パ リ ピ 時 臣   作:融合好き

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私事でスマホを新調したのですが、横向きの際に微妙に触れる右上の反応が良すぎて文字を書くのに難航しておりました。
次回も多分更新が遅れますことをお詫び申し上げます。


香炉峰の雪:A

 

 

 

なんか妙なことに巻き込まれたな、というのが正直な感想。

 

あらゆる願いを叶える万能の願望機を求める戦い。まあ、その手の妄想を全くしていなかったと言えば嘘になる。定子様がお倒れになった時には己が無力を呪ったし、以降はどこか抜け殻のような人生を送っていた自覚もある。

 

サーヴァントは全盛期の姿で召喚されるらしい。確かに今の全身に問答無用で溢れ出すエネルギッシュな活力は、間違いなく晩年には失われていたものだ。そもそもサーヴァントとしての性質なのか晩年の記憶がどうもぼやけていて、自分が最後にはどれだけの無様を晒したのかそれも曖昧だ。それならそれでいいだろうと、まるで夢を見ているように、今は懐かしい若き日の迸りに任せるまま、青春の日々を存分に楽しんでいたわけなのだが──

 

(……なぁーんか()()()()()()()なぁ──なんでだろ)

 

楽しい。それは嘘偽りなく断言出来る。こんなに身体が軽いのはいつ以来だろう。これほど蒙が晴れるのはどれだけ爽快だろう。まるで自分が自分ではないみたいな、サーヴァントとして補強された能力を抜きにしても、今のあたしは本当に清少納言(あたし)なのか、それさえ疑うほどの全能感。

 

『聖杯の概念が無い地域の英霊は、原則として召喚されないはずだが──』

 

マスターの発言を思い出す。あの時は殆ど脊髄反射的に否定してしまったが、今となってはあれこそが最も不自然であるようにも思う。

 

不自然には理由がある。聖杯そのものを知らなかったあたし。無論、私自身各地の伝承には広く携わって来た自負はあるが、その中に聖杯に関連するものはなかった、はず。

 

聖杯からの知識によると、日本に初めてキリスト教が来日したのはあたしが生きた時代からおよそ500年は先の話。当然、晩年の記憶が曖昧なあたしは、例えば貿易船に紛れ込んでいた書物にその手の伝承が記載されていたとか、厳密には全く知る可能性が無かったとは確かに断言できないが、そんなに都合の良い話があるだろうか。

 

ならばどうしてだろうと考えて、あたしはすぐとある違和感に思い至る。と言っても最初はただの気のせいだと思っていた。そもそも自分の記憶すら曖昧なのだから、サーヴァントとはあくまで過去の人物を再現したもので、ならば抜けがあるのは仕方のないことだと。

 

しかし──

 

「……やっぱりおかしい」

「──如何されたか?」

「ううん、何でも──」

 

言峰綺礼氏からの問いかけに、けれど自分でも、言葉でこそ誤魔化しても、やはり完全に否定出来ないでいる。

 

彼との交流は召喚された当初から続いている。最初はただの興味本位か、あるいはいずれ敵になり得る相手に対する情報収集のためだった。確かに彼は危うい存在ではあるが、注意深く付き合っていけばどうにでもなるだろう。尤も、当初は妻を失ったことによる鬱の一種だと思っていたのだが、おそらくは反応を見るに、彼の場合はむしろその逆──

 

()()()()()()()()()がたまたま噛み合ってどうにかなってるけど──根本の部分は、どうあっても時間を要する)

 

幸いなのは、彼が亡き妻を愛する気持ちは本物で、それに相応しい人格であろうと努力していることだろうか。そもそも彼自身が自然とそのように振舞っているのに、それを()()として表現しなければならない時点で終わっている。恨み言の一つや二つ、信奉する神に吐いても許されるだろうに、それをしない彼はきっと、本当に強い人なんだと思う。

 

()()()()()()()()()──そんな熱烈なアプローチを受けたのはつい昨日のこと。色恋ではない、あくまで道具として。彼の心に深く根付く妻の愛に報いるために、彼にはあたしの抱く感性が必要不可欠なのだと。

 

それも良いな、と思った。これほどに美しい愛を支えられるなら、亡者の我が身など安いものだ。別に自由意思だって剥奪されない。今まで通り好き勝手に暴れ回って、たまに彼への()()を施して、その感性が深く根付くまで。彼が心から、それらを美しく想えるようになるまで──

 

(──………まあ、()()()()()()()()()んだけど)

 

ガジガジと頭を掻く。そう、問題はそこだ──どれだけ肩入れしているんだと。マスターでもない、単なる同盟者の彼に。

 

突然腕を動かしたからか、腰に貼り付いていた桜ちゃんがビクッと反応する。おっといけない。というか彼女も彼女でどうしたものか。下手をしたら明日にはあたしはここには居ないってのに。まあ彼女は最終的には葵さんに任せるしかないから今は考え無いとして──まあ、結論は出てるんだけど。

 

(それは多分……あたしも、同じだから)

 

()()()()()()()。ずっと頭に引っ掛かっていたこと。どうしてあたしが英霊なんぞになっちゃってるのか。あたしは一体どこで聖杯のことを知ったのか。きっと答えはあたしの中にある。ただ忘れてしまっているだけで。

 

武器を取り出す。打面にハートの意匠が特徴的な鈍器。当然ながらこれも生前のあたしが所持していたとかそんなわけはない。何だろうねこれ。なんか岩とか紙みたいに裂けるし多分すっごいやばい武器でしょ。

 

そして謎のカラクリ仕掛けの靴。そも水車すら満足に普及してないウチの時代に、こんなアホみたいにハイテクな装置があるはずがない。何かがあった。それも特大のが。あたしの存在そのものを塗り潰すほどの。あたしの全てが書き換わるだけの。あたしがサーヴァントなんかになっちゃうくらいとびっきりで、満ち足りた今の若いあたしですら、()()()()と渇望するだけの何かが。

 

きっとそれは、おそらくは最初っから。無意識にでも。あたしが聖杯の呼び声に応えたその時点で──

 

 

……………………………

 

 

………………………

 

 

………………

 

 

 

 

「とまあ、あたしの願いはそんな感じ。具体的にどう、ってのはまだだけど……最悪、今のあたしは変わらなくても、()()()()()()()()()を再召喚することは出来る………はず」

 

言い切って、ぐぃっと手元の酒を呷る。当世の酒は初めて飲んだが、雑味が全く無くて驚いた。そもそもコメにほんの一欠片の土さえ混ざっていないのだ。作物と土は切っても切り離せないというのに、どんなメカニズムでこれほどのクオリティが成り立っているのやら。

 

「なるほどのう……」

 

愚痴にも近い長々とした語りに、しかしライダーは深妙な顔をしている。

 

正直、意外だった。くだらないの一言で一蹴される覚悟もしていた。だってそうだろう。この問題はあたしがあたしである限り、あたしというサーヴァントが召喚されるたびに永遠と付き纏うものだからだ。

 

「……英霊は通常の時間軸に囚われぬ。ならば数多ある召喚の果てには己が悲願を果たした個体も居て、我らはそれを記録として朧げに蓄積する。故に、()()()()を羨ましく思うことは、可能性として十分にあり得る話だ」

 

アサシンさんの言葉。彼にも心当たりがあるのだろうか。あるいはもしかしたら、彼もあたしと同じなのかもしれない。

 

第二魔法、並行世界の運営──だったか。無数にある世界の分岐点。あたしがこの戦争に呼ばれたのもその一つ。そもそもあたしが何故それを知っているか。答えは明白で、あたしは死後に魔術と触れ合う機会があった。この世界があらゆる可能性を内封するのなら、決して荒唐無稽ではない。

 

そして、その上で何たる滑稽な話だろう。それを無意識にでも羨ましく思うということは、既にあたしの願いはどこかで叶っているのだ。それが最高の作品か、あるいは最愛の人だったりするのかは分からないけど──召喚されるたびにそれを羨んで、自らがそれに囚われる。何度やっても同じだ。むしろ数を重ねるごとにその欲求が強くなるまである。嗚呼、我が事ながらなんて愚かしいのだろう。

 

ライダーまでもが心当たりがあるのか、しばらく無言で酒を啜るしんみりとした時間が続く。そうして遠坂邸の庭に持ち込んだ酒樽が些か軽くなったあたりで、ゆっくりとあたしは口を開いた。

 

「………これってさ。全員の願い叶えられそうじゃない?」

 

その言葉を紡いだあたしを中心にして広がる怪訝な顔。けれど考えれば考えるほどそうとしか思えないのだ。

 

この場で願いを語った順に、まずはライダーの受肉。これは英霊一騎分の魔力があれば事足りると他でもないライダー(正確にはその宝具で召喚されたプトレマイオス氏その他)が言っていた。流石に聖杯の仕組みを彼らから詳しく聞いた時はドン引きしたが、そういうことなら話は早い。というかサーヴァントがサーヴァントを無限に召喚するとかチートでしょ。どうにかして言いくるめないと(使命感)

 

続いてライダーのマスターことウェイバーくん。これはもう聖杯に願うまでもない。このまま先んじて願いを叶えてしまえば勝者はあたしたち。つまりはランサーが自動的に敗者になるわけで、加えてかの征服王の盟友ともなれば、認識を改めさせるには十分過ぎる。

 

次にアサシン組。まずは綺礼さんの願いだが……これはあたしが受肉をするか、あるいはあたしの契約を彼へと移せばそれで済むだろう。どうせここまで乗り掛かった船。今更彼を見捨てるつもりはないし、桜ちゃんの今後も気になる。魔力の問題も、綺礼さんであれば喜んで負担してくれるはずだ。

 

アサシンさんは……どうなんだろう。彼は人格分裂症、あるいは解離性同一性障害と現代では呼称される病気であるらしい。戦場を経て気を乱す若い武将は過去に何人か見てきたが、それの亜種のようなものだろうか。確かに難儀な症状であるが、程度によっては自然に治ることもあると聞く。万能の聖杯に託す願いとしては心許ない。

 

そしてあたしの場合はどうだろう。下手をすると並行世界とかが絡んで来そうなので微妙なところではあるが、既に“ある”ものを掘り返すわけで、そんなに法外なレートにはならないだろうというのがあたしの予想。アサシンさんとで2つ合わせて一騎分くらいが妥当なラインじゃないかな? 

 

つまりは、実質的に2騎分の魂があれば全員の願いが賄える可能性が高いということ。名付けて「みんな揃って一等賞大作戦」!! ぅちらゎ……ズッ友だょ……!!

 

「待て。私の願い、遠坂の悲願はどうなる?」

 

しーらね。

 

「……令呪を以て──」

「おいおいガチギレじゃん深呼吸しよう深呼吸。ヒッヒッフー。まあ冗談はともかく、根源への到達って話だけど……それって具体的にどうするの?」

「具体的に……だと?」

 

キョトンとする時臣であるが、むしろ何故それを考えていないのか。まさか自分を根源まで連れて行ってください!って聖杯に願えばそれで済むと……思ってそうだなトッキーだし。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そもそも根源って何?って段階のヒトに根源に連れて行け言われても……なんか面白いことやれって無茶振りする上司じゃないんだから、そんなんじゃ聖杯も困るでしょ」

「──聖杯、が……困る……?」

 

その発想はなかった、という顔。なんで想定してねーんだよ素直か。でも時臣って確かにこういうトコあるからなぁ……万能の聖杯です!って言われて特に考えず“なるほど!”とか思っちゃったんだろう。

 

「考えられるケースを言おうか。多分だけど、このままトッキーが願いを叶えようとすると、トッキー個人が夢を叶えた幻覚を見て終了します」

「……は?」

「いや当然でしょ。内容が曖昧過ぎてトッキー個人を弄った方が正確で確実じゃん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……万能ならそうなるよね、としか……」

「………ん?」

 

その言葉に、ショックを受ける──と思いきや、何故か帰ってきたのは疑問符。いや、ショックはきちんと受けているのだが、それ以上に何かが引っ掛かったみたいな感じ。

 

はて、何か変なことを言っただろうか。確かに論理は飛躍してる感は否めないが、十分あり得る可能性として──いや言ってるわ。変なこと言ってたわ。完全に無意識だったわ。何、あたし根源とやらも知ってるの???

 

(これってもしかして、あたしが欲してるのってこの戦争で罷り間違って根源とやらを手にした記憶とかなんじゃ……)

 

なんか一気に不安になったが、今更省みるわけにも行かないので突っ走る。そういう万能の何かを手にしたからまたそれが欲しいとかそんなんじゃないと思うんだけどな。あたしが欲しいのはもっと綺麗で、なんていうかキラキラしていて──

 

「待ってくれ、まさか君は──」

「だからそれを覚えてないんだってば。そんなわけでトッキーの願いは没です。そもそも、本当にこの世の全てに至れるって話なら、たかだか七人の蠱毒でどうにかなるわけないっしょ。別に三騎分の現状で真っ先に叶えようとしても構わないけど──ちょびっとリソースが減るだけだろうし、どう転んでもそれでトッキーは()()()()から、よく考えたらそれでもいいかな……」

「っ、…………」

 

何か言いたげであったが、最終的には納得せざるを得なかったのか、立ち上がり掛けた姿勢のまま推し黙る男。

 

これまで接していた感想だが、遠坂時臣という男は良くも悪くも純朴というか、多分だけど、幼い頃から相応に努力して真っ当に報われて、順当に人生を積み上げてきたタイプなのだろう。

 

だから道を逸れることなんて考えもしないし、落とし穴など想定もしない。それはそれで彼の美点なのだろうが、ならば聖杯戦争などという博打には向いているとは言い難い。

 

「さて……」

 

それ以外には概ね反対意見も無いようだったので、ひとり呆然とする時臣を尻目に、あたしたちの中心に配置されたアイリスフィールさんを見つめる。

 

アサシンさんの話だと、彼女の身体にはこれまでに脱落したサーヴァントの魂が貯蔵されているらしい。そしてそれらは殺されたことへの怨み。あるいは聖杯を得られなかったことによる無念で黒く汚染されていて、現状では破壊に偏った性質の願いしか叶えられないとのこと。

 

「最後に確認──これからライダーのおっちゃんが宝具を使って、あたしらはそれをサポートする。そして、浄化が成功次第功労者であるライダー、アサシン、あたしの順に願いを叶えていく。途中でリソースが不足しても恨みっこなし……オッケー?」

「うむ!」

「ああ」

 

彼らとて伊達にその肩書を冠していない。明言こそしていなくても正確にあたしの意を捉えた二人は、ほぼノータイムで返答をする。

 

良かった、と素直に思う。もしもライダーが自分に従わない全てを抹殺するだのといった過激派だったらこれほど穏やかに事は進まなかっただろう。まあそれは初対面の真名暴露やキャスター討伐での交流で分かっていたことではあるが、彼ならこの場に集ったあたしらを蹴散らすことも容易いだろうに、それを良しとしない彼の気高さをあたしは心底から尊敬している。

 

アサシンさんも、あたしなんかを信じて動いてくれて本当に助かった。「命令される方が向いている」とは彼の言だが、それだけではないだろう。彼への信頼に無事応えられたことも嬉しく思う。

 

「待たれよ」

 

うんうんと感無量でコップに少しだけ残されていた酒を飲み切ると、不意にそのタイミングで第三者の声が掛けられる。

 

忘れもしないその美貌。しかし忘れかけていた存在感。戦争当初から穴熊を決め込み、これまでほぼ戦況に関わって来なかった唯一の陣営。

 

サーヴァント、ランサー。その真名をディルムッド・オディナ。どこでこの会合を知ったのか、このように絶望的な戦力差でありながら、しかし彼は戦意に満ちた眼差しを携えてこちらを睨んでいた。

 








どちらかと言えば史実よりの清少納言



香炉峰の雪:A

火鉢の側で中宮定子とその女房たちが御簾(なんか偉い人が顔を隠すアレ)越しに会話している際、御簾を上げてその先にある山を香炉峰に見立てた、というのが元ネタ。
これは白居易の漢詩に「香炉峰に積もった雪を御簾を上げて眺める」というシーンがあり、雑談でその話題が出た際に似通ったシチュエーションを再現することで定子に“その先の山が香炉峰である”と見立て、まるで自分が漢詩の舞台にいるみたいだ、と彼女を感心させたことで、清少納言の教養の深さを示すエピソードになっている。

具体的な効果としては、そのエピソードから転じて、屁理屈で相手を納得させるスキルとなる。こいつこの手のスキル多いな…。
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