何も無い真っ暗な空間の中で、輝の目の前にいるヴィーナスは、自分と同じ人間の大きさの姿をしていた。
ヴィーナスはいつもなら、手のひらサイズのメカニカルウィッチとして自分よりも遥かに小さいか、巨大なロボットであるスーパーメカニカルウィッチとして自分よりも遥かに大きいのだが、ここが不思議な空間であるからだろうか?何であれ、輝はそれが少しだけ嬉しかった。
「……ヴィーナス、ごめん……。 ここに来るまでに君の記憶を見たんだ……」
「ーーッ!?」
それ聞いたヴィーナスは動揺した様に震えた。
この空間はある意味ヴィーナスの心の中とも言えるからか、ここに足を踏み入れた輝の頭の中に彼女の記憶が流れ込んで来た。
そして、彼女の悩みと苦しみを改めて知った。
するとヴィーナスは震える声で口を開いた。
「……それならマスターも、伝聞としてではなく、本当の意味で、ヴィーナスの生まれを知ったのですよね? 見ての通り、ヴィーナスは結局、ただ強いだけの兵器でしかないのです……」
ここは何も無い真っ暗な空間だとは言ったが、正確に言えばその外側では、ムーンの力であろう人間や世界に対する絶望を始めとした、ありとあらゆる負の感情が込められたドス黒く禍々しい魔力がこの場所を覆い囲っていた。
それがこの場所に入って来れない原因こそ、ヴィーナスの内部にあった謎のシステム……おそらくは彼女を作った暗闇博士が仕込んでいた『
するとヴィーナスの背後に無機質な赤い光が
それはここを囲っている負の感情が込もった黒い魔力とは反対に、まるで機械の様にどこまでも無機質にヴィーナスを見つめていた。
「……これこそが、ヴィーナスが……私が世界を滅ぼす兵器として……人殺しの道具として生まれて来た消えない証です……。 やっぱり私の様な兵器など、優しいマスターの相棒に相応しくありませんでした……。 その隣に立つ資格なんて最初からありませんでした……」
ヴィーナスは涙を流しながらそう口にすると、再び下を見て俯いてしまった。
そんなヴィーナス姿を見た輝は差し出していた手を一度下ろすと、彼女と目線を合わせるべく、ゆっくりとその場で膝をついた。彼女と話をする為に……。
「……ヴィーナス、僕はね……自分のことが大嫌いだったんだ……」
「っ……!」
それを聞いたヴィーナスは口を強く噛み締めていた。
この言葉が彼女のことを傷つけていたのは分かっているが、それでもちゃんと話さなければならない。
「僕はね……僕を助けてくれて、変わるキッカケまでくれた美月ちゃんのことを助けられる様になりたかった……そう約束したんだ……。 でも、そうはなれなかったんだ……。 だから、せめて周りの誰かを助けられる様に頑張ったんだ……。 だけど、どれだけ頑張っても、自分のことを認めることができなかった……自分のことを好きになることができなかったんだ……」
輝は何もできない弱虫な自分が大嫌いだった。
そんな自分を変えようと努力したけど、変われなかった。何もできない弱虫なままだった。
美月との約束を守れなかったことが悔しかった。自分で自分を許せなかった。
だから、こんな自分なんかを好きになれる筈なんてなかった。
「ヴィーナスを……皆を助けていたのも、結局は自分に言い訳する為だったんだ……。 自分の為だったんだ……。 だから、僕はヴィーナスが言ってくれる様な優しい人間じゃないんだ……」
「……止めて下さい……! マスターが、私の好きなマスターのことを悪く言うのなんて聞きたくないです……!」
「……うん、こんな僕の態度がヴィーナスのことを傷つけてしまっていたんだね……。 本当にごめん……」
ポロポロと涙を流しながら必死に声を上げるヴィーナスに、輝は頭を深く下げた。
そして、その頭を上げて彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「僕はやっぱり……自分のことが大嫌いだ……。 だけど、こんな僕のことをヴィーナスはマスターとして慕ってくれた……好きになってくれた……。 だから、そんな
輝はそう宣言すると、泣いてるヴィーナスのことを優しく抱きしめた。
「離して……下さい……! 私の様な人の心がない兵器に触れたら、マスターが穢れてしまいます……!」
ヴィーナスは拒絶する様に振り払おうとするが、輝は決して離さなかった。
「……僕とヴィーナスは似ているね……。 助けてくれた人の為に何もできないのが……何も返せないのが苦しかったんだよね……。 自分なんかじゃ、助けてくれた人の隣に立ってはいけないんだって思ってたんだよね……」
ヴィーナスはまるで鏡に映った輝の様だった。
どちらも自分のことを自虐していて、こんな自分では相応しくないと最初から諦めてしまっていた。
そんな似ている自分たちだからこそ、ヴィーナスが思っていたことを輝もまた思っていた。
「僕もヴィーナスと同じなんだ……。 ヴィーナスが、僕の好きなヴィーナスのことを悪く言うのを聞くのは辛いんだ……。 だからこそ、
「……そんなの……無理です……」
ヴィーナスは首を振りながら、震える声で輝の願いを拒絶した。
「……メカニカルウィッチ研究所の事件で……マスターが慕っている美月さんを目にしました……。 メカニカルウィッチを悪用させないことを宣言した美月さんの姿を見て……私ではこうはなれないと思いました……。
ヴィーナスは涙を流しながら、悔しそうにそう語った。
「……それに……サターンさんやマーズさんを始めとした
するとヴィーナスは、その綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、震える様に言葉を紡いだ。
「……だから……マスターにはきっと……私の様な兵器なんかより相応しい相棒がいる筈……」
「そんなこと絶対にない!」
輝は大きな声でそれを否定した。
ヴィーナスの口からそんなことを言わせる訳にはいかなかった。
輝は自分から身を引こうとするヴィーナスのことを絶対に離すまいと強く抱きしめた。
「ヴィーナス、そんな悲しいこと言わないで! ヴィーナスは
「そんなの嘘です……」
「嘘じゃない!」
最初は美月のことを助けられないのなら、せめて周りの誰かを助けられる様になりたいからだった。
そんな中、白金家にやって来たヴィーナスと出会った。根底にあるのは自分の為だとしても、助けになりたい言う気持ちは本気だった。力になりたいと言う気持ちは嘘ではなかった。
そして、ヴィーナスの悩みと苦しみを知ったことで、益々その思いは強くなった。だから、その心を救たくて、相棒になろうと言った。
それから相棒となったヴィーナスと一緒に、多くの相棒たちとバトルして来た。
どの相棒たちもとても強い絆で結ばれていて、本当に強かった。とても眩しかった。それでも自分の相棒が……ヴィーナスが、世界で一番のなんだと輝は胸を張って言えた。
「僕もね、サターン君やマーズさんを始めとした他の人工精霊の皆ことを凄いと思っているよ……。 だけど、そんなの関係ないんだ……。 だって、僕の
「マスター……」
「……確かに僕は美月ちゃんから、勇気のお呪いを始めとしたたくさんのものを貰ったよ……。 それこそ、返しきれないくらいにね……。 それでも、僕にとっての世界で一番の宝物は何かと問われたら、それは間違いなく相棒であるヴィーナスなんだって答えるよ……!」
「マスター……!」
*****
自分のことを世界で一番の宝物だと言ってくれた輝の言葉を聞いたヴィーナスの瞳から涙が溢れて来た。
でも、これは悲しみの涙ではなかった。嬉しさの涙だった。
ヴィーナスは自分から輝の背中を抱きしめると縋る様に問いかけた。
「本当に私で……
「僕はヴィーナスが良いんだ……! ヴィーナスじゃなきゃ嫌なんだ……!」
「ありがとうございます、マスター……!」
ヴィーナスは思った。輝がこんなにも想ってくれる自分のことを、自分も好きになれる様になりたいと……。
「帰ろう、ヴィーナス……。 僕だけじゃない……皆も待ってるよ……」
「はい、マスター……!」
すると真っ暗な空間の中に突如亀裂が走り、光と共に以前目にしたアークサターンの魔力が流れ込んで来た。
ムーンのものと似ている様で決定的に異なるそれは、輝とヴィーナスを守る様に二人を包み込んだ。
それにより、
そんな中、主導権を奪い返そうと、
それを輝がヴィーナスを自分の内側に抱きしめる形で、身を挺して守った。
「僕の相棒に……世界で一番の宝物にこれ以上手出しはさせない! ヴィーナスを返して貰うぞ!」
そして、遂に空間が崩壊し、足場が抜けた様に輝とヴィーナスは下へと落ちていった。
二人で一緒に落ちていく中、ヴィーナスは輝が以前口にした、「
(……マスターのヴィーナスへの
勿論、それは悪いことではなかった。だってこんなにも想ってくれているのだから。
(でも、ヴィーナスは……)
ヴィーナスは感情が欠けていた自分に、それとは
そもそも人間とメカニカルウィッチと言う別の種族なのに加え、輝が美月のことをその別の意味で好きなのも理解していた。
だけど、
ヴィーナスは抱きしめてくれている輝の胸に顔を埋めながら、心の中で自分の想いを口にした。
(マスター、ヴィーナスは貴方のことが……)
*****
眩しい光が視界に入ってくるのと共に、ヴィーナスは自分が現実へと戻って来たことを自覚した。
それから自分の中にあったムーンの魔力が霧散したことに加え、
しかし、それにより草刈たちの機体が力を失い、その動きを急に止めたことで、膠着状態に陥っていたムーンとサンが自由を取り戻していた。
咲良たちの方はそれでも何とかサンの足止めをしていたが、焔たちの方はムーンの美月への執念により突破を許してしまう。
『妾の美月に触れるなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッーー!!』
ムーンは、憎悪を向けていた人間の輝だけではなく、ヴィーナスにも明確な敵意を持って攻撃を放って来た。
杖を振って生み出した水の塊を元に創造した巨大な槍が、猛スピードで飛んで来た。
しかし、目の前にいるアークサターンは、それに反応するのに明らかに遅れてしまっていた。
無理もない。エラーを起こしているとは言え、サターンの目の前にいる自分は
だからこそヴィーナスは、自分の中に乗っている輝と、目の前にいるサターンとその中に乗っている美月の両方を助ける為に、アークサターンを思いっきり突き飛ばした。
『ヴィーナス……!? 輝……!? くっ……!?』
その反作用を利用して巨大な槍を回避するが、
このままではムーンが次々に飛ばして来る武器によって串刺しにされるか、地面へと激突するだけだ。
それを防ぐ為に、
「ヴィーナス!」
「マスター……!」
危機的状況なのは変わらないが、それでも輝も無事に現実に戻って来れて本当に良かった。
輝を助ける為なら、
だけど、ヴィーナスはそんな方法は選びたくなかった。だって、輝がこんなにも想ってくれる自分を消したくはなかったから……。
だからヴィーナスは、兵器として生まれた自分にかけられた呪縛を乗り越える為に、輝に……自分の相棒に助けを求めた。
「マスター……! ヴィーナスは
「僕もだよ、ヴィーナス!
この呪縛を乗り越えて一緒に未来を掴みたいと言うヴィーナスと輝の願いが、再びシンクロゾーンの扉を開いた。
「「——シンクロゾーン!」」
二人のシンクロ率が
文字通り二人で一つの存在となり、一心同体、人機一体とらなったノーブルヴィーナスが、呪いに抗う様に動き出した。
「ヴィーナスはマスターと一緒に……!」
「僕はヴィーナスと一緒に……!」
「「
以前はヴィーナスも輝も、例え自分自身のことは嫌いでも、それでも相棒のことだけは誰にも負けないくらいに好きだった。それこそ、その想いの強さがシンクロゾーンを呼び覚ますくらいに……。
だけど、今はそんな相棒が好きだと言ってくれた自分自身のことも少しだけ好きになれた。信じることができた。
お互いがお互いを想うが故の、その想いの強さが、
ノーブルヴィーナスの呪いの証である
天使の様な白い翼と悪魔の様な黒い翼の二組の対となる四つの翼と、白い光と黒い光が無限大を描く様に重なり合った光輪へと生まれ変わった。
「「マジカルスキル! ヴィーナスフォーリンエンジェル!」」
呪いの力を元に新たなマジカルスキルを生み出したことで、ノーブルヴィーナスは天使でもあり悪魔でもある堕天使へとなった。
そして、花畑に墜落する直前に、展開した翼で再び空へと飛翔した。
*****
シンクロゾーンの動きに加え、飛行魔法以上のスピードを持つ白い翼を得たノーブルヴィーナスはまさに神速の如き速さでバトルフィールドを駆け抜けていた。
『ええい!! ちょこまかと!!』
ムーンも次々に武器を飛ばして来るが、まるで追いつけていなかった。
「「マジカルスキル! ヴィーナスセイバー!」」
逆に輝たちは、ノーブルガンソードの銃身に光の剣を発生させ、ムーンへと切り掛かった。
『チッ! |****!』
「くっ……! 硬い……!」
「やはり一筋縄では行きませんか……!」
『どんなに速くても、貴様らに妾の魔法を破れるものか!!』
ムーンが自身を囲う様に展開した巨大なバリアを前に、輝たちが歯噛みしていると、焔たちの声が聞こえて来た。
『『『『『『合体連携マジカルスキル! トライスターバースト!』』』』』』
『おのれ!! またか!!』
輝たちに気を取られていたムーンの死角から飛んで来た三色が混じり合った巨大な光が、その守りを破壊した。
ムーンは咄嗟に抜け出してその攻撃を回避していたが、その行動は今の輝たちの前では明確な隙でしかなかった。
『『『今です、輝先輩!』
「皆、ありがとう!」
『決めるのよ、ヴィーナス!』
『フッ、任せたぞ……!』
『お、お願い……!』
「
焔と冬馬と小春、それからマーズとマーキュリーとジュピターの声を聞いた輝たちは、そのままムーンへと切り掛かった。
ヴィーナスセイバーに黒い翼のパワーを加えることで、その威力を増大させる。
『チッ! **……』
「遅い!」
「させません……!」
『ぐっ……!?』
さらに白い翼のスピードでムーンに魔法を展開させる暇を与えずに、その巨大な機体を切り裂いたことで、ダメージを受けたムーンが地面へと落下して行った。
「「マジカルスキル! ヴィーナスノーブルゲート!」」
輝たちはそのまま、展開したノーブルマルチウィングを円を描く様に前回させ、巨大な光の門を生成させた。
美月にはムーンのことを止めてみせると約束したが、それはそうとして自分の大事な相棒であるヴィーナスを傷つけた相手に容赦をするつもりはなかった。
だから黒い翼のパワーを加えたノーブルガンソードのビームを、光の門へと全力で打ち込むことで、威力と数を増大させたビームの嵐をムーンへと叩き込んだ。
『おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッーー!!』
攻撃をまともに喰らったムーンの憎悪の叫び声が響き渡る。
しかし、輝たちはギリギリの所でもう一機がムーンを庇ったのに気づいていた。
爆発の煙が晴れて来ると、杖を地面に突き刺す形でヨロヨロと浮いているムーンの姿と、それを庇う様に前に立っているサンの姿が見えて来た。
サンは大剣で業火の炎の壁を作り、輝たちの攻撃を防いでいた。
『ムーン……いくら何でもやられ過ぎだ……。 美月を……かつての相棒を前にして冷静さを失ってしまうのは……我にも理解できるが……』
『ええい、少し油断しただけじゃ……!』
悪態を吐きながらも爆発させていた感情を少しだけ抑えたムーンを横目に、サンはブラッドマーズとウルフマーキュリーとゴーレムジュピターの三機へと大剣を向けた。
『ムーンの魔法を破れる……あの赤の青と緑の三機の機体は……我が相手をしよう……。 それ以外の者たちでは……ムーンの魔法は突破できまい……』
『チッ! 分かったわい! 妾もあの白い機体にさっきの礼をせねばならんからな……!』
続いてムーンもノーブルヴィーナスへと杖を向けて来た。
そんなムーンとサンを今この場にいる全機が取り囲むが、二機は微塵も怯んだ様子を見せなかった。
『子供たち相手とは言え……我らの試練の邪魔をするならば容赦はしない……』
『妾から美月を奪う奴らは全員皆殺しじゃ!!』
——