――私は今でも覚えているわ。 焔君と初めて出会ったあの日のことを……あなたが生まれたあの日のことを……。
「――見て、マーズ。 この子の名前は焔って言うの。 これからお姉ちゃんとして見守ってあげてね?」
「そして、どうか叶うなら、焔の相棒としてずっと一緒にいて欲しいんだ」
「うん、まかせて! わたし、このこのおねえちゃんになる! あいぼうになる!」
当時の自分は人工精霊として生まれたばかりで、最初からある程度の人間の知識を持っている赤ちゃんの様な状態だった。
その為、人格もまだまだ未熟だけど、それでも焔の姉兼相棒として頑張りたいと思った。
「――マーズ姉ちゃん!」
自分のことを姉として慕ってくれる焔のことが、本当に可愛くて可愛くて仕方がなかった。
本当に極稀に喧嘩することもあったけど、それでも仲の良い姉弟として一緒に育った。
「――マーズ!」
それからウィッチバトルに本格的にのめり込む様になって、自分のことを相棒として強く意識してくれる様になったことは勿論嬉しかった。
でも、今までと同じ様にお姉ちゃんとして慕ってくれているとは言え、直接そう呼んでくれなくなったことだけは、姉としては悲しかった。
「マーズ姉ちゃん……。 俺……」
だけど、焔は本当に悩んでいる時や助けを求める時だけは、
焔は本来、何度負けても絶対に折れないメンタルを持つ為、こうして悩むこと自体が少ないのだが、それでも美月に関することだけは別だった。
その理由は姉としてちゃんと理解していた。
あの日、自分もまた、美月の姿を目にした焔のことを側から見ていた。
多分最初は単純に彼女のことが放って置けなかったのだろう。
だけど、入学式の日の始まりのウィッチバトルの後に、彼女が少しだけ見せた笑顔に惹かれて、それと同時に知った悲しみをどうにかしようとする内に、次第に……と言ったところか。
よくある
……でも、
焔は他人の痛みが分かる優しい子だ。だから決して鈍感と言う訳ではないのだが、それでも
――私の可愛い可愛い弟君が……焔君が
*****
「くっ……!?」
(やっぱり美月たちは強い……!)
ゼロ距離からマーズファイアを撃ち込むつもりが、防がれた挙句、逆にサターンスラッシュによるカウンターを貰ってしまった。
でも攻撃をする際に、カモフラージュも兼ねてマジカルシールドを二重で展開しながら、マジカルブーストで突っ込んだおかげで、それを流用してどうにか防御することができていた。
だけどその威力に負けて、どんどん後ろへと下がらされる上に、防御魔法にヒビが入っていく。
アークサターンとの……美月との距離が離れていく。
その一方で、アークサターンは今だにその場を殆ど動いていなかった。
正確に言えば、美月が過去のトラウマに苦しんでいるせいで、上手く動けないのだろう。
「不味い!?」
そして、とうとう防御魔法が砕け散った。
その際にサターンスラッシュの軌道を逸らすことに成功したが、視界の先では再び同じ物が放たれようとしていた。
リンの話からすれば、美月は一手先の未来を見ているに等しい力を持っているらしい。
だから下手な攻撃や小細工は通用しないし、逆にこれから放たれる攻撃が外れることもないだろう。
まるで入学式の日のウィッチバトルの流れを辿っている様だった。
(これでもまだ届かない……!)
この二週間近く、輝たちから単独での連携攻撃の仕方を、王牙たちから直感に優れた相手へと対処方法を、歌たちから分身の動かし方を、御影たちから相手の意識外から奇襲する手法など、いろんなことを教わった。
そのおかげで強くなったのに、今だにアークサターンに明確なダメージを与えられていなかった。
そして、ついに文字通り必殺になる様にサターンスラッシュが放たれた。
このままでは、また負けてしまう。
(ダメだ! このまま、
このバトルで、周りからすれば勝てる訳がないと思われている一般人の自分が、美月に勝たなければ、彼女のことを明日斗博士の娘としてしか扱わない周りの空気を変えられない。
このまま負けたら、彼女のことを本当に
美月を縛る呪縛を壊し、変える為にも、最後まで諦めない焔の頭の中に、輝の声が過った。
『――僕は入学式の日の美月さんと君のバトルを見て、君たちに可能性を感じてね。 赤火焔君とマーズさんならば
でも、輝が顧問として詳しく教えてくれたおかげで、それについて理解することができた。
お互いを心から信頼し合った二人が、目の前に立ち塞がる大きな壁を一緒に乗り越えようとした時、限界を越える為に自ずと開かれるモノだと。
美月とサターンの強さと、彼女を縛る呪縛と言う、目の前に立ち塞がる大きな壁を一緒に乗り越える為に、世界で一番の相棒であり、大好きな姉の名を叫んだ。
「――
自分の魂の叫びを聞いたマーズは、力強い声で答えてくれた。
「――ええ、勿論よ!
元々メカニカルウィッチ世代の中でも頭抜けて高い、焔とマーズの
「「――シンクロゾーン!」」
シンクロ率が
文字通り二人で一つの存在となったことで、今なら
そして、目に映る世界が一変したことで、動きが変わったブラッドマーズが、必殺になる筈だったサターンスラッシュを紙一重で回避した。
そのまま全身のスラスターをフル稼働させ、アークサターンの元へと真っ直ぐに突っ込んだ。
『躱された……!?』
『この動きはまさか……シンクロゾーン!?』
一心同体、人機一体となった自分たちの動きを見た、美月たちが驚きの声を上げていた。
だけど、美月たちに勝つ為には、
「「マジカルスキル! 幻影の炎!
いつもの使い方じゃ、美月たちには通用しない。なら、
影分身に幻のマーズファイアを打たせる為ではなく、
「「
影分身自体をマーズファイアの弾丸とすることで、赤い炎を纏った実体を持つ分身へと生まれ変わった。
さらに背中から蝙蝠の様な炎の翼を生やし、追尾性能を持ったドローン武器の様な動きで、アークサターンへと一斉に襲いかかった。
『ななな何と言うことでしょうかッーー!? これは単純なマジカルスキルの同時発動ではありません!! 二つの魔法を合体させることで、両方の特性を合わせ持つ新たなマジカルスキルを生み出したと言うのか!? こんなの、私ちゃんですら見たことも聞いたこともありません!!』
『流石にこれはカロンちゃんもビックリだよ……。 それにあの動きはもしかして、システム化されてない故に、プロの選手でもごく一部しか使えないと言われている、シンクロゾーンなんじゃないかな……』
「おいおいマジかよ……! 何が魔王に挑む無謀な勇者だよ……?」
「ああ、こんなの
前代未聞の光景を見た御影がぶっ壊れたテンションで叫ぶ中、いつもマイペースなカロンも本気で驚いていた。
さらに同じくこの光景を見た観客席の空気も変わり始めていた。
『くっ……!?』
『何て数だ!?』
そんな中、美月たちはアークサターンの武器を総動員して、分身たちの攻撃に必死に抗っていた。
だけど、次々に分身たちを突撃させることで、キャパオーバーを起こさせ、対処できなくなったタイミングで本命の攻撃を撃ち込んだ。
「「マジカルスキル! マーズファイア!」」
初めてアークサターンに明確なダメージを与えることに成功し、そのままその場から殆ど動いていなかった美月たちを遠くへと吹っ飛ばした。
*****
『焔もマーズも本当に凄いよ! ねえ、ジュピター! あたしたちもシンクロゾーンを使ってみたい!』
『む、無茶言わないでよ、小春ちゃん……!?』
『しかも、合体マジカルスキルなんて……! それでこそ、僕たちの一番のライバルだ! そうだろ、マーキュリー!』
『フッ、そうだな、冬馬……! 俺も珍しく血が昂りそうだよ……!』
バトルフィールドの外壁まで吹っ飛ばされたアークサターンの中にいる美月の耳に、小春たちと冬馬たちの声が聞こえて来た。
(焔とマーズは本当に凄いです……。 きっと
自分も元々、どこまでも真っ直ぐな焔たちに可能性を感じていた。
でも、それは予想以上だった。シンクロゾーンだけでも凄いのに、合体マジカルスキルまで生み出すなんて……。
きっとこれで終わりではないのだろう。焔たちはこの先も進化し続けて、いつかきっと
美月は自分に手を差し伸べてくれた優しい光が、周囲の人を惹きつける太陽となって、皆の元へと行ってしまう光景を想像してしまった。
「……お願い、焔……
心がまだ弱っているせいか、焔がいつか自分を置いて行ってしまう未来を、どうしても想像してしまう。
その寂しさから美月が涙を流していると、サターンが兄として声をかけてきた。
「
「お兄様……」
焔は入学式の日に、不安でいっぱいだった自分の手を引いてくれた。
ウィッチバトルの後に、
初めての友達になってくれた。実習授業でもペアを組んでくれた。チームにも誘ってくれた。
自分のせいで危険に巻き込んだのに、それでも友達のままでいてくれた。
本当に優しかった。本当に嬉しかった。
「焔は今、このバトルを通して美月の隣に立とうとしてくれているんだ! だから美月もここで逃げちゃダメだ!」
自分だって焔とちゃんと向き合いたい……だけど……。
「でも、ダメなんです……! 私が
ムーンを……相棒を失った自分はバトルなんかしてはいけなかったのだ。
一緒に
その約束を破って、ムーンのことを裏切ったから、あんなことが起きたのだ。
ムーンのあの幻聴は、ある意味本当にそう言われても仕方がないものだった。
そして、それは相棒になろうとしてくれたリンにだって、同じことが言えた。
「リンだって、私のせいで……! だから、そんな私が
「――お嬢様!」
美月の耳に、かつて自分のせいで壊れかけた彼女の声が聞こえた。
その声が聞こえた方向を……後ろを振り返ると、バトルフィールド全体を覆っている特別なマジカルバリアを隔た、観客席に最前列にリンと爺やがいた。
「リン……?」
「思い出して下さい!
「……!」
リンの叫びを聞いた美月は、きららたちとのバトルの記憶を思い出した。
『――良かったわ、美月ちゃんが笑顔になってくれて……。 それに貴方とリンなら、いつかきっと未来のチャンピオンバディになれる筈よ』
『ありがとうございます……わ! きららさん……!』
トラウマばかりのウィッチバトルの記憶の中でも、唯一あのバトルだけは本当に楽しかった。笑顔になれた。
自分もいつかリンと一緒に、きららたちみたいになりたいと思った。そうなりたかった……。
「私はもう……お嬢様と一緒にバトルをすることはできませんが……それでもこの先もずっと、
「リン……!」
機体の中にいるから、こんなことしても意味はないけど、それでも美月は思わずリンに向かって手を伸ばした。
リンもまた、特別なマジカルバリアに隔たれて尚、手を伸ばした。
二人の間にある壁を越えることはできないが、それでも確かにその手がつながった様な気がした。
「ありがとう、リン……!」
その様子を見守っていた兄が優しく声をかけてきた。
「美月、ムーンだってリンと同じ筈だよ。 ムーンは本当に美月の笑顔を見るのが大好きだったんだ。 ムーンとは美月を巡るライバルだった僕が
「お兄様……」
「だから、ウィッチバトルをする資格があるかないかで、美月が苦しむ必要なんてないんだよ」
「……!」
本当はウィッチバトルが大好きだった。
兄とサンに憧れた。自分もムーンと一緒にそんな風になりたかった。
でも、ムーンとの約束はもう二度と叶わなくなってしまった。
そのせいで失くしてしまったその気持ちを、きららたちが思い出させてくれた。繋ぎ止めてくれた。
その後、また失くしてしまったその気持ちを、今度はサターンとリン、そして焔たちが呼び起こそうとしてくれていた。
自分もそれにちゃんと応えたかった。
「……お母様、私にウィッチバトルと……そして、焔たちとちゃんと向き合う勇気を貸して下さい……!」
美月は目を閉じて、母の形見であるペンダントを両手で握り締め、勇気のお呪いを唱えた。
「――頑張れ、私! 頑張りなさい、わたくし!」
美月の顔にはまだ涙の痕が残っていたが、それでもその
「
「勿論です! 僕も
美月の相棒に向けた魂の叫びに、サターンもまた兄としてではなく相棒として応えたことで、二人は今再び、シンクロゾーンの扉を開いた。
「「――シンクロゾーン!」」
シンクロ率が
文字通り二人で一つの存在となり、一心同体、人機一体となったアークサターンがついに動き出した。
すると今まで自分たちの様子を見守ってくれていた焔が、嬉しそうに声を上げた。
『美月、ここからが本当の勝負だよ! 最高に楽しくて笑顔になれる、煌めくバトルにしよう! 行くよ、マーズ姉ちゃん!』
『ええ、焔君!』
『『簡易変形!
ブラッドマーズがローブの様に纏っていた翼を展開すると、ブラッドロッドの先端に血の様な巨大な鎌を発生させ、突撃して来た。
シンクロゾーンに至っても焔たちの動きはどこまでも真っ直ぐで、それ故に速かった。
だから、こっちも真正面からぶつかり合うことにした。
「わたくしたちも望む所ですわ! 行きますわよ、サターン!」
「はい、お嬢様!」
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッーー!!」」
*****
「――ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッーー!!」
スタジアムの天井付近にある誰も立ち入れない場所でバトルを見ていたムーンは、発狂した様な声を上げていた。
ムーンは怒りのあまり、手に持っていたブラッドマーズへと打ち込む予定だった黒い魔石を、そのまま粉々に握り潰した。
さらに
「美月の兄であるサターンと……家族であるリンと言う奴が、妾の美月の相棒を名乗っていることでさえ、
ムーンは激痛に苦しむ様に、頭を両手で抑えていた。
「ただの人間が!! 美月の家族ですらないただの他人が!! 妾の美月の隣に立つじゃと!? 笑顔にするじゃと!? そんなの認めてたまるものか!!」
ムーンはまるで癇癪を起こした子供の様に、目の前の光景を必死に否定していた。
そのまま何かに突き動かされる様に、バトルをしている美月たちに右手を向けて、そのまま魔法を発動しようとする。
しかし、
その隙にサンがムーンを取り押さえた。
「落ち着け、ムーン……! 今のお前が乗り込んだら試練どころではなくなる……!」
「分かっておる!! あの人間が妾の美月にこのまま完膚なきまでに敗北して、自分の身の程知らずさを思い知って、諦めなければ意味がないのだ!! 妾の妨害があったから負けたなんて言い訳は作らせぬ!!」
「ムーン……」
ムーンはまるで自分自身に言い聞かせる様に、必死に言葉を並べていた。
しかし、口ではそう言いつつも、サンの拘束を振り解こうと狂った様に暴れていた。
自分で自分を制御できていないムーンに、サンは哀れみの目を向けつつも、拘束の手を決して緩めなかった。
暫くすると、ムーンを包んでいた黒いオーラが収まった。
それと同時に彼女自身も糸が切れた人形の様に動かなくなった。
だが、その口からは呪詛の様な言葉が漏れ出ていた。
「何故じゃ、美月……。 相棒である妾が側にいないと言うのに……どうしてバトルをしているのじゃ……。 何でそんなに楽しそうなのじゃ……。 何で笑えるのじゃ……」
ムーンは涙を流しながらも、顔を隠したヴェールの奥にある青い瞳で、アークサターンの中にいる美月の姿を見つめていた。
そして、そんな美月に縋る様に静かに呟いた。
「――お願いじゃ、美月……