——これまでの人生の記憶を全て追体験した美月は、まどろんでいた意識がゆっくりと覚めていくのを感じた。
美月が目を覚ますと、視界に見知った天井が目に入った。
ここは確か、以前黒土邸での戦いの後に入院した病院だった筈……。
その証拠に口元には呼吸器の様な物が嵌められていて、耳に心電図の音が聞こえて来た。
「うぅ……」
「——ッ!? 美月……!」
「お嬢様……!」
美月が体を少し動かすと、近くからもう自分の相棒であるサターンとリンの声が聞こえて来た。
人間の姿に変身しているサターンと、人間と同じ大きさなの最先端のロボットの体を持つリンが、慌てて美月が寝ているベットの左右に駆け寄って来た。
「美月……! 目は見えているかい……? 声は聞こえていかい……? 臭いは……? 味は……今は良いとして、僕の手が握っている感触はあるかい……?」
「お嬢様……! 本当に良かった……! グリ……! 先生にお嬢様が目を覚ましたと連絡を……!」
「今しているところです……! 先生、早くお願いします……!」
そんな皆のやり取りを、美月は虚な目で見ていた。
するとそんな美月の視界の端に、個室の空中に映し出された今日の日付が目に入った。
(……三日金曜日……。 確か……昨日は
するとある違和感に気づいた美月は、もう一度目を凝らして今日の日付を確認した。
(
*****
その後、急いで駆けつけて来た担当医の先生の診察を受けた美月は、意識も戻り、容体も落ち着いてるので、取り敢えずは大丈夫だと診断された。
どうやら、自分の力に耐えきれずに壊れてしまった体の方は、魔法を組み合わせた最先端の医療技術で、眠っている間に治療を済ませたらしかった。
だけど、それでも完全に治った訳ではなく、体には違和感が残っていた。
それでも体の上半身を起こすくらいなら問題ない為、美月はあの戦いの最中、あの世とこの世の狭間で十年前の事故で死んだ兄と会ったことをサターンたちに話した。
それから自分も十年前の事故で命を落とし、その際に魔女の力である『時間魔法』に目覚め、
「そうか……美月はもう一人の僕と会ったのか……。 僕も話を聞いて、一部の記憶を思い出したよ……。 僕はお母様との最後の約束を果たせずに、美月を一度死なせてしまっていたんだな……。 だから、もう一人の僕は死後、この世の全てを呪う呪いに成り果ててしまったのか……」
美月の話を聞いたおかげか、サターンは……兄は失った一部の記憶を取り戻した様だった。
でも、美月のことを守れずに一度死なせてしまったと言う事実に暗い顔をしていた。
そんなサターンの代わりにリンが考察する様に口を開いた。
「……成程。 お嬢様の力が魔女としてものであったと、この前お聞きしましたが……正確にはそれを超える上位の存在である
全ての真相を聞いた兄とリンと爺やたちは、美月の身を案じて本気で心配してくれ、次々に優しい言葉をかけてくれた。
だけど、美月はそんな皆の優しさに心苦しさを感じていた。
美月は昔の自分の記憶を追体験している間、見ているだけで何もできなかったことから、益々強くなったある不安をポツリポツリと口にし始めた。
「……私には十年前のあの日よりの前の一部の記憶がありませんでした……。 それに……あの日以来、私を襲って来たメカニカルウィッチよりも、同じ人間の方に恐怖を抱く様になって……その際に生まれ……いえ、呼び出したお嬢様人格は、昔は自分でも全く制御ができませんでした……。
「美月……」
「お嬢様……」
「……でも、やっとその理由が分かりました……。 きっと昔の私を模したお嬢様人格の私が、あの日一度死んだ人間の私で……昔とは変わった今の私が、あの日生まれた精霊の私なんです……。 だから、人間の私の居場所を奪った私は
「——
美月が自分の存在を自分で否定しようとしたその時だった。
兄がその言葉の続きを止める為に、泣きそうになっている美月の頬を、両手で優しく押さえた。
「もう一人の僕も言ってたんだろ?
「でも……」
「それに、美月が前に僕に言ったんだよ?
「あ……」
美月は黒土邸でのやり取りを思い出した。
兄も……サターンもまた、もう一人の兄のコピーとして生まれたことに苦悩していた。
「……だから、あの時とは逆で今度は僕が美月に言うね……」
するとサターンは両手を離して美月に優しく微笑みながら口を開いた。
「——
「お兄……様……!」
「そうですよ、お嬢様。 そんな悲しい言い方をしないで下さい。 どちらのお嬢様も私にとって敬愛する黒土美月お嬢様なのですから」
「ええ、リンの言う通りですね」
「リン……爺や……皆……!」
人間の自分だけではなく、精霊の自分のことも美月だと言ってくれる皆の言葉に、美月はその
するとサターンが、泣きじゃくる美月を宥める為に、ある提案をした。
「……美月。 皆が目を覚ました美月のお見舞いに来たいって言ってくれているけど、来て貰うかい?」
「はい……!」
——皆のおかげで、美月の中にあった不安は消えていた。
*****
——翌日。
土曜日と言うこともあってお昼頃に、焔とマーズ、冬馬とマーキュリー、小春とジュピター、それから輝とヴィーナスがお見舞いに来てくれた。
「良かった、美月……! 目が覚めて……! 俺……もしこのまま美月が起きなかったらどうしようって、ずっと不安で不安で……!」
「ほらほら焔君。 美月ちゃんはもう大丈夫なんだから、焔君ももう泣かないの。 美月ちゃんが逆に心配するでしょ?」
「焔……マーズ……」
「うぅ……あたしも……! 美月ちゃん、酷い怪我だったから、心配で心配で……!」
「小春ちゃんの気持ちは分かるよ……。 戦いの後、美月ちゃんは血まみれで運ばれて行くのを見たからね……」
「小春……ジュピター……」
「ああ、僕もだ……。 あの時の美月さんは、息はおろか、心臓も止まってしまっていたからな……」
「そうだな、冬馬。 だが、美月さんもこうして目覚めたのだからもう大丈夫だろう」
「冬馬……マーキュリー……」
寝ている美月のことを気遣いなからも、病室に入って一番に駆け寄って来て自分の左手を握って来た焔は、いつもの元気な彼からは想像ができないくらいに弱々しい顔で泣いていたが。
そんな焔の後ろで小春と冬馬も涙を流しており、それを相棒のマーズとジュピターとマーキュリーが宥めていた。
すると焔たちの反対側に来た輝が優しく声をかけて来た。
「美月ちゃ……さん、目が覚めて本当に良かったよ……。 もし君にまた何かあったら僕は……」
「はい、本当に良かったです。 マスターもあの戦いの後からずっと気が気じゃありませんでしたからね……」
「輝ちゃ……先輩……ヴィーナス……」
皆と一通り話終えたものの、焔たち人間組は、点滴に繋がれている痩せ細った美月の姿を見て、まだ不安が消えない様子だった。
その一方で、マーズたち人工精霊組は、美月も同じ精霊であるからか、もう大丈夫だと感覚的に分かっている様で、焔たちを宥める役割に回っていた。
すると、そんな焔たちの不安を軽くするべく、サターンが空気を変える為に口を開いた。
「皆、
「あ、うん……! 美月、これ……!」
「これは……お母様の……」
焔が代表して、持って来た箱から美月の母の形見であるペンダントを取り出し、自分の手に優しく握らせてくれた。
先の戦いで美月の力が覚醒したことにより、ペンダントの砕け散った魔石部分には、焔たちがくれたお守りに装飾されていた赤と青と緑のパワーストーンが代わりに嵌め込まれていた。
魔法で一つになったパワーストーンが、三原色の効果により元の赤と青と緑に、黄と紫と白と水色が加わったことで、七色に変化していた。
「綺麗……」
「僕が焔たちに頼んで作って貰ったんだ。 焔たちのお守りが美月を死の淵から呼び戻してくれたからね。 流石に、もう一人の僕が言っていた、美月の力を抑える効果は失われてしまっているだろうけど……それでも美月を守ってくれると思うんだ」
「うん……! これからは、この煌めきなお守りのペンダントと、俺たちが美月のことを絶対に守るから! ね、マーズ……!」
「ええ、焔君……! 美月ちゃんも、私たちにドーンと任せなさい……!」
確かに、あの世とこの世の狭間でもう一人の兄が自分を止めてくれなければ、それから焔たちがくれたお守りが呼び戻してくれなければ、あのまま死んでいたと言う確信が美月にはあった。
美月は母の形見であるペンダント改め、お守りのペンダントを……大切な宝物を両手で握りしめた。
「皆……! ありがとうございます……!」
*****
それから焔たちが美月の体調を気遣って早めに帰った後、美月は輝とヴィーナスと個人的な話をしていた。
「……じゃあ、輝先輩は顧問としてではなく、正式にチームオールズスターズの一員になったんですね……」
「うん、そうなんだ。 僕はこれまで、美月さんとの約束を守れなかった自分がどうしても許せなかったんだけど……。 ヴィーナスと話したことで、そんな自分のことも自分で認められる様に……好きになれる様になろうと思ったんだ。 その為に、ヴィーナスと一緒に一歩踏み出すことにしたんだ」
「はい。 美月さんのそのペンダントも、私がマーズさんたちと協力して魔法で作ったんです」
輝は少しだけ憑き物が落ちた様な顔をしていた。ヴィーナスもまた無表情ながら柔らかい笑みを浮かべる様になっていた。
どうやら今までは、どちらも自身にはそんな資格は無いと敢えて他人と距離を取っていたらしいが、これからは二人と一緒に他人との交友関係を広げて行くつもりらしかった。
そんな訳で輝は、美月のいるチームオールスターズに一生徒として再加入し、距離を取る為に頑なに苗字呼びしていた生徒会メンバーのことも、これからは名前で呼ぶつもりらしかった。
でも、それならどうして、学園で再会した時に、生徒会長呼びは堅苦しいから気軽に名前で呼んで欲しいと自分に頼んで来たのだろうか?一応、幼馴染?なのに、他人行儀なのは嫌だったからだろうか?
美月がそんなことをふと考えていると、輝がソワソワしながら顔を赤くしていた。何だか既見感がある様な……。
「……だからね、僕たちだけの時はその……昔みたいに、
「輝……!? き、貴様……! それは僕と美月の二人だけの約束なのに……!?」
既見感があると思っていたら、案の定、サターンがツッコミを入れていた。
だけど、美月にとって輝はある意味、幼馴染?の様なものだし、願ってもない提案だった。
「は、はい……! じゃあ私も……昔みたいに
「う、うん……! あ、でも……僕はこれでも
「んんっ……!」
輝がモジモジとし始めると、ヴィーナスが突然大きく咳払いをした。
そして、急にその頭を下げて来た。
「改めて、今回はヴィーナスの暴走でいろいろと迷惑をかけました……」
「い、いえ……! ヴィーナスが無事で良かったです……!」
どうやらヴィーナスの人格システムの中に隠されていた『
するとそんなヴィーナスが、美月の肩の上にゆっくりと登って来た。
そして、美月にだけ聞こえる様にその耳元で囁いて来た。
「ヴィーナスはこれからも、マスターの相棒として……世界で一番の宝物としてその隣にいます。 だから、ヴィーナスは美月さんとは
「え……?」
「だから、正々堂々と勝負しましょう? ヴィーナスは負けませんよ?」
「それってどう言う……?」
美月がその意味を聞き返す暇もなく、ヴィーナスは笑みを浮かべながら、輝の元へと戻って行った。
*****
——その日の夕方。
「——じゃあな、美月さん」
「お大事にな〜」
お見舞いに来てくれた麗とウラノスがそう言いながら病室から出て行った。
ちなみに、麗からの提案で気軽に名前呼びすることになった。流石は焔の従兄弟だ。フットワークが軽い。
本来なら他の生徒会メンバーや学園長、それから担任の
だけど、ネオンが昨日、美月が目を覚ましたと聞いた途端、病院に突撃しようとした為、それをどうにか今日にする様に説得した麗たちが、その付き添いとして着いて来たらしかった。
そして、そんなネオンは今現在、美月にぎっと抱きついて離れようとしなかった。
そんな訳で、美月はそのまま状態で、同じ本物の魔女であるネオンに自分の状態のことを相談した。
するとネオンが抱きついたままゆっくりとその口を開いた。
「……ん。 そっか……美月は
「はい……だから……その……これからどうすれば良いのかと……」
「——ねえ、
「あぐっ……!? ね、ネオンさん……?」
ネオンの抱きしめる力が急に強くなった。
そのせいで、骨が軋む様な痛みを感じた美月は、思わず苦痛の声を漏らした。
しかし、ネオンは気にすることなくブツブツと呟き出した。
「
「ね、ネオンさん……! い、痛いです……!」
「
まるで小さな子供のSOSの様なネオンの苦しみの言葉に美月は自分の痛みすらも忘れていた。
するとそんなネオンが、もう絶対に離さないと言わんばかりに、強く強く抱きしめて来た。
「美月は……この世界でやっと見つけた
そして、ネオンは美月に抱きついたまま顔だけ離すと、ドロドロに濁った瞳でどこかゾッとする微笑みを浮かべた。
「——大丈夫だよ……。
「ね、ネオンさん……」
美月がその圧に思わず押される中、人間の姿に変身したネプチューンが、そんなネオンを宥める様にその頭を優しく撫でていた。
「——大丈夫だよ。 あたしがずっとネオンちゃんの側にいるからね……」
*****
——その日の夜。
「ムーン……」
美月は病室の窓から見える青い月を見つめながら涙を流していた。
話によれば、バルカンと一緒に何処かへ転移したムーンとサンの足取りは現在も不明らしい。
その一方で飛び去って行ったネメシスとクリサリスは、JP国の外にいたワールドユニオン軍の先遣隊と交戦し、これを撃退した後、その行方をくらませたらしい。
すると病室のドアがノックされると、人間の姿に変身した兄が入って来た。
「美月、大丈夫かい?」
「お兄様……! ムーンが……人を……!」
兄は泣いている美月の側まで来ると、宥める様に優しく抱きしめて来てくれた。
「……美月も聞いたよね。 今回の学園の事件で、死者は出なかったって……」
学園の事件で、美月を含めた怪我人こそ出たものの、奇跡的に死者は出ずに済んでいた。
草刈と水島と炎炉の三人も、スタースピリット対策に機体を重装備にしていたおかげか、ギリギリの所で一命を取り留めたらしく、一番重症だった美月よりも前に目を覚まして、今は国にその身柄を拘束されているらしかった。
「でも……ムーンが人間に手を掛けようとしたことに代わりはないです……!」
現にネメシスとクリサリスは、既にワールドユニオン軍の人間を手にかけたらしい。
「うん……それは勿論、分かっている……。 だけど、少なくとも今分かっている範囲では、ムーンもサンも
「……!」
「だから、まだ止められるかもしれない……いや、止めなきゃ行けない……! ムーンとサンの相棒だった僕たちが……!」
「私……たちが……」
兄の言葉に美月はハッとした。
それはあくまでも希望的な観測に過ぎず、ムーンとサンも裏ではもう既に人間に手をかけているかもしれない。でも、例えそうだったとしても、相棒として止めなければならなかった。
美月はその
そして、決意の籠った力強い声で宣言した。
「——
「そうだね、美月……! 一緒に強くなろう……! 僕も美月の兄として、それから相棒であるサターンとして、力になるよ……!」
「うん、お兄……ううん、サターン……!」
——美月とサターンは改めて、兄妹として、相棒として誓い合った。かつての相棒であるムーンとサンのいるスタースピリットと、全ての悲劇の元凶であるワールドユニオンに立ち向かうと……。そして、二人の物語は、次のステージへと進むことになったのだった。