」
リンは頭を上げると、まるで長年の憑き物が少しだけ落ちた様に微笑んだ。
すると今度はサターンが頭を下げて来た。
「ああ、だからそんな焔たちに頼みがあるんだ……! 美月が……妹が失くしてしまった、
「うん、任せて……! 俺も美月にはバトルを心から楽しめる様になって欲しいから……!」
その頼みを聞いて、自分のやるべきことが分かった。
バトルで美月を……皆を笑顔にする。それは自分の
「ありがとう……! 美月のもう一つの心の傷である、相棒を……ムーンを失ったトラウマは、
「うん……! 美月がバトルで笑顔になれる様にしよう……!」
「ええ……! 私と焔君にどーんと任せなさい……!」
――今ここに、焔とマーズの目標が定まったのだった。
*****
――その日の夜。寮にある自分の部屋に戻った焔は、
「――もしもし、
『どうした、焔? こんな時間に直接電話をかけてくるなんて珍しいな? もしかして、悩みごとか?』
従兄弟に電話をかけたのは、彼が昔、
だから、何かの参考になればと、相談してみることにした。
「うん、そうなんだ。 実は……」