何をやっているんだ、と思わず悪態を吐きたい気持ちを堪える。
握り潰した煙草を床で踏み消す。指示をする間も無かったとはいえ、もう少し何とかならなかったものかと。
視界共有で確認したつい先程の光景。キラキラのアーチャーを名乗る巫山戯た存在と、遠坂家当主との夜道での邂逅。あのように頭のおかしい人種に戸惑う気持ちは多少理解出来なくもないが、仮にもキャスターを倒したと主張する相手に対し、少しでも今後が優位になるよう上手く事を運べなかったのか。
あの推定バーサーカーがどういう理由でアーチャーを狙うのかは謎だが、戦闘後の反応からしてアーチャーだけを標的に定めているのは明白。遠目で見ていた僕でも即座にそれを把握できたのに、仮にも騎士王を名乗る者がその場にいて理解できなかったとは言わせない。
「ふぅ……」
肺に残された煙を吐き出す。どうせあの騎士王サマは、騎士道精神だの何だのと妙な言い訳をかましてボーッと突っ立っていたのだろう。そんな暇があるのなら、その役に立たない棒切れを投げ付けて、少しでもバーサーカーの援護をしてやれば良かったものを。
まあそれはいい。今重要なのは、そのアーチャーが現在ここより離れた山道付近に居るということ。よもやキャスターを討伐したのがあの巫山戯たサーヴァントであったり、そんなサーヴァントに僕の存在まで見抜かれているのは業腹であるが、だからとこの絶好の機会を逃すには惜しい。
「舞弥、作戦を早める」
『……ですが、いえ……問題ありません』
眼下に広がる冬木ハイアットホテルを眺める。既に各所へ爆弾は設置済み。一般市民への避難誘導にもう少し時間は欲しかったが、もはや一刻の猶予もない。
苛立ちを抑えるため、新たに煙草を一本取り出し一気に吸う。僅かに咽せるが、元よりこれはルーティーンのようなものだ。結果そのものに意味は無く、動作さえ行えれば、それで僕という機械は正確に機能する。
(この戦争を最後に──)
アーチャーに存在を捕捉された以上、今後はあの騎士王サマと行動を共にしなければならないと考えると今から気が滅入る。腕の呪いがどうにかなればと彼女はほざくが、それもどこまで信じていいものか。
懐から端末を取り出し、煙を大きく吐き出す。その後一度だけ天を仰ぐと、ゆっくり起動ボタンへと手を伸ばし──直後、その指先に強い衝撃が走る。
「ぐぅっ……」
堪え切れない痛み。思わず端末を手放す──どころか、千切れた指先ごとボトボトと取りこぼしてしまう。
油断は無かった。周囲だってこれでもかと念入りに確認した。そもそもこの広い街中、どうやって僕をピンポイントで──
「これは異なことを。サーヴァントから離れたマスターが一人……狙うには絶好の機会ではないか」
闇より浮かぶ声。全身が黒塗りの巨漢。目の前に居て見失いそうなほどの身のこなし──問答無用で直感する。彼こそがアサシンのサーヴァントであると。
(──しかし!)
「姿を見せたのは迂闊──そうお思いでしょうなぁ」
「ぐぁっ、っ……!!?」
「しかし、こうは考えられないか?」
「これは余裕だと」「これは陽動の一種と」「何かしらの理由が」「既に決着は」「若しくは」「故に」「従って」「或いは」「或いは」「或いは──」
(な、んだ、これは──)
屋外というのに反響する声。瞬きの間に刈り取られた腕。虎の子の令呪も、その機会を与えられないままに奪われてしまった。拙い。最悪だ。どうする。舞弥は。アイリは。セイバーは。聖杯は。
『──切嗣!』
繋いだままだった通信機からの叫び。それも機械ごと踏み躙られて虚空へ消える。同時に僕も、真っ先に喉を潰され、加えてどういうわけなのか四方八方から切り刻まれていく。
(アイリ、イリヤ……)
意識が闇に呑まれる寸前に浮かんだことは、正義を為せなかったことへの無念ではなく、どうしてかアイリとイリヤとの思い出ばかり。それを疑問に思う間もなく、僕の足掻きは誰にも知られることもなく終わりを迎えるのだった。
☆☆☆
「はぁ……」
先刻の遭遇から少しして、バーサーカーが追ってこないことに安堵してか、しばらく通りすがった休憩所のベンチにて、妙な機械を時折弄りながらだらしなく座って月を眺めていたアーチャーが、不意に深い深いため息を溢す。
「どうしたのだ?」
「いやぁ……
「交渉の余地は無さそうだったが……」
「違う違う、そっちじゃない。もっと根本的なほう」
「……?」
いつもの戯言か、とは思ったが、それにしては妙な違和感がある。とはいえ、この様子では彼女がこれ以上を語ることもないだろうと、改めて先程の戦闘について語る。
「しっかし、なーんであのまっくろチャンはあたしを狙うのかねぇ? なんかどっかで恨み買ったかぁ??」
「動機は確かに分からないが……しかし意外ではあった。よもやアーチャーがあれほどに動けたとは」
「おっ。もしかしてウチを侮ってた? あたしちゃんってばこう見えてアウトドア派の良い女。ヤンチャな兄様と組んで暴れ散らしてた時期もあったんだぜぃ?」
「……先日はインドアと言っていなかっただろうか?」
あっはっは主義と実態は違うんだぜぃ、と彼女は如何にも態とらしく続けるが、やはり声色に覇気がない。彼女には知る由もないだろうが、彼女へ通じる魔力のパスから、何かを誤魔化しているような感覚まで伝わってくる。
考えられる要因としては、彼女がバーサーカーの正体を知っていて、それが生前の因縁の相手だったりするパターンだろうか。いや、流石にその発想は突飛か。ただでさえアーチャーの召喚が奇跡に近いものなのに、その縁者がたまたま呼び出されているなどと無理筋が過ぎる。
(そもそも清少納言に因縁がある縁者とは……? 紫式部か?)
我ながら何と安直な思考だろうか。しかし召喚後に改めて逸話を調べたところ、彼女と紫式部は生前、接点らしい接点は無かったらしい。確かに同じ作家としてライバル意識くらいは互いにしていてもおかしくはないが、罷り間違ってもあれほど問答無用で襲い掛かるような関係にはならないだろう。
となると、
(遠坂家へ恨みがある者……か?)
順当に、私はその結論へと辿り着く。サーヴァントに原因が無いのであれば、考えられるのはマスターである私だ。アーチャーを見ているとつい忘れそうになるが、まず前提としてサーヴァントとはマスターありきの存在。ましてやバーサーカーが相手となれば、それが殆どマスターの人形と同義であっても不思議ではない。
(………)
ざっと脳内で心当たりを探ったが、やはり身に覚えはない。とはいえ私も宝石魔術の元手を稼ぐためにあれこれ手を尽くした過去があり、かつてそれで不利益を被ったモグリの魔術師が居た、などと言われてしまっては粛々と受け入れるしかない。
しかし、そうなるとますます彼女が何かを隠している理由が不明だ。視界共有で探るのも考えたが、どういうわけか召喚された当初から彼女への視界共有は出来ないでいる。聞けば「いやぁんトッキープライバシーの侵害〜」などといつもの調子で言われてしまったが、元からその技能を知っていたようなリアクションを取る辺り、彼女側で何かしらの対策をしている可能性が高いだろう。
「………」
「お? どしたんトッキー頭大丈夫?」
「いや……」
お前の頭の方が大丈夫なのか、と思わず反論しそうになってしまったが、おそらくは先の急加速によって物理的に落ちた私の脳を心配してくれているのだろう。きっと。なんにせよ、彼女に如何なる思惑があろうとも、悪いようにはならない確信がある。
(分からぬものだな……)
現代傾れの巫山戯たサーヴァント。アーチャーを自称する謎の女。その割にはまるで弓兵らしさを見せない存在。トンチキな行動を繰り返す彼女と、気付けばこれほど深く関係を結べている。
案ずるより産むが易し。ウェイバー少年も、かの征服王も。実際に交友を築けるかは別として、これまでの私であれば記号として個人を意識すらしていなかっただろうが、やはり身近で接して何かしら感じるところはあった。あちらからは如何だろうか。ライダーなんかは下手をしたら魔術師としてすら認識していなさそうだが、これもある意味で相手を理解したうちに入るのか?
何にせよ、今ではこんな関係も、それほど悪くは無いと感じる自分がいる。すっかり絆されてしまった。あるいは彼女に無意識に私の思考を汚染でもしてるのか。柄にも無いとは我ながら思うが、決して悪い気分ではない。
「そーだ、オジサマ。あたしちゃんの切り札、せっかくだからここで見せてあげる」
「何……?」
唐突に。はたまたいつもの様に。彼女は何の脈絡もなくそのようなことを言い出す。あるいは私の追及を避けるためなのか。あまり無駄に魔力を喰われるのは勘弁してもらいたいが。
「いーからいーから。はい──“春はあけぼの、夏は夜。なべてこの世は、いとをかし”──」
少女は語る。有名な散文。しかし知識と僅かに異なる、現代に傾いた
「塗り潰せ、枕草子── 『
静かに。
音もなく、あるいは音を塗り替えて──世界がまるっと
何が変わった、というわけじゃない。言うなれば
「これは──」
「綺礼チャンは、これを『固有結界』って言ってた。でもね、これはそんな大層なもんじゃないんだ。あたしはあくまで、ウチの世界はこんなにも美しいんだって伝えたいだけ。だからあたしは、せめて散文ってカタチで定子様にもそれを知って欲しくて。建物に引き篭もるばかりじゃ見えないものもあるんだって。そんなことを、ずっとずっと願ってた」
「固有結界だと……!?」
固有結界。リアリティ・マーブル。
術者の心象風景を現実に具現化する結界。個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗り潰す魔術の最奥。魔術の到達点のひとつ。
彼女が用いたそれは一般に連想する“結界”のイメージとは大分異なるものの──理屈ではなく、問答無用で胸元に湧き上がる哀愁やノスタルジーは、まるで世界の法則に似た──言ってしまえば理不尽そのものであり、確かにこれは固有結界であると表する他に無いだろう。
──いや、待て。
「綺礼だと? 何故このタイミングで綺礼が出てくる──彼にこの宝具を使用したのはいつだ? 一昨日は違うはずだ。流石の私とて、これほどの魔力消費に気付かぬほど間抜けではない」
そうだ。如何にこの固有結界があくまで術者の認識を貼り付けるだけに過ぎず、言葉のイメージとは裏腹に異様なコストパフォーマンスを誇るにしても、それでも馬鹿には出来ない程度に魔力を喰われる感覚がある。いくら初日は心労でぐったりしていたとはいえ、いやだからこそ体調を崩しかねない魔力の消費に関しては敏感に反応していたはず。
と、なると、考えられる可能性としては──
「アーチャー……まさか、昨夜は無理矢理寝たというのは──」
「おっと。気づいちまったかとっつぁんよ。でもよ、そういうのはさ。あえてご主人様には黙っとくのがお約束なんだぜぃ?」
「………」
不自然なところはあったのだ。何故彼女がライダーの居場所を知っていたのか。何処でキャスターのマスターの正体を調べたのか。どうしてこんな山奥の山道で待ち構えるなどと言い出したのか。
わざわざ初日から無関係をアピールするなどと言っておいて、つくづく抜け目ない少女──否、歴戦の女房である。
「トッキーはさ。多分他のヒトとか、あんまり興味がないカンジでしょ」
「それは……」
「別にいーけどさ。だけど、それじゃあっという間に自分だけが取り残されるんだ──流行りでも、人間関係でもさ。ふとして周りを見渡したら、気付けば自分にやれることはぜーんぶ片付いてたなんて、そんなのはどこだって良くあることだぜぃ?」
「…………」
空を見上げる。広々とした光のじゅうたん。文明の輝きに追いやられた、過去から現在まで変わらぬ神秘性。これほどの謀略を扱う彼女が、最後の時まで歪まずに済んだ理由。それを私は、この柔らかな宝具を通じて、けれど彼女らしい強引さで、どこまでも問答無用に叩き付けられるのだった。
単独行動(自己中):A
アーチャーのクラスに付与されるクラス別能力。このスキルを持つサーヴァントは、マスターを失っても数日の間単独で現界することができる──というのが従来の効果だが、彼女の場合は時にマスターの命令さえも無視して自由に動き回ることができる。
しかし、その根底にあるものは彼女なりの善意であり、概ねマスターに不利益を齎すことはない。