魔法使いアイリスと影の番犬   作:三文小説家

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 帰路で別に何に襲われる事もなく帰宅してます。今回はアヤメのキャラ紹介に一話を使いました。約3000字と少し短めですが、どうぞ。


第2話

 かつてアヤメがいた場所は楽園だった。

 

 食べ物があり、森で眠る事を許され、アヤメの大好きな音楽を好きなだけ奏でられる。小さいアヤメは森でヴァイオリンを弾いて、ポチや動物達と遊び、木の実を食べて暮らしていた。

 

 アヤメは歌う。寂しさは翻り、アヤメの自由となった。世界はアヤメのものだった。次は何処で遊ぼうか、何を弾こうか、何を勉強しようか、何を読もうか。魔法使いが嵐を起こして計略を立てる話なんかも良いかもしれない。

 

 星を数え繋ぎ合わせ、まだ知らない春、夏、秋、冬の星座。花束を一つ抱いて、森の妖精にプレゼントする。迷いの森すらも、アヤメの遊び場だった。その場にあるシダを踏んで足を濡らし、蝶を追いかけ、林檎を頬張る。

 

 争いも流血も無く、ただ森の安寧と静寂という名の音楽が流れる空間。成長は望めないかもしれないが、生き急ぐ必要もない。産業革命で台頭した機械に合わせて動く都会とは違って、時間泥棒に時を盗まれたかのように回る歯車とは違って。

 

 中には少し怪しい、仮面や帽子やコートを身に着けた存在もいた。そのような存在達はアヤメに剣や魔法を教えてくれた。その肌に傷がついては大変だ。食べられてしまっては大変だ。指が落とされてしまっては大変だ。そう言って彼らはアヤメにたくさんのことを教えた。

 

 真意は分からない。もしかしたら、自分達がアヤメを摘み取って食べてしまうために、他の存在に獲られて食べられてしまわないようにしただけなのかもしれない。それでもアヤメは幸せで、満たされていた。

 

 或る日、アヤメはぬいぐるみを抱いて、妖精達の演奏会を見ていた。目の黒い動物の頭をした存在達が、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと弦楽器を奏で、黒いヴェールを纏った人型が舞い踊る。友情出演という事でアヤメもヴァイオリンを弾いた。妖精達に比べたらひどく稚拙な演奏だったけれど、それでも妖精達は喜んでくれた。

 

 そこに、炎が揺らめいた。

 

 

 

 

 

 アヤメは目を覚ました。首の傷が痛む。かつて演奏者として呼ばれた日、一人の悪意ある大人によって受けた銃弾。そして、それよりも前には、一人の無法者が森に火を放った。

 

 その中で、アヤメを助けてくれたのは妖精達とポチだった。

 

 アヤメは忘れない。その無法者達の存在を。命を賭して自分を蘇らせてくれた妖精達を。

 

 アヤメはもう、あの頃ほどに純粋ではなくなっていた。音楽で誰もが分かり合えると、争いが無くなると思っていたあの頃とは、違う。とある国の終戦を祝う日に演奏者として呼ばれた時に、アヤメは銃撃をされた。外部から読んだ人間を銃撃してまで戦争を続けようとする大人がいる事を、アヤメは知った。

 

 森に火を放った無法者は、『火は明るい。火は清潔だ!』と叫んでいた。彼が何を考えていたのかは分からないが、おそらくどこかしら壊れていたのだろうとアヤメは思う。今では自分も炎を使っている。ポチの力を使うのならば仕方がない部分もあるが、とことん自分は炎というものに縁があるらしい。確かに、炎は明るく、そして清潔だ。だからといって、アヤメが無法者に同情する事など無いが。

 

 アヤメは争いが嫌いだ。無法者が嫌いだ。それが人間であれ悪魔であれ、天使であれ、等しく皆嫌いだった。本当は関わりたくもないが、警察その他から悪魔や無法者の退治を依頼される事は仕方が無いと割り切っている。せめて、この秩序溢れる場所を清潔に出来たと前向きに考えよう、と思った。

 

 自分の使命は、秩序に逆らう愚者をその音の一片さえも絶滅させること。願わくば、せめて秩序の地上代行者に。秩序の中で安楽と暮らす事が叶わぬのなら、せめて自分はそれを護る側に立ちたいのがアヤメだった。

 

「…………」

 

 自分の中から滲み出る、あまりにも傲慢な考えに、アヤメは額を押さえる。自分はただ、襲ってきた相手に対して反撃しているに過ぎない。悪魔を殲滅しようなどとは思っていないし、人を導くつもりも無い。そんな勇気も知恵もない。

 

 ただ、安楽と秩序を守るためならば、アヤメは嵐にもなろう。

 

『大丈夫か? アイリス』

 

 ポチがアヤメを心配する。暗い部屋の中で単眼が光る。その目は、「今日は休むか?」と問うていた。ポチを安心させるため、アヤメは返事をする。

 

「平気ですよ、ポチ。自分の傲慢さに、辟易としていただけです」

『傲慢さってえと、ああ、秩序がどうとかってあれか。まあ、良いんじゃねえの? 思うだけなら自由だ』

「足元を掬われないと良いのですけれどね」

『実際、アイリスは本気を出せばこの国も滅ぼせるだろ』

 

 ポチにそう言われたアヤメは自身の手を見る。森の焼却と共にアヤメに与えられた力。アヤメとて、その全てを制御できているわけではない。ポチの目算によればアヤメの魔力は国を滅ぼせるほどだと言うが……

 

 アヤメはそんな存在にはなりたくなかった。出来れば争いと無縁でいたいのは本心である。そんな力を手に入れ、制御出来た所でどのように使えば良いというのだろう。

 

『制御は出来た方がいいと思うぜ? 歩く核爆弾にはなりたかねえだろ? 暴発しないようにするだけでもいい。そうならないと警察の監視も解けねえだろうな』

「分かっていますよ。そのために、いつも修行をしているのですから」

『俺としては、その力で国を支配するってのも一興だと思うがねえ。玉座に座ったアイリスに侍るってのも悪くねえと思うんだが』

「悪魔のようなことを言わないでください。私は人の上に立つ器ではないので、そんな未来は来ませんよ」

『冗談だ。とはいえ、()っしいよなあ。お前さんには力と心は有っても勇気と知恵がねえ。知恵はまあ、地政学でも勉強すりゃ付くとして、勇気だけはどうにもならねえ……おっとっと、怒らないでネ?』

 

 アヤメは怒る気にもならなかった。勇気が無いのはその通りだから。自覚しているが故に腹は立たない。結局、アヤメにあるのは有り余った力と際限のない傲慢さだけである。後は音楽の腕か。

 

 力で押し通す勇気が無いのだ。争いを無くすためにこの世の悪となる勇気が無い。ならばせめて、自分は秩序の奴隷となろう。アヤメが警察の監視に文句をつけないのも、あまつさえ協力するのもそういう理由だ。まあ、森を焼却した犯人に少しでも近づけるかもしれないという打算もあるにはあるのだが。

 

〝The balance distinguishes not between gold and lead.〟

 

『天秤は金も鉛も区別しない』という意味の英語の(ことわざ)。天秤が測るのは質量だけ。鉛や金の価値は測らない。転じて人間は皆平等であるという意味である。アヤメに言わせれば、人間も、悪魔も、天使も皆平等だ。平等に、秩序の天秤は傾く。アヤメはせめて、この天秤でありたかった。

 

 善悪を計る女神、アストライアーの持つ天秤に、アヤメはなりたかった。心無く、涙もないただの機械ならば良かった。

 

『おっと、幾ら病んでると言ってもそこから先は言わせねえよ。お前の存在は心があってこそだ。闘いは勿論、お前の大好きな音楽もそうだ』

「…………」

『音楽はオルゴールでも奏でられるってか? だが、オルゴールは所詮機械。お前のヴァイオリンには遠く及ばない、と俺は思うね。カルト宗教に脳をやられた犯罪者共の洗脳を説くために使われた音源は、お前の心が無ければ存在しなかった。それに―――』

「それに?」

『音楽ってのは音を楽しむって書くんだろ? なら、心が無けりゃ成り立たねえじゃねえか』

 

 アヤメはポチの言う事に反論できなかった。心の無い天秤であれば、確かに秩序を保つ側に回れるかもしれない。しかし、アヤメが何より大好きな音楽は心が無ければ奏でられない。オルゴールや自動演奏で音楽は奏でられるかもしれないが、作り出す事は不可能だろうし、やはり人が弾いてこそという部分はある。

 

 まだ自分の中で答えは出ない。しかし、ポチの言う通り心を否定するのはやめようと思った。どこまでも、アヤメは自身が傲慢なのであると悟った。

 

 と、アヤメのスマートフォンが鳴る。出てみれば、警察からの救援要請であった。どうやら悪魔が現れて暴れているらしい。

 

「行きましょうか、ポチ」

『良いのか? 随分と悩んでるようだったがよ』

「私はいつも悩んでいますよ。しかし、別に運動機能が麻痺するわけではないので」

 

 ひとまずアヤメは寝間着から着替える事にした。そのくらいの時間はあるだろう。

 




 アヤメのいた〝楽園〟は誰によって、いや、何によって燃やされたのか。その辺はこの後の話で書いていきます。その前に幾つか戦闘を挟むかな……明かされるにしても当分先のような気がします。
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