――週末の土曜日。
「「――では、お嬢様。 行ってらっしゃいませ」」
「い、行ってきます……!」
リンや爺やたちに見送られた美月は、寮の部屋を出ると、最上階専用の直通エレベーターに乗った。
今日は休日と言うこともあり、美月は薄紫の半袖のワンピースを身に纏い、つば広帽子をかぶっていた。
そして梅雨入り前の最後の晴れ間と言うことで、今日は日差しがとても強い為、日除け対策に日傘を持たされていた。
美月の今日の服装は、リンが専属メイドのプライドを賭けて、コーディネートした物だった。
それは先日、輝から大事な話があると言われ、それと同時に会って欲しい人たちがいるから、週末の土曜日に一緒に出かけて欲しいと言われたからだった。
そのことをリンに相談すると……。
『――成程。 殿方からのお出かけのお誘い……つまりデートですね』
『で、デート……!? ち、違いますよ……!?』
『どこの馬の骨とも分からぬ輩なら私は反対しますが……輝様は、お嬢様のことを何度もお守りしてくれたお方です。 ならば焔様同様、私は大歓迎です』
『り、リン……!? 本当に違いますからね……!?』
リンとの会話を思い出した美月は、恥ずかしさから顔を赤くした。
普通のお出かけの筈なのに、デートなどと言われたせいで、年上の男性である輝のことを妙に意識してしまう。
確かに、輝は自分のことを何度も守ってくれた頼れる先輩ではあるのだが……。
すると専用エレベーター内で人目がないからか、サターンが……兄が突如、発狂した様に声を上げた。
「畜生ッ!! 焔に続いて輝まで、美月に……僕の妹に手を出すなんてッ!! 妹を一緒に守ってくれる仲間だと信じていたのにッ!! この裏切り者めッ!!」
「お、お兄様まで……!? 本当に違いますからね……!? それにそもそも、輝先輩とは
「……え??」
美月が必死に反論すると、兄は怒りを忘れポカンとした表情をした。
そのまま信じられないと言わんばかりの目で自分のことを見て来る。
「だ、だって、焔と冬馬と小春とは違って、輝先輩からはもうお友達だと、まだ言われてないんですよ……!? わ、私はお友達のつもりなんですけど……!」
「うわあ……輝、ドンマイ……」
「な、何ですか、その反応は……!?」
兄は輝への怒りが消えたらしく、憐れむ様な声を溢していた。
するとエレベーターが、一階のエントランスホールへと到着した。
美月はエレベーターから降りる前に、目を閉じて、母の形見であるペンダントを両手で握りしめ、勇気のお呪いを唱えた。
「――頑張れ、私。 頑張りなさい、わたくし」
以前お見舞いに来てくれた時に、輝にも本来の自分のことを知られていることは、美月も分かっていた。
だけど主にリンのせいで、今日輝の前で本来の自分を見せると絶対に挙動不審になる自身がぁった。
だから輝相手ではあるが、勇気のお呪いを使っている時のお嬢様人格に頼ることにした。
それでも、輝が大事な話があると言っていたので、その時に美月も本来の自分のことを打ち明けるつもりだった。
そしてエレベーターから降りると、エントランスホールにいた女子生徒たちが、美月の私服姿を見ながらヒソヒソと噂話を始めた。
「……見て、美月様よ……! 白金会長が寮の前でずっと待っていたのは、やっぱり美月様だったのよ……! もしかして、デートかしら……?」
「……でも美月様は、ご自身の隣に並び立った勇者君のことをお慕いしている筈じゃ……?」
「……それがね……! 私の情報網によると、白金会長はテロリストや
「……成程ね……! 美月様はどちらの殿方をお慕いしているのかしら……?」
(〜〜!!)
美月のファンクラブの女子生徒であることに加え、女の子が大好きな恋バナと言うことで、当の本人である自分の耳にまで聞こえて来るくらいに話が盛り上がっていた。
恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた美月は、小走りでエントランスホールを駆け抜ける。
「みづ……お嬢様! 本日は日差しが強いので、日傘を刺すのをお忘れなく! お体に障ります!」
「分かってますわ……! だけど、わたくしは別に病弱じゃありませんわ……!」
美月は入学してから二度も倒れて、長期間学校を休んでいた時期があったせいで、病弱と言うイメージが学園中に広まってしまっていた。
別にそんなことはないのだが、倒れたのは事実なので否定しずらい……。流石にもう倒れることは思いたいが……。大丈夫だよね??
そして、美月は寮の前で待っていた輝とヴィーナスと対面した。
「輝先輩も、ヴィーナスも、おはようございますわ……! お待たせしてしまったみたいで、申し訳ありませんわ……!」
「美月さんも、サターン君も、おはよう。 それと、僕たちは今来たところだから気にしないで」
エントランスホールにいた女子生徒の話からすれば、それが決まり文句なのは一目瞭然だった。気づかいが上手だ。
「美月さんも、サターンさんも、おはようございます」
「輝もヴィーナスもおはよう。 ……輝、ドンマイ……」
「……?? それよりも、美月さん。 今日もとても素敵だね。 良く似合っているよ」
「た、ありがとうございます……わ……」
お世辞かもしれないが、輝から褒められたことで、美月は恥ずかしさから顔を赤くした。でも今は日傘を刺しているから、表情は見られていない筈……。
だけど、もう既にお嬢様人格が崩れかけていた。
そんな輝も今日は私服で、その王子様の様なルックスもあり、周りにいる女子生徒たちが黄色い悲鳴を上げていた。
「じゃあ、行こうか、美月さん。 今日はよろしくね」
「は、はい……! よろしくお願いします……わ……」
*****
輝にエスコートされた美月は、学園内にある喫茶店に訪れていた。
そのお店はプライベートな空間が売りで、魔法による遮音性を完備した個室まであった。
その個室の一室で、美月はとある女の子と再会していた。
「わ〜い、美月お姉ちゃんと、サターン君だ! また会えて嬉しい!」
「わたくしもですわ、レイちゃん……! すっかり元気になった様で安心しましたわ……!」
「ええ、あの時は酷い怪我でしたからね……」
その子は四月に起きたメカニカルウィッチ研究所の事件の際に、美月が助けた
対面して直ぐに抱きついて来たレイの相手をしていると、一緒に来ていた大人の女性と、メカニカルウィッチの女性と男性の二人が頭を下げて来た。
「すみません、美月さん。 こうして、直接お礼を申し上げるのが遅くなってしまって……。 改めまして、私は
「私はルミと申します。
「僕はエールと申します。 本当にありがとうございました……!」
「あ、頭を上げて下さい……! わたくしも無我夢中だっただけですので……! それに、今まで時間が作れなかったのは、わたくしが何度も倒れたせいですし……!」
光は、輝と同じプラチナブランドの髪と、金の瞳をした綺麗な女性だった。
話を聞くに、輝とは七歳離れた姉弟らしい。それと、夫は今はUS国のプロリーグで活躍しているらしかった。
そして、ルミとエールはそんな光の相棒……と言う訳ではないらしい。
何でも、白金家は訳ありの人工精霊を引き取る孤児院の様なものをしていて、皆大事な家族として扱っているらしい。
その為、光にもレイにも正式な相棒はおらず、今は年長組であるルミとエールがその代理を勤めているらしかった。
そんなやり取りをしている間に、注文した料理が運ばれて来た。
美月が今回注文したのは、お店の看板メニューのナポリタンとクリームソーダだった。
焔たちのおかげか、最近は食欲も大分戻って来ていた。
「美味しいね、美月ちゃん!」
「そうですわね。 レイちゃんはオムライスが好きなのかしら?」
「うん、そうなんだ!」
レイはオレンジジュースと一緒に、オムライスがメインのお子様ランチを美味しそうに頬張っていた。さらに、食後にケーキも注文している余り、流石は食べ盛りの子供である。
そんなレイは美月に懐いたらしく、母である光の隣ではなく、自分の隣に座っていた。
そんな訳で、対面に座っている輝がどうしても視界に入ってしまう。
いつもなら何でもないのだが、今日は周りがデートだの何だの囃し立てるせいで、変に意識してしまっていた。
するとそんな美月の視線に気づいた光が、口にしていたコーヒーを置いた。
「フフッ、美月さんも、輝がたくさん食べるから驚いたでしょう?」
「は、はい……!」
輝を見ていたのは別の理由なのだが、確かに以前昼食に誘われた時に気になっていたことでもあるので、同意しておく。
現に輝はカレーとサラダを大盛りで注文していた。さらに、食後にコーヒーとパンケーキも注文した。
「これでも輝は昔は少食だったんですよ? だけど、
「ちょ、ちょっと、姉さん!! 止めてくれ!!」
「え〜可愛い思い出じゃない〜? 現に小さい頃の輝はそれはもう可愛いかったんですよ? それこそ女の子に間違われ……」
「姉さん!! その話は後で自分でするから!!」
姉である光が相手だから、輝は普段の様子からは想像ができないくらに、必死に大声を上げていた。それと同時に、何故かチラリと自分の方を見て来る。
一方で光も、輝を少し煽る様な笑みを浮かべながら、何故かチラリと自分の方を見て来る。
(……もしかして、
でも、美月は十年前の事故より前の一部の記憶があやふやになっているせいか、
そのことを誤魔化す様に、クリームソーダを口にする。
すると光が、輝の肩をポンっと叩きながら口を開いた。
「はいはい、ごめんごめん。 でも、輝……お母さんの代わりにこれだけは言わせて貰うけど……。 お姉ちゃんとしては大歓迎だからね……!」
「姉さん!!」
「……!?」
光の発言の意味と、顔を真っ赤にした輝の大声に驚いた美月は、口にしていたクリーソーダを咽そうになるのを必死に耐えた。
光が手でグットマークを作っていて、さらにサターンが流れ弾を食らった様に倒れたのを見ると、やはりそう言う意味なのだろうか??
そんな空気の中、お子様ランチを食べ終わったレイが疑問を口にした。
「何の話をしてるの?」
「な、何でもないよ、レイ! それよりも、レイは今年も全国大会を見に来てくれるのかい?」
「うん! だって今年は輝お兄ちゃんとヴィーナスちゃんだけじゃなく、美月お姉ちゃんとサターン君も出るからね!」
輝がレイを利用して露骨に話題を変えたが、美月としてもありがたかった。
レイはそうとも知らずに、無邪気に話を続ける。
「去年も、一昨年も、輝お兄ちゃんとヴィーナスちゃんは本当に強くて、凄かったんだ! 二人は私の憧れなんだ!」
「ハハハ……う、嬉しいね、ヴィーナス……!」
「……はい。 それがヴィーナスの
輝はまだ挙動不審になっていたが、ヴィーナスはこんな状況でもいつもと変わらず冷静なままだった。
でも、気のせいかもしれないが、何だかいつもより少しだけ声が暗い様な気がした。
美月は上手くは言えない違和感を感じていると、隣にいたレイが急に手を握って来た。
「それに私、美月お姉ちゃんとサターン君にも憧れているんだ! だから今年の全国大会はどっちも応援するから!」
「ええ、ありがとうございますわ、レイちゃん……! わたくしとサターンも、期待に応えられる様に頑張りますわ……!」
*****
その後、光とレイ、それからルミとエールを見送った美月は、引き続き喫茶店の個室にいた。
どうやら、元々は輝が美月に大事な話をするだけの予定だったのだが、丁度都合が良かったので、光とレイがそれに便乗する形で会いに来たらしかった。
そんな訳で、残りの時間を邪魔しない為にも、光たちは早めに帰って行った。
「す、すまない、美月さん……! 姉さんは多少、お茶目?なところがあるんだ……! さっきの話は気にしないで欲しい……!」
「は、はい……! 私……わたくしも、気にしていません……わ……!」
今は美月と輝、それからサターンとヴィーナスだけになっていたが、サターンは倒れたままだし、ヴィーナスは殆ど口を開かないので、ほぼ二人きりの気まずい空気になっていた。
そんな空気を変える為に、美月はこの機会に明かそうと思っていた本来の自分のことを話すことにした。
「あ、あの……! 輝先輩は以前、わたしく……じゃなくて、私のお見舞いに来てくれた時に知ったかもしれませんが……本来の私は……!」
「……そのことなんだけどね、美月さん。 僕はずっと前から……
「え……?」
輝の言葉に、美月は驚きの余り固まった。
じゃあやっぱり、自分は昔、輝と会ったことがあるのだろうか?
美月が必死に記憶を掘り起こそうとすると、輝がポツリと呟いた。
「……
「……!?」
勇気のお呪いは、亡き母から貰った大切な宝物で、家族以外は知らない筈だ。
それなのに、何故輝がそれを……?
すると輝は、美月の顔を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりとその口を開いた。
「美月さん……ううん、
*****
――一方その頃。喫茶店の外の路地裏にて。
しかし、喫茶店が完全予約制で入れなかった為、今はこうして近くで待機しながら、昼食を取っていた。
そんな中、草苅がコーヒーを片手に、ハンバーガーを口にしながら、ため息を吐いた。
「はぁ……」
「リーダー、もしかして、別の味が良かったでやんすか? いろいろと買ってあるでやんすよ?」
炎炉が近くのファストフード店で買って来たハンバーガーの入った袋を、ゴソゴソと漁り出した。
そんな炎炉の呑気な様子を見た水島が、やれやれと言った様子で口を開いた。
「リーダーが悩んでいるのは、別の理由ですよ。 大方、例の作戦の内容のことでしょうねぇ……」
「……その通りだよ。 お前たちも目を通しただろ?」
「「それはまあ……」」
草苅がこうして悩んでいるのは、つい先日ワールドユニオンから届いた、学園での作戦の内容が原因だった。
その内容は、メカニカルウィッチ学園に潜んでいるであろう
そして、その際に
四月のメカニカルウィッチ研究所での作戦は、元々は行方をくらませた明日斗博士に警告する為に、十年前の事件の一部を再現して、美月を人質にとるパフォーマンスをするだけのものになる筈だった。
だが、サターンと言う想定外の存在や、自分たちのミスにより、計画が狂って危うく大惨事になるところだった。
それでも、怪我人は出たが、死者は出ずに済んだ。
その後、急遽組まれた黒土邸での作戦も、戦闘になることを前提にしていたとは言え、あくまでも捕縛が目的だった。
でも、今回は今までとは違う。
(やはりアダム議長は、もはや子供相手にも躊躇しなくなっている……!)
ワールドユニオンによるメカニカルウィッチ研究所の事件と、ネメシスと呼ばれる
そんな状況で、学園の生徒から死傷者が出れば、二人はその立場を追われることになるだろう。
アダム議長の目的は、
そして、これはもしかしたら、何度も失敗を重ねた自分たち特殊部隊のトカゲの尻尾切りや、子供を犠牲にすることに迷いを見せた自分への踏み絵を兼ねているのかもしれない……。
勿論、特殊部隊に身を置いている者として、自分の手が全く汚れていないなどと言うつもりはない。
それでも、この十年近くはずっと、子供である美月の御影兼監視の任務をしていて、今回の様な作戦からは離れていた。
『――今日から、美月様専属の護衛を務める草苅と申します』
『同じく、水島と申します』
『同じく、炎炉と申します』
『『『これからよろしくお願いします』』』
『は、はい……! よろしくお願いします……わ……!』
ずっと裏では裏切っていたとは言え、この十年は悪くなかった。
でもそのせいで、腑抜けてしまった自覚はあった。
それでもやっぱり、
だから、自分と同じ境遇の部下たちや、未来ある子供たちが犠牲になることをどうしても許容できなかった。
だけど、命の恩人であるアダム議長を裏切ることもできなかった。
(二兎を追う者は一兎をも得ずって言うけど……やるしかないね……!)
草苅は一つの決断をした。
「……決めたよ」
「「リーダー?」」
「勿論、
草苅は自分の独断に部下たちを巻き込まない様に、選択権を委ねた。
すると水島と炎炉はやれやれと言ったら様子で首を横に振った。
「リーダー、あまり私たちのことを甘く見ないで貰いたいですねぇ。 確かに私たちも
「そうでやんす! きっと他のメンバーに聞いても、同じ答えが返って来る筈でやんす! だからオイラたちは、リーダーに着いて行くでやんす!」
「……お前たち、ありがとね!」
自分の我儘に付き合ってくれる部下たちの為にも、草苅は必ず自分の作戦を成功させることを決意した。
「良し! 美月様とサターンは当面、出て来る気配はないし……このまま監視を続ける傍ら、アタシの作戦を詰めていくよ!」
「「了解です、リーダー!」」