第65話「冬馬とマーキュリー」
——僕はヒーローになりたかった。 幼い頃読んだ物語に出て来たヒーローの様に……。 あの日目にした本物のヒーローの様に……。 僕も大きくなったらヒーローになれるんだって……幼い頃はそう無垢に信じていた……。
そんな告白を受けた医者の女性こと冬馬の母である
しかし京夜は諦めなかった。小雪にフラれた理由である、医者で異動のある小雪では家業で動けない京夜の手伝いはできないし、子供が両親のどちらかと離れ離れになってしまうと言う問題を解決する為に、冬馬の祖母に当たる女将の
そしてそこから山あり谷ありあったものの、最終的に京夜と小雪が結ばれたことで、こうして冬馬が生まれたのだった。
「……と言うのが、僕と小雪さんの物語なんだ! いや〜、やっぱり小雪さんはとてもかっこいいな〜!」
「もう、京夜さんったら……冬馬にその話を聞かせるのは何度目なの?」
そんな両親から生まれた冬馬は、母の影響で勉強熱心になり、幼い頃からいろんな本を読む様になったが、父の影響でカッコいいものが大好きなこともあり、その中でも特にヒーローが出て来る物語の本を良く読んでいた。
そしてそんな物語に出て来るヒーローに影響されたことで、自分も大きくなったらヒーローになりたいと思う様になった。
「ねえ、マーキュリーも偶には、一緒にヒーローごっこをして遊ぼうよ!」
「フッ、俺は冬馬が楽しんでくれればそれで十分満足さ……」
「そっか〜。 何て言うか……マーキュリーって大人だよね?」
「フッ、俺は冬馬の相棒兼お目付け役だからな……」
マーキュリーは祖母の花見が用意した存在だった。
祖母は別に父と絶縁した訳でも、二度と敷居を跨がせない様にした訳でもなく、寧ろ家業を捨てるのだから嫁と子供は大事にしろ、それから定期的に顔を見せに来いと言ったらしい。
そんな訳で、孫が生まれて来ることを知った祖母は、かなり早い段階でマーキュリーを用意したらしく、彼曰く冬馬のお目付け役としていろいろと指導されたらしかった。
その為かマーキュリーはとても大人びた性格をしており、こうしてヒーローごっこをする時も、魔法で演出するのに徹するだけで、冬馬とは一緒に遊ぶことは無かった。
だから冬馬にとってマーキュリーは、一緒に生まれ育った兄弟と言うよりも、年上の頼りになる兄のイメージの方が強かった。
そんなマーキュリーと父と母に見守られて育った冬馬は、大きくなったらヒーローになりたいと言う夢はあったが、いかんせん物語の中の空想上の存在の為、将来については漠然としたイメージしか無かった。
そんなある日のことだった。第九回世界大会の決勝戦の中継が偶然冬馬の目に止まった。
『——さあ、いよいよ第九回世界大会も残すは決勝戦のみとなりました! 今年の決勝戦に残ったのは、第二回並びに去年の第八回の二度の優勝経験を持つ、現在のチャンピオンバディであるCN国出身の
特別なバトルフィールドである『擬似宇宙』でぶつかり合う、きららとポラリスの機体である『テディベアポラリス』と、
魔法少女や熊のぬいぐるみを思わせる機体を駆りながらも、可愛さだけでは無くカッコさを見せるきららたちと、武闘家や竜を思わせる機体を駆り、どこまでも真っ直ぐなカッコよさを見せる蘭たちは、どちらもまるで物語に出で来るヒーローの様だった。
『きらら! ポラリス! 蘭と竜は今、最強への道のりを目指して絶好調なんだルー! だからもう昔の様にきららたちに負けることは二度と無いルー! 決めるルー、竜!』
『ああ、蘭! さあ、今年も我らの最強への道のりの礎になって貰おうか!』
『『マジカルスキル!
『いいえ、蘭ちゃん! 竜! 私とポラリスはまだまだやれるわ! だって私たちのことを応援してくれる人たちが……憧れてくれる人たちがいるんだもの! その人たちがいる限り、私たちは何度でも立ち上がれるわ! こっちも決めるわよ、ポラリス!』
『うん、きららちゃん! そんな皆の為にも、もう一度チャンピオンバディになるよ!』
『『マジカルスキル! ポラリステディベアユニバース!』』
両選手を応援する大観声が聞こえて来る中、きららたちが最強のマジカルスキルであるフィールド魔法で生み出した無限の星と、蘭たちが拳から生み出した巨大な炎の竜が激突した。
お互いの最強のマジカルスキル同士のぶつかり合いを制したのは……。
『き、決まった〜! 勝者は今も尚、バトルフィールドに君臨し続けるテディベアポラリスを駆る、極星きらら選手の相棒のポラリスだ〜! 一時期低迷が心配されていた彼女たちが、ファンの声に応える形で見事に返り咲きました!
バトルの決着を告げるMCの声が聞こえる中、きららたちは手元に戻って来たボロボロのポラリスを右手に乗せると、
『『——私たちが世界で一番の相棒! チャンピオンバディよ!』』
「——本物の……ヒーローだ……!」
両者はどちらも本当にカッコよかった。
だけど特に、劣勢でありながらも皆の応援に応える形で立ち上がったきららたちのヒーローの様なカッコ良さに、冬馬は一目惚れした。
そして本物のヒーローを目にしたことで、将来のイメージが完璧に固まった冬馬は、相棒のマーキュリーに思わず声をかけた。
「マーキュリー! 僕はきららさんたちみたいな本物のヒーローになりたい! だからお願い! 僕と一緒にウィッチバトルをやって! チャピオンバディになって!」
「だが花見様は冬馬には……いや、無粋か……。 それが冬馬のやりたいことならば、俺と相棒兼お目付け役として、少しは手を貸さないとな……」
「ありがとう、マーキュリー!」
それからと言うもの、冬馬はきららたちの活躍を追いかける様になった。
また、年齢制限の関係上、直ぐにはウィッチバトルは出来なかったが、それでも本をたくさん読んでバトルのテクニックや機体のカスタマイズなどを勉強し、今の内からできることをする様になった。
そしてマーキュリーと相談しながら、後のウルフマーキュリーの原型となる、世界で一つだけの機体を完成させたのだった。
——あの日、本物のヒーローであるきららさんたちを目にしたことで、僕はウィッチバトルにハマる様になった。 そしてそれがキッカケで、
*****
——六歳になった僕は、お母さんの仕事の異動でミライトウキョウに引っ越すことになった。 そんな引越し先で出会った焔は僕の最初のライバルになった。 小春は僕のことをヒーローだと言ってくれた。 そんな二人に僕はカッコいいところを見せたかった……。 カッコ悪いところなんて見せたく無かった……。
「——だから、冬馬君たちは強いけど、俺たちも
「そう言うことなら僕たちも、
焔とマーズとは、引越し先にあるメカニカルウィッチ関連のお店を見て回っていた時に出会った。
そしてその日が丁度、ウィッチバトルが解禁される四月一日だったこともあり、自分たちの最初のバトルの相手になった。
バトルは自分たちの圧勝だったが、ボロ負けした焔たちが不屈の精神で立ち上がったことで、最初のライバルになることになった。
それがとても嬉しかった。だから自分もライバルとしてカッコいいところを見せようと思った。
「——冬馬君! あたし、手術頑張るよ! この病気を治して、元気な体で皆と遊べる様になりたいなら! そして、今度はあたしが冬馬君の様に、病気で苦しんでいる子たちにウィッチバトルの楽しさを教えられる様になるよ!
「ヒーロー……! 僕は、小春ちゃんのヒーローになれたのかな?」
「うん! ありがとう、
小春とジュピターとは、四月の終わりに私生活が抜けている母のお弁当を届けに病院に行った際に出会った。
暗い顔をしていた小春から自身は心臓の病気で皆みたいに遊べないと言う話を聞いた冬馬は、病気の子供たちでも遊べる『セーフティーモード』のあるウィッチバトルを勧める為に、自分の憧れであるきららさんたちのバトル映像を見せた。
するとウィッチバトルの楽しさを知って笑顔を取り戻した小春は、後日両親の付き添いの元、自分と焔がよく通っている店長のおもちゃ屋で遊んだ帰りに、お礼と共にそう言ってくれた。
ヒーローに憧れた身として、そう言って貰えたのは本当に嬉しかった。だから自分も彼女のヒーローとしてカッコいいところを見せようと思った。
それから五月のゴールデンウィークになったことで、レキシキョウトにある実家に帰省することとなり、父の妹の京香の子の双子の姉弟の
「もお〜、うちのイメージする動きに機体が全然ついてこれへん!」
「くっ……! 俺にバトルの腕前が無いせいで、この機体の性能を完璧に発揮しきれへん……!」
「「ごめんなさいなのです……」」
自分が教えたことでウィッチバトルにハマった夏凛たちだったが、夏凛はバトルの腕前は凄いが勉強が苦手な影響で機体性能が壊滅的、千秋は機体性能は動いが運動が苦手な影響でバトルの腕前が壊滅的だった。
その点どちらの面でも優秀だった冬馬は、同じくチャンピオンバディを目指す者同士として、アドバイスを送ることにした。
「……それならさ、千秋が作った機体で夏凛とジェミニたちがバトルするのはどう?」
「「それや!」」
「俺の機体で……」
「うちとジェミニたちがバトルすれば……」
「「チャンピオンバディになれる!!」」
「「ですー!」」
そして皆でワイワイと盛り上がっていると、祖母である花見が部屋にやって来た。
「……やっぱり貴方たち三人の夢はウィッチバトルのプロの選手になることなのですか? 私としては、冬馬と夏凛と千秋の内の誰かには、双子坂家が代々経営するこの旅館の跡取りになって欲しいのですが……」
「嫌やー! うちはウィッチバトルが好きなやもん! それにうちはアホやから経営なんてできんもん!」
「俺もメカニカルウィッチを弄っている方が好きやからな……。 それに力仕事は勘弁やで……」
「ぼ、僕もです……! チャンピオンバディに……ヒーローになりたいって言う夢だけは諦めたくないです……!」
自分たちの意思を聞いた祖母は、一度ため息を吐くと、真剣な顔になって口を開いた。
「……分かりました。 ならば昔京夜にも言いましたが、この双子坂家の家業を捨てるのならば、必ずその夢を掴み取って見せなさい。 もし途中で諦める様なら、この家に戻って大人しく家業を継いでもらいます。 良いですね?」
「「「はい!」」」
そして祖母との違いを果たした冬馬たちは、お互い同じ夢を持つ者同士として、夢への第一歩となるジュニアリーグの全国大会小学生の部でぶつかり合うことになった。
その結果……。
「くっ……!」
「……すまない、冬馬……」
「冬馬! マーキュリー! これがうちらの憧れである冬馬たちを参考にした機体とバトルスタイルや! 凄いやろ! もっと褒めて!」
「「あのアドバイスのおかげで、ジェミニたちはここまで強くなれたのですー!」」
焔たちが予選で負け、小春たちがまだ病気で出れない中、一年生ながら予選を突破した冬馬たちは、同じく予選を突破して来た夏凛たちに敗北した。
自分たち以上の機体のカスタマイズができる千秋の作った機体を、自分たちの以上のバトルのテクニックを持つ夏凛と相棒のジェミニたちが操縦している上に、自分たちと同じ様な機体とバトルスタイルにより、自分たちの上位互換の様な強さをしていた。
夢への第一歩で挫かれた上に、しかもその相手が自分の上位互換と言う事実に冬馬の心は絶望で折れそうになった。
しかし……。
(諦めるな……! ライバルの焔は何度負けても挑み続けて僕たちに勝ったじゃないか……! それに小春だって病気を治す為に頑張っているのに、小春のヒーローである僕が諦める姿を見せてどうするんだ……!)
それでも冬馬は焔と小春の姿を頭に思い浮かべながら立ち上がった。
そして悔しさで涙をボロボロと溢しならも夏凛たちに向けて宣言した。
「ぐすっ……
「フッ、俺も冬馬の為に頑張らねばな……」
「勿論、受けて立つんよ! だけどうちらも、もっともっと強くなって、もっともっと凄いところを見せたるからね!」
「「見せるのですー!」」
それから冬馬は夏凛たちへのリベンジの為に、今まで以上に努力を重ねる様になった。機体のカスタマイズを一から見直し、何度も練習することでバトルのテクニックを磨いた。
それでも冬休みなどの長期休暇でレキシキョウトにある実家に帰省した際に、夏凛たちとしたバトルでは一度も勝てなかった。
だけど例え今は負けても、本番である全国大会で勝てれば良いと自分を鼓舞し続けた。
しかし二年生となった冬馬は、翌年の二度目の全国大会で夏凛たちに再び敗北した。
「どうして……!? あんなに頑張ったのに……!?」
必死に努力したのに、夏凛たちとの差は益々広がっていた。
心が絶望で折れそうになるが、それでも冬馬は、今年も予選で負けたがまだ諦めていない焔と、やっと病気を治して本格的にバトルができる様になった小春の姿を頭に思い浮かべながら立ち上がった。
「まだだ……! まだ諦めない……!」
だけど三年生になった冬馬は、三度目の全国大会で夏凛たち再び敗北した。
「どうして……!? どうして届かないだ……!?」
焔たちと小春たちはもう少しで予選を突破できそうなくらいに成長していると言うのに、自分は今だに夏凛たちに勝てないままだった。
戦績上は焔たちと小春たちに勝ち越しているし、こうして前年の大会で優秀な成績を収めたことで予選無しで本戦に出れる様になっていたが、それでも自分はずっと足踏みをしている様に思えて仕方が無かった。
そして四年生になった冬馬は、四度目の全国大会で夏凛たちに再び敗北した。
しかも自分たちに勝った夏凛たちはそのままその年の小学生チャンピオンバディになった。なるのを冬馬は目撃してしまった。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
自分と夏凛たちとの決定的な差を思い知った冬馬は、遂に心が絶望で折れたことで泣き叫んだ。
夏凛たちは天才だった。チャンピオンバディになれる才能が……冬馬が夢見たヒーローになれる素質があった。
それに比べて冬馬は、その域には届かない秀才止まりの凡人だった。チャンピオンバディになれる才能が……自分が夢見たヒーローになれる素質が無かった。
「うぅ……ぐすっ……!」
「と、冬馬……! そのっ……!」
「だ、大丈夫……?」
そんな自分の姿を見て、焔と小春は心配そうな表情をしていた。
せっかくは焔たちと小春たちはこうして予選を突破して全国大会に出れるようになったのに、それに比べて自分は……。
「ーーッ!?」
「「冬馬……!?」」
ライバルの焔に、ヒーローだと言ってくれた小春にこれ以上カッコ悪いことろを見せたくなかった冬馬はその場から逃げ出した。
そして冬馬は逃げ出した先の人がいない場所で、どんな時でも側にいてくれたマーキュリーへと自分の決意を打ち明けた。
「……マーキュリー。 僕はもう……二度と、ライバルの焔に、ヒーローだと言ってくれた小春にカッコ悪いところを見せたく無い……。 だから僕も、
「と、冬馬……!? それはッ……!?」
「いつまでも負けて泣いてばかりの子供じゃダメなんだ……。 そんなんじゃ、焔と小春に失望されてしまう……。 それだけは……絶対に嫌なんだ……」
「ーーッ!? 冬馬、すまない……! 俺が弱かったばっかりに……!」
「ううん、違うよ……弱かったのは僕の方だよ……」
それからと言うもの、冬馬は自分の熱い感情を心の内に封じ込めて、マーキュリーの様にクールで知的に振る舞う様になった。これ以上ライバルの焔と、ヒーローだと言ってくれた小春にカッコ悪いところを見せない為に……。
夏凛たちには五年生の時も、六年生の時も、中学生の部になってからも負け続けたが、その度に負けた悔しさを胸の奥に封じ込めて続けた。
そして夏凛たちに勝つことを諦めかけてしまっていた冬馬の頭の中に、祖母との誓いが何度も何度もチラつく様になった。
自分は本当に今もまだ、チャンピオンバディに……ヒーローになりたいと言う夢を持てているのだろうか?もう既に諦めてしまっていないだろうか?
——それでも僕は、せめて焔のライバルであろうと、小春のヒーローであろうと、必死に頑張った……。 二人に置いていかれない様に必死に努力した……。 だけど焔は、