——バトルフィールドへと繋がる選手用の通路にて。
「ハァ……ハァ……」
「冬馬……」
三回戦を終えた冬馬は、巨大化を解除して手のひらサイズの戻ったマーキュリーを、肩の上に乗せてフラフラと歩いていた。
さっきの試合は酷い有様だった。
必中となる最初の狙撃で大ダメージを与えた上に、トドメの狙撃が運良く当たったから勝てたものの、事前に考えていた作戦はことごとく失敗し、途中の狙撃は全部外してしまった。相手のミスのおかげで勝てたが、それが無ければ間違い無く負けていた。
すると選手用の通路に誰かが走って来る音が聞こえて来た。
「「冬馬ー!」」
現れたのは幼馴染の焔と小春、それから彼らの相棒のマーズとジュピターだった。
きっとさっきの試合の酷い有様を見て、思わずやって来たのだろう。
「冬馬、どうしたの? さっきの試合……得意な狙撃を外してばっかりで、全然らしくなかったよ! 何かあったの?」
「そうだよ! 何か悩みがあるなら、あたしたちに話してよ!」
案の定予想通りだった。
だけど冬馬は最初のライバルの焔と、自分のことをヒーローだと言ってくれた小春に弱さを見せたくなかった。
「別に何も……」
「そんな訳無いじゃん! それにこの調子じゃ、四回戦の相手の美月ちゃんたちに負けちゃうよ!」
「ーーッ!?」
それでも小春は引き下がらなかった。
だけど冬馬も、今は耳にしたく無い美月の名前を出されたことで、不貞腐れる様に返答した。
「別に不調だろうが、好調だろうが結果は一緒さ……。
「「……!!」」
すると焔と小春が大きく目を見開いた。
しまった……今のは言い方は不味かった。だけど紛れもない真実だった。
「冬馬……! その言い方は……」
「——冬馬、本気で言ってるの?」
焔が真剣な声で何かを言おうとすると、小春がいつも以上に低い声でそれを遮った。
「冬馬もリンさんから聞いたよね? 美月ちゃんは昔、今冬馬が言った言葉と似たことを言われて苦しんだって……! もし、美月ちゃんの話を聞いた冬馬がそれと同じ意味で言ったんなら……!」
「違う!!」
珍しく怒っている小春に、冬馬は咄嗟に反論した。
自分が美月に勝てないと思っている理由は、彼女が明日斗博士の娘だからでは無かった。
「焔も小春も知ってるだろ? 僕は今までずっと……夏凛たちに勝てなかった! 何度も何度も何度も何度も何度も挑んだけどそれでも勝てなかった! そんな夏凛たちはさらに、シンクロゾーンと言う遥か高みに登ったのに、その上で美月さんたちに負けたんだぞ!? そんな美月さんたちに、夏凛たちに勝てない僕が勝てる訳ないだろ!! 届く筈がないだろ!!」
冬馬は思わず、ずっと焔たちに隠していた自分の弱さをぶちまけてしまった。
今までマーキュリーの真似をして大人になることで、ずっと胸の内に隠していたのに……。
だけど一度溢れ出したものはもう止められなかった。だから冬馬は今までずっと感じていた不安を口にした。
「……夏凛たちや美月さんたちみたいな天才じゃない……秀才止まりの凡人の僕なんかじゃ……チャンピオンバディに……ヒーローになれる訳無い……。 だから僕なんか……焔のライバルに相応しく無い……。 小春のヒーローに相応しく無いんだ……」
「そんなことないよ、冬馬……!」
自分の弱音に焔が咄嗟に声を上げる中、目に涙を浮かべた小春が手を大きく振り上げて近づいて来た。
「っ……!」
ぶたれると思った冬馬が思わず目を閉じると、パチンと言う大きな音共に、自分の手を小春が掴んだ。
「冬馬、来て!」
「こ、小春……!?」
「良いから!」
冬馬はそのまま、引きずられる形で手を引っ張られた。小春は昔病気だったとは思えないくらいの力をしていた。
*****
——競技場に隣接した場所にあるホテルにて。
全国大会の参加者とその関係者が寝泊まりする宿泊施設には、テストプレイの為に設置されたウィッチバトル用のスタジアムがあった。
普段は他の人たちもいるのだが、今はまだ競技場の方で試合をやっているからか、ここにやって来た小春たち以外は誰もいなかった。
小春はここまで無理やり引っ張って来た冬馬の手を離すと、自分の相棒であるジュピターに声をかけた。
「ジュピター……ごめん、ちょっと付き合ってくれる……?」
「う、うん……小春ちゃんがやろうと思っていることは分かっているから、大丈夫だよ」
「ありがとう、ジュピター」
そしてマジカルチェンジによって、日常用の姿からバトル用の姿へと変身したジュピターを手のひらの上に乗せて、冬馬の方へと突き出した。
「——あたしとバトルしろ! 冬馬!」
小春の宣戦布告を聞いた冬馬は、逃げる様に目を逸らした。
「……小春たちとバトルして何の意味が……」
「
「っ……! 良いだろう、やってやる! マーキュリー!」
「ああ、分かった」
逃げない様に煽ると、冬馬はバトルに乗って来た。
やっぱり……。冬馬は昔の明るく元気な性格からクールで知的な性格になっていたが、根っこの部分は変わっていないのは分かっていた。
それからマーキュリーも、マジカルチェンジで日常用の姿からバトル用の姿へと変身した。
そして『遺跡跡』のバトルフィールドに、ゴーレムジュピターとウルフマーキュリーが降り立った。
今回のバトルフィールドの『遺跡跡』は、全国大会の二回戦で美月とサターンとバトルしたものと同じ種類の物だった。
「焔! マーズ! 悪いけど、バトルの進行をお願い!」
「分かった! 任せて!」
「私と焔君がバッチリ務めるわ!」
「「ウィッチバトルスタート!」」
焔たちのバトル開始の合図と共に、ゴーレムジュピターの全身のスラスターに火をつけ、発進させた。
自分たちのバトルスタイルはドーン、と構える防御だったが、今回は弱音を吐いている冬馬に活を入れる為にも、攻撃的なバトルスタイルで行くことにした。
するとウルフマーキュリーは逃げる様に姿を消した。
ウィッチバトルではバトルフィールド全体を上から見れる人間視点があるが、周囲一体が深い森に囲まれている上に、スナイパーの冬馬たちは身を隠すのが上手い為、見失ってしまった。
だけどこのバトルだけは逃げることも隠れること許すつもりはなかった。
「ジュピター! まずは冬馬たちを引きずり出すよ!」
「う、うん……小春ちゃん……! 行くよ……!」
「「マジカルスキル! ジュピターソード!」」
ゴーレムジュピターは両腕のゴーレムマルチシールドを重ね合わせ、内蔵されたビーム砲から巨大なビームの刃を発生させた。
そしてそのまま四方八方へと振り回し、森の木々を次々に伐採し、平地へと変えていった。
すると対面している冬馬が顔を歪めた。
冬馬たち狙撃の精度は本当に凄い。特に相手に見つかっていない最初の一撃は必ず命中すると言う特徴があった。自分たちもそれで何度も何度も負けた。
だけどこうすれば、隠れる場所を失う前に必ず狙撃して来る筈だ。タイミングさえある程度分かっていれば、何とかできる自身があった。
「……今だ! ジュピター!」
「うん……!」
そして死角である背中目掛けて飛んできた氷の矢を盾で受け止めた。
「「マジカルスキル! マーキュリーアロー!」」
「ーーッ!? 防がれた……!」
「フッ、小春たちもやるな……!」
冬馬たちは驚いていたが、自分たちだって何度も何度も負けたことで学習したのだ。
それにこうして自分たちを囮に位置を割り出せたので、今度はこっちが反撃する番だった。
「一気に行くよ、ジュピター!」
「う、うん……小春ちゃん……!」
「「簡易変形!
ゴーレムジュピターは固定砲台の姿へと変形すると、両腕のゴーレムマルチシールドと背部の連結したゴーレムランチャー
「何て火力だ!?」
「フッ、まるで怒っている小春の様だな……!」
ウルフマーキュリーはその俊敏さで移動して回避しようとするが、ゴーレムジュピターも腰部と脚部のホバーユニットを使って機体を回転させることで銃口を向け続けた。
「くっ……! マーキュリー!」
「ああ、冬馬……!」
「「マジカルスキル! マーキュリーウルフハント!」」
するとウルフマーキュリーは魔力でできた複数の矢を一斉に放ち、それらを狼の形をした矢へと変化させた。
そして狼の形をした矢は正面を避けて左右の二手に分かれる形で襲って来た。
それならこっちは……!
「「マジカルスキル! ジュピターゴーレムサモン!」」
ゴーレムジュピターは機体ごと地面に突き刺さると、木と土と遺跡の瓦礫でできた巨人を生み出し、左右から襲って来た狼の形をした矢を受け止めさせた。
さらに……!
「「マジカルスキル! ジュピターアタック!」」
ゴーレムジュピターは巨人で攻撃を受け止めるのと同時に、
そしてそのままウルフマーキュリーの元へと一直線に突っ込んだ。
「不味い……!? 接近された……! マーキュリー!」
「了解だ、冬馬……!」
「「マジカルスキル! マーキュリースナイプ!」」
するとウルフマーキュリーは改造が施された『ウルフボウ
幼馴染の自分でも見たことがないマジカルスキルだ。
だけどウルフマーキュリーの機体のベースの部分はそのままだったが、全国大会用に武装を改造しているのを見るに、おそらく新しく用意した魔法なのだろう。
「「マジカルスキル! マーキュリーアームド!」」
さらにウルフマーキュリーは右手で、新たな武装の剣の『ウルフソード』を腰から引き抜いた。
それから剣と右腕ごと冷気を纏わせることで、氷の剣を持った武器腕を作り上げた。
こっちのマジカルスキルは知っていた。いつもは『ウルフクロー』で使っているが、主に冬馬たちが接近された時に使う魔法だった。
そしてジュピターアタックとマーキュリーアームドがぶつかり合い、一瞬の鍔迫り合いを起こした後、互いの魔法を打ち消しあった。
「喰らえ!」
するとウルフマーキュリーはすかさず、腰のウルフマントに内蔵された四本のアンカーを放って来た。
「させないよ! ジュピター!」
「分かってるよ……!」
「「マジカルスキル! ジュピターシールド!」」
だけどゴーレムジュピターも両腕を地面に突き刺して、盛り上がらせた地面に樹木を絡み付かせ自然の盾を作ることで、その攻撃を防いだ。
せっかく至近距離まで近づけたんだからこのまま一気に……!
——しかし次の瞬間。
「ぐっ……!?」
「小春ちゃん!?」
ゴーレムジュピターの背中に見えない何かが突き刺さった。
これは……矢……!?しかも追尾式の……?これがマーキュリースナイプの正体……!まるでビーチエキシビジョンマッチの時に秀次とスコーピオのステルススコーピオが使っていたスコーピオスナイプの様だった。
そしてゴーレムジュピターが思わず地面に倒れると、ウルフマーキュリーがウルフソードを矢に、ウルフボウ
「小春……! これで終わりだ……!」
「ーーッ!?」
やっぱり冬馬たちは強い。
美月たちと出会ってからの焔たちの急成長も凄いが、昔から積み重ねて来た努力による強さを持つ冬馬たちも本当に凄かった。本当に強かった。
それなのに美月たちや夏凛たちには勝てないと……届かないと諦めるのなんて勿体無かった。
確かにあの二人は強いけど、冬馬も……自分のヒーローも決して負けてないと小春は本気で信じていた。
だからこそ、それを冬馬に教える為にも、自分がここで負ける訳にはいかなかった。
だから……!
「ジュピター! お願い! あたしに力を貸して!
「勿論だよ、小春ちゃん……! だって私は小春ちゃんの世界で一番の相棒だから……!」
「「——シンクロゾーン!」」
小春とジュピターは、今まで一度も勝ったことがない冬馬たちと言う目の前に立ち塞がる大きな壁を乗り越える為に、シンクロゾーンを発動させた。
シンクロ率が百パーセントのその先へと至ったことで、人間である小春の緑の瞳にも、ジュピターの青い瞳の色が混じり合った。
文字通り二人で一つの存在となり、一心同体、人機一体となったゴーレムジュピターは、ほぼゼロ距離から放たれたウルフソードを右手で受け止めた。
その代償として機体の右腕が破壊されるが、それでも敗北を回避することができた。
「「簡易変形!
さらにゴーレムジュピターは再び固定砲台の姿へと変形すると、機体本体を地面に突き刺して、巨大な魔法陣を発生させた。
すると魔法陣の中にある遺跡や木々や地面などがバラバラになって、ゴーレムジュピターを包み込んだ。
そしてゴーレムジュピターを核とした巨神が爆誕した。
「くっ……!」
その余波で離れた場所へと吹っ飛ばされたウルフマーキュリーは直ぐに立ち上がって、ウルフボウ
そのまま移動しようとするが、幼馴染の自分なら攻撃して来る場所も、移動先も全部読めていた。
だから先手を取ってその場所へと巨神の拳を撃ち込んだ。
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッーー!!」」
そして右腕を失ったゴーレムジュピターの右半身を狙撃しながら左後ろに逃げようとしたウルフマーキュリーに、巨神の拳が直撃した。
逆に右半身の防御を固めていたゴーレムジュピターは、ウルフマーキュリーの狙撃を完璧に防いだ。
「ぐっ……!? そんな……!?」
「冬馬!?」
巨神の圧倒的な力によってウルフマーキュリーはマジカルバリアを破壊されて戦闘不能になった。
それを見た焔たちがバトルの決着を宣言した。
「勝者! 小春とジュピター!」
「小春もジュピターも本当に凄かったわ! 勿論、冬馬とマーキュリーもね!」
すると負けた冬馬は力が抜けた様にその場で尻餅をついて、下を見て俯いてしまった。
「小春たちにも……負けてしまったか……。 やっぱり僕なんかじゃ……」
小春はバトルを終えたジュピターを回収すると、そんな弱々しい冬馬の元へと向かい、見下ろす様に立った。
「……冬馬、知ってる……? あたしたちね……今まで一度も冬馬たちに勝ったことが無かったんだよ……? だけどね……今日初めて冬馬たちに勝ったんだよ……?」
「……!!」
「これで冬馬に勝てない相手なんかいないって言いたかったけど……やっぱりこんな状態の冬馬に勝っても、そうは言えないよ……。 こんな形で冬馬たちに初めて勝っても、心の底は喜べないよ……」
「小春……。 っ……!」
冬馬が顔をゆっくりと上げるが、小春は彼の顔が良く見えなかった。
それは自分の瞳からボロボロと涙を溢しているせいだった。
「……ねえ、冬馬……覚えてる……? あたしと出会ったあの日のことを……」
「ちゃんと覚えてるよ……忘れる筈がない……」
「病気だったあたしは、ずっといじけて……不貞腐れて……自分にはどうせ無理だって……最初から全部諦めていた……。 だけどそんなあたしに冬馬がウィッチバトルの楽しさを教えてくれたから……あたしはこうしてまた笑顔になることができたんだよ……?」
小春は自分の運命を変えたあの日の冬馬との出会いを、大切な思い出として今でもずっと覚えていた。
あの日冬馬と出会えたから、ウィッチバトルの楽しさを教えて貰ったから、自分は手術を頑張ることができた。病気を治してこうして元気になることができた。
そして冬馬にそうして貰った様に、今度は自分が病気で苦しんでいる子たちにウィッチバトルの楽しさを教えたいと思った。
「それなのに……そんな冬馬がいじけないでよ……! 不貞腐れないでよ……! 自分にはどうせ無理だって、最初から全部諦めないでよ……! 冬馬はあたしのヒーローなのに……!」
「……!!」
「あたしのヒーローに相応しく無いって、勝手に決めつけないでよ!
「小春……!」
「——冬馬の馬鹿!!」
*****
ジュピターを抱き抱えて、涙を流しながら走り去って行く小春の後ろ姿を見て、冬馬は咄嗟に手を伸ばした。しかし座り込んでいる冬馬の手が届く筈も無かった。
そして小春の姿が見えなくなってしまったことで、冬馬はその場に仰向けになる形で倒れ込み、その顔を両手で隠した。
「……小春を……泣かせてしまった……。 僕は……最低だ……」
冬馬の瞳からはボロボロと涙が溢れていた。
こんな情けない姿を見せたのに、それでも小春がヒーローだと言ってくれたことが嬉しかった。だからこそ、そんな小春を泣かせたことが辛かった。
するとそんな冬馬に耳に焔の声が聞こえて来た。
「俺も小春と同じだよ……。 今でもライバルなんだから……」
「焔……」
「確かに美月たちは強いよ……。 だけど俺たちも何度負けても諦めずに頑張るからさ……。 冬馬も一緒に頑張ろうよ……?」
「僕だって本当はそうしたかった……! だけど何度頑張った美月さんたちが勝った夏凛たちには勝てなかった……! ずっと足踏みしている訳にはいかないのに……!」
冬馬には祖母の花見との誓いがあった。
双子坂家の家業を捨てるのならば、必ずその夢を掴み取れと……。もし途中で諦めるのなら、家に戻って大人しく家業を継ぐと……。
冬馬は夏凛たちに負け続けたことで、心のどこかで諦めかけてしまっていたのを自覚していた。
「だから僕がどんなに頑張ったところで、美月さんたちには勝てな……」
「——冬馬」
そんな冬馬の弱音を焔の声が遮った。
「冬馬、俺はね……今日の三回戦の相手の歌先輩とピスケスもなんだけど、明日の四回戦の相手の王牙先輩とレオにも、特訓を合わせて今まで一度も届かなかった……勝つことができなかったんだ……。 だけど今日、そんな歌先輩たちに勝つことができた……。 そして明日の王牙先輩たちにも勝って見せるから。 だから明日の俺とマーズの試合を見てよ」
「そうよ! 私と焔君がもう一度不可能なんてないことを証明してあげるわ!」
焔たちはそう言って、冬馬たちを残してその場を去って行った。
そしてその場に取り残された冬馬に、マーキュリーが問いかけて来た。
「……冬馬、焔と小春はああ言ってくれたのに、お前は今のままで良いのか?」
「僕は……」