——八月一日の日曜日。
「——ここに来るのは十年振りになりますね……」
「はい、お嬢様。 そうなりますね……」
メカニカルウィッチ学園が送迎の為に用意した、学園リーグランキングトップ十専用の大型バスから降りた美月とサターンは、全国大会の舞台となる競技場を見て、そう静かに呟いていた。
この競技場は普段はJP国のプロリーグの舞台として使われており、ミライトウキョウ校にある八種類に加え、さらに普通の四種類と、特別な『擬似宇宙』の一種類を合わせた、合計十三種類のバトルフィールドのスタジアムを内蔵していた。
プロリーグの試合が行われる競技場は全国にもあるが、名リーグの決勝戦でのみ使用される特別な『擬似宇宙』のバトルフィールドはJP国ではこの場所でしか無い為、この場所が一番規模が大きかった。
また、巨大なロボット同士がバトルするスーパウィッチバトル用のスタジアムはスペースの都合上それだけしか無いが、手のひらサイズの本来のロボット同士がバトルするウィッチバトル用のスタジアムが多数内蔵された施設がこの競技場に隣接する形で建てられていた。
ちなみに、種目がウィッチバトルのジュニアリーグの全国大会小学生の部並びに中学生の部はその施設で同時に開催できるが、種目がスーパーウィッチバトルのシニアリーグの全国大会高校生の部は高校生の部と同時には開催できない為、大学生の夏休みが長いことを利用してその全部が終わった後の八月後半に開催されることになっていた。
その他にも遠方から来る人たち用にホテルなどの宿泊施設もこの競技場に隣接する形で建てられている為、全国大会の参加者とその関係者は大会期間中はそこで寝泊まりすることになっていた。
美月も昔はムーン、それから母とクリサリスと一緒に、全国大会に出る兄とサンを応援の為に、この場所に訪れていた。
だけど十年前の事件で母と兄とムーンたちを亡くし、その後いろいろあってウィッチバトルから距離を取った美月は、十年近くこの場所に来ていなかった。
それが今回、美月は精霊となった兄を相棒にシニアリーグの全国大会高校生の部の出場選手と言う形で、この場所に戻って来ることになった。
そんな美月たちは競技場の外に待機しているワールドユニオン軍の人員や車をチラリと見た。
「ワールドユニオン……」
「お気をつけ下さい、お嬢様。 奴らは表向きには全国大会の場をテロリストである
「はい、分かっています」
六月に起きたメカニカルウィッチ学園での事件の際にテロ対策の名目で派遣されて来たワールドユニオン軍は、草刈の特殊部隊が白金代表に抑えられていることもあって、その一部がJP国に滞在するだけで、これまで目立った動きを見せなかった。
だけど今回はこうして全国大会の舞台となる競技場の防衛を担う形で動いて来た。
そんなワールドユニオンは十年前、メカニカルウィッチ研究所で百名もの死傷者を出す事件を起こし、今年に入ってからも、メカニカルウィッチ研修所で再びテロ事件を起こし、黒土邸とメカニカルウィッチ学園で美月を狙って襲って来た。そんな奴らの言い分なんて信用できる筈が無かった。
一応、白金代表がいろいろと協議してくれたおかげで、有事の際以外はワールドユニオン軍の競技場内への立ち入りを禁止する様に取り付けてくれたらしいが……。警戒するのに越したことはないだろう。
すると身を強張らせる美月の手をネオンが握って来た。
「……ん。 大丈夫だよ、美月。
「だから美月とサターンは試合に集中しなよ♪ 魔女の力があるんだから優勝なんて簡単でしょ♪」
「ネオンさん……ネプチューン……ありがとうございます」
プロリーグの舞台である競技場は、夏休みの間は全国大会の舞台として使われる為、プロリーグの選手には夏の間は試合が無かった。
だから二大チャンピオンバディのネオンとネプチューン、それから麗とウラノスは、全国大会の期間中はこうしてずっと一緒にいてくれるらしかった。本当に心強い。
するとそんな麗とウラノスがミライトウキョウ校の生徒たちに声をかけていた。
「良ーし! じゃあ、出場する生徒たちは俺たちと一緒にミライトウキョウ校の控え室に移動するぞ! その他の生徒たちは観客席に向かってくれ!」
「この競技場は広いからな! くれぐれも迷子になるんじゃねぇぞ!」
今回ミライトウキョウ校から出るのは美月たち学園リーグランキングトップ十の面々と、予選を突破した王牙の弟たちだけだが、その他の生徒たちもこうして見学と言う形でこの競技場に来ていた。その送迎は毎日学園が行ってくれるらしい。
そんな中、皆夏服で白色の半袖のセーラー服やカッターシャツを着ているので分かりにくいが、スカートやズボン、それからリボンタイやネクタイの色などから他校と思わしき生徒たちが興奮した様子でこちらを見ながら話していた。
「おい、見ろよ! チャンピオンバディの天王寺麗とウラノスだぜ! ミライトウキョウ校の特別講師になったって噂は本当だったんだな!」
「それに海姫ネオンとネプチューンもよ! 流石は全国の中でも一番と言われているミライトウキョウ校ね!」
「あれが高校生チャンピオンバディの白金輝とヴィーナス! 俺たちの世代で一番の相棒で、今大会の一番の優勝候補か……!」
「それだけじゃないわ! ほら、見て! 明日斗博士の娘の黒土美月とサターンよ! 十年前、一時期の間しかバトルしなかったにも関わらず、その規格外の強さから私たちの世代の幻の王者と呼ばれた彼女が帰って来たのよ!」
やっぱり二大チャンピオンバディの麗たちとネオンたち、高校生チャンピオンバディの輝たち、そして明日斗博士の娘である美月たちは特に注目されているらしい。だけど昔やったバトルはトラウマなのであまり掘り返さないで欲しい……。
そんな中、噂話をする生徒たちの会話に、美月の見知った人物の名前が上がった。
「チャンピオンバディと言えば、初代チャンピオンバディの極星きららとポラリスが、今年も特別ゲストとしてジュニアリーグに来ているらしいぞ!」
「良いよね〜! シニアリーグも来てくれないかな〜!」
(きららさんたちが……?)
美月は恩人であり憧れの人でもあるきららたちの名前に思わず反応した。
「それは無理だろうな〜。 きららさんたちはスーパーウィッチバトルを嫌っているって噂だし……。 まあ……きららさんが車椅子生活になった時に、プロリーグの種目がスーパーウィッチバトルに変わったせいで引退を余儀なくされたんだから、そうなるのも仕方がないんだけどな……」
「そっか〜残念……。 まあ、でもシニアリーグには麗さんたちとネオンさんたちが見に来てくれているからいっか!」
その噂は美月も耳にしたことがあったが、あまり信じてはいなかった。
最後に会ったのはもう大分昔とは言え、きららたちは本当に心の底からウィッチバトルを愛している様だったし、車椅子の身でありなから全国の小中学校を回ってその楽しさを皆に教えていた。
だけどきららたちがスーパーウィッチバトルに関わるあらゆるものを頑なに避けていると言う話が事実なのも、美月は聞いていた。
美月はきららたちがいるであろう、ジュニアリーグの全国大会が行われる施設がある方向を見た。
(——きららさん……またもう一度、会えると良いのですが……)
*****
その後、ミライトウキョウ校に割り当てられた控え室にやって来た美月たちは、機体のチェックや忘れ物が無いかなどの確認を行っていた。
すると突然、控え室の自動ドアが人力でバンッと開かれた。
「
「ごめんね〜。 ちょっと引き篭もりを部屋から出すのに時間がかかってさ〜」
現れたの御影とカロンだった。
そう言えば御影たちは、今朝送迎して貰った大型バスにも乗っていなかった。何やら私用があったらしいが……。
どうやら自動ドアの向こうには他にも誰かいるらしく、御影がその人物の手を引きずる様に掴んでいた。
「お姉ちゃん、良い加減にして下さい!! お姉ちゃんが見に行きたいって言うから、私ちゃんもいろいろ準備したのに、当日になっていきなりやっぱ無しなんて止めて下さいよ!!」
「だ、だって……この前の学園での事件に自分から飛び込んだみーのことが心配で……! それに前々から
「み、
するとそのやり取りを見たサターンがギョッとした表情で叫んだ。
もしかして知り合い?そう言えば御影たちと学園リーグ戦をした時にも、苗字がどうのこうのと言っていた気がするが……。
一方で
しかし十秒程経つとまるで再起動した様に動き出した。
「……フ、フハハハハハッーー!!
「……全く、この流れで自己紹介をするんですか……。 んんっ、どうも、僕はプルートです。 御霊はちょっと……いや、かなーり変な子ですが、どうか仲良くしてやって下さい」
御霊は妹である御影と同じく、頭の上に小さなアホ毛のある黒とピンクのツートンカラーの髪に、紫の瞳をした、メガネをかけた女性だったが、あまり手入れをしていないのか髪は伸ばしっぱなしのボサボサの状態になっていた。
御霊はさっきまでの弱気な性格から一転して、強気な性格になったことで、笑い方からして何処か悪の科学者の様な雰囲気になっていた。
そんな彼女の相棒のプルートは、黒い髪に、ピンクの瞳をした、メガネをかけた男性で、その口振りからして真面目な性格の様だった。
「ふむふむ、君たちが黒土美月さんとサターン君か……。 君たちの学園リーグ戦の中継は、寮の自室から全て見させて貰っていたよ! 君たちのバトルはまるで
「はい。 それにお見事なバトルでした」
「あ、ありがとうございますわ」
「……」
美月も御霊のことは知っていた。彼女は大学生チャンピオンバディと言うことを抜きにしても、その天才的な頭脳から未来の明日斗博士と呼ばれていたからだ。
だけどこうして対面するのはこれが初めてなので、美月は咄嗟に人間人格のお嬢様口調に切り替えていた。性格の代わり様に関しては美月も人のことは言えなかった。
そんな美月の肩の上で、サターンは物凄く気まずそうに顔を逸らしていた。
確か……大学生チャンピオンバディの御霊は現在二十歳の大学三年生で、もし兄が生きていたら同い年だった筈……。
……となるともしかして咲良たちみたいなパターンなのだろうか?兄は生前ちょっと女の子と因縁?を作り過ぎな気がする……。
美月が内心そんなことを考えていると、自動ドアの外から誰かがバタバタと走って来る足音が聞こえて来た。
「冬馬ーー!!」
「うわあっ!?」
「おっと……」
すると控え室に入って来た女の子が、押し倒す形で冬馬に抱きついた。マーキュリーはその直前で脱出していた。
「久しぶりやね、冬馬! もお〜、全然電話にも出んし、メッセージも短いのしか返してくれんから、うち心配しとったんよ?」
「うぐっ……退け、
「ねえ、もしかして……うちのこと嫌いになったと? 冬馬のいけず!」
夏凛と呼ばれた女の子は、人前でも全然恥ずかしがることなく冬馬にベタベタとくっついていた。
会話の内容からしてももしかして冬馬の彼女なのだろうか?
すると小春が頬を膨らませながら夏凛を体を退かす様に押した。
「もお〜、夏凛! いくら
「こ、小春ちゃん……落ち着いて……!」
「
「ああ、夏凛は冬馬の父の
そんな小春をジュピターが宥める中、美月が従兄弟と言う言葉に反応すると、マーキュリーが説明をしてくれた。
「……やっぱり夏凛は冬馬の
「あ、
「夏凛ちゃんのお迎えかしら?」
「まいど、焔君。 それにマーズちゃんも。 そんなところや」
すると今度は千秋と呼ばれた男の子?が控え室に入って来た。かなり中性的な顔つきをしている。
「夏凛、冬馬のことが心配な気持ちは分かるけど……初対面の人もおる中で、いきなりそんなことしたらあかんよ?」
「それもそうやな! ではでは……」
千秋にそう言われた夏凛は、冬馬の上から退いて立ち上がると、美月たちがいる方に体を向けた。
「初めまして! うちは
「そんで俺は
夏凛は紺色に近いロングヘアの黒い髪を姫カットにして、後ろも切り揃えた、青い瞳を持つ少女だった。
彼女はその明るく元気な性格と和風美人な容姿もあり、何処かお転婆なお姫様の様な雰囲気をしていた。
一方で千秋は紺色に近い黒い髪をおかっぱ頭にした、青い瞳を持つ少年だった。
彼はその明るく気さくな性格から、何処か気の良い兄ちゃんの様な雰囲気をしていた。
そんな二人は双子と言うだけあって、顔つきはそっくりで、見た限り背も同じ様だった。
するとそんな二人の背後から相棒と思わしき人工精霊が現れて、アバターの姿のまままるで幽霊の様に控え室を飛び回った。
「クスクス……私、ジェミニ!」
「クスクス……僕も、ジェミニ!」
そして、人工精霊たちは千秋が取り出したメカニカルウィッチの機械の体にシェアする様に一緒に潜り込んだ。
「「フュージョン!」」
「「ジェミニは二人で一つの存在なの!」」
ジェミニは青い髪に、赤い瞳と緑の瞳のオッドアイを持つ少年少女で、イタズラ好きの子供の様な性格をしていた。
しかも普通は人工精霊ごとに個体差がある為、それぞれ違う筈の固有の魔力が、美月の魔力が見える目で見るに二人のジェミニに関しては完全に同じものを持っている様だった。文字通り二人で一つの存在なのだろう。
すると自己紹介を終えた夏凛と千秋が控え室を改めて見回した。
「はえ〜、噂通り本当に二大チャンピオンバディの麗さんとウラノスさんに、ネオンさんとネプチューンさんがおるわ!」
「しかも大学生チャンピオンバディの御霊さんとプルート君までおるやんけ!」
「「凄い、凄ーい!」」
「でも今は……!」
ジェミニが声をシンクロさせてはしゃぐ中、夏凛は輝とヴィーナスの元へと駆け寄った。
「貴方たちが噂の高校生チャンピオンバディの白金先輩とヴィーナスちゃんやね! うちもようやく高校生になったから、これでやっと、まだバトルしたことが無かった貴方たちに挑める様になったんよ! 高校生チャンピオンバディの称号はうちらがいただくよ!」
「僕も中学生チャンピオンバディである双子坂さんとジェミニさんの噂は聞いているよ。 僕たちとしても受けて立つよ」
「はい、ヴィーナスとマスターの愛……んんっ、絆の力を見せて上げます」
そして夏凛は輝たちへの宣戦布告を終えると、今度は美月たちの方へと駆け寄って来た。
「それから貴方が美月ちゃんとサターン君やね! うちらは中学生チャンピオンバディとして今の一年生世代の最強を自負しとるけど……うちらの世代の幻の王者と呼ばれた貴方たちとはまだバトルしたことが無かったんよ! だからこの全国大会の舞台で貴方たちに勝って、うちらが名実共に今の一年生世代最強を名乗らせて貰うんよ!」
「それに関しては俺もメカニックとして、俺の作った機体が明日斗博士の作った機体にどこまで通じるか試して見たかったんや! だから……あーーっと! あかん、忘れとった!」
夏凛たちが宣戦布告して来る中、千秋が何かを思い出したかの様に急に大声を上げた。
「夏凛、引率の先生たちが探しとったで? もう直ぐ開会式が始まるのに、レキシキョウト校の看板である一位の子がどっか行ってしもうたーって!」
「そうなん? なら一旦戻るわ。 それじゃあ、冬馬! それに
*****
その後、夏凛たちが帰るのを見届けた美月たちは、開会式を見る為にミライトウキョウ校に割り当てられた観客席に来ていた。
そして、スタジアム全体が暗くなったかと思うと、良く耳にする音楽が聞こえて来た。このBGMは……ステラの曲!?
するとスタジアムの中央にスポットライトが当たると、そこにはステラがいた。
『やっほー、皆ー☆ ステラだよー☆』
「ス、スーちゃ……」
「「「ステラだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ〜〜!!」」」
「わっ……!?」
その姿を見た美月が思わずステラの名前を口にしようとすると、スタジアム全体を揺らす程の黄色い悲鳴が上がった。
流石はJP国の国民的アイドル、凄い人気だ。美月の隣に座っている焔も大興奮な様子で「煌めき可愛いや!」と口にしていた。気持ちは分かるけど、むぅ……。
『私、ステラは何とこの度☆ 今年の全国大会高校生の部の公式MCを務めることになりましたー☆ よろしくね、皆ー☆』
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ〜〜!!」」」
その発表を聞いた観客席がスタジアム全体を揺らす程の大観声を再び上げる中、ステラは美月に向かってウインクして来た。
そう思ったのは別に自意識過剰でも何でもない、その証拠にステラは口パクで「みづみづ☆ サー君☆ サプライズ☆」と言っていた。
(スーちゃんが言っていたとある仕事ってこれのことだったんですね……)
美月がまだびっくりしている中、ステラはマイクを片手に宇宙に向かって手を高く伸ばしながら、全国大会の開会を宣言した。
『——それじゃあ皆お待ち兼ね☆ 現役高校生の中で一番の相棒である高校生チャンピオンバディの称号を競う場である、シニアリーグの全国大会高校生の部の始まりだよー☆』
ステラがそう宣言すると、魔法による音と光のイルミネーションがスタジアム全体を彩り始めた。
そんな中、ステラの曲のBGMの音もどんどん大きくなっていった。
『——全国大会の開幕を彩るのは私の記念すべきデビュー曲☆ 聞いて下さい、『キラキラ☆アスタリスク』☆』